![]() 桜ノ宮戦争 ACT:12[桜ノ宮戦線U−Misericorde(九州編)/3] 中央で斬り結んだ千歳と橘を横目に、謙也たちは白石を中心に戦闘体勢に入る。 横から斬りかかった兵士を軽く大剣で弾き、首を切り落とす財前の斜め右で、小石川の剣が凪いだ敵兵士が、致命傷を避けて謙也の懐に入り込んだ。 「首もらった!」 謙也の武器は弓。近距離では使えない。だが、財前や小石川は全く焦らず、笑みを刻んだまま他の兵士の相手に移る。 斬り込んだ兵士の一撃をあっさり交わした謙也は、弓を片手に持つとその兵士の首の下から足を差し入れ、折り曲げた足と頭上から降ろした腕で兵士の身体を固定、その首の骨を折った。 「すまんな。近距離戦闘上等や!」 その場に倒れた兵士をうち捨て、謙也は小石川の補佐に弓を構えた。 白石に向かってきた兵士の一凪が、遠山の構えた剣で受け止められる。 白石の二刃の剣は瞬間変化し、殺傷能力に特化した切り離しの剣に変貌した。腕を一度振るうと、縦横無尽に宙を舞った、柄から切り離された刃が敵兵士だけを一気に殺めていく。 「その感じや。ちょっと、今回は我慢やで。金ちゃん!」 「わかっとる! 千歳の戦いや!」 白石たちはあくまで他の兵士たちだけを殺していく。千歳と橘の方に攻撃が飛ぶのは、千歳の戦を邪魔する兵士だけを殺めるためだ。 「愛されたもんだな」 中央で斬り結びながら橘は軽く笑った。 「愛されとうは嬉かこつ。ばってん、どっちでも俺は大坂におったばい」 上段から落ちた剣を千歳の両刃剣が防ぐ。 (だが、おかしい。今の千歳の武器はただの九十九神。…国神に匹敵する武器はそう存在しない) 橘の手にある剣は一瞬で形を変え、大きな鎌に変化する。振るった鎌は交わした千歳の背後に刃が回り、その首を狙う。が、目で追えない程の速さで鎌の間合いの外まで移動した千歳は、隙を狙って放たれた九州兵の弓を凪ぎ払った。その兵士もすぐ、謙也の弓によって倒れる。 (…おかしい。何故、無敵化の光速移動についてこれる!) 「桔平。誰かさんが言っとったと。 “国神が二対おると、そういう無茶も出来る”」 「……、大坂将軍…っ」 おそらく、国神のうち一体の力を千歳の補佐に回している。 (いや、だが、待て。鹿獅子が黒麒麟を抑えたとヤツは言った。なら、何故それを千歳の補佐に回せる…?) 大坂の黒麒麟化は聞いている。千歳の父親の命令で調べた。殺戮特化の能力。 彼が今、冷静な精神で立ち回っているということは、鹿獅子の抑制の力が事実働いているから。なら、何故。 思考を断ち切るように、視界を割った千歳の剣の一閃をなんとか交わす。 槍に変えて突いた一撃は、決まる筈の勢いにも関わらず、交わされる。その瞬間、出来てしまった死角をつき、千歳は下から剣を凪いだ。だが、武器の強度がここで橘の方に分が出来たのか、逆に千歳の剣が弾かれ、千歳の手から落ちる。 「千歳!」 名を叫び、千歳の身体目掛けて突きだした剣は千歳を貫いた。が、それは千歳が構えた左腕。落ちた筈の剣を落下途中で右手で拾い、千歳は橘に振るった。 「しまっ…わざとか!」 「…すまんね」 肩から胸にかけてを深く切り裂かれる。周囲の味方の声も、遠い。 その場に膝を突いた橘の首筋に千歳の剣が押し当てられた。 「……殺せ。文句は、言わないさ」 「……俺は、文句はある」 「お前がか…」 見上げる、怪我の痛みに遠くなった視界で、千歳は僅か泣きそうに瞳を揺らす。 「殺す覚悟はしとった。…ばってん、いけんね。…殺したくなか」 「……お前は、…優しいんだよ」 自分なら、殺す。迷わず。 でも、きっと、殺した後に悔やむのだ。だから、本当は安心した。 千歳を、殺さずに済んだ。 「…桔平?」 千歳は内心を理解したように、今更躊躇った。 殺したくない。だけど。 その肩を、叩く手があった。白石だ。 「姫さん…」 助けて欲しいと願った千歳を理解して、白石は千歳の剣についた橘の血を指に採る。 「千歳。殺さんから、ちゃんと押さえとけ」 「……ああ」 白石はなにをするのかと見上げる橘を余所に、自分の指をかみ切り、溢れた血を橘の血と混ぜると、宙に陣を描いた。 その場に二つの―――――――白麒麟と鹿獅子の紋様が現れる。 「契約は成った。―――――――――ここに来い、八咫烏!」 橘はなにかが身体から奪われていく感覚に襲われ、茫然とその力が流れた先を見上げる。 そこには二つの国神の紋様。その上に翼を広げた八咫烏の姿。 八咫烏は一声鳴くと、白麒麟、鹿獅子と共に白石の身体に宿り消えた。 「国神が他国将軍に奪われれば、イコールは敗戦。…俺らの勝ちや」 「……国神を、無理矢理、奪った、だと……?」 「まあな」 味方すら、神々しさを感じるように白石を見遣る。それは三体の国神を得た存在。 しかし、余韻に浸る暇もなくその場を過ぎったのは、一面の桜吹雪。 「…さ、くら?」 「白石!?」 謙也が青ざめて白石を呼ぶ。その姿の輪郭はぼやけて薄れていく。 「姫さん!」 傍の千歳が手を伸ばし、身体を抱きしめる。瞬間、白石と千歳の姿はその場から消えていた。 謙也は蒼白な顔で空を見上げ、そこに見える城を認識して、声を零す。 「…桜ノ宮?」 桜が降る。桜が落ちてくる。 一面の桜の中で、目を覚ました。 白石が起きあがると、そこは見知らぬ場所だった。そして目の前に浮かぶ、地面の上に浮遊した巨大な、紅い緋の王宮。 自分が倒れていたのは緋水晶の階段の上。 緋の王宮には、宙に浮かんだ階段が、離れ離れに、幾つも連なっている。 同じように傍に倒れていた千歳に気付き、手を握ると瞼を開けてすぐ、起きあがった。 「姫さんっ! ……無事、たいね」 青ざめるほど焦ってからすぐ、無事な姿に千歳は柔らかく微笑んだ。 「……ああ」 思わず惹かれたように、頬を染めてしまってから白石は立ち上がる。 「ここは…」 「…どこやろね。夜の国には間違いないばってん……」 遥か向こうの王宮の扉が開いた。溢れる光と、なにかの声。 「……呼んでる?」 「え?」 自分を呼んでいる、気がする。 声が聞こえないらしい千歳の当惑にも気付かず、白石は一歩近づく。瞬間空を舞った桜吹雪が白石の身体を絡め取った。宙に浮かんだ身体は扉に誘われる。 それを見上げた千歳の脳裏を過ぎったのは、彼との記憶だった。 『三年、白石蔵ノ介。 一応、大坂の国の中央軍、総代将軍や』 『…俺の命令、なんでも聞くんやろ?』 『…本気で、好き言うてん…?』 『…信じる』 『俺は、死んだりせえへん』 『居場所がない今だけ傍にいてや。 ………俺は、お前が』 「白石!!!」 必死に腕を伸ばす。その手を掴み、その場に引っ張った。 白石を腕に抱き込んだ刹那、視界の桜は消える。 もう夜の国ではない、昼の世界の、あの公園の夜明けが広がっていた。 →NEXT |