戦争

ACT:7[『桜ノ宮』を知る者達]




 ―――――――――――――大坂より遠い地の夜の国。
 大概を他の兵士に任せて傍観していた彼は、不意に立ち上がって霧の向こうを見遣った。
「不二?」
 どうした?と聞きながらこちらに、攻撃を交わして飛んできた長身が立ち上がった小柄な兵士に聞く。
「大体、今日は本来、第二軍の日だったじゃん。俺、見たいテレビあったのに」
 その傍に下がってきた兵士が言った。長身の仲間に話しかける。
「都合がつかなくなったり負傷者が多くて出陣れない時のための三部隊だろう」
「でも第二軍は負傷者いないしな。三軍は多いからしかたないけど」
「そうだよ。あー、録画してなかったのに」
「俺も油断してて予約してなかったんだ。キャンセルは一時間前にはこっちに報せて欲しいのは同感」
 全て、敵と切り結びながらである。
 東京軍は、三部隊からなる。どの軍が偉い、弱いはなく、ただ普通の国のような一部隊だけでなく、負傷者の多い軍や良い兵士が揃っていない交換時期の軍、体調不良の多い軍から、状態やバランスの良い軍が出陣を代わることで、夜の国の戦を効率よく進めて勝ち続ける。常勝の国、東京が選んだ手段だ。今回は本来第二軍の出陣予定だったが、急遽都合で第一軍の出陣になった。
 他国にも三部隊なり、二部隊の編成は許可が降りている。ただ、実行に移せたのは、現在東京しかない。
 また、総代将軍も三人の許可。東京は第一軍、第二軍、第三軍全ての三人の将軍が死んで初めて、陥落する難攻不落の国。
「で、不二、どした?」
「多分、今頃跡部が悔しがってるかもね」
「へ?」
 くす、と笑った兵士は腰から短い峨嵋刺という小さな刃を一本引き抜く。
「あれ? ()るの? ()らないって早々に下がったのに」
「機嫌よくなったから、する」
「どういう風の吹き回しだ」
「見えた」
 ?を浮かべる仲間に、笑って霧の方を指さす。見る物に寄って、なにも見えないし、見えるだろう世界。
「久しぶりに、『桜ノ宮』が見えたんだ。『桜ノ宮』が、主を欲しがってる…」
 そこは、夜の国に燦然と輝く、幻の王城。





 明後日から、戦争休止期間だ。
 今晩と、明日の晩に戦がなければ、そのまましばらく。
 将軍、白石の負傷がまだ重く、誰もがそう願う夜。
 その白石が、自室の寝台に腰掛けたまま間抜けな顔で見上げてきた千歳を見下ろし、微か嫌そうな、恥ずかしそうな顔をした。
「姫さん? 今なんて? てか、立っちょらんで座っとくばい。足の怪我は…」
「…まあ、聞けや」
「うん?」
「…お前、俺になにか、して欲しいことってあるか?」
 恥ずかしそうな顔で、赤くなってそう、好きな人間に聞かれたら男として正直アレなことまで頭に浮かんでも悪くない筈だ。むしろ正常だ。
「あ、」
「ほら、俺、お前に助けられて…二回も。なんに、俺自身は何もお前にお礼しとらんし、やから。一個だけなんでも…いや、二個」
「な」
健二郎と別れるのとセックス以外で!
 今更、そこに気付いたように千歳がなにか言い出す前に言い終えた白石に、千歳は持っていた雑誌を落とした。
 びくう、と反応した白石が後退ったが足が、怪我でうまく動かない。その場に座り込んでしまった身体を追って、覆い被さるような姿勢でその髪を撫でる。
「姫さん、たいが懸命ばい。俺も制限ばなかったらそう願っちょった」
「お前は見直されたいんか見損なわれたいんかどっちや!?」
「そら前者やけん―――――――――――――〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
 ふー、と長い溜息を吐き、千歳は身を起こすと床に座り込んでいる白石の身体を痛まないように起こして寝台に座らせた。
「わかった。なんか、姫さんに見直される方向の願い事ば考えとく」
「……、ええん?」
「怪我人に無理強いばするほど、人でなしじゃなか」
「……そ、やな」
 それはわかっとる、と白石。
「あ、じゃ―――姫さん、無事戦争休止期間ば入ったら、で怪我ば治ったら、大坂案内して。海とかだけでよかけん、街は人が多くて…。一個目、いけん?」
「……ん。わかった。約束する」
 小さくはにかんで自分を見上げ、頷いた白石に千歳は微笑んで返した。
 内心、少し邪なことを思いつつ。





 昨日の晩も無事過ぎて、戦争休止期間の直前の昼間は例えようのない緊迫感と、緩んだ空気が混ざって流れる。
 一日早く試験により活動休止に入った部活。それでも寮に泊まる生徒たちは暇をもてあます。授業は午前で終わり、暇だ。
 外に買い物に行っていた生徒が、校門にもたれかかる人影に気付いて足を止めた。
「お前、どないしたん? 迷子か坊主」
 覗き込まれた少年が、目深に被った帽子を脱ぐ。覗き込んだ生徒と眼を合わせた。



「このまま入ってくれそうでええけど、結局東京軍の出方はわからんかったな」
「まあ、しゃあないて」
 寮の窓から顔を出して話し合っているのは、単純に買い出しに行った仲間を待っているからだ。じゃんけんで負けた仲間を待っていると、背後からぴょんと重みに抱きつかれて謙也が窓から落ちた。
「謙也!」
 びっくりした小石川の声に返事をするように、謙也が地面から身を起こす。一足早く起きあがった、謙也を地面に倒した張本人が「食べ物が来た!」と明るく言う。
「金ちゃん…人を落としといてそらないわ…」
 部と軍の核弾頭である元気な一年生があまりに無邪気にはしゃぐので怒ることも出来ない。
「謙也ー! あ、金ちゃんも!」
 買い出しに行っていた仲間がジャストタイミングで帰って来た。傍に見知らぬ少年。
「おい、あれ、誰?」
「さあ? 迷子やないん? 誰かの弟とか。普通に連れて来るってことはそうやろ」
 中央軍の学校に無許可の人間は立ち入れないからだ。
 だがぴくり、と反応した一年の遠山が肩にいつも下げているバックから、ラケットを取り出すと巨大な片刃に変えて仲間をうち倒し、少年に刃を向けた。
「金ちゃ…!?」
「峰打ちしたから平気や! で、お前、どこの誰や?
 余所もんの、敵さんの匂いすんで」
「…流石、雑魚とは違うか」
 少年は呟く。そして、首に当てられた刃を指でいなして背後に飛ぶ。飛んだ帽子を指でキャッチして寮の窓から降りた謙也と小石川に向き直った。
「どうも、初めまして。東京軍、第一軍次峰将軍、越前リョーマ。
 あんたの顔を見に来たんだ」
「東京の次峰将軍…!?」
 そこに食いついた謙也と、逆に言葉に違和感を覚えて小石川は背後を振り返る。
 丁度玄関から、なにかの用事で出てきた白石と、傍に千歳。
「俺になんの用事や。東京の坊や」
「俺の術でも死なない人に興味があったから」
「…あれは、キミの能力か」
 問いながら、白石は謙也に、中の寮生に報せるよう促した。謙也は中に引っ込みすぐ見えなくなる。
「特殊能力『遠鳴』。大抵は将軍を殺せるほど万能じゃないよ。
 ただ、あの時はうちの総代将軍の力で強化してもらってたから。だから、一国の鎧なら殺せた筈なんだけど、大坂陥落の報せがないから…ね。
 なんで無事か聞きたかったんだけど、…なるほど」
 少年に見抜かれていると知る。白石に宿る、二国の国神。
「九州元将軍の裏切りの理由はそれ。懐柔するのがうまいね」
「それは将軍の器量次第や」
「…それはそうだね」
 否定しなかった白石に、彼は面白そうに肩をすくめた。
「キミこそ、それだけが力やないな? 仲間になに使うた?」
「ちょっと操っただけ。案内して欲しかったから」
 どこまでも飄々とした少年に、逆に胸中が読めないと思った。
 何故、自分を狙った? いや、わかりきっている。敵だから。
「でも、視察だけじゃつまらないから――――――――もっかい殺す努力はしようか」



 一方、四天宝寺の校舎、屋上。
「しっかり狙ってくださいよ。…狙えます?」
「アホ抜かせ」
 遥か彼方の、越前という少年を狙い、引き金に指のかかった銃。
 握るのは仲間に報せに行った筈の謙也で、傍には知らない筈の財前。
「俺も霊力補佐しますし」
「馬鹿言うなや。俺がこれだけなら百発百中なんは、知っとるやろ」
 自信たっぷりに笑った声。銃口から、弾が放たれた。



 自分が放った弓の軌跡を確認する前に、背筋を走った感覚に越前は素早くその場を飛び下がった。
 肩を掠めた何か。おそらく銃。熱い痛みだ。
「卑怯はお互い様…か、やるじゃん。しっかりお願いしとくなんて」
「それこそお互い様や」
 そこに揺らぎなく立つ白石を見て、越前は微か息を呑んだ。
 間違いなく当たった特殊能力の弓。
 けれど、その紋ははじき返されている。彼の前に浮かぶのは、角を生やした獣の画の光の紋様。
「詐欺じゃん。国神の半呼び出し? で、シールド張れるなんてね。しかもそれ、元九州国神だし」
「二体おるとこういう無茶も出来るんは今知った。はよ、帰った方がええで」
「……そうするよ」
 追おうとした小石川たちを引き留めて、深追いしない方がいいと白石。
「なに、ぼけっと見とんねや。お前、自分の国神の力も把握しとらんかったん?」
「…、うん」
 白石が無事とわかった途端、ついうっかり鹿獅子にそんな力があったのかと感心してしまった千歳は素直に頷いた。





 ―――――――――――――『桜ノ宮が、見えたんだ』


 あの日、不二はそう言った。
 東京軍、第一軍の中将。
『桜ノ宮?』
『そう。三十年前、一度天下は決まりかけたんだ。三つの国まで国の数は減り、そのどれかが天下だった。その夜、夜の国に浮かぶ幽城を全ての国の兵士が見た。
 天下人のみを主として迎え入れる、夜の国の城――――――――桜ノ宮。

 その当時の兵士の血縁は、夜の国ではたまに桜ノ宮が見えるんだ。ボクと、手塚、跡部…あと、神奈川の誰かと…ああ、忍足もか』



 まだ、遠い桜ノ宮。
 でも、あの大坂将軍からは、何故か桜の香りがした。
 桜の季節は過ぎたのに、だから命を狙ってみた。もしここで死ぬなら、勘違い。でももし、助かったなら…







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