![]() 桜ノ宮戦争 ACT:8[雷鳴は空のはて] 「そういや、渡邊先生」 同僚に、千歳のことを聞かれたのは戦争休止期間に無事入ったその日だ。 千歳を疑ってだろうか、と耳を寄せると「大丈夫ですか?」と年輩の教師。 「大丈夫でしょう。あれは。逆にこっから見放された方が危ないんは理解しとると…」 「いや、そうやないですよ?」 逆にその教師に、そんな話をしてるんじゃないです、という顔をされる。 「千歳。身体は大丈夫ですか? 聞いた話、元々将軍で、満たずに辞めると早死にするて言いますよ?」 「…暗殺?」 「いえ、ちゃいます。ほら、普通、将軍って中一から高三まで国神に守られますよね?」 「ええ、そうですね。中一で先代から託されて、高三で新しいヤツに…」 「でも、それを待たずに国神を手放した将軍は早死にするて。 若様を見とるから先生わかるやろうけど、国神って病気からも守るやないですか? ただ、それが急になくなった場合、身体が簡単な風邪ですら悪化させてまうらしくて、風邪をあっさり悪化させて手放した数日後に…とかそんなんで、折角他国の厚意で助かっても結局死ぬヤツが多いって…千歳、風邪とかひいとりませんよね?」 「はよ言うたってください!!!」 全然知らなかった渡邊が思わず叫んで、周囲をびっくりさせた。 試験前の四天宝寺寮。 テレビを見る余裕のあるヤツ、リビングで教えあいっこをする生徒、自室にこもって黙々勉強するヤツと多々だが、そんな中、リビングのテーブルの一角を占拠して、明らかに急いで知識を詰め込んでいる生徒が一人。 「千歳、ここ」 「ああ、そこは…」 忍足謙也。 彼は元来頭が悪くはないので、しなくてもそこそこ行くのだが三年の成績は高校の進路を左右する。高校でも中央軍となる学校に在籍したいなら、ある程度高い成績のキープは必須。もちろん、夜の国での戦績も必須だ。 片方だけだと、両方揃ったヤツにけ落とされかねない。そして、謙也の身内はそういう“文武両道”タイプが結構揃っている。 新入りの千歳もそんなタイプだったが、彼は敵視されない。何故なら彼は大抵が嫌がる謙也の家庭教師を笑顔で引き受けてくれたからだ。そんなわけで謙也からの千歳への評価は高くなりつつある。 ちなみに千歳はなにもしなくても、勉強してとった謙也以上の成績をさらっと納める(前の学校情報)タイプなので、白石もあまり危惧していない。 「白石、怪我だいぶええ?」 「うん、もう腕だけ」 「よかった」 一氏との会話が聞こえたのか、教えていた千歳と教わっていた謙也が嬉しそうに顔を見合わせた。 その時、千歳が唐突にせき込んで謙也がシャーペンをとめて見上げた。 「どないした?」 「ん? くしゃみ…っ」 また今度は大きくせき込んだ。 「おいおい、ちゃうやろ。大丈夫か」 「んー? 風邪ばもらった…?」 「なら一応薬飲んで早めに休め。試験中に本格的になったらアカンし…」 白石も心配して、寮母さんに薬をもらいに足を向けた時だ。リビングの扉ががらっと開いて渡邊が顔を出した。彼はせき込む千歳を見ると青ざめて「はよ寝かせろ!」と怒鳴った。びっくりした全員に、彼は「必要やから全員聞いとけ」と早口で説明した。 「て、アカンやん千歳!!!?」 「……あれ?」 「はよ寝ろ! 来い!」 暢気に自分を指さしたところで同室の白石に部屋に引っ張っていかれた。 騒然となるリビングで、財前がのんびり、単語カードを見ていた小石川に聞く。 「ええんですか? カノジョ」 「今回はまあ休戦やなぁ」 「て、暢気に親父な会話しとる場合なん!?」 謙也が一人突っ込んだ後、慌てて氷枕を取りに走った。 「そぎゃん大事じゃなかと思…」 おとなしく寝かされた千歳が一応そう言うが、怠いのは事実なようで迫力がない。 「熱は…?」 「んー? まだ、かね? …ちぃと怠いだけばい。大したこつなか」 「わからんやろ…。この体温計、古いから一瞬で計れんねんな」 千歳の脇に差し込んだ古いタイプの電子体温計を見遣って白石は忌々しげだ。「一瞬じゃなく、一秒とかばい」と訂正した千歳の耳に電子音が触れた。白石も聞こえたらしく、慌てて体温計を引っこ抜いた。 「何度? そぎゃんたいしたこつ…」 へらりと笑う覇気のない千歳を前に、白石は固まった。 体温計が狂っていなければ、「39度9分」。 白石は唐突に立ち上がり、部屋の扉を開けて大声で叫んだ。 「渡邊―――――――――!!! はよ車出せや!」 部屋の中でびっくりする千歳と、様子を見に来て部屋の外にいた謙也と一氏が遠くで、渡邊の「はいただいま!」という声を聞いたあと、 「珍しなぁ。普段、ホンマの上下関係を公にせんのが白石とオサムちゃんやのに」 「なぁ」 「え、そこ、それだけでよかと?」 もっとこう、「口調崩れとる」とかなかの?とずれたことを思う千歳はすぐ病院に連れていかれた。 「で、なんでこいつは一晩寝たらけろっとしとんねん?」 解熱注射の効果が切れても元気で平熱な千歳は本当に風邪が治ったらしい。 渡邊が詳しく他の教師に聞いたあと、説明してくれた。 「あんな、大概はそうやって早死にするタイプなんやけど、中にはほんの数人、希にいるらしいんや。 国神がいるいないに関わらず、やたら頑丈で真冬半袖でも風邪ひかなかったりひいても一晩で治るような馬鹿が。そういう馬鹿に丈夫なヤツが」 千歳はそれやな、という渡邊に全員が安堵やら、呆れた息を吐く。 千歳が暢気に「心配したと?」と嬉しそうに白石に聞いた。 「う…そら、ちょお…」 「本心、聞かせて欲しか」 「………、」 看病している間、彼はずっと泣きそうだった。もしかしたら、どうしようって。必死に。 不謹慎なのに、自分は嬉しかった。 「…心配、やった…な」 自分のつま先を見て、恥ずかしがって口にした白石を感激のあまり抱きしめてしまう。 小石川が向こうから立ち上がって、単語カードを片手に「休戦撤回」と呟いた。 ―――――――――――――忘れていたんだ。 忘れていたわけじゃない。もちろん。お前達を。お前達のことを。 でも、どこかでもう関係ないって思って忘れていい気になったんだ。 まるで、煙草を吸って停学になったけど、停学期間が過ぎたから、忘れていいんだって、人殺したわけじゃない、誰にも迷惑かけてないって思う、気持ちで。 本当は、違う。 『…千歳』 電話越し、彼の声は冷たく、低かった。 昔は、それを冷たく感じたことはなかった。何度も電話なんかもらったけど。 昔って、そんな何年も昔じゃないのに。 『一度、会って話したい。俺自身がお前に蹴りをつけたいんだ』 「……俺に、そげん許可が出るかわからんと」 『そうだな。話だけって信じる方が無茶か』 「うん」 『……お前は、大坂に受け入れられてるんだな。本望か』 そう言われても、否定一つ出来ない。間違って、いない。 『……』 「桔平。戦う時は、俺を狙えばよか。ちゃんと、うけて立つ」 『そのつもりだ。…が、』 一度、切られた言葉。声が、やけに遠い。風の音がする。 『お前は、自分より他人の方が辛いタイプだよな』 「…え?」 遠くの、救急車の音を、大坂の音と勘違いした。違う。九州の方だ。 『お前が殺せなかった大坂将軍。…そちらを殺した方が、お前も鹿獅子も奪り返せる』 千歳が息を呑んだ瞬間、電話は切れる。 「待っ…待つたい…桔平っ……そ……なんの冗談…」 青ざめた顔と、震えだした手。きつく握った携帯が音を立てる。 「…やめてくれ。やめて……それだけは…………」 それは、切断された電波の向こうには届かない。 →NEXT |