キミは知らない宿る邪悪。






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[念深奥−コックリさんはやってない−]−前編
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(えーと、今日はラリー練習の他にリレー形式メニューがあったか…)
 あとなんやったっけ、とぼやきながら部室に手をかけた白石の耳に騒ぐ部員の声が聞こえた。
 ああ、みんな部活前から元気やな、と暢気に思う。自分もその類だ。
 白石は日直の仕事が最後まで長引いて、今日は一番最後に部室に来たらしかった。
「おーい遅れてすまん」
 扉を開けて謝りながら(誠意はないが)身体をくぐらせる。
「あ、遅いですよぶちょ…」
 余所を向いていたらしい財前が社交辞令のように言いかけ、止まった。
 彼自身、他の部員がいつもなら「おー白石遅いでー」なりなんなり言うのになにも言わないことを不審がっていたようだが、その答えはわかったと同時に彼は素直に吹き出した。
(というか咽せた)
「……え? なんやその反応。つーかなんで皆して俺凝視すんねん」
「ぶ…ぶちょ…っ…部長なんですかその頭!」
「頭?」
 クエスチョンマークを浮かべた白石はそのままいぶかしんだ表情で設置してある鏡の前に立って。
「あ、しもた駄目とか言われとったから見えないとこで取ったろと思ってそのまま来てしもた」
 その金に近い髪は最早、原型を留めないくらいにどこぞの八人アイドルグループのアイドルの頭のようにリボンやら三つ編みやらでいじられ放題だった。
「なんやねん白石お前そのモーニングだがAKBだかわからんけったいな頭は…」
「いやクラスの女子に“かわいいー”とか言われていじられてな。オールひらがなでしゃべっとるような女子を説得すんのも面倒でそのまま好きにさせたんやけど。…って待てひょっとして俺は教室からこの頭でここまで来たんか!? うわえらいはずい! 馬鹿や!」
「今頃気付くな!」
 謙也が何故か持っていたハリセンでそのけったいな頭(by小石川)を殴った。
「ちゅーかお前のがたいのどこが可愛いんや。確かにえらい中身と比べてもったいないくらい美形やけどお前は」
「はいはい俺の外見は中身と比べたら損すんで」
「自覚しとんならそないな痛い頭でくんな! 180近い男子がその頭は一種耐え難い代物やとわかれ!」
「それ一番あの連中に聞かせてやりたいわー……。そーなんや、俺180センチ近いねん身長。その捕まえたどこが可愛いんやろなー?」
「ちゅーか白石は見慣れても疲れるくらいの美形で美人やから大概の格好似合うけどさすがにその頭は痛いもんの成分の方が多い……」
「それわかっちょるって小石川。白石、お前はどないな美意識持った宇宙人の相手してきたんとや?」
「真顔で宇宙人呼ばわりか千歳。受けてたつで。…ってなんで俺が受けてたつんや…。
 あんな、俺が中一ん時おなしクラスやった女子やってんけど、ほらそん時は俺も低かったから。あいつらの中では俺はまだ“かわいい白石くん”のイメージのまんまやねん。俺の身長が180近いてわかってへんねん。そないな宇宙人相手に出来るか…って結局俺も宇宙人呼ばわりしとるな…」
「部長のどこがかわいいんですか。中身ひねてるわ人生大概にしろってくらいサボってるわ人の意見曲解するわこういう人や理解しとらんかったら到底長くおつきあいできへん曲がり具合の性格した人が」
「おーおーよう言いますな光。そんなけったいな俺でも可愛い頃があってんよー?」
「自分で可愛い言わないでくださいいけ図々しい」
「白石はほんま面倒くさいからなぁ」
「みんなして俺を貶すな馬鹿の相手してて疲れとるっちゅーねんから」
 言いながら白石は鏡を見ながらつけられた花飾りやゴムやピンをはずしていく。
 普段器用なくせにこういう時髪の毛をむしるんじゃないかという風にしか見えない危なっかしい手つきに、小石川と千歳が見てられなくなって白石の髪を元通りにするのを手伝い始めた。
「あーあかん。三つ編みの部分ドライヤーかけられたやろお前。これしばらく跡残るで」
「げ。ドライヤーまで使ったんかいなあいつら……」
「自分で把握しとこな白石。というかお前の髪さんでよく三段三つ編みが出来るなぁ…」
 妹のいる千歳はそれが感心のしどころなのか。短いようで部分部分の長い白石の髪をとかしてやりながら呟く。
「あーもうええわ跡は。二日も経てば消えるやろ」
「その前にまたいじられんなよ白石。ちゃんと断れ?」
「あーうん善処する」
 なんだか白石は少しやさぐれモードだな、と遠くで謙也が思った。
「あ、部長。結局金太郎さんは今日も休みですか?」
 空気が若干緩んだところで財前が聞いた。白石がそれに頭を上げかけて、千歳にあげるなとれんと怒られている。
「あーうん、休みやって。なんやえらい長引いとるらしい」
「珍しいですよね」
「そうやなぁ。金ちゃん基本雪ん子なんに」
 部内最年少のレギュラーは一昨日から風邪だかなんだかで休みだ。
 その元気な声が響かない部室というのは、思ったより寂しい。
「金太郎さんが入部するまでは雪ん子代表は蔵リンやってんけどな」
「そうそう」
「あーそやった? ええやん。もう雪ん子は金太郎に襲名させたんやから」
「襲名って…極道ですか」
 何代目ですか、とか聞いた財前はそれにまともな返答がかえるとは思っていない。
 思っていないなら言わなければいいと言われるが、最早性格なのだ。
「何代目かなー。とりあえず俺はその場のノリで五代目! とか言われとったけど、あれもノリっぽかったしなぁ。テキトーに七代目とかでええんちゃうん?」
「部長が五代目なら六代目でしょ…」
「いやテキトーやから」
「おーいレギュラー……はなに白石を構ってんねや?」
「あ、オサムちゃん」
 扉から入ってきて真っ先に千歳と小石川にいじられている部長を見ての顧問の一言だ。
「いや、ちょっと白石がAKBだかになる前に直しとこって」
「AKB? 秋葉原のか?」
「うん。つーかオサムちゃん知っとるんか。まあ年が年やし…」
「白石は地雷踏むの上手かなー」
「あーごめん」
「で、レギュラー暇か?」
「オサムちゃん、これから部活なんに暇はないやろ」
「あーそうなんやけど、天気予報で雨や言うとって。空えらい曇ってんで」
「…ほんまや」
 窓を覗き込んだ小春が呟く。空は今にも泣きそうな灰色。
「なんや狐の嫁入りみたいな天気やね」
「狐の嫁入り…ああ、雨のことそういうんやったっけ」
「そうそう」
「でな、夜まで降るいうから、どうせなら部活は今日はなしにしてみんなで金太郎の見舞い行ってきたらどやって思てな。金太郎ん家、今日親御さん留守らしいねん」
「そうなん? ほな行く?」
「白石やから頭動かすな。…そやな。行くか」
「ほな、桃買ってくか」
「なんで桃」
「風邪には桃やろ」
「おかゆの方がええやろ…」
 騒ぐ間にも空は黒くなっていく。
 そろそろ雨が降り出しそうだ。





 金太郎の家は一軒家だ。
 家の前についた頃には、空はいよいよ泣き出しそうだった。
「ほな、金太郎さん寂しいやろから構ってやろかー」
「タックルされんで小春」
 チャイムを押す。
 その小石川の隣で、白石はなにやら何度も家を見上げている。
「白石?」
「あ、いや……気のせいやし、多分」
 無理に笑って言う彼が、妙に千歳には気になった。
「千歳」
 チャイムには応答がない。出られないほどひどいのだろうかと小春と一氏が進み出て、玄関のノブを回すとあっさり開いた。
 金太郎さーん、と呼びかけながら、礼儀もなにもあったものではないのか財前も続いて中に入っていく。一応社交辞令のように「おじゃまします」の声。
「なん? 謙也」
 呼び止められた千歳の視界の前で、白石も軽い足取りで玄関の床を踏む。
「白石、気ぃつけといてくれん?」
「なんやあるんか? 白石も具合悪いとか」
「ちゃう。なんや、白石がああいう顔する時って、なんかあんねん。
 あいつ、霊感ありよるから」
 俺はさっぱりないから、勘やけど。と。
「……まあ、一応注意しとく」
 信じたのか信じてないのかわからない顔で千歳が頷いて、玄関をくぐった。



「金太郎ー」
 白石が呼ぶ。既に何度も呼んでいたが、全く返事がない。
「寝てるんやろか」
「さあ……」
 長い廊下を歩いて、白石が居間らしき扉を開けた。
「金太郎ー…………」
 名を呼びながら居間の中ほどまで入って、そこでなんとなく白石はテーブルに目をやって、息を呑んだ。
「…………」
 その肩から鞄が落ちる。口元を思わず押さえた手が、予感を確信に変えたように一瞬震えたのを、やっと扉の前まで来た謙也が見た。
「白石……?」
「………なぁ、今、金太郎しかこの家おらへんのよな?」
「あ、ああ。オサムちゃんが言うには」
「…ほなら、…これ。やったん、……まさか金太郎…?」
 信じられないという顔の白石の視線を追う。椅子の四つ並んだテーブル。その上。
「………」
 謙也は言葉を失った。
 猫が横たわっている。三毛猫だ。
 確か、金太郎が最近拾って、飼う許可を得たと言っていた猫だ。
 その、首から上がない。血が溢れて、テーブルを汚していた。
「……白石!」
 足早に近寄って、その場に縫い止められていた白石を居間から廊下に引っ張り出した。
「……大丈夫か?」
 謙也の問いに、白石は多少顔を白くしながらも頷いた。後ろで他のメンバーもその猫の死体を見つけて青ざめている。

「あれ? 白石に謙也〜?」

 身が震えた。
 何故だろう。よく知る、後輩の声だったのに。
 その、いつも通りの明るい元気な声が、何故か異常なほど恐ろしく感じられて、白石は振り返るのに時間を要した。
「金太郎…」
 金太郎がいる。
 どないしたん? みんなして。と首を傾げた。いつもの彼だ。
 具合の悪い様子はない。
「…金太郎」
「金ちゃん、なあ…」
 猫のことを聞こうとした千歳を、白石が押しとどめた。
 その綺麗な顔は、今や完全に青ざめている。それでも笑って、彼は聞いた。

「……右手、なに持ってる」

「え? 右。あー、さっき追いかけっこしてて、捕まえたんやけど」
 金太郎はさも当然の口調で答えて、右手をこちらにつきだした。
 メンバーの顔が凍る。
 猫の、首だった。
「………金太郎がやったんか?」
 白石はあくまで優しく問いかけた。
「え? ああ、」
 左手をひょいと持ち上げる。握られていたのは刃渡りの長い包丁だった。
「ばしーんて勢い余って叩いたら、首とれてしもた。どないしよか」
 何事もなかったように笑う。それが、今は異常なのだ。
「あ、白石。」
 進み出た後輩を、思わず忌避するように下がってしまってから白石は笑顔だけ青い顔に張り付かせて聞く。
「なんや?」
「………白石って………」
 その手から猫の首が落ちた。

「旨そうなんやな」

 あり得ない言葉を落としてその腕に触れた指先が酷く冷たくて、白石はそのままなんの構えもなく金太郎の鳩尾を思い切り足で蹴り飛ばした。
 そのまま勢い余って彼の身体が突き当たりの壁にぶつかってうなだれた。
「白石!?」
「あかん、逃げるで!」
「は?」
「あれ金太郎ちゃう! ここおったらまずい!」
「みんな玄関戻れ! 出るんや!」
 白石の霊感が嘘をつかないことを知っている謙也が後押しするように叫んで玄関へ戻らせる。
 しかし玄関の扉に触れようとした瞬間、扉は向こう側から思い切り引っ張られたように大きな音を立てて閉まった。とっさにレバーを回して引っ張るも、全く開かない。
「………あかん」
 呟いた白石が何かの支えをなくしたようにその場に蹲った。
「白石! 大丈夫か!?」
「……あかん。どっかから出んと……おかしい。ここ。………謙也」
「なんや? なんでも言えや」
「二階、二階はよう行かんと。金太郎が来る…」
 はっとして倒れたままの後輩を見る。それでも握られたままの包丁が恐ろしい。
「白石、立てるな!?」
 白石を引っ張り上げて立たせると、肩を貸すようにして二階の階段を上り始めた。





→後編













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