ノックに、扉を開けると白石が立っていた。 謙也の同室の財前は今不在だ。 「どしたん?」 「ん、ちょお、暇ならいれてや」 「ええけど」 招いて扉を閉める。 「あ、鍵も閉めて」 白石がそう言った。なので、従って施錠してから、その腕を掴んで腰を引き寄せ、耳元で囁く。 「なに…白石、自分からヤられに来たん?」 「うん。やって、さっきセンセにシてもらお思ったら、邪魔されたんやもん」 「ああ、白石、試合の後身体うずく言うてたもんな。なら最初から俺んとこ来いや」 「うんー…。けど、今日は財前がおらんて聞いたから」 「お前、俺と光の二人に滅茶苦茶にされるん好きよな」 無抵抗の身体をベッドに押し倒す。 そのまま前をはだけられて、当然、赤い痕に気付いた謙也はなにも言わない。 千歳でなければ、彼は過剰な反応はしない。 「ん…趣味悪いんかも」 「ええやん。俺はそういうお前好きやし。ところで」 「ん?」 「…“邪魔”ってなに」 「ああ、…センセが、千歳部屋に隠しとった。やから、邪魔」 「オサムちゃんは…。 けど、…白石は、千歳はもうええやろ?」 「…うん。…正直、前世んこと、気にならんっていうんは嘘や。 けど、あいつが結局、それありきで俺見るんやもん。…嫌やし、怖い。 …けど、謙也は俺やから…、抱いてくれるから、…好き」 首に手を回して、謙也の耳に囁く。 その声に、媚薬のように縛られて、ぞくりとした。 「…白石、もう一回、言うて? 俺が?」 「…謙也が…好き」 「…うん、…俺も…白石好きや…」 暗い優越に浸りながらも、わかっている。 ここで“お前自身が”好きと言ってはいけない。彼が逃げるから。 白石は、自分に向けられる愛情に怯えるから。だから、彼は千歳が怖いんだ。 だから、“白石自身が好き”とは言ってはいけない。間違えてはいけない。 「…俺の身体そんなにエエ?」 「そらな」 あくまで“抱くのが”、という意味に伝えなければ、この鳥は逃げてしまう。 ベッドサイドに荷物を送るために置いたままだったガムテープをとって、“後ろ向いて”と促す。 素直に背中を向けた、ベッドに横たわったままの白石の両腕を背後でテープで縛って、身体の向きを戻した。 「…謙也、最近、俺ヤる時、いつも縛るし、いつもクスリ使うよな…。 なんで?」 「…聞きたいか?」 「一応。嫌やないけど、気になる」 その白い頬を包むように捉えて笑う。 「俺、お前の泣き顔がいっちゃん好きやねん。かわええてしゃあないから」 「…謙也、趣味悪い?」 「まさか。他のヤツの泣き顔なんかうざくてしゃあないし。 お前だけ。 お前は綺麗やから、どんな顔でもええんやけど…やっぱ追いつめられて泣いてんのが、一番可愛いし」 「…ふうん。ほな、クスリまた使うん?」 「ま、な。前よりクるけど、まさか飲まんとか言わんやろ」 「…」 白石は不意に、小さく笑ってまさか、と一言。 「滅茶苦茶にされたいから、謙也がええて言うたやん? 今は特に。…やから、ええよ。 でも…謙也」 「…なんや?」 「俺が目一杯泣いた後は、ちゃんと目一杯可愛がってくれる? そんなら、なにされてもええよ」 「…」 微笑んで口付けて、合間に伝える。 「当たり前や」 ノックを受けると、千歳が立っていた。 「なんや」 「白石、おるとだろ」 「ようわかったな。けど、今は出せへん」 「出したくなか、やなかね?」 謙也は奥の寝台を見遣る。 そこには、上半身にシャツを引っかけただけの、抱かれ疲れた白石が眠っている。 「両方や」 「謙也も…やなかね」 「なにがや」 「傷とか、なんとかで、白石を抱いてるわけやなかね? 謙也は」 「…ああ、俺と光は、ちゃう」 「…純粋に、白石好いとうてか」 「ああ」 やから、渡せへん。 「……抱いた後と?」 「ああ」 「……白石、出してくれ」 「今、疲れて寝とる」 「……なら、連れてくと」 「よさんかい。…お前の執着は、迷惑や」 「……」 「そうやろ? 前世だの、なんやの」 千歳は不意に笑った。 「そうたいね。今までなら」 「…今まで?」 「さっき、気付いたと。 俺は所詮、セシアありきで白石を見てなかし、…セシアありきで白石、抱いたんやなか。 …白石やけん、抱いたと」 千歳の言葉に謙也が絶句した間に千歳は横をすり抜けると、我に返って止めようとする謙也を避けて、寝台に横たわる白石にシーツを巻くと抱き上げた。 「行かせへんで」 「…謙也は、…白石、好いとうだろ」 白石を抱きかかえて、千歳はなおも言った。 「ああ」 「……白石が、自分を好いとうヤツを怖がるこつもか」 「…ああ」 「…それで、身体だけ欲しいって、白石にずっと誤魔化してくと?」 「なに、言いたい」 「…そげん、好きじゃ、…白石の心は手に入らんとよ」 「抜かせ」 「…白石、欲しいなら、求めんとね。 俺は、前世はもうよか。 忘れて構わなか。ただ、“白石”が欲しか。 だけん、もらってく。 …奪ってさらって抱きしめる、…前世にだって、渡さなか」 「…千歳…?」 「…俺は、……白石が好きと。ほんなこつに、好いとう。 …白石に会うためだけに、記憶ばあった。 今は、もう、よかね」 謙也を押しのけて廊下に出た千歳が、小さく笑って言う。 「…謙也がちゃんと言うて、白石が、謙也選ぶならよか。 だけん、伝える意志がなかなら、俺がもらうと」 「千歳!」 ぱたんと扉が閉まる。 謙也が追った時には、千歳は自分の部屋に消えていた。 ふ、と戻った意識に、喉の痛み。 相当鳴かされた、と思いながら起きあがって、白石は身を固めた。 「おはよ」 「……ち、とせ?」 謙也は? 「ここは俺ん部屋たい」 「…なんで」 「謙也んとこから奪うて来た」 「………っ!」 咄嗟に立ち上がって扉に手を付いた白石が扉を回しても開かない。 「このホテル、中からも鍵かかったい」 「…っ出せ!」 「嫌と…白石」 そっと近づいた長身が、白石を扉の前に腕で封じ込めて、囁く。 怯えるように扉に後ずさった白石の耳元で。 「なに…怯えとうね。あれだけヤっとうなら、…俺かてよかろ?」 「…嫌や。お前は…嫌や」 「…なんで?」 「…怖い」 「……違うだろ、白石」 「…」 「俺が、…白石、好きだからとやろ」 「…や…」 「白石、俺は、最初から…セシアありきで白石を、好きなんて言うてなかよ?」 「……?」 「それは、会った時は前世ありきやった。 だけん、白石を好きになっとうは、…白石が白石だからたい。 …セシアは関係なか」 伝わってくれと、願って言った。 「嘘や…」 「嘘やなか。俺は、白石が白石だけん、好いとう。 …セシアは、“俺”は好きやなか」 「嘘や! …やったら前世の記憶いらんのか!」 「いらん。白石を好いとう気持ちが残れば、俺は、…前世はもう、いらなか」 「…っ!」 反射のように暴れた白石の身体を引っ張って、傍の壁に押さえつける。 身をよじって逃げようとするシャツ一枚の身体を白石が驚く間なく抱え上げて、その下肢の皮膚を傍にあったジェルで濡らして指を差し入れた。 「っあ…!」 「…謙也に抱かれたまま、放置するわけなかよ」 「…や…ぁ…っ…ぁ…ぅ…」 「…痛か?」 「…は…ぁっ…ぁ…や…い……こわ……」 「怖くなか」 その額にキスをして、下肢を一気に三本の指で貫いた。 「嫌…! 嫌や…っ! 怖い…や…謙也!!」 「白石…」 「嫌や…! 謙也!!」 「……白石」 なお叫ぶ唇を塞いで、千歳は囁いた。 「愛しとう」 「…っぁ……」 涙を浮かべた身体が、下肢にめり込んだ先端の感触に悲鳴をあげる。 しかし、その矢先に千歳は白石を抱えると、引き抜いて床に降ろした。 「……」 「謙也がうるさか。…今日は、帰すと」 そこで白石はようやく、扉の向こうで謙也が呼んでいると気付いた。 「これ着て行きなっせ、だけん、白石」 長い上着を肩にかけられて、戸惑う白石を見下ろす。 「……俺は、白石がしんどい時ば、白石の気持ちが欲しか。 俺は、みんなにとってやない…白石だけの、…眠れる場所でありたかね」 「…とせ?」 「白石が…痛いって言いたい時ば、俺んとこ来て。 …俺は、…白石の悲しい気持ちば…聞かんでそれごと抱きしめたか」 その身体を引き寄せて、キスをするとそっと言う。 「だから、…一人でもう泣かんで…」 千歳、と呼べない。 怯える白石を見つめて、千歳はその身を離した。 自室に戻った白石が遊びに来た謙也の従兄弟と話していると聞いて、少し安心した。 彼を、怯えさせたままいさせたくはない。けれど、それに怯えて、逃げることはもう出来なかった。 「…蔵ノ介。平気か?」 「うん…」 「大丈夫や。俺だけは、知っとる…。 蔵ノ介の全部は…」 侑士の言葉に、白石は俯いてか細く言う。 「内緒…やんな?」 「ああ、…蔵ノ介がいっちゃん知られたくないことは、…言わへん。 謙也にも」 「…うん」 意外や、と謙也に言われた。 抱くと思った、と。 苦笑するしかない。 あんな風に、他の男を呼ばれて、壊すように抱きたくはない。 「あ、侑士」 部屋から出てきた侑士に謙也が顔を向ける。 「ああ、終わった。だいぶ落ち着いたし」 「ああ、すまん」 「で、そいつ? 千歳? に話あるんや。ええか?」 廊下に出て、侑士は改めたように手を千歳に振った。 「で、…久しいな。…オリエンテ」 「ああ…ミヒェル」 ミヒェル=ラインドハッド。 オリエンテの親友だった男だ。 「お前、白石の傍におったとか」 「小学校ん時な。前世のことは一切してない」 「それはわかっとう」 「そか…」 侑士は、少し安堵したように見た。 「お前が、…前世構わず蔵ノ介を愛するようになったとはな」 「…白石やから」 「そうやな…あいつが、他人愛せない、怖い、…は前世のお前との別れや。 やから…壊せるなら、お前しかおらん。 あいつには、もっと怖いこともある」 「…?」 「……行って、確かめて来い。 あいつ、今、ホテルの外の空き地におる」 ホテルから徒歩十分の空き地。 そこは向こう側が崖だ。 随分広いそこに、白石が立っていた。 「白石」 追ってきた千歳に、白石は振り返って笑う。 「……説得力、ないわ」 「前世がどうでもよか、って話?」 「うん…やったら、俺の思い出したい気持ちは、どうしたらええ」 「…思い出さないでよか」 「嘘や」 「…ほんなこつよ」 信じてくれ、と続けた千歳に笑って、白石はぼう、と空を仰ぐ。 泣きそうに。 「……千歳は…」 「ん?」 「千歳は…“俺”やったらどこに、誰でも、見つけてくれたか? 俺が…“白石蔵ノ介”やのうても」 「…白石?」 「…どうなん」 「…見つけたと。…魂が、教えたんばい。名前は、関係なか」 答えると、白石は今にも泣く寸前のように笑って、俯いた。 「…やっぱり、あかんかった」 「…え?」 「…ごめんな」 嘆きのように、声が零れる。 「ごめんな…“蔵ノ介”。 俺、やっぱりあかんかった…」 「……蔵ノ介は、白石だろ?」 「…違う、俺は、…」 「白石蔵ノ介なんかやない」 →NEXT |