「ああ、そういえば俺もありましたよ。演劇」
「え? 白石、それ中学?」
「はい。一応主役もらったりとか」
「…?」
白石は常々、自分は学校で嫌われていた、と言ってたよな、と首を傾げた謙也が、横にいた従兄弟に聞く。
「侑士、白石って学校で…」
「ああ、女子男子問わず、ボロックソに嫌われとったで」
「いじめすら出来ないレベルに嫌われてましたよね」
梶本も重ねて言った。
「ほななんで…」
「いくらそういう奴らでも、蔵ノ介の容姿と演技だけは抜群にイイ、ってことは理解出来るやろ」
「そうしたら組織票で主役に祭り上げられますよ?
うちの学校、演劇で一位のクラスには恩賞も多かったから。それ欲しさに」
「……」
「蔵ノ介もちゃんと自分が主役にさせられた意味は知っとったけど、それで断る性格しとらんしな」
「侑士! 梶本! お前ら白石の友人やろ! 止めろや!」
「無茶言うな」
「たかだが二人ぽっちの援護で、残りのクラス人口38人に勝て、と?」
「白石のクラス、全員で何人やったと?」
「41人です。選択分けで」
「選択」
「はい、うち、理系と文系科に早くに分けるんです。俺と侑士と梶本は一応理系でした」
「そっか」
「そこ、のんびりな話に変えんな」
―――――――――という馬鹿話は、高速道路を走るバスの中で行われている。
バスの乗客は白石たちの所属する事務所のタレントたちで、白石たちもそれに含まれる。
バスは貸し切り。今日は、事務所の企画した、慰安旅行に向かう当日だった。
「すごい! 千歳さん、部屋に露天風呂がある!」
人付き合いがなければ、修学旅行もろくに行かないという白石だ。
露天風呂まで部屋のそれぞれに完備された部屋に案内されてはしゃぐので、もうすぐ成人するとは思えない可愛さに千歳は鼻を押さえて「そうたいね」と同意した。
「流石白石くん。相変わらず犯罪的に可愛いですね」
「ああ、あれはもう才能…ッ梶本! なんでお前俺らの部屋いっと!?」
梶本は確か忍足と一緒の部屋の筈という千歳の視線に、梶本はああ、と。
「その侑士くんから。大浴場に行くから二人を誘ってこい、と」
「ああ…。普通に声かけてくれんね…」
「すいません」
「あ、梶本。侑士がなに?」
「大浴場一緒に行こう、だそうです。でも二人で部屋で入りたいなら構わないとも」
「…千歳さんは?」
白石に伺うように見られて、千歳は手を振った。
俺の意見はいいから、と。
「…なら、梶本、ごめん。俺はここで入るわ」
「そうですか。わかりました。伝えておきます。では失礼」
すたすたと軽い足音で出ていく梶本を見送って、千歳は白石に振り返る。
風呂の支度をする背中の骨格もちゃんと、大人として出来上がったものだ。
自分より細くても、謙也や財前よりはしっかりしているし、背も高い。
なにかと白石を子供扱いする梶本も、白石より実は細い方だ。
しかし、それでも白石が頼りなく見えてしまうのは、もう惚れた欲目だと思う。
「千歳さん?」
急に眼前に顔を出した白石に、心臓が一気に跳ね上がった。
「あ、なんね?」
「俺、先入ります。千歳さんは?」
「あ、俺もすぐ行くたい」
「はい」
それでも。
振り返る時の首のラインや、簡単につかめる手首の、まるで子供のような仕草が誘うようで。
――――――――――正直、今二人きりだし、こいつどうにかしてやろうかと思う。
「…ッ」
一瞬頭をよぎった物騒な考えに千歳は頭を左右に振った。
「いやいやいかん!」
いくら白石が可愛かろうが、白石が意識しているわけではない。
それに、怯えさせるような触れ方はしたくはない。
それは。
(…それは正直、普段セックスの時もあんなに素直だと、つい「『挿れて欲しい』って言えたら挿れてやる」とか、どうして欲しいか言ってみろ、とか苛めたくなる嗜虐心がないと言ったら嘘になるけんど……)
いやいや、そんな変態みたいな愛し方をしたいわけじゃない!
それはそう言ったらしてくれるかもしれないし、それはとても可愛いだろうけど。
…想像だけで下半身がやばいけど。
「……それはいかん」
そんな風にしなくても、十分に愛されているのだ。なのになにを望むのか千歳千里。
…「犯罪的に可愛い」という梶本の先ほどの台詞が全てを表している気がした。
「自殺の名所?」
梶本が部屋に帰ると、支度をしている忍足の他に、財前もいた。
謙也が財前の支度より遅いから、話しながら待っているという二人が話していた内容を聞いて、そうコメントした。
「そうそう、自殺スポットらしいねん。ここ」
「…自殺出来そうですか? この旅館」
至極真っ当な顔でボケた梶本に律儀に「ちゃうわ」と突っ込んでから、忍足は「泊まり客が」と言い直す。
「ここから少し行った崖が正確にはそうや。やけど、そこに日帰りみたく来てすぐ死ぬヤツおらんやろ?
大抵この旅館に泊まってから自殺しに行くんやと。やから自殺者の名前はすぐ割れるて。嫌やなぁそんな客。…て話とったん」
「確かにそんな風に繁盛しても嬉しくない有名税でしょうね」
「相変わらずお前はボケづらいコメントすんな梶本」
「そういうキミは相変わらず絡みづらいツッコミですよね。全員関西人こんなのだと思っていた僕が失礼でしたよ」
案に絡みづらいのはお前限定だ、と言われて、忍足はお前よりマシやと軽口を叩く。
そこで謙也がやってきて、荷物片手に立ち上がった財前に有耶無耶にされるように、二人は顔を見合わせた。
「……っ…ん」
二人きりの露天風呂はさほど広くはない。
しかし広さは自分たちのマンションとは比べモノにならない。
石畳のタイルに手を突いて、必死に千歳のキスに応えることに夢中になる白石を引き離した千歳が、その腰を掴んで反転させる。
充分千歳の指で解されたそこに熱が宛われて、ギュっと目を閉じた白石の耳に、不意に低い声が触れる。
「…白石? なんか、言うことなか?」
「……、…?」
荒い呼吸で、それでも必死に考えてしまう白石を次に襲ったのは、一種信じがたい言葉。
「挿れて欲しい、…てお願いせんね?」
「……とせ…さん?」
「お願いしてくれんね? ここに俺の、挿れて欲しい…て。
そしたら一杯可愛がってやるたい」
「……ち…とせさん…?」
千歳を茫然と見上げる瞳は欲に潤んではいたが、その瞳が映す千歳が、いつもと明らかに違うことくらいはわかった。
「…ちと…せ…さん……? なに、言う…て」
「言わんなら、これ以上は抱かん。ホラ…」
裸の肩を抱きかかえられて、耳に流し込むように囁かれる。
「『早く挿れてナカぐちゃぐちゃに犯してください』て…言うだけでよかよ?」
「……、…ッ」
流石に羞恥に真っ赤になって睨み上げた白石は、それを受け止める漆黒の瞳が紛れもない色に染まっていることに気付いて、すぐ背中をある感触が襲った。
覚えがある。
たまに、自分を“そういう”眼で見た中学の同級生や大人と同じ。
好色の色だ。
(―――――――――――――千歳さんの眼やない)
そう気付いて、すぐ湯からあがると引き留めようとした手を初めて振り払って部屋に逃げた。
咄嗟に千歳が中に入れないよう窓の鍵をかけてしまう辺り、自分は相当パニックになっているんだろうと自己分析したり。
「蔵ノ介?」
かかった声にびくりとした後、部屋の扉の前で、ノックする形でこちらを見ている忍足に気付いて安堵にその場に座り込んだ。
「く、蔵!?」
驚いた忍足が扉がちゃんと閉まっていると一瞬確認した後、裸にタオルを巻いただけの白石に駆け寄った。
「どないしたん!? 襲われたんか? 千歳は?」
「…おそわれ…たんかも」
「千歳は!?」
「…いや、…千歳さんに…襲われた」
「……は?」
忍足はそこで、理解出来ないというか、したくないという顔で疑問符を浮かべた。
「……や、やって千歳さんやけど、千歳さんやないんやもん…っ。
い、……い」
「蔵…。落ち着いてちゃんと…なに?」
「……“挿れてください”て言わないと抱いてやらんて言うたもん…。千歳さんやない」
「…………」
言葉を失った忍足に、信じてもらえなかったかもと項垂れた白石をぽんぽんと抱きしめ撫でて、忍足はタオルの上から勃ちあがった性器に触れる。
「ゆうし…っ」
「安心せえ。俺がどうこうはせんよ。
蔵、千歳は露天風呂やな?」
手を離した忍足に言われ、こくりと頷く。
「俺がどうにかしてきたるから、その後千歳にちゃんといつも通り可愛がってもらい?」
「…ど、どうにかできるん!?」
「あー、多分、千歳、憑かれとるんやと思う」
確信のように言って、忍足は露天風呂に消えた。
(…うわ、マジ憑かれとるわ)
忍足侑士に備わっている霊感は、実際は幽霊の姿を見る霊感ではない。
忍足が感じられるのは幽霊の発する音(声など)だけで、見えない。
あと、出来るのは自分が触れた身体に対する霊的干渉を弾くことだ。
無感動な眼で見つめてくる千歳を見て、背中を嫌なものがぞっと走ったがここで怖じ気づいては仕方ない。頑張れ俺。可愛い幼馴染みのためだ。
「千歳…俺は蔵ノ介やないからな?」
にこりと笑って言って、関係ないと言いたげにしながら若干のリアクションを返そうと思案した姿の隙をついて、その腕を掴んで片手の自由を奪うとその上半身に抱きついた。
途端、その身体から感じていた音が聞こえなくなる。
身体に触れていた、幽霊がいなくなったことで意識のなくなった身体の重みが消えて顔を上げると、自分が言うのもあれだがもの凄い顔をした千歳と眼があった。
「…な」
「…」
「なんばすっとね!? 気持ち悪か!!!」
「俺も大概気持ち悪いわ…。おはよう千歳…」
「は!?」
「お前な、今さっきまでな?」
とりあえず取り憑かれていたことから、白石にしたことまで説明する忍足の目は、我ながら死んでいた。
「すまん! すまん白石!」
あの後、我に返った千歳は一通り謝ると白石の熱を鎮めてやったが、それでも謝り足りないのか、六人で取っている食事の最中でも白石に謝った。
確かきっかけは白石が取ろうとしたジュースを落としてしまったことだったか。今回は。
前は部屋に入る順番の譲り合いだったな、と梶本が暢気に思った。
「もうええです! ええから…千歳さん」
「…うん、わかっとう。やけん…」
「気まずいやんなぁ千歳」
「言わんで忍足…」
「千歳って、憑かれてなに言うたん?」
「まあ、セックスの時に突けの回せの口で強請れって強要しただけやけど。な、千歳」
「俺そげんこつまで言うたと!?」
「侑士! 千歳さん、そこまで千歳さん言うてへんから!
侑士! 話捏造せんで!」
「すまんすまん」
ごめんごめんと手を振った忍足が、せやけどな、と首を傾げる。
「なんかすっきりせんのや」
「なにがや侑士」
「いや謙也…なんか、その幽霊、まだおるような気がしてな」
「怖いこと言うなや!」
「いやいやほんまに…」
重ねて言う忍足の横で、否定していた謙也が不意に動きを止めた。
「…謙也くん?」
すくっとその場を立ち上がった謙也をいぶかしがった財前が呼ぶ。
しかしそのまま歩き出した謙也は、とん、と千歳の前に座った。
「…謙也?」
「…忍足さん、あれ、白石さんにそないことしたん怒ってんですか?」
「…いや、あれは…」
無難な想像をしてみる財前と、否定して嫌な予感が的中したと青ざめる忍足、その横でまとめて他人事として扱ってもくもくと食事を食べる梶本の前。
謙也は妙に芝居がかった動きで千歳にしなだれかかると、驚いて声もない千歳と白石の前でその唇にキスをした。
「……っ!!!!?」
眼を白黒させてキスを黙って受けていた千歳から謙也を引き剥がしたのは、いつの間にかそこに立っていたその恋人。
「忍足さん」
「あ、ああ」
呼ばれて初めて自分の役割を思い出して、忍足は謙也に近づくとギュとその身体を抱きしめた。
今度は謙也が気付く前に身を離しておく。
「……あれ?」
「あ、正気に戻った…」
安堵に息を吐く白石を余所に、憮然としているのは財前で、千歳は硬直したままだ。
「……? なに、侑士、疲れてんの?」
「一日に二回も好いてない野郎に抱きつけば嫌でも疲労困憊するわ阿呆謙也」
「…へ?」
「千歳さん」
目を点にした謙也の真横で、真顔で、硬直したままの千歳に呼びかけた財前がその首にずい、と手を回したので千歳も、謙也も忍足もぎょっとして目を向ける。
「ひ、ひかる…っ!?」
「まさか、財前くんも憑かれた?」
「それみそ汁飲みながら言う台詞か梶本…?」
「は? なにが…って光ストップ…!」
謙也が言うが早いか、財前は千歳に迷うことなくキスすると、離れてぐいと唇を拭う。
「取り敢えず、返してもらいましたからね。謙也くんのキス」
「………………」
最早言葉もなくへたり込んだ千歳を余所にピースサインすらして見せる財前を、白石が“やっぱ彼氏は光の方なんや”と納得して見ていた。
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