blind summer fish

第二話−【恋は一秒先まで】



「そうそう! それでそん時小春が…って!」
 練習の合間、昔の思い出話にふけっていた謙也がそう叫ぶのは、もう何回目だろう。
 財前はそう思った。
 気付けば、白石がいない。
「あいつはまたどっかいきよった! ええ加減お前に話してるってわからんのかなぁ…」
 白石が病気を起こしていなくなったのではないことは財前にも千歳にもわかっている。
 それは最初はそう思ったが。
 実際、白石が謙也たちの昔話を聞いては悪い、自分は邪魔だ、と勝手に思い、遠慮して気付けばいなくなっているのはいつもの話だ。
 そんな風に、人付き合いの経験皆無な白石は“自分は邪魔だ”と思い詰める。
「千歳せんぱーい」
「わかった。多分またBスタジオやけんね」
 そんな白石を構いたがりで面倒見のいい千歳が連れ戻すのはいつもの光景になった。
 出ていく千歳を見送りながら、最初は謙也も財前も交互に迎えに行ったな、と思った。




「白石!」
「っ…」
 遠慮していなくなった癖、見つかると怒られる子供のように首を縮こまらせる白石に、千歳は毎回彼を苛めているような気になる。
 表情に出さず、手を掴むと引き寄せた。
「いい加減馴れなっせ。俺達が同じ中学だからって、お前をのけ者にしてなかし」
「…それは、わかってるんですけど」
「わかっとう。そんでも、ついつい居場所なかって思ってしまうとだろ?」
「………はい。…というか、話に入れない自分が…なんだか」
「寂しい?」
「…はい」
 ぽん、と低い頭を撫でてやる。
「同じ中学だった、…て以外にも世界には長いつきあいなんて山ほどあるとよ?
 それは、学校が同じって友人が多いんは否定ばせんけど。
 とにかく、白石は同じ事務所って縁で俺達の仲間になった。それも縁たい。
 で、俺達は白石に俺達のこつ知って欲しかね。だけん白石に話しとう」
「…俺に?」
「そ。白石にも、思い出を共有までいかんでも、俺達のこつ色々知って、笑って欲しかね。
 白石がいつまでも俺達のこつしらんは、寂しかろ?」
「…え、千歳さんたち…も?」
「当たり前たい。一緒に笑ってこそ仲間やろ」
 な?と笑ってやると、遠慮がちながら理解したのか、控えめに微笑んでくれた。
「だけん、もう遠慮して逃げたらいかんよ?」
「…はい」
「うん。じゃ、戻ろ」
「はい…あ、」
「ん?」
「あ、いえ」
 道を戻りながら、初めて聞いた白石の言いかけのような言葉に、顔を覗き込む。
「なんね? 言ってよかよ?」
「……でも」
「遠慮すんな。出せ出せ」
「………あ、と……謙也さんと財前さん…関西の人ですよね」
「そうやね」
「千歳さん…言葉、九州の人ですよね」
「ああ」
「……三人の中学って、大阪? 九州?」
「ああ、大阪。俺が中学は大阪に通ったんばい」
「あ、そうだったんですか」
「実はずっと気になっとうね?」
「……はい」
「これから同じことあったら、遠慮せんと聞けよ。よか?」
 白石が昔の話に自分から触れたのが初めてだったので、嬉しくなった。
 言うと、白石は遠慮のように笑いながらも、はいと笑った。





「へー、あいつもやっとなぁ」
 番組の収録の合間に、それを話すと謙也が嬉しそうに言った。
「進歩しましたね。あの人も」
「だろ?」
「まあ知り合ってまだ二月やしな。あいつ素直やし順応早いからすぐ覚えるやろ。
 人付き合いも。
 ……ところでな」
「なに? 謙也くん」
「俺、ずっと気になってんやけど」
「なにが?」
「あいつ、俺らのメンバーに入る時、…ほら自己紹介したやん?」
「ああ…」
「お前らんことはまあええねん。“千歳”さん、“財前”さんて、いきなり名前で呼ばないやろ。あの性格やと。
 …で、なんで俺だけ最初から“忍足”さんやのうて“謙也”さん?」
 いや嫌やないんやけどな、と言い置いて謙也は言う。
「確かに…変ですね。あの人にしては」
「気付いとらんかったと…。
 ばってん、なんでやろ。聞いてみると?」
「そうやな…。で、白石はいつまでトイレ行ってん?」
「…遅いっすね。そういえば」




「……あれ、どう考えても俺のこと、やんな…」
 スタジオの廊下を歩きながら、白石は呟く。
 少し前にいつの間にか荷物に入っていたメモ。

『お前達の秘密を世間にバラされたくなかったら一人でGスタジオまで来い』

「…俺以外に、いないよな」
 バレてやばい秘密、なんて自分以外ないだろう。
 謙也も財前も、千歳もいい人だ。あの人たちに問題があるなんて思えない。
 こつり、とそのスタジオに足を踏み入れる。
 中は真っ暗だ。誰もいる気配がない。
「…あれ」
 そう呟き、もう一歩入った時、背後の扉が大きな音で閉じた。
「え…っ」
 驚き、思わず駆け寄るが、外から鍵がかかっていて開かない。
「…もしかして、…ハメられたん…?」
 茫然と言ったのが多分事実だ。
「ど、どないしよ…っ」
 焦って必死で叩いて声を上げても、開かないし人の気配も近づかない。
「……どうしよう……千歳さんたち…心配するし…収録これからなんに…。
 迷惑かかる…っ」
 どうして、こううまく出来ないんだろう。
 やっぱり、自分が誰かと一緒にいるなんて、無理なんだろうか。
 胸に落ちた悲しさに、涙がにじんだ。




「…こっちにもいなかね」
 楽屋まで戻ったが白石の姿はない。
 どこにいったのかと思った千歳が、流石に心配になった時だ。
 開きっぱなしの白石の鞄から覗く紙切れに、目を留めた。
「…これ」
「千歳先輩、いました?」
「いや、いなか。だけん居場所はわかった」
「え」
「これ」
 メモを財前に渡すと、話す間が惜しいと千歳は駆けだした。
「おい、光。今千歳が」
「謙也くん、これ」
「……あ」
「多分、俺らはひっかからんから、でしょーね」
「…ああ」
 とにかく俺達はスタンバイしておこうと言う。
 投げてはいない。心配もしている。
 ただし、犯人の目星はつく。そいつらはいつもくだらないちょっかいしかかけないから、やって閉じこめる程度だ。それなら千歳に任せて、自分たちは遅れてくる彼らに備えた方がいい。




「…ここか」
 見遣ると、扉は外からも硬く施錠されている。
 試しに引っ張るが、やはりあかない。
 その時、声が向こう側からした。

『…っ?』

「白石!?」
『千歳さん…?』
「俺たい! 怪我なかね!?」
『は、はい! す、…すいませんっ!』
「そげんこつはどうでもよか! とにかく…まあ、よかね。扉一枚くらい」
『…?』
「白石! ちくっと離れとくたい! 退いときなっせ!」
『あ、はい…』
「…退いたと?」
『はい』
「よし」
 頷いて、千歳は一度下がると、片足を踏ん張って片足で思い切り扉を蹴破った。
 勢いついた扉が、がこん、と外れて床に転がるのを、暗闇でも理解した白石が相当驚いた顔で見送っているのが見えた。
「白石! 大丈夫と!?」
「あ! あ…はい。…びっく…りしました」
「すまんね。ほら、はよ出んね」
 駆け寄って肩を抱くと暗闇から連れ出す。
 明るい廊下に出て、その瞳に涙の膜が張っていることに気付いた。
「怖かったと?」
 安心させるように優しく聞くと、ふると首を振られた。
「…違います。絶対、来てくれるってわかってたし」
「なら」
「ただ、…情けなくて…。いつもこんなんで、病気なくても…迷惑ばっかで。
 ……やっぱ、俺が誰かと付き合うなんて……無理なんやって」
「馬鹿言いなっせ。そげん風に思ってなかよ。
 白石は優しかだけたいね。それに、初めてのこつがうまく出来る人間なんていなか」
「……」
「……白石は俺達のこつ心配して来てくれたんに…なんでんそれが迷惑とね。
 悪いは白石を騙したヤツ。白石は悪くなか。
 ……わかったと?」
 屈んで視線を合わせ、微笑んで言われて、ふと胸が暖かくなった。
「………は、い」
「…白石は、もっと俺らに甘えてよかよ。な」
「…っ」
 こくりと頷いた勢いで、膜が剥がれるように涙が一筋零れた。
「……怖かったと?」
「………いいえ」
 ふる、とやはり首を左右に振られる。
「…千歳さんたちが、おるから、平気」
「ん」
 涙を拭うと手を引いて、謙也達に連絡するため携帯を取り出した。




「すいません!」
 収録が終わって、すぐ頭を下げた白石にいい、いいと手を振った。
「お前の所為やないやろ」
「でも…」
「ですから、誘い出した方が悪いんです」
「で、でも…原因は俺で」
「原因?」
「…秘密って」
「……あの、それ、多分、絶対、白石さんのことじゃないですよ」
 楽屋に響くような棒読みで、財前が言った。
「へ?」
「…お前、知っとった?
 俺ら三人、お前が入る前からの事務所の問題児グループなんやで?」
「…も、問題児…?」
「そう。秘密って俺か光か千歳の秘密やな。
 な?」
「あーそうたいねー」
「でしょーね」
「…で、でも謙也さんたちが…? そんな…」
「お前、俺ら買いかぶりすぎな。
 まず俺。……実は絶望的に歌、下手なんや」
「…え?」
「そうそう、謙也くん下手っつか音痴。
 やから、普段絶対ソロないん。歌って俺らのメロディに乗れるハモリ」
「ばってん、謙也、世間では格好つけやけんね」
「そうそう。この人、明らかに収録とかやと普段と違ってナルシーで格好つけですやろ?
 でも実際、ヘタレやし」
「なんやと光」
「事実やん」
 で、千歳先輩。と財前が指さす。
「この人、普段下駄履くんや。
 事務所の人が何度もやめろ言うても、履く。そんなアイドルはないやろ?
 今は対外ははかんようになっとるけど」
「…下駄」
「それも鉄下駄」
「……よかよ?」
「あとお前は、目がな」
「目?」
「俺、右目がほとんど見えなか。昔の事故たい。
 だけん、それも隠しとうね」
 流石に白石はショックなのか、不安げに千歳を見上げた。
 大丈夫、と頭を撫でてやる。
「で、いっちゃんひどいん光。
 こいつ、…未だに煙草吸ってんや。未成年や未成年」
「ちょっとくれとか言う人に言われたない」
「うっさい。後……中学時代、遊びの覚醒剤、知人にもらって自分は使わず小遣い稼ぎに学校でバラ巻いてたもんな」
「…え」
「今はやってませんよ?」
 いけしゃあしゃあと財前に言われて、一応頷きながら、白石は信じられない顔で呆けている。
「そういうわけで、ゴシップネタには困らん三人やって話なんです。
 やから、秘密はあんただけやないの。つか、あんたの方がまだ可愛いです」
「そういうこと。やから、気にすんな?」
「…俺、だけやない…?」
「そうそう」
「…俺だけやない…」
 もう一度、呟いた白石はそれでよほど安心したのか、ぽかんとした顔を緩ませて、ふわりと微笑んだ。千歳たちすら初めてみるような、とびきりの笑顔で。
「よかった…!」

(((え…!?)))

 驚きは三人分。
 気付かない白石は、じゃ、俺マネージャーに言ってきます!と部屋を後にした。
 真っ赤になった顔を押さえて、謙也が呟く。
「なんやねんあれ…反則や…」
 落ちそうになったやんか、と言う謙也の隣の財前の顔も赤い。
「ちょお…まずかったですわ。俺らノーマルなんにあれはちょっと…」
 ぞくっとした。と言った財前がふと横を見遣って、謙也の首根っこを引いた。
「なんや…って」
 そこには、耳まで真っ赤にして椅子から文字通り身体が落ちた、千歳の姿。
「あーあ、この人は確実に落ちましたね。心が」
「落ちたな。恋に」
「……………」
「どないする?」
「ええんやないですか? 千歳先輩でも、流石にいきなり押し倒したりせんでしょ」
「…そやな」
 勝手なことを言う二人を余所に、千歳はまだ赤い顔で白石の去った場所を見ていた。










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