世界ツアーから帰国して、初の新曲合わせの日。
相変わらず千歳の空気が悪いなぁ、と謙也は思った。
「今回はフォローでけへんわ…」
「俺もですわ」
世界ツアーの途中から千歳が微妙に低気圧をまとっているのは、世界ツアーの最中に恋人、白石がかつての悪魔(柊内の越前リョーマの通称)と綺麗に和解した上、見た目が明らかにラブラブだったことにある。
そもそも白石の思考回路は割と複雑回路で、アメリカを発つ時に手塚も言っていたが常人の理解のほど遠い位置にあるらしい。
「あれを理解しようと思ったら、惚れ抜くか諦めるかするしかないだろう」
と手塚は語った。(真顔で)
何故あんな出会いをして、あんな経緯を辿った越前をあっさり受け入れてられるのか、正直千歳も謙也も財前も理解が出来ない。
しかし、それが実際白石と越前の間で実現しているのだから、目を背けても仕方なく。
謙也と財前は、ああもう白石がいいならいいか、と諦めたが、千歳はそうもいかない。
未だ恋敵と疑う悪魔が、あの後から頻繁に白石と国際電話でラブラブしているらしく、千歳の気温は常に極寒。しかし、いつ白石をさらっていくかわからない悪魔が今は白石と友好状態ならば自分から白石との間を険悪にしている暇も隙も作れない。
よって、千歳は白石の前では常にいつも通りの笑顔。謙也と財前にだけわかるように低気圧をまとうのが帰国後の日常になった。
「おーい、集合!」
スタジオの扉を中からとんとん、と叩いて小石川が視線を集めた。
彼は世界ツアー中のみのマネージャーだったが、その後、柊の正式マネージャーとして付き合うことになった。
「どないしたんですか? 新曲録るから顔出さへんて言うてたんに…」
「いや、それがな、これ」
いぶかしがった財前に、近くに来たから丁度いいと小石川は持っていたMDを渡す。
「聴いてみ」
「……?」
財前がますますおかしがって、イヤホンをつけるとMDプレイヤーにそれをセットする。
片方のイヤホンを謙也の耳につけて、再生をスタート。
「………どっかのバンドの歌?」
「歌詞。注意してみ?」
「……………………」
「…アレ? この歌詞どっかで…」
知っているものとはメロディも全然異なるが、歌詞に聞き覚えがある。
「それ、今お前らが録ってる新曲用に謙也が書いた歌詞。パクられた」
「………って淡々というとこかそこー!!!!?
さらっと一大事を報告するな! 無表情で報告するな! なんであんたそんなに平静なん!?」
「いやぁ…盗られてもうたもんはもうどうしようもないっか、て思て(さらっ)」
「ないっか、やない! ホンマあんた白石以外どうでもええ仕事する人やな…!」
胸ぐらを掴んでがくがく揺さぶる謙也にも、小石川は無表情で、「そらそういう命令受けてるから」とやはりさらっと言った。
「あの人、ホンマ謙也くんと相性悪いっすね…」
「小石川さん、熱しにくくて冷めやすいテンションやから…謙也さんと対極…」
「つか、謙也がいつも一方的につっかかっとるだけばい」
「お前らのそのリアクションもおかしない!!?」
なんだか熱くなっているのが自分だけな気がして必死に突っ込む謙也だが、白石たちは顔を見合わせて。
「その人が来るとテンションがーっと下がるんですわ…。なにも怒鳴りたない感じや」
「人間クーラーみたいなんですもん小石川さん…」
「うん」
「お前の所為か小石川…!」
「敬語使えや謙也」
ぱっ、と簡単に胸ぐらを掴む謙也の手をひっぺがすと、新曲の歌詞手早く書き直してよろしゅうと言ってのける。また掴みかかろうとする謙也を財前が押さえた。
「ま、それはともかくとして、自分ら、明日休みな」
「…は?」
やから明日、仕事休み。と小石川が重ねて言う。白石たちもぽかんとしてしまった。
「な、なんで!?」
「そ、そうですよ。新曲のやり直しで時間が逆にやばいんに…休暇なんか。
発売日動かせへんし」
「はい、千歳」
謙也と一緒に説明を求めた白石の質問を受け流し、小石川は千歳に指を向ける。
「明日はなんの日?」
「………え?」
なんの日?
「……えー…一月十二日?」
「は、なんの日? 日本では」
「………?」
「あ、成人式?」
「はい、白石正解。
て、ことでお前ら成人式出て来い」
「…え? そない暇はないって今…」
「ええから出て来い」
「「「「………はい」」」」
「っかーなんやねんあの人…今時成人式を優先するアイドルってなんやねん…。いややるやつはやるけど…」
翌日、街を歩く謙也の言葉に付き合いの財前が「来てしもたもんはしゃあないっすわ」と相づちを打つ。
財前は一歳年下なので彼は来年だ。財前は会場の前のファミレスで暇を潰すと言う。
実は昨日、その日の収録後に、
「あ、謙也」
事務所の入り口で偶然顔を合わせたのは、同じ事務所の忍足侑士と梶本貴久。
「あ、侑士」
「お久しぶりです。今帰りですか?」
梶本の挨拶に千歳が頷いた。
「お前らも?」
「はい。今帰るところです。よかったら一緒に」
「ああ、よかよ」
すんなり肩を並べて歩き出す姿に、財前がひっそり「梶本さんは全く恋敵に見ぃひんねんなあの人…」と突っ込んだ。
「そういや、お前らも明日成人式か?」
「え、なんで知ってん侑士」
「僕たちのところにも来たんですよ。小石川さん。で、成人式行って来いと。
すごいですよね。僕たちのマネージャーじゃないのに」
「…うわ、ほんまなんなんあの人…」
「でもよかった。言われてなかったら白石くんを一人で行かせるところでしたよ」
小石川健二郎と言う男は本当に抜け目がない。
あれは実は白石だけのために雇った人間で、確実に彼の父『白石奈鶴』を国宝にと働いた人間たちの息がかかっているらしい。それだけあって、白石のためには本当に熱心に動く。それ以外がすっごい淡泊だから謙也は気に入らないのだが。
しかし続いた梶本の言葉に、謙也は「?」となる。
「一人?」
「え? だって、成人式って普通、出身中学校の集まりで、出身地でやるものでしょう?」
「梶本が、成人式ついでに大坂に帰って俺と蔵と三人で大坂観光もええなって…」
「「一緒にこっちでやれ!」」
「……言っとった後に、すぐ『謙也と千歳が許すはずないからまあ一緒にこっちでやるんでしょうね』て言ってたで?」
「………びびらすな」
「僕がびびりました。というかレスポンスと反応よすぎですお二方」
財前がアメリカで鍛えられたんだ、とぼそりと言った。
ということがあり、道を一緒に歩くのは謙也、財前、千歳、白石、梶本、侑士の思い切り目立つ組み合わせ。周囲の振り袖の女子が「スーツ着てるし方向同じだしまさか!」という顔だ。
まあ、一緒に成人式出たいという女子は一杯いるだろう。
「あ、そういえば…」
梶本が不意に話を変えた。
「昨日、僕たち新曲の録音だったんですよ」
「俺達もや」
「知ってます。でも、うちの曲がパクられたって訊いて、別の曲をとりなおすことに…」
だから余計成人式行け、なんて驚いた、と梶本。
「え? なに、『紫』のもか?」
「え? うちのもってなんですか? まさか『柊』も?」
「……うちも、謙也さんの歌詞が…」
「……あの、実はこの話したのは」
梶本は、手に入れたそのバンドの曲の歌詞にどこか覚えがあったという。
侑士にも訊くと、ある、と彼も言った。
「覚え…?」
「ええ。今まで聴いた柊の歌からの判断なんですが。
謙也くんの書いた歌詞じゃないかって…似てるんです。謙也くんの…こう…感じが…説明難しいんですけど」
「え、それってまさか出だし…」
首をひねる梶本に、そのパクられた歌詞を言うと、それです、と手を叩かれた。
「僕たちの盗られた曲に乗せてあった歌詞、それでした」
「…え、じゃまさか…」
財前が謙也の言葉にぱっと鞄から例のMDが入ったプレイヤーを取り出し、梶本と侑士の耳にイヤホンをかける。
立ち止まった二人が、流れてくるMDの歌をワンコーラス聴いて、頷いた。
「これ、俺が書いた曲や。間違いない」
侑士の断言に、白石達も顔を見合わせる。
どういうことだ?
『柊』と『紫』からパクった歌詞と曲を、ミックスされている?
「多少、謙也の歌詞があわへんところはメロディアレンジされとるけど…」
「…これって、ただのパクりやのうて……喧嘩売りですかね?
うちの事務所への」
「やろうな。そうやないなら、うちと柊の歌を合わせて作る意味がわからん」
「宣戦布告、てヤツ? 侑士」
白石の言葉に侑士が頷く。
「それも、今上位争いしとるんはうちと柊やからな。
そっちの宣戦布告にもとれる。ただ、事務所への宣戦布告ってとった方が収まりはええ」
「ただし、トップ争いの場合、狙いはもう一個可能性がありますしね。
万一、うちか柊のどっちかが気付かず発表した場合、した方が被害を被りますから片方は潰せます」
「そう、相打ちが狙いなら、この曲は多分向こうは使わへん」
しばらく、その場に沈黙が落ちる。
まだ、寒い空から雪がちらついてきた。
「…そういや、…そのバンドの名前訊いた?」
侑士が空を見上げながら言った。
「いや、そういえば…」
訊いてへん、と返しかけた謙也の声が途切れる。
謙也と白石に向き合う形で立っていた侑士と梶本、千歳が背後を振り返った。
そこに立つ、三人の青年。
マフラーを巻いた黒髪の青年と、銀髪のスーツの青年、赤い髪のガムを噛む青年。
視線から、自分たちに無関係を装っていないのがわかる。
「…なんや、お前ら」
「…なにって、届いたでしょ? 俺達からの宣戦布告状」
マフラーをした青年の言葉に、全員がぴくんと反応した。
「赤也。果たし状じゃ。果たし状」
「あ、そうでした」
「……お前らか? あの曲は」
千歳の言葉に、先ほど「果たし状だ」とただした男が頷いた。
「そう。あれは売り物にせんよ。お前らに聴かせたかっただけじゃ」
「だから、今の新曲はそのまんま発売してくれでいいぜ?」
「じょーだん。他人の手垢ついた時点で成功作やなくなったわ」
「以下同文」
作った曲と歌詞の作詞作曲は謙也と侑士だ。一番敵意を見せる二人に黒髪が舌なめずりをした。
「切原くん。丸井くん。仁王くん」
それを止めるわけではないのに、絶妙のタイミングで現れた男が三人の前に出る。
「そこまでで。『柊』、『紫』双方の皆様、正式に今度、新曲で勝負いたしましょう。
では、行きますよ」
「はーい」
ぞろぞろとその男について、退散する彼らを咄嗟に呼び止めたのは財前だ。
「なんだよ」
振り返ったのは、マフラーを巻いた男だ。
「お前だけ年ちゃうやろ」
「なに、わかんの?」
「他の人らスーツ。二十歳。お前だけ一個下ってとこやな」
「…ああ」
そういうこと、と彼が笑う。
「同い年やから、喧嘩はお前に売っとくわ。『柊』―――――――キーボード、財前光や」
「受けて立つ。『黒皇』のギター、切原赤也だ」
また会おうぜ、そう言い残して彼が雪の中を歩き出す。
「……『黒皇(こくおう)』……」
それは新年、初雪の降る中のことだった。
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