![]() CROSS LOVE ACT:1 旅は道連れ? 「うわーやっぱ大坂なんだなー!」 道行く人全てが関西弁、ということに興奮している桃城に海堂が「当たり前だろ」と突っ込む。いつものようになるかと越前は思ったが、桃城は自分に「なぁ!?」と上機嫌に振ってきた。 「…俺、わかんないっすよ?」 「え?」 「だって、俺、中学までの言語、英語っすから。同じ日本語なんだなー…ってくらいしかわかんないっすよ」 「…そうなのか? 日本語教わったりしたんじゃねーの?」 「教わったけど…親父が物好きで関西弁も教えてくれたから…」 「…ああ」 わかった、もういい。と桃城が諦観して言う。 「…で、四天宝寺はどこだ?」 「お前が馬鹿みてえにはしゃぐから先輩達とはぐれたせいだろ」 「あんだとマムシ!」 「四天宝寺までの地図は先輩たちが持ってるしよ。誰か人に訊くしかねえんじゃねえか?」 「わかるかよ!」 「わかるんじゃないの? 桃先輩。 四天宝寺、って大坂で有名な学校でしょ? 神奈川でいう立海みたいな」 それくらいみんな知ってるんじゃないの? 大坂の人は。という越前に、桃城もそれもそうか、と手をぽんと打つ。 単純、と越前が思った時だ。三人が歩いていた道、閑散とした旧商店街のような風情の街の道に空から、人が降ってきた。 「っうおっ!?」 どさどさ!と地面に転がった数人の男に、桃城が大仰に驚く。海堂も声に出さなかっただけで同じ顔だ。 「あ」 越前がその奥の道に気付いて、顔を向ける。そこには、倒れている十数人の男たち。 その中央に立っている肩の出たシャツとジーンズの背中を向けた男が、多分こいつらを倒したヤツだ、とわかった。 「…なんや? 援軍か?」 「ちちちちちちちがうっ!」 速攻否定した桃城に、海堂もこくこくと頷いた。 誰だか知らないが、こんな何人もあっさり倒すような化け物だ。勘違いされたら生きて東京に帰れない。 「嘘ついてんなや。ここを通るやつなんか、援軍以外のなんでも……」 振り返って数歩進んだ「化け物」は、太陽光の照らす場所まで来て、「あれ?」と抜けた声を出した。 「…桃城くん、海堂くん…? 青学の」 三人を認識して、そう敵意の欠片もない声をあげたのは、白金の髪の見覚えのある美人。 「……し、白石……さん?」 「ごめんな! 堪忍なー。しつこいからいっぺん本気でのしとったとこで…」 四天宝寺中への道を白石と歩きながら、道中謝られた。「イエ、イイデス」と返す声が若干棒読みなのは不問にして欲しいと桃城は思う。 「あの、いつも、喧嘩…ってか、強い、ですね」 「ああー…ウチはみんなこうやで?」 さらっと白石に答えられて、海堂も言葉を失う。 全国大会会場で出会った白石といえば、不二を圧倒する程の完璧なテニスをする、非の打ち所のないよく出来た部長、だ。 喧嘩になんて、最も縁遠い人物だと思っていた。 それが、あそこまで激強い人だったと知って、桃城も海堂も密かにショックだ。 「こうって、なんなんだろうな…訊いたらいけねーよな。いけねーよ…」 「そうっすか? 俺、あの下駄の人とエクスタシーの人とピアスの人はそうかもしれないって思ってたし」 アリじゃないのか?という言い方をした越前の頭が、桃城&海堂二人に叩かれる。短い悲鳴をあげた一年ルーキーに小声で、 「お前っ、本人前にして『エクスタシーの人』はねえだろ! 『白石さん』!」 「あと、『千歳さん』と『財前さん』だ!」 双方、小声である。 「……はい」 「よし」 反論しない方がいい、と越前は黙り込んだ。 「…、あれ?」 「え? 白石さん? どーかしました?」 まさか聞こえたか!?と焦った桃城の危惧を裏切って、「向こうから千歳の靴音がする」と白石。 …確かに、耳を澄ますと下駄の疾走する音がする。 「…近くにいるんですかね?」 「っかしいなぁ…。あいつ徘徊癖があるからおとなしく学校にいろって言うたんに」 「…徘徊癖…ですか?」 「そうそう。学校サボってふらっといろんなとこに行くんや」 「…あの、それ、『放浪癖』って言いません?」 「どっちも同じや」 「…いや、百八十度違いますよ。主に変態性的な意味では」 海堂がそう突っ込んだ矢先、前の曲がり角から千歳が姿を現した。 「あ、白石」 「千歳! お前、おとなしく学校居り言うたやろ…」 「いや、今そげん場合じゃなかし…ぅ、桃城たちもおっと? まずかね」 あからさまにまずいという顔をした千歳に、疑問符を浮かべた四人の視界、千歳の背後から飛び出してきた十人ほどの不良に意味を悟る。 「お前も追われとったんか…」 「おい、あいつ四天宝寺の白石や!」 「アカン。俺もマークされた…」 「とか暢気に言ってる場合じゃないですよ白石さんっ!」 それもそうだと進行方向を変えて揃って逆に走り出す。 「あれはなんや?」 「いや、学校におったばってん、白石遅かって思ってちょっと出たら即…」 「…俺が相手しとったんもその類やしなぁ…」 「ていうか、なんで喧嘩売られたんすか?」 逃げながら越前が暢気に訊いた。 「いや、金ちゃんがあちこちの不良撃退しとるんや。大抵もう近づきたないってヤツばっかなんやけど、たまに仕返ししに来る怖いものしらずもおってな。 俺も青学のみんなが道わからんかもってちょっと学校出たら喧嘩売られたわ」 「…想像はつくっす」 あんなとんでもないテニスが出来るんだから、それは喧嘩売ったら強いだろう。と遠山と対戦した越前は胸中で思った。 「しかし、まずいな。このまま海堂くんら巻き込むんは…」 「ばってん、どげんすっとや? もう仲間と思われとうよ?」 「……んー…しゃあないなぁ」 溜息と一緒に言った白石に、千歳が「白石?」と呼んだ瞬間、白石が軽くブレーキをかけて傍を走る千歳の片足をおもむろに掴んだ。思わずバランスを崩して声を上げる千歳に構わず、白石はその片足から下駄を奪うと、振りかぶって自分たちを追う不良たち目掛けて投げた。 誰かに当たらないようにはしたが、持っていたバッドにでも当たったのか愉快な悲鳴をあげた不良たちに中指を立てて叫ぶ。 「2対10の喧嘩や。ちゃんと俺だけ追ってきぃや童貞共!」 あからさまに喧嘩をふっかけたことを言って体勢を立て直した千歳の腕を掴む。 そのまま海堂・桃城・越前の進む直線の道とは違う道に曲がった。 「…よし、全員こっち来た来た」 少し行ってから振り返って、誰も越前たちの方には行っていないと確認して頷く白石の耳に、隣を走る千歳の情けない声。 「…俺の下駄ば…下駄…ひどか白石…せめて白石の靴にすればよかのに」 「アホ。そんなんしたら俺が足痛いやろ」 「俺はよかの!? 下駄は靴より高かよ!」 「この機会に普通の靴を履けっちゅー天の啓示やよかったな千歳」 「白石が投げただけばい!」 言い合いながら抜けた道の先、大きな河が見えた。 河と、河を仕切るコンクリートの堤防。 「あ」 行き止まりだ!と背後の不良たちが興奮したように言う。 白石が千歳に視線で訴えると、理解した千歳が頷く。 そのまま足を止めずに堤防に手を突いて、飛び越え二人は飛び降りた。 「え、飛び降りた―――――――――――――!?」 という不良の一人の悲鳴を強調するかのように、下方でなにかが落ちた水しぶき。 「……追う?」 「馬鹿言うなや。…帰るか。無理やし、あいつらも怪我か死んどるわ」 「…そやな」 という話し声が去って、静かになった堤防の傍。 口を海堂に必死に塞がれていた桃城が、細道から抜け出すと堤防にしがみついた。 「白石さぁーん!? 千歳さぁーん!?」 心底焦りきった絶叫に、当然なにも返らない。筈が、すぐ下から、「あ、追ってきてたんか」という暢気な白石の声。 「…へ?」 桃城と海堂がおそるおそる堤防の向こう側のすぐ下を覗き込むと、その下にあった出っ張りの上にしゃがみ込んでいる白石と千歳の姿。 「ここ、出っ張りがあんねん。大抵のヤツしらんけど」 「俺、大坂来てすぐ教わったばい…」 「……じゃ、水しぶきは」 「…下駄が、下駄…両方なくしたばい……」 千歳の残った下駄を落とした音らしい。 取り敢えず、戻るか、もう少ししたら、と堤防をよじ登ってきた白石に頷く以外なにも出来なかった。 今日は、四天宝寺からの誘いで行う、大坂合宿。 全国大会で善戦した大坂の学校からの誘いとあって全員喜んで応じ、よければ大坂でという言葉に菊丸や桃城は「大坂観光!」とはしゃいだ。 その結果、先輩たちとはぐれた桃城たちが異世界を味わってから四天宝寺中にたどり着くと、既にバスが準備されていた。 目的地になるのは、四天宝寺が毎年使う合宿所だ。 そこまで走るバスの中、概要を説明し終えた白石が、不意に一番後部の座席を見て眉を下げた。 「白石?」 いぶかしがった手塚に、「いや、あからさまに聞いてへんかったヤツがおっただけ」というと、手塚も後部座席で爆睡する千歳を見つけたのか、ああ、と納得した声。 叱らないのは、彼が青学の部員ではないからだな、とその隣に座った乾が思った。 「てか、なに顔にのっけて寝とんねん」 自分の座席に戻りながら白石が言う。千歳の顔の上には、なにかの本。 「案外グラビアアイドルのヌード写真集とか?」 「あー、あり得るな」 茶化して言った菊丸が、あっさり謙也に同意されて「え!? それ中学生買えんの!?」と驚いた。「千歳の外見を中学生と判断出来るか?」と言われて納得したらしい。 「え? 薄いし小さいよあれ。普通のアルバムじゃないかな」 否定したのは前の席の不二だ。 直後、バスの振動でそれが千歳の顔から床に落ちる。 「落ちましたよー」 傍の席の桃城が拾ったので、千歳がやっと起きてありがとと寝ぼけた声で言った。 「? あれ、これ…なんだみんなの写真?」 「え? ああ、四天宝寺のみんなで撮った写真のアルバム?」 「みたいっすね」 自然自分の手に持つ形で菊丸を振り返っている桃城に気分を害することなく、千歳は起きあがって欠伸。 その桃城を背後から越前が覗き込んだ。 「…にしてはおかしくないっすか?」 「え?」 「だって、これ…どこめくっても白石さん一人か、白石さんメインの写真しかないじゃないですか。しかも全部明らかに隠し撮り的な」 「……あれ?」 桃城も疑問符を浮かべてまじまじ覗き込んだ後、はた、と顔を引きつらせて千歳と白石を見る。それを意に介さず、 「ああ、写真部で購入した『白石蔵ノ介Bセット』ばい。やけん、A、C、Dも持っとうけんね」 「人のあずかりしらんとこで人の預かりしらんもんを買うな!」 即、白石に没収+頭を殴られた千歳が笑ったまま「いたか」と零す。Mか、という桃城の視線にへらへら笑って、席戻ったらと促した。 「いいの?」 「? なんが?」 「写真。没収されちゃって」 隣なので、小声で聞いてきた乾に千歳がポケットから取り出した携帯をいじって、はいと見せた。 促されるままに覗き込んで、乾も流石にリアクションに困った。 「…これは」 「別に写真部のなんか不特定多数にも撮れる写真やけん、あまり価値なかしね。 ばってん、こっちは俺だけのもんばい」 携帯のメモリに保存されているらしいその写真は、どうみても情事その後の眠る顔。 「…撮ってるんだ」 …ていうか、付き合ってるんだ…? そもそも付き合ってるとかいうことから知らなかったのに、いきなりそんなの見せられてびっくりな乾だ。 ようやくそうつっこめた乾の前から携帯を引っ込めて、当たり前と千歳が返す。 「初めてん時から数えて全部でメモリカード五枚分はあるけん、これさえ没収されんなら別によかね」 「……白石が知ったら没収以前に、フられると思うよ、千歳……」 そうなんとか切り返すが、まるで訊いていない。 乾はこっそり、前の席に乗り出して海堂の肩を叩いた。 「今の、聞こえた? 海堂」 「成り行き上…」 ぼそっと答える後輩の頬は若干赤い。聞こえていたのは本当だ。 「俺さ、今まで正直、ストーカーすれすれなことやってる一番は俺だって自分で思ってたんだよね。それか蓮二」 「否定はしません」 「…けど、…今、ちょっと千歳、俺以上?って退いた」 「…同感です」 「え!?」 到着した合宿所は広いが、いかんせん青学側はレギュラーのみとはいえ、四天宝寺側は非レギュラーも参加。部屋を二人ずつ、に分けるには足らずレギュラーは学校問わず一つの部屋、と白石が全員に言った時、あからさまに異論を唱えた声を上げたのは千歳一人。 「……二人部屋じゃなかの?」 「当たり前や」 「……」 どぉん、と落ち込んだ千歳のやや後ろで、手塚が微かに眉を寄せた。 「…声に出さないだけ。千歳と胸中一緒…て顔してる手塚」 「なんの話だ不二」 「見たままだけど」 「…口に出さないだけマシだと見逃してくれ」 「…顔にも出ないね」 無言でそれに眼鏡を押し上げた手塚を余所に、不意にあれ?となったのか海堂が乾を引っ張って既に解散しだしたメンバーの群を縫って廊下に出る。 「どうしたの海堂?」 「いえ……あの、」 後輩は明らかに口ごもったが、すぐ視界に謙也を見つけて呼び止めた。 なに?と近寄ってきた謙也の傍には、財前。 「すんません。忍足さん。違ったら訂正してくれます?」 「? ええけど」 なにを?という顔の謙也に構わず、海堂は行きのバスの話をしてくれと乾に振る。 「あ、ああ。今日、来る時のバスでさ、千歳がほら、白石の写真持ってたじゃない」 「ああ。あれな…」 「つか、言い忘れましたけど、あれと同じセットが謙也くんもあるんですよね」 「え!?」 「ちなみに俺もあるんで、大丈夫ですよ」 「…なにがどのへんが?」 お前があるから大丈夫ってわけないやろ。と財前に突っ込む謙也の意識を奪い返すと、乾が「まあ不二も手塚もあるけどさ…」と言い置いてから、続ける。 「俺、その時、千歳の隣だったろ? 千歳に『いいの?』って訊いたんだ。千歳、全然焦らないから。 そしたら、携帯のメモリに保存してあった千歳曰く『本当の宝物』を見せられてね」 「……携帯の…なに?」 「まあ、携帯で撮った白石の写真。不特定多数が撮れるようなものじゃなく、千歳にしか撮れないって感じの。…俺が見せられたのは情事の後っていうのは確定な写真だったけど」 それに、謙也と財前が揃って「うぇ」という顔をした。まあまあと宥めて、乾はそこで海堂に振る。 「で、なにを訊きたいの? 海堂」 「イエ…千歳さんって…憶測っスけど、独占欲強い…ですよね?」 「ああ。強いっつか、チョモランマ以上?」 「やっぱり…。あの、おかしいなって。そんな人が、よりによって……そのそういう…写真…他の男にわざわざ見せます?」 海堂が口ごもった部分は、多分「裸の」という意味だ。うっすら顔が赤い。 それもそうだ、と謙也が不思議になる横で、財前が「ものっそう理解出来ますけど」と言う。 「え? 光。どない意味?」 「……あ、そっか」 だが得心がいった、という風に手を打ったのは乾。 「…俺、……牽制されたんだな…? 千歳に」 「そういうことっすわ」 「…ああ。なるほど」 つまり、『白石は俺のもん』とわざと示したということか。と理解して謙也も海堂も言葉を失った。 ⇔NEXT |