CROSS LOVE

ACT:4 恋人自慢?A



「千歳、お前ええ加減にせえや」
 一方、白石に無人の部屋に連れてこられた千歳は、なんの話だと肩をすくめるかと思えば、「怒っとうと?」と訊いた。煙に巻きはしなかったが、疳に障る答えだ。
「当たり前や。もう、お前が健二郎らに言うんは諦めとったけどな。
 不二くんたちにまで言うな。恥ずかしい」
「…恥ずかしい?」
「当たり前やろ。他人の性生活とか訊いた方が困るやろが。お前はそら、気にせえへんやろけど…」
 世間全員、お前みたいなマイペースやない、と言いかけ白石は口をつぐんだ。
 千歳が、無言だ。それが、妙に怖い。
「…、」
 息を呑んで、その長身の上にある頭を見上げる。
「恥ずかしか…ね? 俺と付き合うとるこつが?」
「……」
 声を失って、一歩白石は背後に後ずさった。
 それくらい、昏い顔がそこにある。
 経験上、そういう顔を千歳がする時は、決まって泣き叫ぶような事態になると理解している。
「ちょ、…おい、…今のどこらへんにスイッチになる言葉あったんや?
 ここ、合宿所やし…嘘やんな?」
「部屋くらい、いくらでもあっとやろ?」
 から笑いを向ける白石の手を掴んで、腕の中に囲い込むとその手を背後で片手とひとまとめに掴んでしまう。
「っおい、そういう問題やない…!」
「安心すっばい。一晩、別の部屋で寝とるくらい問題なかけん」
「そ…」
 言い募りかけた白石の唇に指を這わせて、「なんならお強請りしてみっと?」と笑う。
「…へ?」
「ちゃんと、言うこつ聞けたら帰してもよかよ? みんなの部屋に」
「……どうせ、俺が守りたないような言うことやろが」
「当然。ばってん、俺は前から、そっばが気にくわんこつばあっけんね」
「訊くだけ訊くけどな。…絶対イヤや」
 その強い意志を灯した瞳に、千歳は背筋がぞくっとするのを感じた。
 先ほどまで、自分に脅えてすらいたのに、自分が守るものを引き合いに出されればなににも屈しない程の強気な顔をする。
 女の代わりになんて、出来ない程、『男』らしい『敵意』と『誇り』に満ちた顔だ。
「…実際、そぎゃんとこが好きやけん…しょんなかね」
「…え?」
 急に態度を軟化させて、白石を解放した千歳に白石の方が戸惑う。
「わかったばい。青学が帰るまでおとなしくする。…これでよか?」
「…ああ。ありがとう」
 そういう、途端柔らかい顔で笑うところも、狡い。
 だが、惚れた欲目だ、と思いながら白石を見送った千歳が、もう少しここにいるかと視線を横に向けて、そこではたと気付く。
「……手塚? おったとや?」
 そこで、声も出せずに困っているのだか、ただ突っ立っているだけなのか判別のつかない顔で立っている、青学部長。
「……、嫉妬にはうるさいやつとは思っていたが…その通りか」
 一度溜息を吐いてから近寄って言う辺り、嫌味かと思ったが口に出さなかった。
「手塚だって似たようなもんじゃなかね」
「内容による」
「内容?」
「たとえば、お前が今、白石に要求しようとしていたこととかな」
「大したことじゃなかよ」
 今は話す気分じゃない、と追い払うように睨んだが手塚は感じないのかわかっているのか、動かない。
 普段、そんな棘の出た態度はとらない千歳だったが、先ほど白石と相対した所為で気分が高揚していた。
「……っ……、ほら、小石川」
「ああ、あいつが?」
 仕方ない、と口を割った千歳は傍の縁側に腰を下ろす。手塚も隣に座ったところを見ると、訊かないでいてくれるつもりはないようだ。
 確かに、肝は据わってる。決勝の真田との試合といい、侮れる相手ではないのは知っていた。ただ、…恋に関して、思い人が全く違うのだから、関係ないと思っていて。
「…あいつんこつ、白石、『健二郎』って呼ぶけんね」
「……それが気に入らない?」
「一応な。俺のことは『千歳』から変えなかのに」
「…………………………………………」
「手塚?」
 無言なのは何故だ?と覗き込むと、なにやら考え込む顔。
「…いや、だが、不二も菊丸を『英二』だが?」
「…………いや、そぎゃんこつ比較ばされても」
 同じかもしれない。同じかもしれないが、そんななにが不満なんだという顔で見られると。
「あんたは気にばせんかもしれんよ? ばってん、俺は気に…」
「いや、俺も正直、気に入らない」

 …そんな顔してなかったばい…。

 と、内心突っ込んだ千歳の顔を改めて見て、手塚は真剣に続ける。
「だが、そんなことを言えば不二が悲しむのはわかる。だから言えない」
「…そら、人の都合ばい? 俺は言えるだけで…」
「…いっそ、千歳のように独占欲の塊でいられればいいが…」

 
貶されとーとか俺…?

「…この前も、不二と喧嘩をしかけたが…俺には出来ないものは出来ない」
「……嫉妬してほしかってこつ?」
「…千歳」
 急に若干俯いていた顔を引き上げて見上げられ、千歳が少し身を退いた。
「お前、白石に付き合ってから何回『好き』と言った?」
「……。………は?」
「俺は滅多に言わないと…」
 目が点になった後、千歳はハッとして己の現状を振り返る。
(もしかして、俺、手塚に恋愛相談ばされとう…? こん状況は)
 しかし、今席を立つのは、流石にやばいとマイペースでもわかる。
「…じゃあ、付き合うて何年ばい?」
 仕方なく腹をくくって訊くと、手塚は迷わず「二年」と答えた。
「…何回言うた?」
 流石に数えてないか?と思いつつ訊くと、あっさり「二十回」と返ってきた。
「…………………20?」
「20」
「…………200の桁間違いではなか?」
「ない」
「……………」

 二年付き合うて二十回。……
えぇ?

 内心、それは逆に不可能じゃないかと困惑すら覚える千歳に構わず、手塚は「何故か言えないんだ。好きなんだが」と言っている。
「お前は?」
 しかも訊かれた。
「……付き合うて? …五ヶ月かね?」
「…何回だ?」
「……んー……、付き合うて一ヶ月で千…いや一万越えたけん、数えるんやめたばい」
「……それは、大安売りのしすぎじゃないのか?」
「なにいっとう。本気で心底惚れた人間に出し惜しみしとる心の余裕ばあっと?」
「…それもそうだな」
 というか手塚レベルの回数の人間に比べたら誰だって大安売りばい、と言うのは堪えた。
「…付き合って何ヶ月で手ば出した?」
「何故お前が訊く?」
「俺ばっかは不公平ばい」
「…………二ヶ月?」
「…ほんにありえなか」
 心底惚れた人間と付き合って二ヶ月我慢てありえなか、と呟く千歳に視線が向けられる。
 言わずともわかる。
「俺は告白する前に抱いたけん、一日もなか」
「…よく受け入れてもらえたな」
「わけなかよ。あいつ気ぃ強いけんね。翌日、湿布、頬に貼って学校行ったばい」
「……なら何故手を出すんだ」
 受け入れられる見込みがないのに、と訊かれて千歳は深く考える様子もなく、
「気の強い綺麗なヤツを無理矢理組み敷いて啼かせてやるんは堪らなくなか?」
「…同意を求められても困る。というか本当に何故、今付き合っているんだ?」
「好きやけん」
(白石が、何故お前と付き合うのを了承しているのかという意味なんだが…)
「…ちょっと待て。初めてが無理矢理?」
「それがどぎゃんしたと?」
「…バスの中での話をあとで聞いたが…携帯に『初めて』の時から画像を撮っていると…」
「ああ。白石が気絶しとう間に…」
「もういい」
 それはただの最低な男じゃないのか、ともつっこめない。
「ばってん、実際あいつ感度よかけんね。声もイイし」
「………不二もそれはい―――――――――――――」とついムキになって口にしかけた手塚の頭に誰かの足のカカトが落とされて、手塚が呻いた。
 だが千歳はそれを見ている暇はない。背後から伸びた足に容赦なく縁側から落ちるほど蹴り飛ばされた。
「人の預かりしらんところでそういう話すんのホンマにやめぇ!」
「…あ、いたと? 白石」
「いたわ! いつまで経っても来んから!」
 怒鳴るだけ怒鳴ると、白石はまだ足りないと千歳をもう一回蹴って部屋の向こうに消えた。
 手塚を蹴ったらしい不二が手塚に文句を言い募りかけ、千歳を見て呆れた顔をする。
「なんね?」
「なにって…立ち直り早いね千歳…?
 白石、かなりの力でかなり容赦なく蹴ったっていうのに」
「俺は馴れとうし」
 と、けろっと笑っていう千歳に比べ、手塚は自分のその半分くらいしか威力のないだろう蹴りに未だにうずくまっている。
 どうやら、自分たちの間ではほとんど手も足も出ないが、千歳と白石の間では(主に白石が)手も足も出るのは日常茶飯事らしい。








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