歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
第二章−【昏迷路−フレイムウィッチの章−】
「白石!?」
一通り場を収めて宿に戻ってきた赤也たちを出迎えた千歳が、その中に目立つ金髪を見つけて叫んだ。
「ど、どげんしてここに! 国は、陛下は!?」
「うっさいなぁ千歳…。俺が適役やねんから。やって手塚くんいるとは思んかったし。
うっさい。お前は俺のおかんか」
「だ、だけん俺は王宮におれば白石は安全って…」
「そうか…俺がこっちくんの却下されたん、お前の意見が大きかったんやな…?」
「……だ、だけん」
「黙っとれ千歳。養子だろうが俺は東方国家〈ベール〉の王権を担ってきとる。
復讐王の好きにはこれ以上させん。…漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉の名にかけてな」
「頼もしっスね白石さん。手塚さんとはおー違い」
「どういう意味だ」
「だって、手塚さんってば治外法権でほんと役たたなくって」
赤也を睨む手塚にも、木手を守れなかった意識が強く、それ以上をいえない。
「で、木手くんは? 見せぇ」
「何故木手を?」
手塚が木手がいる部屋をかばうように立つのに、白石ははぁと嘆息した。
「ウィルウィッチの魔法がかかったまんまやから目ぇ覚まさへんねん。
光の領域は再生。闇の領域は沈静。俺の闇の魔法で、信託魔法を沈静させんねや。
もうかかって一日経っとる。俺レベルでも沈静出来るランクまでさがっとる筈や」
だから白石が来ることを国王は許可したのか、と甲斐。
正直、ウィルウィッチの次に強い闇のウィッチをあげろ、と言われたら白石以外に浮かばない。
「……可能なんだな?」
手塚が、本当に木手を救えるんだなと問う。白石は真っ直ぐに見つめ返すと、不敵に笑った。
「…当然や」
寝台に眠っている木手は、魔力が回復するたび手塚が回復魔法をかけ続けた甲斐あって傷のほとんどは癒えている。目覚めないのは、矢張り魔法の所為だ。
「……」
全員が集まった室内。白石は一歩進んで木手の頭の上に立つ。
「…大変や木手くん…。仇や勘違いされて殺されかけて…キミ一個も悪うあらへんのに…」
手をそっとその額の上にかざす。
「…今、起こしたるからな……」
瞬間、漆黒の闇がその場に広がった。
あまりに強い闇の膜と波動に、圧倒されるように甲斐たちは後ずさる。
(流石ウィルウィッチの次に強い闇のウィッチだけある…! 波動が半端ねえ!)
「白石がこんだけ強く力使わないと駄目ってことか……」
「だろーな」
平古場の言葉に、甲斐が頷いた。
白石と木手の空間の狭間で反発しあう力が火花を生む。
白石の眉がきつそうに顰められた。
「白石…?」
不安げに千歳が呼ぶ。
「……っ」
(あかん…まだ俺が沈静出来るレベルまで下がってへんかったか……!)
木手に巣くう光の魔力は強く、白石の与える闇を弾いて全く体内に導いてくれない。
(もう少し…少しでも下げられれば……!)
願って闇の浸食を強くした矢先だ。狭間の空間で火花が激しく散った。
(しま…っ)
「っ…!」
「白石!!」
光の魔力に力一杯弾かれて、全身を文字通りはじき飛ばされた白石の身体が宙を舞い、壁に強く叩き付けられる瞬間、飛び込むようにその身体を抱き締めた千歳の身体が、勢いを殺せず白石ごと壁に衝突した。
闇の波動が薄れる感触と、大きく響いた衝突音に身をすくめた赤也たちが、顔をあげてあわてて駆け寄った。
「…白石…白石…! 大丈夫と…?」
白石を抱き締めたまま壁にぶつかり、その場に座り込んだ千歳の言葉に、抱えられた白石は呼吸を荒くしながら阿呆と呟いた。
「どう考えたかて…俺と壁の下敷きんなったお前の方が『大丈夫か?』やろが…。
この阿呆……」
「白石! 大丈夫か!?」
「すまん。ちょっと弾かれただけや…」
荒くなった呼吸を整えて、白石は立ち上がる。
立ち上がった瞬間、あちこちの間接や骨が軋むように痛んだが、気付かれないよう押さえ込んで千歳を振り返る。
「大丈夫か千歳。もう無理すんなや」
「…って、白石…まだやるつもりと…!?」
「当たり前や。多少下がった筈やから、次でいける」
「だけん…さっきだけでもかなり負荷がかかったはずたい!」
「阿呆! お前は木手くんより俺が大事でもお前以外は俺より木手くんが大事なんや!
放置出来るか!」
「………」
千歳は制止をいれる形になった自分を囲む周囲を見遣って、言葉を迷わせる。
だからといって、お前が大事じゃないわけじゃないと、周りも言いたい顔をしていた。
「……お前のためやって、わかれや」
溜息と一緒に白石が言った。
「…?」
「木手くんが眠り続ける限り、守るお前が一番危ないんや。
なによりお前かて狙われてんやぞ。…これ以上、お前を危険な目に遭わせられん」
木手だけのためでなく、お前を守りたいんだと白石に言われて、千歳にこれ以上反論出来る筈がなかった。
「どないしても心配なら、俺抱いてまた吹っ飛ばされんようかかえとけ」
「……わかったたい」
再度木手の前に立った白石を背後から千歳が抱き締めた。
「踏ん張っとけな?」
「わかっとう」
「…行くで」
先ほどより強い闇の波動が周囲を満たす。
闇の触手が木手に徐々に吸い込まれていく。
(……やっぱ、まだちょおキツイな……)
全身が悲鳴をあげているのがわかった。
だが、ここで諦められない。
(…千歳、お前はしらんやろ)
復讐王の手がかかったと訊いた時、真っ先にお前が倒れた様を思って王に行かせてくれと懇願した自分を。
倒れたのがお前ではなく木手だと知って、残酷に安堵したことを。
傍を守るお前を思って、なお案じた自分を。
“白石は王宮にいれば安全って…”
阿呆。お前こそわかっとらん。
俺がお前を庇護してるなんてことを周囲に伝えているのは、お前を守りたいからや。
魔法で劣る以上、お前を俺は守れへん。
だからせめて、言葉で守らせて欲しい。
お前を狙うものが現れないよう。
言葉でお前を守りたかった。
(―――――――――――――復讐王。)
そら仇取りたいやろう。憎いやろう。
やけど、例え本当に仇が千歳でも。
(千歳はお前には未来永劫やらん―――――――――――こいつは俺のもんや!)
瞬間行き場をなくしてふくれあがった光が弾けて視界を覆う。
ようやく皆に視力が戻った時、白石は木手の顔を撫でると優しく問う。
「ほら、…起きぃ?」
その眠り続けた瞳が、呼応するように開いた。
「……白石、クン……?」
「木手!」
甲斐の声が遮るように響いた。
「おはよーさん。もう大丈夫や」
「……?」
「永四郎の阿呆!」
「永四郎、大丈夫か!」
「もう大丈夫やから、俺報告してくるわ」
「あ、白石!」
部屋を後にしようとした白石に甲斐の声がかかる。
「有り難う!」
「別に、気にせんで」
微笑んで言うと、扉を開けて足を踏み出す。それを追ったのは千歳と、何故か赤也だった。
がたん!と鳴った大きな音が、どうか木手たちがいる部屋まで響きませんように。
部屋を出てそう歩かないうちにもう駄目だと思った。
急激に目眩がして、足も最早身体を支えられない程痛い。
なにより全身が軋むように痛んだ。床に叩き付けられると思った。
「…………?」
けれど、本当はがたんなんて音しなかったのかもしれない。
だって、叩き付けられた痛みがない。
「白石…」
呼ぶ声に、覚醒する。
「……ちとせ」
千歳の腕が、白石の身体が床にたたきつけられる前に受け止めて抱き支えている。
(阿呆、追ってきたんか)
思うのに、声がうまく出ない。
「…白石、やっぱり無理したと…。俺が止めても、訊いてくれん。
白石は、俺を殺したか……?」
心底泣きそうに悲しい顔で覗き込まれて、胸まで痛んだ。
「白石さん…っ」
ついてきた赤也が呼ぼうとしたのを、千歳が指で遮る。
「…大丈夫、ですか?」
「うん。ちょっと力の使いすぎたい。
自分より高位のウィッチに逆らうってこつは、ほんなこつ大変なこったい。
少し休めばよか。ばってん心配させるけん、みんなには言わんで」
「…はい」
頷いて、赤也は部屋に戻った。
言った言葉が。
言った言葉が、半分嘘で半分本当だって知っている。
休めばいいというのは本当。心配させるからは嘘。
本当は、傷ついた白石の傍に誰も寄らせたくなかったから。
「…白石は、俺を殺す気と…?」
立ち上がれない程弱った身体を抱きかかえて持ち上げ、空いている部屋へ運ぶ。
腕の中の身体が答えないのは、答えたくないのか、答えられないだけか。
「…“こっち”来た時もそうたい。勝手に王族なんばなって…。
俺ば止めた…訊いてくれんかった。どげんしてそげん無理すると…。
白石…俺を殺す気と…?」
「…っ」
身体の痛みに歪んでいた顔の、目尻に涙が浮かぶ。
(違う)
そう伝えたいのに、声が出ない。
違う。ただ、俺だってお前を守りたい。
他に、王族になる他に、方法がなかった。
(違う)
理解って。声が、出ない。
胸が痛んで涙が溢れた瞬間、身体がゆっくり寝台に寝かされて、額に優しくキスをされた。
「…ごめん。傷付ける言い方したと」
「……とせ」
「白石が、俺を守りたくてやってくれたこつ知っとる。
この世界来てから、白石が動く時はみんな俺のためってわかっとるたい…。
だけん、俺が白石を守りたか。白石に守られるんじゃなか。俺が白石を守りたかよ。
…五大魔女は国のために力使うと力を失う。
どげんして俺が力なくさんかわかっとう?」
覗き込む優しい瞳に、わからなくて、でも見ているだけは寂しくて白石は痛む腕を必死に伸ばす。
伸ばされた手を掴んで抱き寄せ、千歳はその瞳を真っ直ぐ見つめて言った。
「俺は、フレイムウィッチとしての力…全部白石のためだけに使っとるからたい」
「……」
「新月の時も、白石を死なせたくなかから仕方なく世界の人たちも守る。
国の知りたがってる情報も、それで白石の立場が助かるから動く。
俺の力は、全部白石のために使っとう。
だけん、俺は力失わん。俺が力捧げる相手は国じゃなか。
…白石っていう、一人の思い人んためたいね」
「…ち、せ…っ」
ただ、すがりつく。
ああ、反則や。
そない殺し文句、こない状態の時の俺に言うな阿呆。
早う、抱いて欲しいって言うてまうやろが。
ああ、もう、身体めっちゃ痛いし、力もよう入らん。
やけど、お前に触れて欲しい。
痛ぁてかまわんから、抱いて欲しい。
「…白石………」
呼ぶ声に、負ける。
ただすがりつく力しかない身体を、千歳はずっと抱き締めていた。
眠りから回復した木手を、しばらく甲斐たちは離してくれず。
(……)
思い切り抱き締めたいのに、邪魔されている気分だと手塚は思った。
「手塚」
その自分を、さっきまで木手を囲んでいた一人が呼んだ。
「知念…?」
「何のようだ」
別室に連れてこられて不機嫌を隠さない手塚を振り返って、彼ははっきり告げる。
「帰れ」
「……な」
「北方国家〈ジール〉に帰れ」
「………何故だ。光の俺がいなければ…!」
「光のウィッチは白石に頼めばなんとかなる」
「………」
とりつく島がないとはこのことだ。
「わかるな? 復讐王は本気だ。
白石が来たということは東方国家〈ベール〉は次の会議を待たずに復讐王との場を作るだろう。
だが東方国家〈ベール〉の王だけじゃ弱い。北の大国の王。
お前もいなければ復讐王は止まらない。
わかるな? …永四郎のためだ!」
本当に愛しているなら、離れてでも守れと。
離れることを耐えてでも守れという。
離れたくない。
けれど、守りたい。
「白石が何故王族になったと思うんだ」
「……っ」
「千歳を守るためだろう…」
離れることを耐えて、それでも魔法では守れないから、言葉で守る。
「……わかったなら、帰れ」
反論など、出来る筈がない。
守りたい。離れたくない。
―――――――――――――守りたい。
(木手……)
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