−デビル・ポーラスター


 第二章−
【昏迷路−フレイムウィッチの章−】



  
−王宮編−







「…復讐王……!?」
「越前が…」
「復讐王…!?」
 その場を支配した驚きから冷めたのは、甲斐だった。
「てめえが木手を…!」
「よせ甲斐くん」
「止めるな白石! こいつが本当に復讐王だってんなら!」
「確かに越前くんが復讐王や。せやけど、二人のノーコールマジック<馳せ参じる魔法>に抹殺を願った復讐王とは、違うねん」
「…………ぇ?」
 茫然とした甲斐の手がゆるんだ隙に、抜け出したリョーマが、とんと椅子に座って笑った。
「相変わらず乱暴な人たち。本当変わってないんだ、あんたたち」
 口調はすっかり、取り繕うことをやめた生来の彼のもので。
「考えてみぃ。その子が本当にノーコールマジック<馳せ参じる魔法>抹殺命令を出した復讐王なら、俺が親しげに話すわけあるか」
「……そりゃ、そうだけど」
「語弊っていうか、間違いがあるんだよね。
 俺は確かに南方国家〈パール〉の復讐王なんだけど、今の復讐王は国の元老が祭り上げて、俺を陥れ王座に最近座った偽りの王なんだ。だから、実際はその嘘吐き王様がサンダーウィッチとフレイムウィッチを狙ってて、俺は全く狙ってないし、憎んでないしね。
 殺されたって言われてる両親だって、俺のじゃなくて嘘吐き王様の方のだし」
「…けど、四大国家の王だけは知っとるからそれ。やから四大国家の王、手塚くんと俺を養子にした父上含む王たちは越前くんを王座に戻したがってるし、普通に話すし、協力も仰ぐ。手塚くんと俺が言わなかったんは、本人がおらんのに言って混乱させてもあれやったから」
「まあ、民もみんな信じちゃってるから王座取り戻すなら、戦争だし。
 だから四大の王様たちも迂闊に動けないの。わかった?」
「……なんとか」
 ぼんやりと呟いたのは甲斐で、理解がなかなか追いつかないのはみな一緒らしい。
「すまん千歳。ことがことで、特に五大魔女には話せなかってん」
「いや、よか。事情が事情たい。それくらい今んでわかっとう」
 千歳が気にしないと手を振った。
「……ん? その…王が変わったのいつ? 変わったって周囲は知らないわけだけど、入れ替わらされたんだろ?」
「それが二年前だよ甲斐さん。だから、復讐王は元々の俺の呼び名ってこと」
「…俺たちへの復讐やなかやろ?」
「うん。なんていったらいいんスかねえ。俺の復讐は、そんな魔女なんて小さくないんだよね」
 リョーマは立ち上がって、でも復讐に変わりないけどと笑った。
「どうか然るべき報いを、復讐を、俺の目的は北極星――――――――北極星に復讐する王。それが『復讐王』の呼び名の始まり」
「…北極星に、」
「あ、ごめん白石さん。俺ずっと徒歩だったからもー限界。
 後任せて少し寝ていい?」
「ええよ。あとは俺が簡単にさくっと説明しとくわ」
「じゃ、頼みます。おやすみなさーいみなさん」
 ひらひらと手を振って、リョーマは奥の寝室に消えた。
 茫然と見送った面々だったが、不意に赤也があれ?と呟いた。
「すいません白石さんー。ダウトの魔法が使えたってことは、あいつも北極星還り?
 俺たちの知ってる…」
「うちの金太郎曰くの『コシマエ』くんで間違いないで」
「……二年前に、入れ替わったんですよね」
 漠然と、周囲も赤也の訊きたいことを察した。
 三年前以前からリョーマが王だったから復讐王の名がついた。確実に彼がこの世界に来たのは三年以上昔で、でも彼の姿は、どう見ても中学一年生の彼のままで…。
「…今は完全にのうなった、北極星の魔力ってやつの所為やな。まあ」
「…北極星の魔力?」
「北極星が降り始めた当時、北極星は強い時間の魔力を帯びてて、連れてこられた奴はみんな時間を縛られてしまったらしい。
 まあ、身体の時間を封じられたんや。心が歳を刻んでも、身体は時間が進まず、停止して成長しないまま…。
 徐々にそれが、時間の進みが遅い――――――――五年にやっと一年時間が進むとかっって風になって、今では全く時間の魔法なんかかからへん。
 ほんの少しでも魔力の後遺症が残った最後の世代が五年前頃の来訪者っちゅーから、三年前程度に来た俺らは完全に魔力の対象外や。やから全く普通に成長する」
 そしてそれこそが復讐王の名を広げた理由や、と言った。
「復讐王の元には、同じく時を封じられた仲間が多く集った。
 同じように北極星への復讐を掲げてな。その先頭に立った復讐王が、そう呼ばれるんは当たり前や」
「……じゃあ、越前リョーマは、…いったい」
「彼がこの世界に来たのは今から約十年前―――――――――越前くんこそが、この世界に最初に招かれた北極星還りや」




「信じられんようなこといっぺんに話しすぎたか」
 自分の部屋で、そう呟いてしまったのは同じ部屋の千歳だけが普段通り過ぎた所為だろう。
 白石はあえて、お前は気にしないのかとは問わない。
 千歳が基本、自分のこと以外に関心がないのはいつものことだ。
「……千歳」
 なぁ、と問いかけた。
「ん?」

「………“殺した”南方国家〈パール〉の弟王の顔、見たか?」

 殺したのが、千歳ではないと思う気持ちの方が大きいからこそ訊いた。
 千歳は一瞬きょとんとしたが、すぐ目を細めると怖いほど真剣な顔で白石に歩み寄ってその翡翠の瞳を見下ろす。
 ぎくりとした。知っている。矢張り。

 南方国家〈パール〉の弟王が―――――――――――――この世界の俺だと。

「…それ、本気で言うてると?」
 低く這った声が白石の背中を撫でて、そっと大きな手がその首をすぅっとなぞる。
 そして顔を強く挟まれて見上げさせられた。
「…俺が、世界が違ったって白石を殺せるわけ、なかと知っとって訊いとると?」
「……ううん」
 目を伏せて、振ることの出来ない首を降ろして呟くように答えた。
「……ただ、やっぱり知っとったんやな。………違う世界の、“俺”やって」
「………暗闇ん中でも、あの時の記憶は鮮明と。心臓が、止まると思うた…。
 血の中に、…おったのが白石やと思って駆け寄る時、木手に止められたと…。
 あれは“お前”じゃなかって。止められてなかったら、俺ば…あの場で殺されとったと」
「………うん」
「それでも、ずっと心ば乱れて。魔法の制御も出来んくなって。
 錯乱しちょった俺をその間木手が守ってくれとった。
 だけん、今回俺は木手を守ったと。…ほら、俺はやっぱり、白石のためにしか動いてなかよ」
「……うん」
 白石、と呼ばれる。そっと千歳の顔が傾いて、唇が近づく。
 避けなかった。
 それなのに、どうして。

 どうして、こんな残酷な仕打ちを、教えて、神様。

 一瞬にして白石の脳裏を走った鮮烈な記憶に、逆らえず喉から悲鳴が飛び出していた。
「蔵!?」
 千歳が驚いてすぐその身体を抱き締めたけれど、声は宿中に響いていて、恐怖に涙を溢れさせてただ千歳の腕の中で座り込む白石を、声を聞きつけた赤也たちが扉を開けた先で見た。
「蔵…! 大丈夫と…! ここは南方国家〈パール〉じゃなか! 白石は、蔵と!
 南方国家〈パール〉の弟王なんかじゃなかよ! 蔵は生きてて、殺されてなかよ!」
 千歳が繋ぎ止めるよう、必死に叫ぶ言葉の意味を、白石以外が理解出来る筈がなかった。
 脳裏を、走る雨の日。“殺された日”の記憶は、俺の物じゃない。
 けれど、俺の中にある、もう一人の俺の記憶。
 殺された仮初めの復讐王の父、南方国家〈パール〉の弟王の記憶。
 両目から涙を垂れ流しながら、白石は震える身体を抱き締めて、嘘だと信じたくて千歳を見上げた。
 気付いた彼は、すぐ安心させるように背中を何度も撫でられる。
 違う。
 そんな筈ない。
 けれど、“彼”の記憶の中に確かに、お前の顔があるんだ――――――――千歳。
(千歳…お前、本当に、…南方国家〈パール〉の弟王を知らないのか……?)
 本当かどうかなんて、仇かどうかなんて、どっちだっていい。
 お前が人一人多く殺していようがいまいが、構わない。それが例えこの世界の俺でも。
 けれど、お前。

 ―――――――――――――「やっぱりお前…殺したんやないのか……?」

 それは、訊いてはいけない言葉。
 それでも、俺を苛む、もう一人の俺の今際の記憶。
 見上げた、暗いお前の顔が、離れない。
「蔵…!!」
 千歳の声が遠い。
 意識を失った白石を抱き締めて、千歳は嘆くように零した。
「……どげんして」
 何故、彼の中に入ってきた。南方国家〈パール〉の弟王。
 死んだ今際の記憶を、何故彼の中に流し込んだんだ。
 違う世界の、ただ同じ姿・名というだけの別人。
 それでいいのに、何故彼を脅かす。
 死の記憶なんて、お前の死の時に葬ってしまえばよかったんだ。
「……蔵」
 外からの傷ならいくらだって守るのに。
 中からの残酷な記憶からは、どうしたって守れなくて…。












→王宮編二話