−デビル・ポーラスター


 第二章−
【昏迷路−フレイムウィッチの章−】



  
−王宮編−




「大丈夫ですかね〜」
 現実世界で赤也が不意に呟いた。
 部屋には、精神ここにあらずの白石と、千歳、甲斐、平古場、千石の眠る姿。
「さあ、うまく行っていることを祈るばかりですよ。
 深層に入るだけでも苦労する筈です」
「…下手をすれば表層で大苦戦ですわ」
「え? それ大丈夫なの?」
「やから千歳先輩なんや。あの人がいれば、大なり小なり深層に入る役には立つやろ」
「そうですね」
「どこまでうまく行ってるか、覗く、とか」
「無理です。本来心を見るだけの術を三人がかりで扱っているのに、その更に潜らせた心をのぞくなんてまねをしたら、一気に全員弾かれて終わりです」
「あら…」

 それはすいません、と赤也が口に乗せようとした矢先だった。

 ドォン!

 巨大な騒音と共に部屋が大きく揺れた。
「…な」
「っ」
「永四郎!」
 よろけた木手を知念が抱えて、外を見遣る。
「なんだ…?」
「さあ…。……待ってください、今風で…」
 木手の言葉を待たず、部屋に石田ともう一人が飛び込んできた。
「サンダーウィッチさまがた!」
「…え、王!?」
 国王だった。
「急ぎ用意した馬車で蔵ノ介を連れて国外へお逃げください。
 準備は整いました」
「え、いったいなにが起こっているんです、陛下…」
「南方国家〈パール〉の襲撃です。悲しいかな、復讐王は本気の様子。
 ありったけの突然変異〈ミュータント〉を連れて王宮を攻撃しています。
 半日も経てば迎撃体勢、隣国からの救援整いますが、その前に侵入してくるものが皆無とは言えません。
 サンダーウィッチさまはみなさまと、蔵ノ介を連れ、すぐ傍の同盟国レベッカへ!
 レベッカは四大国家ではありませんが、銃器国家として戦力は名高い。
 こちらの体勢が落ち着き次第、連絡を向かわせますので…」
「そんな…我々も戦前に加わればいいだけでは…!
 それに復讐王の狙いは俺でもある。俺が矢面に立てば」
「お言葉ですがサンダーウィッチさま。サンダーウィッチさまならおわかりのはず。
 たかが一国と、五大魔女さま。どちらが世界に重い存在か。
 国を犠牲に出来ようとも、五大魔女さまを犠牲には出来ようもありません。
 ましてあなたになにかあれば蔵ノ介がどうなるか。
 どうぞ、ご理解を…!」
「……っ」
「それに、我らも四大国家に名を連ねるもの。そう致命打は喰らいません。
 ご安心を」
 王の言葉に、木手は軽く俯くと、それでも強い声で言う。
「知念クン、甲斐クンと平古場クンを連れてきてください。
 俺は千歳クンを運びます」
「…永四郎」
「真田クンたちは白石クンを。…財前クンも、来ますね?」
「ま、当たり前です」
「…王」

「この恩、必ずお返しします。…ご無事で」

 黙礼をした木手を見送り、王は笑顔で頷いた。





 四頭の馬を繋いだ馬車は馬車というより戦車だった。
 東方国家〈ベール〉は戦車国家でもある、と知念。
 後部の荷台に乗り込んで、先導を任された石田が手綱を引くと一気に走り出した。
「しかし、決定的ですね。これで」
 風に煽られながら木手が呟いたが、聞こえた柳が、なにがだと問うた。
「復讐王です」
「偽りの復讐王がただの囮やっちゅー話ですわ。
 これで復讐王を切り捨てても、復讐王が勝手にやった、国は関係ない。
 本当の王をけ落としたのも…って話」
「……偽りの王は、最初から生け贄だったということか」
「そういうことです」
「千里殿の狙いもそこだったのかもしれません。
 …まあ、俺たちが祈れるのは、もしかしたら多くが俺たちが王宮にいないと気付いて追ってきてくれること…ですね」
 木手がそれが微かな望みだとばかりに呟いた時だ。
 手綱を引いていた石田が“退け!”と叫んだ。
 咄嗟に全員が馬車の進行方向を見る。そこに銃を構えて仁王立ちで道を塞ぐ人物。
「あかん…とまらんぞ!」
「全員衝撃に堪えてください! 知念クン白石クンを支えていて!」
 言い放った木手が両手を馬車に押しつけて風をまとわせる。
 風をまとった馬車は空へと舞って、その人物の上空を飛行し、その真後ろに着地した。
 どぉん、という騒音が響く。
 衝撃に馬は驚いて足を止めてしまった。
「………すまん。サンダーウィッチ殿」
「いえ…、あの方は…まさか」

「幾とせ、幾年月、…このときを待ったか…。
 復讐の時や、サンダーウィッチ…」

 銃を構えて立ち、その金髪の青年が言う言葉こそ、その証明で。
「…四天宝寺の」
「この世界の忍足謙也です。南方国家〈パール〉弟王蔵ノ介殿下のご子息。
 今の偽りの王」
 財前が馬車から降りた。
 俺の役目だ、と言うばかりに。
「…こっちの世界の謙也クンもバカやな。ほんま」
「誰や」
「ウィルウィッチ、財前光。…あんた、サンダーウィッチを殺したかて、なんもないで。
 ……犯人は、五大魔女やない」
「…信じられへんな」
「あんたの親友の東方国家〈ベール〉王子の中には、あんたの父王の記憶があった。
 その記憶が言うてる。殺したんは、……南方国家〈パール〉が重臣、千歳千里やとな」
 そこで、初めて謙也の顔に動揺が走った。
「……千里が。嘘や!」
「ほんまや。嘘思うて、今サンダーウィッチとフレイムウィッチ殺してみい?
 今、二人は白石部長の心に潜る魔法を使うてる。
 …白石部長を、二人の道連れにしたいんやったら、別やけどな?」
「……蔵が」
 仇だと、信じてきた。
 仇が今、眼前にいる。
 けれど、仇ではないと言う、仇はあの男だと。
 今、彼らを殺せば。


 謙也。


 蔵が、親友がいなくなると―――――――――――――。


「なにを躊躇ってるとです? 陛下」

「「ッ!」」

 謙也の背後、佇む長身が笑う。
「…千里」
 謙也の声に、躊躇ったらあかんと、と言って。
「魔女はほんなこつ巧みたい。謙也陛下の、弱みばわかっとると」
「…弱み」
「そう、東方国家〈ベール〉の殿下の…」
 謙也の肩に手をかけ、囁こうとした千里の腕が血を吐いた。
「…永四郎」
 木手が持っていた銃がその腕を打ち抜いたのだ。
「キミはお黙りなさい。…謙也王、キミがどちらを信じるのかは自由です。
 …ですが、今はお待ち願いたい。…親友を、死なせたいキミではないはずです」
「………サンダーウィッチ」
「…魔女さん、それは」
 笑った千里がすぐなにかを取りだそうとした瞬間、木手が連続で銃を発砲する。避けるために跳躍した身体が懐から出したナイフを弾いて、木手は自身の銃を知念に放り投げた。
 手を広げて、風を呼ぶと叫んだ。
 瞬間、千里が投げた光の残滓は風に方向を変えられて謙也の足下に刺さる。

“東風の鎧〈エジェクト・ウィンド〉!”

 刹那、見えない碧の風が壁となって、千里と謙也や馬車との間に障壁を生んだ。

“…これで千里には手出しはさせません。俺は、キミが親友を殺したりしない、と信じたからキミも結界のうちにいれた”

「…サンダーウィッチ」

「永四郎」
「え? あれ、木手さんは…どこ?」
 木手の姿はどこにもない。

“この風が俺です。同化魔法の一種ですよ。もう、そうでもしないと結界を維持出来ない程度には、俺の魔力も限界なんです”

「……サンダーウィッチ」
 謙也はもう一度呼んだ。足下に刺さった、光のナイフを見て。
「…信託魔法は、常に形は同じか?」

“…信託を受けたものによって変化はします。全く同じということはないでしょう。
 思えば、…ウィルウィッチの信託魔法に俺はしてやられましたね。
 財前クン、キミが信託を行ったのは?”

「…千歳先輩ですね。こっちの世界の。何年も前、…南方国家〈パール〉弟王が死ぬ前に」
「…………」
 謙也は顔を青ざめさせてナイフに触れた。
「…父上と、母上には同じ魔法のナイフが刺さっとった。
 ……ほんまか、千里。…このナイフ。
 …お前が、二人を……」
 銃声が響いたが、風に遮られた。
「…ほんなこつ魔女は厄介と。……賭は俺の負けかね?
 信託魔法は蔵を殺す時ば役だったが、今は足引っ張っちょる。
 使いどころが難しかね」
 やれやれ、と肩をすくめて千里は笑う。
「…ばってん、謙也にもあの世行ってもらうけん、難しく考えんでよかよ?」
「…せん、り……」
「魔女さんは魔力の底が近か。魔女さんが魔法を維持できんくなったら、一緒に殺しちゃるよ」
「……ッ千里…!!」
 風の壁の外にいる男につかみかかろうとした謙也を腕を掴んで財前が止めた。
「今は無理や。あんたがここで切り捨てられんは向こうは予想済みや。
 ……俺らを信じてくれ、謙也クン。絶対、このままじゃ終わらさん」
「……ウィルウィッチ」





 桜が舞う景色だ。
 立ち上がった千歳が見遣った先で佇む男は、記憶の中なのに「千歳」と笑った。
「…深層の、白石の意識が出てきたってこと?」
「千歳。俺んこと迎えに来てくれたんやろ?」
「…蔵?」
「うん」
 微笑む姿。それが、信じられない。
「どうしたんだよ。千歳」
 甲斐に促されるまま、傍に寄って、見下ろした翡翠の瞳も。
 髪も、微笑む眼差しも、ああ、彼だ…。
 どうして。
 千歳はその身体をきつく抱き締めた。
 回される手が背中を抱く。
 全て、同じだ、彼だ。
 ああ、ならどうして。
「…ごめんな」
「…千歳?」
「……唱えるんは、礼儀と思ってくれればよか。
 …フレイムサジタリウス」
 瞬間弾けた炎に、はじき飛ばされた白石の身体が地面を転がる。
 瞬間、桜は散る。一面が、冷え切った氷の世界。
「……悲しか。姿も、眼差しもみんな同じと。
 …けんど、お前は蔵じゃなか。…南方国家〈パール〉弟王」
 焼けこげた姿で、白石――――――――――いや蔵ノ介は身を起こす。
「…流石、わかるんやな」
「当たり前たい」
「…そうやな」
 蔵ノ介は少し、寂しそうに笑った。
 立ち上がると光を腕に集める。
 俺はこの世界の住人だ、魔法を使っても問題はない、と。
「千歳!」
「甲斐たちは来たらいかんと!」
 光の風を交わして、千歳は叫ぶ。
 バランスを崩して、地面に手をついて、よろけた時。

“千歳”

 声が、した。
 白石、蔵の、声だ。
「…蔵?」

“千歳”

 そうっと、下を見る。氷の地面。
 その中に逆さまに座って、手を合わせる翡翠の瞳。
「…蔵!!」

“千歳…”

「…蔵。…よかった。やっと」
「千歳!!」
 振り上げた光の鎌がその首を狙う。構わず千歳は微笑んだ。

「…会えたと。蔵…」

 その氷を隔てた唇に、キスを落とした。
 刹那光が地面を覆った。
 風が舞う。
 蔵ノ介の身体が空を舞って、叩き付けられた地面は氷ではない。コンクリートの床だ。
 風が去った向こう、佇む千歳の隣でその手をそっと握った姿。
 白石だ。
「…白石!」
 甲斐がやったとばかりに呼んだ。
「…まだやるなら、丁重にお相手すると」
「…やめとくわ。…俺も、千里とそうやったら、……多分」
 そう言って笑った弟王の姿が掠れて消えていく。
「…王!」
「…この世界の俺。会えて嬉しかった。どうか、謙也と千里に……伝えてくれ」


「…   愛している、…って」


 そして弟王の姿は完全に消えた。
 桜散る記憶の庭。
 彼の気配は、もうどこにもない。
 取り戻した愛しい人の身体を抱き寄せると、白石は笑って千歳にしがみついてキスをした。
「…会いたかった。…好きや。…千歳」
「……俺も、…もう死んでもよかくらい……惚れとると」
 風が舞う。
 時間だ、と教える。
 糸を引くように繋がる光に背中を押されて、意識が上るのを感じた。





 千里の背後、馬の蹄の音が叩く。
「もうすぐ突然変異〈ミュータント〉の兵士が来るたい。
 総攻撃をもう、何回もしのげる力は、魔女さんにはなかね?」

“………”

「木手さん…」

“悔しいですが、事実ですね。一回持てばいいか……”

「永四郎。同化魔法を解け! 今魔法を原型なく破られれば、常ならまだしも同化している今、お前が危険なんだぞ!」
「…そうか。風そのものになっているから、風を消滅させられれば、木手の命も…」
 柳の声に滲む焦りに、鎧の外の千里はとうに気付いているのだろう。
 止まった蹄に笑った。時間たい、と。
「…俺ば合図で攻撃の時間たい。覚悟はよかね?
 俺はどっちでもよかよ。ばってんこのままなら当初の狙いの一人、風の魔女さんは殺せるけん、結果オーライって言えばよかと?」
「木手! 魔法を解け!」

“しかしそうなると、防御魔法が…!”

 木手の迷いを映すよう、風がゆらりと揺れる。
「俺も防御魔法はあるけど…光も持つ俺一人やとな…」
 せめて、部長が起きてれば、と財前が気休めのように光の魔法を唱えようと構える。
 千里の腕が合図に上がった刹那。

「木手くん魔法解きぃ!」

「…え!? あ…!」

「そのまま馬車の後部に伏せとき! 財前、あの魔法や、フォロー頼んだ!」
 迷いない声は待ち望んだものだ。財前が歓喜のように「はい!」と頷いたその真横に、白金の髪、翡翠の瞳が舞い降りる。
 こちらに一斉に向かった攻撃の矢を不敵に笑って、財前は彼と魔法の呼吸を合わせて唱える。
「深淵に震える鎌、狙いて全てを拒絶せよ――――――――――」

「「ビッグ・ブラックカーテン!!」」

 財前と彼の声に呼応して出現した漆黒の闇は壁となって、謙也ごと馬車を包み、完璧に攻撃をはじき返した。
 攻撃が防げた、とわかった赤也が闇の魔法発動前に同化を解いて馬車に降りた木手の横で、馬車の外に財前と共に立つ姿を見て、やったというようにその名を呼んだ。
「白石さんッ!!!」
「お待たせ。もう大丈夫や。あとは俺と財前に任せや!」
「部長…」
 隣に立つ姿に、財前はそれをじっと見つめた後、不意のようにぎゅっとしがみついた。
「お帰りなさい…。もう俺、心臓止まる心地でしたわ…。寿命縮んだ…。
 お帰り部長…」
「…すまん、心配させたな…」
「あ、光! なんばしよっと!
 蔵に抱きつくんじゃなかとー!」
「あ、起きたんですか千歳さん…」
「ええやないですか、千歳先輩は今は魔力が底で役立たんのですから黙っててください」
「…だったら蔵から離れると…」
「はいはい…」
 溜息混じりに白石から離れた財前の向こう、何度か攻撃が闇の壁に当たる騒音が響いていたが、魔力の有り余ったウィルウィッチとそれに継ぐ闇のウィッチの防御魔法、無駄と悟ったか攻撃が止んだ。
「……しょんなかとね。そろそろ、王宮も建て直しされるたい。
 引き際かね…」
「……同じ声で蔵を害すること言われると、腹たつたい…」
「まあまあ千歳さん。気にしない。……千里殿。謙也さんを見捨てるってことは、囮にも使えないってことだけど南方国家〈パール〉はこれからどうするの?
 鎖国でもするつもり?」
 リョーマの声に千里は闇越しに笑った。
「さあ、想像に任せったいね復讐王様。だけん…」
「…そう簡単に俺が逃がすと思ったら大間違いだけど…っと…この冷気は…」
 魔法を発動しかけ、リョーマは止めた。
 属性が重なるからわかる。この強い水の波動。
「……なんば…あれ」
 闇の向こうをよく見ると、兵士たちが次々に凍り付いて砕けていく。
 氷の絶壁の浸食だ。
「…あれだけの氷術魔法を扱えるのは…」
 起きた平古場がまさかと呟く。
「ッ!!」
 千里の声が小さく鳴った瞬間、その闇の壁の中以外の場所が完全に凍り付いた。
 一瞬にして砕ける。
「…ち、千里の奴は逃げたか。…まあ、いい。おい、南方国家〈パール〉に群がってた突然変異〈ミュータント〉は全員駆除したから安心しやがれ!
 …無事だな?同士共?」
 ざん、とその場に降り立った氷を操る魔女。
 声でわかる。自分の国におらんと、人助けが趣味と?と千歳がやれやれという風に呼んだ。
「…跡部」
 フリーズウィッチは笑って、俺様は通りすがりだ。と一言。
「これから西方国家〈ドール〉に帰るんでな。その前の善行だ。
 無事なら俺様はもう行く。じゃあな」
「あ、おい…!」
 呼び止める暇もあらば、吹雪が一瞬舞った後、その姿はない。
「…いきなり来て、いきなり帰るやつとねぇ…」
「まあ、そういう人ですわ」
 財前の言葉を合図に、闇の防御魔法を白石が解除した。
「じゃ、王宮戻ろうか。これからのこともあるしね」
 リョーマが言って、頷いた全員の先、白石が茫然と佇むだけの謙也の傍に歩み寄った。
「………蔵。俺」
「謙也は悪くない…って言い切ったら嘘やけど…俺は恨んどらん。
 …友だちやんな?」
「…蔵…」
「謙也」
 涙ぐむ親友を抱き締めて、白石は耳元に囁く。

「謙也…愛してる…」

「…俺の記憶の中の、殿下の、遺言や」
 そう微笑んでその頬を撫でると、すぐ手の平に涙がこぼれた。
 魔女への復讐から自由になって、泣きじゃくる、ただの一人の青年を抱き締め、白石は笑った。
「謙也、…俺たち、友だちやんな…?」
「……ん。…うん…蔵…っ…ごめん…ッ…!」
「……もうええ。……お疲れ、謙也」
 フリーズウィッチの去った証に、道を蹂躙していた氷が消えていく。
 その中には人の影すらない。
 来た道を引き返して、王宮へ向かう道。
 北方国家〈ジール〉に向かうべきだ、と千石が言った。
 東方国家〈ベール〉王の意見で、南方国家〈パール〉と一番交友深い北方国家〈ジール〉の協力が必須だという。
 次の国はそこだな、と柳が言うと知念が溜息一つ。
 また、手塚が黙っていない、と。
 そういえば北方国家〈ジール〉にいるのってノームウィッチだっけ、誰?と赤也が言ったのが印象的だった。





「あー蔵、諦めて千歳のお守りしとき!
 ほらちゃっちゃと進むでー! ほらあんまりジロジロ見たんなやー。
 千歳見られると絶対燃えるタイプやで!
 こーらーみんな! お前、蔵の代わりにあないおっきい重りつけて歩くか?」
 あの日から三日。
 王宮の無事を見届け、北方国家〈ジール〉に向かって旅立った先頭を切るのは、何故か国を追われた謙也だ。
 誤解が解ければ馴染むのも懐くのも早い彼は、早くに千歳の性格を見抜いて白石から離れない千歳の二人を隠すようにぎゃーぎゃーと前を向けーと道を先導する。
 財前は『俺は越前と一緒に先にノームウィッチの館に行っとります。部長頼んますよ』と言ってリョーマと一緒に先に旅立った。
 白石と千歳、謙也を加えた一行は北方国家〈ジール〉国境を目指して走る馬車の中、先端でまるで十年来の親友のような態度の謙也を千歳がぼんやりと見る。
「謙也はどこの世界でも謙也たいね〜…」
「まあ、…謙也やし」
「…あの人、一応気まずいんじゃねっスか? だから普通の態度取ってるとか」
「そうかもしんねーが、なら言ってやるな切原。可哀相だから」
「可哀相とか言うな甲斐…! …甲斐、でええんやったっけ?」
「うん、間違ってないから大丈夫。これ、凛と間違えたら大変だから気をつけろー」
「どういう意味だよ裕次郎」
「…」
 馬車ががたん、と揺れて止まった。
「ついたで。北方国家〈ジール〉国境や」
 石田が振り返り、共に来れるのはここまでだと心配そうに白石を見た。
「…殿下、ご無事で。千歳はん、頼んだで」
「ああ、任せるたい」
「…師範…」
「殿下…、いつでも帰ってきてくだされ。待っていますぞ」
「…、ん。あ、…呼び方、…呼んでや。師範」
「…ああ、…またな。白石はん」
「うん」
 繰り返し石田を振り返って国境をくぐる。
 まだ宵闇は遠い昼の時刻。
 馬車はいつまでものように、国境の淵に佇んでいるように見えた。






















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