歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
第三章−【貝悲雫−ノームウィッチの章−】
−遅れて来た魔女編−
「やあ」 翌日、朝食を済ませて広間に行くと昨日とは違う姿があった。 閉じこもることをやめた千歳、それから金太郎。 そして、ノームウィッチ佐伯、その仲間である黒羽たちと、リョーマと謙也。 ウィルウィッチの財前。そして。 「柳生先輩、仁王先輩!」 満面の笑みで柳生に抱きついた赤也を受け止めて、柳生は微笑む。 「ノームウィッチの元にいたのは本当だったんだな。丸井の言った通りだ」 「お久しぶりです。切原くん、柳くん、真田くん」 「おう赤也。久しぶりを祝って俺が悪戯しちゃろ」 「いらないっスよそんなお祝い…」 赤也が一瞬でビビって退いた。 「冗談じゃ。よう、柳、真田」 「ああ。お前たちも」 挨拶をひとしきり済ませて、椅子に思い思いに座る。 「まあ、跡部さん指定の残り二日間をどう過ごすかっちゅー話ですね」 財前が言った。 「南方国家〈パール〉がその期間、おとなしくしているとは限らないからな」 「……」 「金ちゃん?」 「………ううん」 「…?」 そういえば、あの時も違和感を覚えた。 昔の、自分の知る金太郎なら扉を蹴破って、閉じこもる自分に「泣き虫!」などと詰め寄った筈だ。 あんな風に、欲しい言葉を与えてはくれなかった。いや、出来ない筈だ。 いつの間にか、この後輩は待つことが出来ている。白石が、いなくとも。 「…視えればねえ。俺が」 佐伯が不意に言った。 「見る? なにを」 「未来を」 「は?」 「あ、そっか」 千歳がぽんと手を打った。 白石の記憶で見た橘の言葉。 「五大魔女の中には予知能力を持つもんがいる。 けんど、代によってどの属性の魔女が持つかわからん。 そして、今代のその魔女が、佐伯。お前か?」 「…そう、よく知ってたね。千歳」 「先代が桔平だったかんな」 「ああ、橘」 「予知能力…待て、今は視えないのか?」 「……というか、視える時と視えない時がある、って言った方がいいかな。 来たばっかりの頃はなんでも、どんな小さい激変でも視えたよ。 でも、最近は視えないことも多い」 「…たとえば」 「そうだな。…西方国家〈ドール〉と東方国家〈ベール〉への南方国家〈パール〉の襲撃。 俺は、東方国家〈ベール〉は視えたから、近くにいるって聞いた跡部に助けに行ってくれるよう頼んだ」 「それで、跡部は来たのか」 「けど、西方国家〈ドール〉の時は視えなかった」 「……」 「あと、星の子の消滅も。 乾の時は視えた。…白石は、視えなかった」 「…条件が同じでも、視える時と視えない時がある……?」 「多分。だから、」 「ほな、今は?」 「金ちゃん?」 「ほな、今は視える?」 「……うーん、試してみるよ」 頷いて、佐伯は瞳を閉じた。 「…遠山、変わったね」 リョーマが言う。 「そやな」 「こっち来て、十五年だっけ、遠山は」 「うん」 「金ちゃんと越前は会ってたと?」 「ううん、会ってない。でも、遠山はずっと南方国家〈パール〉にいた」 「!」 「遠山は南方国家〈パール〉に落ちた。拾ったのは、…俺の弟と、千里殿」 「……」 「金ちゃん」 「…ワイ、見てた。こっちの世界の白石と、千歳。 ワイの知ってる二人と一緒やった。お互いのこと、好きやった。 大好きやった。こっちの、白石と千歳」 「…こっちの世界の、千歳と白石も愛し合ってた……?」 「そう。…弟と千里殿は相思相愛だった。…十四年前までは」 リョーマが言いきった。 金太郎が俯く。 「北極星がもたらす災いは、星の子の召還だけじゃない。 落ちた場所の、人の記憶を喰らうこともある。感情も。 七年前、北極星は弟の記憶と感情を喰らっていった。 …千里殿への、愛情の記憶と心を」 「……」 「…だから、千里は狂った…。弟王を殺した…ってことか?」 「…正確には、千里殿も待っていた。 弟にいつか心が戻る日を。 信じていた。 俺は、その救いになると思って北極星を調べ続けて、…わかってはいけないことを、わかってもどうにもならないことを知った」 リョーマが、金太郎を見遣ってから視線を空に向ける。 「わかってはいかんこと…?」 「…北極星に奪われたモノは二度と帰らない。記憶も、心も。二度と。 奪われたものが、その人への愛情なら、…もう一度やり直しても、奪われた人は二度と、その人を愛せない。“その人を愛したい”という根を奪われたから。 ……それは、…千里殿への愛情を奪われた弟が、二度と千里殿を愛さないことを証明してしまった」 「…………」 「それで、千里殿は狂ったんだろう。踏み外す程に、一線を越える程に。 …俺は、忙しくて、ろくにそのころの千里殿を見ていない。 けど、遠山は一番近くで見ていた。 自分の知る二人のように愛し合っていた二人が、奪われ、故に狂い、踏み外していくその日まで」 「……」 千歳がその小さな手を握る。冷たい。 どんな気持ちだったろう。 違う世界の人間でも“千歳”と“白石”が仲を違えて、やがて“千歳”が壊れ、踏み外すその様を、全てを見ながら、なにも出来なかった気持ちは。 そんな形で覚えてしまったのだ。 後輩は、そんな形で覚えてしまったのだ。待つ、ということを。 「未来、視えたか?」 金太郎が言った。 その中に、迷いはない。 「うん」 佐伯がすっと瞳を開く。 「今日は、視えた」 「どんな?」 「……近いうち、かな、これは。 南方国家〈パール〉の、目的を誰かが知る」 「…南方国家〈パール〉の、千里殿たちの?」 「多分。 そして、その目的も視えた。 南方国家〈パール〉の目的は俺達“五大魔女”だ」 「……どげん意味と? 奴らは、俺達を殺す気やったと」 「そこまでは視えなかった。でも、五大魔女を欲しているのは事実だよ。 あと、…近いうち、五大魔女の誰か一人が、南方国家〈パール〉の手に落ちる」 「「「「「!?」」」」」 「誰だ!」 「わからない」 「視えなかったのか?」 「違う。…邪魔されている。いつものように“視”えないんじゃない。 “視”るのを邪魔されているんだ。なにかに。 それ以上俺達が知ることが出来ないよう」 「…南方国家〈パール〉に、邪魔出来るもんがおるなら、それは邪魔すったい。 五大魔女の誰がそうかわかれば、俺達の出方もうまく出来ると。 けんど、わからなければ…」 「…守り方も不安なものになる、か」 「それは、視たサエも“誰か”に入ってんのか?」 「多分そうかな。視る本人を除外する力じゃないからね」 「……」 黒羽が沈黙した。 「大丈夫や」 「金ちゃん?」 「誰でも、もし、間に合わなくても…最悪だけは間に合わせる。 ……絶対」 「…金ちゃん」 千歳がその小さな体躯を抱き締めて、頷いた。 「なんでん、金ちゃんに会わんかったと?」 部屋にいるのは、今は千歳と木手、リョーマのみだ。 手塚が丁度入ってきて、なんの話かと耳を傾けた。 「ああ、…まあ、会えなかったんだ。 俺の傍には、北極星へ復讐を誓う人間がいつもいたから。 そうじゃない星の子は遠ざけられてしまう。遠山は、そうだったからね」 「…そっか」 「俺は会おうとは思ってた」 「うん、越前が避けてたんじゃなかならよかよ」 千歳の言葉に、リョーマも安堵のように息を吐く。 「おー、…嵐が起こってる、ありゃ熱台風かな?」 隣の部屋のバルコニーで甲斐が騒いだ。 「ああ、ほんなこつね」 バルコニーから見える海岸線の近くに、それが見えた。 「木手ー。逸らしてー方向ー暑いー」 「はいはい」 そのくらい知念クンだって出来るでしょうに、と木手がぼやきながらバルコニーに進み出る。 手が操った風はいとも簡単にそれを包み込んだ。 「魔力、すっかり全快したとね」 「千歳クンもでしょ?」 「まあ」 「…、っ?」 「木手?」 「いえ、熱台風が…」 すぐその顔が険しくなる。 風が巨大化した。 「な…」 「待ってください。もう少し強く押さえますから…」 言った傍から、木手が顔を驚きに変える。 「…なんで」 「……どげんしたと」 「俺は、もう力を全開で使ってます」 「…な」 「どういう意味、千歳さん」 「…五大魔女の力で押さえられんもんはなか…。 風なら風の魔女が押さえられる。 だけん、木手の魔力が切れているならまだしも、今の木手の力は全開。 それに…交換期の近い、魔力が衰えを見せた魔女じゃなか…。 木手も俺も、全盛期と。魔力が一番高か。 その風と互角の力を持つのは」 「…全盛期の、同じ魔女のみ………」 木手が呟くよう、零した。 「…ちょっと待ってよ。一つの属性に、魔女は一人でしょ。 サンダーウィッチが二人もいるはずが…!」 ふわり、と視界。 台風の向こうに佇む、空に浮かぶ黒いローブ。 さっきまでいなかった。 「…千歳クン、下がって。佐伯クンたちにも伝えてください」 「…」 「早々の南方国家〈パール〉のお客かも」 「そげんこつは木手が危なか!」 「…そうですね。でもあれの狙いが俺だとは…。まあ、そう考えて今まで危険になってましたし。 それなら今は俺を守ってください。ただし、自分のことも忘れずに」 「わかっとう」 「かなり強いな。第五十代サンダーウィッチ、木手永四郎」 「…それはどうも」 ローブが口を利いた。 「あなたは? 全盛期の五大魔女と同じ風の力を持つ、あなたは誰ですか?」 「答えてくれると思っているのか?」 「思いません」 「…だが、それはあまりに不親切だな。答えよう。 俺は第二十代サンダーウィッチだ」 「…」 木手も、千歳も呼吸を忘れた。 「…第二十代…?」 「そう、お前の三十代前の先代だ」 「……そんな!」 「そして、全盛期の力を持つからこそ、お前と今渡り合っている」 「…あり得ない…。俺の三十代前なんて、間の交換期間がどんなに早く済んでも…」 「三十代前なら、とっくに寿命で墓の中だ、か?」 「………」 「確かに、三十代前の魔女なら、百歳まで生きていてもとうに墓の中だ。 だが俺は生きているし、第二十代のサンダーウィッチだ。 証拠に、お前の傍の俺は生きている」 「…え?」 木手が眉を寄せた先、ローブがはぎ取られる。 露わになるのは、見知った黒髪の青年。 「この第二十代サンダーウィッチ、柳蓮二の対が」 「……っ…」 「柳…? この、世界の…!?」 「そうだろう? 対をうしなった星の子は消滅する。その後、蘇れても」 「……そ、んな」 「そして、星の子以外の存在の蘇生方法はない。 結論、俺は死ぬことなく生き続けている」 「……そんな!」 木手が叫んだ瞬間、その身体を一瞬にして強い風が絡め取った。 「しま…っ」 「気のゆるみは魔力のゆるみだ。それを狙って話したんだがな」 「木手!」 「同じ質量の風に囚われては、解きようがなかろう?」 「…っ」 「木手! 離さんね!」 千歳が放った炎がその“柳”を直撃する寸前、同じ質量の炎によって掻き消された。 同じように空に浮かぶ、黒い人影によって。 「あぶねー。気をつけろよなー」 「すまない」 「二人で来てせーかい」 「…、誰、と」 掠れた声が漏れた。今の炎は、自分と同じだけの力があった。 つまり、全盛期の炎の魔女の力が―――――――――――――。 「俺が、第二十代フレイムウィッチだ」 「…、…どげん、こつたい」 「ふむ。今代のフレイムウィッチはひとまずいいな。 今回はサンダーウィッチだけもらいうけておこう」 「木手!」 木手を捉える風が強くなって姿を包み込んでいく。 伸ばされた手が駆け寄った手塚の手に触れる寸前、風がその姿を奪い去った。 「…き、て」 「…では、用事はそれだけだ。帰るぞ」 「りょーかい」 「待て! 木手をどこへ連れて行った!」 「今代のノームウィッチが視た場所だぞ。氷の仮面王」 「……」 告げた背中が風に覆われて消えた。 残された手塚が、絶望に満ちた心地で呟く。 「…南方国家〈パール〉……………」 |