−デビル・ポーラスター


 第四章−
【擬煌珠−フリーズウィッチの章−】



  
−黄泉比良坂編−

  第一話−【もう一人の切原赤也】




 馬車の揺れが収まった。
 見上げる先、王宮が見える。
 西方国家〈ドール〉王宮。

 西方国家〈ドール〉についたその日に、国境に馬車が人数分。
 幸村が用意させたのだという。

「ようこそ、北方国家〈ジール〉の王と五大魔女様」
 門が開かれ、侍女たちが声を次々に投げる。
 その王宮の入り口に立つ姿が見つけてすぐ走り出して、柳生に飛びついた。
「ようヒロシいいいいいいいいいいい!」
「丸井くん!」
「会いたかったぜヒロシ!」
「丸井先輩はあいっかわらず柳生先輩大好きですね…」
「ヒロシ! 出会った記念に」
 背後から伸びた腕がその赤い髪を掴んで声を遮った。
「あだっ!」
「ブン太。俺の比呂士に馴れ馴れしいんじゃボケ」
「んだようっせえ仁王! ひっこんでな詐欺師!」
「うっさいはお前じゃ!」
「…そんで、こっちも相変わらずっス」
「こらこら、中に入らないうちから騒がない」
 穏やかな声が遮る。
 金刺繍の白い衣装に身を包んだ青年。幸村だ。
「部長!」
「幸村」
 赤也と真田が声をあげた。
「久しぶり。赤也、真田、蓮二。
 そしてみんな。
 どうぞ、西方国家〈ドール〉王宮へ。
 跡部も待ってるよ」





「ますます、南方国家〈パール〉の目的がなぞめいていくね」
 改めて話を聞き終えて、幸村はそう言った。
「殺すと言ったり、かと思えば、殺すチャンスがあったのに今回は連れ去っただけ。
 …どう思う精市」
「…俺の憶測でいいなら、南方国家〈パール〉は南方国家〈パール〉でも、千里殿とは違う南方国家〈パール〉かもな」
「…へ? 南方国家〈パール〉って国が二つあんですか?」
「違うよ赤也。南方国家〈パール〉の中に二つの勢力があるんじゃないか、その二つの勢力の狙いは五大魔女。でも魔女の使い道は異なる。
 千里殿たちの目的を五大魔女の抹殺とするなら、木手を連れ去った二十代を名乗る魔女たちの目的は違うもの―――――――――――――って憶測」
「……なるほど」
「なら、木手は、命は安全ということか?」
 手塚はテーブル越しに向かい合った幸村を見つめて言う。
「それは言い切れない。けれど、木手に万一があれば、すぐワカル」
「どうやって!?」
「今代の仮初めの太陽を生んだのは、木手と千歳だろう?」
「…あ」
 千歳がそうか、と手を打った。
「あの太陽を維持しているのは、千歳と木手の魔力。
 木手になんかあれば、太陽は消える。…だから、太陽があるうちは、安全だろう。
 …ってことか」
 甲斐がようやく口を利いた。彼は、木手がいなくなってからずっと話していなかった。
「そういうこと。だが、それもあと二十日。
 二十日過ぎれば一ヶ月日蝕〈ダークムーン〉が終わる。仮初めの太陽は、消える。
 その先は、木手になにかあっても関知出来ない」
「つまり、二十日以内に取り戻さなければ、ということか」
「そうなるな。だからこそ、一刻も早い白石の蘇生が望まれる。
 白石と手塚がいれば、南方国家〈パール〉の結界を崩せる。
 木手を取り戻しに行ける」
「そうとなれば…」
「ただ、それが白石にとって『もっとも由りよいこと』かは限らない」
「……え」
「蘇ってしまったが故に、苦しんだ人を、俺は知っている」
「幸村、どういうこったい…。よみがえれるなら…!」
「その先は蘇生場所で話すぞ」
 立ち上がった跡部が言った。

 王宮の地下回廊から続く道は、青い洞窟で歩き進むごとに徐々に水晶の群が道に増えていく。
「着いたぞ」
 道が開けた。
 大きな空洞に出る。
 一面の水晶郡が彩る、青い空間だ。
「ここは『星の道』。北極星の通り道の世界に空気が繋がってる。
 だから、ここでしか蘇生出来ない」
「…通り道?」
「北極星がこの世界に落ちる前に通る道だ。その通り道に俺達の世界があるから、俺達は連れて来られた。
 だから、この空洞は俺達の世界に空気だけ繋がっている。
 だからその空気に満ちたここに結晶を置いて、十日。
 十日待てば、結晶に触れる俺達の世界の空気が再び星の子の身体を作る。
 それで蘇生は済む」
「…さっき、言うたことはどげん意味たい」
「…それは、その復讐王に聞きな」
 跡部はリョーマを顎で示した。
「てめえもいい加減自分一人の腹に抱えてんじゃねえ復讐王。
 どっちにせよ北極星の所為に違いないんだ」
「…そうだね」
「越前、どういう意味と」
「…、本当は、…北極星に時間の魔力なんか、最初からないってことだよ」
「……ぇ?」
 誰もが、意味を理解出来なかった。
「“北極星に連れて来られて身体の成長が止まったヤツ”なんか、最初からいない。
 一人もね。
 十六年前の俺が、成長出来たんだから、最初から、時間は縛られない」
「…だ、だけん、白石が、言うたと…北極星の魔力が昔はあって、そんで身体が成長せんヤツがいるって…。金ちゃんも越前もそうじゃなかと!?
 だけん身体が」
「俺も遠山も、…一度消滅した。対の、喪失で。それまでは、成長していたよ」
「………」
「特に俺は、一番最初の星の子だったから。
 蘇生方法なんて、まだなかった。俺が来た時には既に対はいなくて。
 俺はある日、やばいと思った。このままじゃ消える。来て、二年くらい後の話で、その時、部長くらいの身長があった。
 俺は理由を必死に探した。当時の五大魔女と一緒に。
 そして、対の喪失による消滅を知った。同時に蘇生方法も知って、すがる思いでそれにしがみついた。
 当時のフリーズウィッチの助けでここに来て、消滅の後、復活した。
 けど、身体は、…来たその当時、…12歳の姿になっていた。
 それからだね、身体は成長しない。時が、動かない。遠山も、…他のみんなも、同じ」
 ただ、知っても知らなくても、同じだった。対の喪失による消滅を多くが知ると危険だったから、北極星の魔力と説明した。と。
「どうも、その方が北極星への恨みは強いらしい。“こんな場所に来なければ”とより強く思う。俺の周囲に集ったみんなはそうだったし、俺もそうだった。
 蘇らなければよかった、とは思わない。けど、後悔はたまにするね。
 たまに、愕然とするよ。元の世界に帰れる日が来た時、俺は矢張り成長しないんだろうか。この世界では一つの不思議で済む。あっちの世界じゃ、成長しない人間なんて化け物だ」
「……………じゃ、蘇ったら、…部長も」
「白石さんも、乾先輩もそうなる」
 リョーマはそれでも千歳を見た。
「でも、俺が、…跡部さんがこの方法を提示したのはなにより白石さんが望んでるからだ。
 白石さん自身が強く願っていなければ、蘇りたいと願っていなければ、俺達は黙っていたよ。
 …白石さんはそれでも望んでる。それが由りよいことじゃないかもしれない。
 けれど、望んでる。…千歳さんの、傍にもう一度帰ることを。時の止まった化け物に、なってもいいからと―――――――――――――」
「……どげん、してわかると」
「消滅して蘇った星の子には、結晶からでも声が届く。
 千歳さんの手の中で、白石さんは言ってる。“早く、千歳に会いたい”って」
「ワイにもずっと聞こえる。白石の、帰りたいってこえ」
「……」
 千歳は胸に一度結晶を抱き締めた。
 瞳を、涙が濡らす。
「……決めた」
「え?」
「俺、こん世界残るたい!」
「…千歳?」
「元の世界に帰る方法が見つかっても、向こう戻って蔵が苦しいなら、蔵が俺と一緒ならこの世界で死んでもいいこつ思ってくれんなら、俺もこん世界で生きて死ぬたい。
 蔵が蔵なら、俺は一生姿変わらんくても愛せるけん。
 だけん、俺もこの世界で生きっと!」
 満面に笑って、だけんやっぱり蔵に帰ってきて欲しかと言う。
「…なぁんだ」
「越前?」
「そんなはっきり意志があるなら、俺、お邪魔虫?」
「…?」
「俺は、“千歳千里”に愛された故に、不幸になった弟を見てた。
 だから、“白石蔵ノ介”の傍に“千歳千里”はいてはいけないと思ってた。
 だから、白石さんが蘇ったら、千歳さんから奪おうくらいは思ってたよ」
「……そげんこつは、許さんと」
「うん。そんなはっきり愛してるなんて言われたら、邪魔出来ないでしょ」
「…そうしてくれっと、助かると」
「……まあ、でも好きだけど」
「越前!」
「でも、白石さんは安心だね。これで、白石さんは帰って来れる」
 千歳が進み出て、結晶をそっと岩場に落ちないように置いた。
「白石さんが帰ってくるまでこれであと十日。それから十日が、木手さんを取り戻すリミット」
「ああ」
 柳がそっと、手塚が持つ乾の結晶を見た。
 彼は、望んでいるのだろうか。
「乾先輩も望んでる。それに先輩は理屈屋だから、帰っても大丈夫な方法があるんじゃないか、って言ってるし」
「…貞治らしい」
「じゃあ、ここに」
 白石の結晶から少し離れた場所に置かれた結晶。
「十日。ここを知るのは幸村さん、跡部さん、それから俺。
 だから安全だね。じゃあ、戻ろう。ここは、長い時間は生きた星の子には悪い」





 ―――――――――――――八日後。
「先輩、ウザい」
 自分の部屋にもいないで、うろうろしだした千歳を見つけて、財前が言い切る。
「光、ひどかね…」
「あと二日やろ。もう八日待ったんやからあと二日おとなしく待てや…。
 手塚さんかて確約ないんに待ってるやんか」
「……だ、だけん」
「あー、ならもう一回星の道に行ってこい!」
 蹴り飛ばされて、千歳はすぐ走り出していた。
 彼は安全なのに、毎日のように“白石がいる”星の道に向かう。
 いられる時間は短いが、矢張り離れていられないのだ。
「千歳は?」
 廊下を歩いてきた手塚と幸村が気付いていう。
「ああ、星の道ですわ。あの人、ウザくって」
「…ああ」
「ちょっと手塚さん見習えっちゅー話っスわ」
「そういう財前も待ちきれないんじゃないのかい?」
「は?」
「だって、今、朝の二時だよ?」
 俺達は会議で起きてて寝てないだけだけど、と幸村。
「財前はいつも十時には寝るし、朝は九時だよね、起きるの。
 やっぱり待ってられないんだ」
「…幸村さんが意地悪ってほんまやわ」
「うん。遠山の方がよほど待ててるね。
 …ところで、その“意地悪”評価をしたのは誰だい? まあ予想なんて簡単につくけどねフフ」
「……」
(哀れ、切原…)
「俺も、星の道行って来ます…」





 星の道は静かだ。
 その空洞の地面に座って、白石の結晶を見つめる。
 綺麗だ。
 でも、悲しい色だ。
 早く、早く会いたい。
 早く。
 かつん、と後方で足音がした。
「光?」
 呼びかけて、すぐ違うと気付いた。
 すぐ立ち上がって結晶を背後に庇い、炎を手にまとわせる。
「…誰たい」

「さっすがぁ。早い! 丸井先輩が褒めてた今代フレイムウィッチだけありますねー!」

 茶化すような声が響いた。
 だが、そこに立っていたのは予想外の姿。
「…切原?」
「そっスよ?」
「…、驚かせるんじゃなか。びっくりしたと。そうとね、…南方国家〈パール〉がここ知っとるこつはなかっとうに」
「なんですかそれ。勝手に驚いたのそっちじゃん」
「そうやけんど」
「それ? 白石さん」
「ああ、うん」
「へー」
 興味深そうに覗き込んだ瞳が、物珍しそうに輝く。
「あと何日でしたっけ」
「ああ、あと…」

 ―――――――――――――違う。

「お前…!」
 千歳が気付いて炎を再びまとわせた瞬間、“切原”の手が白石の結晶をさらっていた。
「おお、聡いんですねー。でもタッチで俺の勝ち」
「返せ!」
「さあ、それは、俺に勝ったら―――――――――――――」
 切原を中心に吹雪が走った。
「言ってみせなよ!」
 跳躍して飛びかかり、操った氷を千歳に振り下ろす。
 炎で弾いて、後ろに飛ぶ。
 だが、ぎりぎり弾けた力量の氷。詠唱破棄の魔法。
 そして、第一赤也の得手は炎だ。自分が教えたのだから間違いない。
 二つの属性を持つウィッチは希にいるが、炎と水は無理だ。
 相反する故、同時にもてない。
「…お前、…木手を連れ去った第二十代の誰かたいね?」
「…さっすが。そっス!
 切原赤也、第二十代フリーズウィッチっス!
 先輩たちに聞いたんですよ。昔この洞窟は南方国家〈パール〉にも通じてて、その抜け穴と蘇生方法はこっちも知ってんですよ」
「なんでん?」
「そりゃ、内緒。でも、あんた強くて嬉しいなぁ。
 あーあ、柳さんってば、こっちさらってくればよかったじゃんー。
 そうすりゃ楽しいのに!」
「…木手は、」
「ああ、今調教中? って、いや記憶操作は済んでっから…。
 あー、そうだ。常識ごと記憶消しちまったから、教えてる最中だ」
「……………」
 今、なんと言った?
「…今の、どげん意味たい……」
「今代のサンダーウィッチ?
 んー、ほら五大魔女VS五大魔女五人だと勝てないじゃん?
 だから、今代から何人か味方にしようって話!
 北極星と同じ記憶と心喰う人が身内にいるから、その要領でサンダーウィッチ…あ、仲間になるから木手さん、」

「あんたらのこともう覚えてないし」

「あ、固まった。アハハっ。だから、記憶もうないんっスよ。
 心もないです!
 いや、あるけど、氷の…なんちゃら王?への心は喰っちゃったらしいですからないですね。あと仲間への?
 あ、あの人意外と面倒見よくって、俺この間怪我した時先輩来るまで応急手当してくれて。優しいっスねーあ、だからあの人最初に狙ったのか柳さん?」
「………っ!」
「そんで…っ!?」
 一瞬にして切原の身体が吹っ飛ばされる。
 手から離れた白石の結晶を、宙で千歳は掴んで胸元に抱えると、炎を手に詠唱を紡いだ。
 許せそうもない。
 事実かどうかはとにかく、白石の結晶を一度奪い、そして木手をあのように笑う彼を。
 例え、あの赤也の対でも。
「おっと! させるか、氷炎蠢いて轟け―――――――――キリングフリーザー!」
「シャイニングフレア!」
 大きな質量の炎と氷がぶつかりあう。
 その向こう、蒸発した水による霧が晴れない中で声が笑う。
「ま、今回はもういいや! 飽ーきた。
 じゃ、また今度は木手さんも一緒に会いましょ!」
「待たんね!」
 しかし霧が薄れる頃には、姿はなかった。
 他の脱出路を知っていたのだろう。
「…」
「…光?」
「先輩、今の」
「……あー」
 多分、赤也と同じ姿であった故に、すぐ理解出来なかったのだ。
 その時だ。
 千歳の手の中で結晶が輝いた。
「え」
「あ、先輩手を離し…!」

 一瞬の閃光。

 それが去って、眩しさにくらむ目を凝らす。
 そこに倒れて、眠る身体。
 白金の髪。閉じられた瞼の下は、きっと翡翠。
「…しら、いし?」
「え、二日、早いんに…」
「…白石!」
 駆け寄って抱き起こす。
 暖かい。生きている。
「…白石…!」
 木手のこと、第二十代のこと、山積みだけれど、今は。
 今だけは、喜ばせてくれとその意識のない身体を抱いた。












→黄泉比良坂編第二話へ