−デビル・ポーラスター


 第一章−
【歪輝貝−サンダーウイッチの章−】













「さて、こちらの説明の前に、そちらが問いたいことがあるように見えますが」
 一階のテーブルの椅子にそれぞれ腰掛け、木手はそう切り出した。
 それに真っ先に切原が手を挙げる。
「キミは、なんと言いましたっけ?」
「切原赤也! …あの、サンダーウィッチ…ですよね。あんたが」
「そうですね」
「…サンダーウィッチって、“五大魔女”って」
「そうですね」
「………男ですよね?」
「ですね」
「……魔女じゃないじゃん!」
 切原の叫びに、柳も真田も“まあ確かに”と思った。
「語弊があるんですよ。どこから話せばいいか…。
 まあ、そもそも先代ウィッチとの代替わりの時に、継ぐ力を持つウィッチが、生憎男の俺しかいなかったんですね。でも、性別にこだわって五大魔女の座を空位にしておくわけにいかなかったと。
 …更に言うなら、今の代替わり後の五大魔女は全員男ですからね」
「……既に魔女じゃない。五大魔法使いでいいっすよねー?」
 ねえ柳センパイ、副部長と切原に言われて、柳は“まあ、由来ある呼び名を変えられなかったんだろう”と淡々と言った。
「しかし、ウィッチはかなり多い筈だ。一人もいなかったのか?」
「ああ…客人も、街の人間の多くも理解していない話ですが…」
「?」
「ウィッチは現在、この場の俺を含む人間をあわせて、世界で四十人ほどしかいませんよ」
「………戦争に、投入されていると聞いたが」
「それはウィッチじゃなくウィザードでしょ」
「…ウィザード? ウィッチとどう違う?」
「黒魔術…悪魔を使役して魔法を操るのがウィザード。精霊に遣わされた資質で魔法を行使するのがウィッチ」
 と甲斐。
「ま、どっちも属性を操りますから、端からはみなウィッチに見えるんでしょうがね。
 五大魔女は精霊の魔女を指すから、ウィザードはなれない。今の戦争はウィザードの力にあぐらをかいているから」
「…成る程。ウィザードは元が悪魔だから、戦争に荷担しても力は失われない…」
「そういうこと」
 木手が淡々と頷いた時だ。館の外で、人の騒ぐ声がした。
「……」
「木手。あれ」
「多分、ここ一帯の領主の私兵が来たんでしょ」
「…だな」
「領主がなにか?」
「この国は内乱が多い国で、領同士がよく兵士を使って争うんです」
「ま、向こうの領主はこのあたりにサンダーウィッチが住んでるなんて知らないから」
「見物決め込む?」
 伺った平古場に、木手は軽く立ち上がる。
「いえ、最低限参加しましょうか。ここを誰の館か知らない兵士が、こちらに向かってますよ」



 館の外を見ると、分厚い熱風が頬を撫でた。
 崖の楽な方を登って来るのは、鎧を着込んだ騎士。
「…真田クンに、柳クンに切原クン?」
「はい?」
「下がってて? すぐ片づけますから」
 崖の下の向こうでは、街に列をなして向かう馬にまたがった騎士の群。
「そ、最低限自分の護衛だけやればいいから」
 甲斐の言葉に頷いて、剣を構える。
 登り切った騎士達が、剣を持って駆けだした。
「よし行くぞ!」
 甲斐の言葉に、平古場たちも騎士たちに向かって駆けだした。
 振り上げた拳が、鎧ごと騎士を崖下に吹っ飛ばす。
 地面に手を付いた甲斐の両足が回転して複数人をまた吹き飛ばした。
「……な! こいつら何者だ!」
「ただの武術じゃない! 蹴られた場所から凍ってやがる…! こいつらウィッチだ!
 拳や足に術をまとわせてやがる!」
「見抜くの早え! 流石腐っても騎士」
 言葉だけで感心して見せた甲斐が、騎士達から離れると手を空にかざす。
「蒼き石、千羽となりてまといし水。触れて凍えよ永久の氷河…エスペランサショック!」
 甲斐が詠唱し、放った水は騎士達に触れるとたちまち凍り、その場に氷の彫像を幾つも生み出した。
「裕次郎伏せろよー! 翠は翡翠の鳥の羽、百に増えれば億の吹雪!
 レーリィウィング!」
 詠唱の通り、百はある数のかまいたちが騎士を襲う。平古場の放った風は騎士達の腕や剣を切り落とした。
「エナジー」
「…うわ、凛! 知念くんの詠唱来る!」
「下がれ!」
 二人がその場を大きく飛び退いた瞬間。
「メロウ!」
 知念の放った大きな落雷に似た直角の雷が崖ごと騎士を直撃し、崖の一部が真っ黒な灰と化して下に崩れていく。
 間一髪巻き添えを逃れた甲斐と平古場が、落ちた崖を見下ろしながら。
「…知念くん、さりげなく永四郎を守れなかったので機嫌悪いよな」
「な」
 と顔を見合わせた。
 崖下では街に向かう騎士の群がある。こちらの存在に気付いていない。
「あ!」
「切原クン?」
「副部長! 街行っちゃうあいつら!」
「まずいな。俺達は世話になった。木手。違う領の兵士なら、街人に危害を加えるだろう?」
「そうですね。助けたいの?」
「出来うるなら」
「………」
 木手は一瞬、考え込むように空を見上げると。
「甲斐クン、平古場クン、知念クン」
「なに?」
「下がって風の壁張っておきなさい」
「……なに? やるの?」
「いい加減五月蠅いしね。サンダーウィッチがいるとわかれば、来ないでしょ」
「そう…。じゃあ、おい真田。お前らこっち」
 崖ぎりぎりまで足を踏み出した木手を余所に、甲斐は平古場たちと一緒に、真田たちを館の傍に招く。
「…なにをするつもりなのだ?」
「サンダーウィッチ流の挨拶ってとこ。風圧がすげえから、風の壁張っておく。
 それでも息苦しいから、気をつけろ」
「知念くん、凛、俺も氷壁張った方がいい?」
「木手の威力じゃ砕けて怪我するのがオチだからいい」
「そっか」
 風のウィッチである平古場と知念が顔を見合わせて、同時に口を開いた。
「「永遠、深淵、連なる黎明。二つを繋げて我らの守り――――――――」」
 詠唱。それも二人一緒で、声のタイミングもぴったりだ。
「「震える空より我らを守れ、シムシンシェング!」」
 風が渦巻いて、真田や平古場たち六人の周りを包みこむ。
「……」
 それを待ったように、木手は手を空にかざす。
 瞬間、先程まで晴れ渡っていた空は暗雲に包まれ、雷鳴が声をあげる。
 急激な天候の変化に気付いたのか、兵士たちは空を見上げながら馬を急がせる。
 鳴った雷。街に入ろうとした兵士の群にその落雷が直撃し、灰となる。
 続いて落雷があちこちに落ちた。全てその先は兵士たち。次々に灰となり、その異常に兵士たちも怯えたように足を止める。
 真田達は息を詰まらせて目を閉じまいとする。木手の力で風が集束したおかげで、息が苦しい。ものすごい風圧の中心にいるようだ。
 平古場と知念が壁を作っていなかったら、息が出来ないどころか、飛ばされてしまったに違いない。
「訊け」
 木手は小さく呟いたが、それは風に運ばれ、見渡す一帯に響いた。

“我は風を守護するもの。サンダーウィッチ。この場、我の暮らす国を荒らすモノよ。
 ただちに立ち去れ。さもなくば我のしもべである雷鳴がその身を討ち滅ぼす”

 サンダーウィッチ!? そんな噂は聞いていない。どうするんだ殺される。
 兵士たちの悲鳴が遠く聞こえる。

“これはささやかな警告である。ただちに去れ。去らぬなら、この場の者達全てを灰とする。去れ!”

 風に運ばれた木手の一喝に、兵士たちは恐怖に従うように馬の向きを一斉に元来た方向に翻した。
 そして一目散に走り去っていく。
「…ま、こんなものでしょ」
「呪文はいらないのか…。それであれだけの魔法を行使するとは」
「だから、サンダーウィッチなんだって」
 ようやくまともに呼吸が出来るようになった柳が言うと、甲斐が当たり前という風に答えた。
 そして、柳はこいつらは確実に同じ世界の奴らではないなと確信する。
 人殺しに慣れすぎている。地球で育った14.5歳の中学生が、眉一つ動かさず人を殺められていいはずがないのだから。




「そういえば、甲斐クンたちが話したんですか?」
 館に戻った木手が、開口にそう言った。
「…なにを?」
「彼ら、俺の名前知っていたでしょ」
「……ああ」
 そういえば、手塚も彼をサンダーウィッチとしか呼んでいないのに、自分たちは名も聞かずに木手と呼んでしまったなと思った。
「こいつら、どうも平行世界の俺達を知ってるらしいんだ」
「ああ、通りで」
「そういうことなんです…」
 切原が内心、少しは協力的でよかった。そうじゃなかったらあの威力であっさり殺されていると思いながら答える。
「で、」
「はい?」
 テーブルに改めて座った木手の台詞に、なんだろうと切原は間抜けな声をあげる。
「……あのね、俺のとこに来たってことは、ちゃんと用事、あるんでしょ?
 本題はいらないんですか?」
「あ! ありますあります!」
「といっても、キミ達の本題が、今まで来た人たちと一緒じゃ、力になれません。…と先に言っておきますが?」
「……って」
「元の世界に帰る……という用事の助力は、いかなサンダーウィッチでも出来ないのか?」
 柳の言葉に、木手は頷く。
「サンダーウィッチを始めとする五大魔女は、所詮ウィッチ。召還術は範疇の外。
 俺達が出来るのは、自然を操ることだけ」
「それなら、まだウィザードの方を頼みにした方がいいぜ。あいつらは悪魔使いだからな」
 続けて甲斐が言う。
「……そうか」
「まあ、幸い、俺も召還術を研究しているウィザードを知ってます。
 だから、その人の紹介くらいなら出来ますよ。ただ、その人が元の世界にホントに返せるかまでは保証しません」
「それでいい。それだけでも、助かる」
「あと、一つだけ構わないか?」
「蓮二?」
「なんですか?」
「風を操るということは、風の届く場所を知れるということだろうか?」
「…まあ、風の吹く場所なら、この国の外のことも知れますよ。熱台風の到来だって、先程の群だってそれで知ったのだし」
「…なら、俺達の他に、俺達の仲間がこの国に来ていないか、探ることを頼んで構わないか?」
「!」
 柳の言葉に、真田も切原も柳の意図を知り、そうだと思った。
 丸井や幸村の来訪の可能性はある。それを知れるなら。
「…心を多少、探られる覚悟があるならそれくらいはしましょ」
「…心を?」
「五大魔女は、召還術以外ならいくつか使える不思議な術があります。
 一つが心の少しを覗くこと。キミのお仲間の顔を知らないことには、風に探してくれと頼めない」
「…そうか。なら」
 柳が頷いて、木手の前に立つ。真田が自分がと言いたげに席を立つが、柳が笑ったので、なにも言えなくなった。
「どうしていればいい?」
「ただ立っていれば結構。あとは、その仲間の顔を浮かべていてくれれば」
「わかった。…見てくれ」
 柳の額に、木手の人差し指が触れる。そこに密かに、光が灯って消えた。
 終わった合図なのだろう、木手は柳から離れると、席にもう一度座った。
「…どうだろう? …?」
 問いかけようとして、木手がやけに深刻な顔をしていることに気付いた。
「……探さなくても、この顔は知っていますが…」
 木手の言い方は重く、迂闊に喜びのまま問えなかった。
 木手が手を組み、息を一つ吐く。
「……そのお友達、名前を幸村精市と言いませんか?」
「……ああ」
「…多分、キミの知る彼じゃない。それでも知りたい?」
「……ああ」
「……彼は、遠く西の国、西方国家〈ドール〉にいます。赤髪の彼は、十日ほど前にフリーズウィッチの元に“元の世界に帰る方法”を聞きに来たと少し前に聞きました」
「じゃ、丸井センパイは丸井センパイなんすね!? 俺達の…その」
「ええ。おそらく。フリーズウィッチは、同じく西方国家〈ドール〉にいます。
 幸村のことを言うと、会いに行くと言っていたから、西方国家〈ドール〉にいるでしょ」
「…センパイ、副部長」
「ひとまずの方向が決まったな。行き先は西方国家〈ドール〉だ」
「念のため、その研究者はどこに?」
「運がいいね。そいつも西方国家〈ドール〉だ」
「…ならば西に向かえばいいんだな?」
「ええ。アシュリーシャの街からすぐ西に西方国家〈ドール〉への国境がある。
 そこまでなら、平古場クンたちを案内につけていい」
 ただし、西方国家〈ドール〉に入ったあとは、面倒は見ないよ。
「それでいい。すまない…助かった」
「…永四郎、優しいじゃん」
「別に。今まで、俺と同じ人を知っている人が来なかったから、気まぐれかな。
 キミ達も、興味はあるんじゃない? 違う世界の自分」
「…そうだな。ついていくのは、俺と凛?」
「そう。田仁志クンと知念クンには、他の用事があるから」









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