−デビル・ポーラスター


 第一章−
【歪輝貝−サンダーウイッチの章−】

















 まだ日は高い。今日のうちに出発すれば、明日には西方国家〈ドール〉に入れると聞いては逸る気持ちを抑えられず、三人は平古場と甲斐の案内で館を出発した。
 柳は崖を降りた後、館を見上げた。
 木手は、最後に。
“その幸村、彼に会うのは至難かもしれないよ。彼はなんせ、西方国家〈ドール〉の国王だから”
 そう告げた。
 国王なら、なおのこと木手が自分たちを知らない幸村だと断言したのもわかる。
 手塚にしろ、国王やウィッチの地位になければ、自分たちの知る彼らと思い、駆け寄ったに違いない。
 木手は、律儀に己からの西方国家〈ドール〉の国王への手紙を書いてくれた。
 多少、会う手伝いになるだろうと。聞けば、丸井がフリーズウィッチに会いに行った時、丸井にフリーズウィッチも同じことをしたそうだ。
「蓮二?」
「いや、…行こう」
「そうそう。普通に行けば、夕刻過ぎには国境近くまで行けるぜ」
 先導する甲斐に、離れることのないよう柳は駆けだした。
 一瞬、頭をかすめた不安はすぐ忘れてしまった。




 甲斐の言うとおり、夕刻頃だろう。日が赤く染まった頃、国境らしい山間の境が見えてきた。
「俺達が案内するのも後少しだ。あとは地図渡すから、勘で行けよ」
「…それは地図をもらう意味がないっすよ」
「だってお前らこっちの世界の街道名とか地名知らないだろうが」
「…まあ、正論だな」
 柳は呟くように言いながら、地図を広げてみる。
 確かに、どこがどこだか不明だ。
「そういえば、五大魔女は国とは不可侵なのか?」
「…一応、そうみたいだけどなに?」
「……いや、国から危害を加えることが許可されていないならいいんだ」
「……?」
「いや」
 あの時、木手は若干関わることに様子を見ていた。
 もしサンダーウィッチ側から関わることが無理でも、もう一方がそれを厭わないなら。
「…………甲斐、平古場」
「……なに?」
「サンダーウィッチは強いか?」
「強いぜ? そこらの一騎当千軍が相手でも全く。なんせ大抵の魔法は詠唱いらないからあいつ」
「……なら、いいが」
 なんだろう。気にかかった。
 これはあれだろうか。出発する時にも感じた。いい知れない不安。
 今思えば、木手が自分の傍に置く平古場と甲斐を自分から離して、自分たちの案内につけたのは?
 残った知念と田仁志にも用を任せたのは?
 実質、あの館に今いるのは。
「…センパ〜イ。あれなんすか?」
 六人は山の途中の、森の中を進んでいる。
 真ん中を歩いていた切原の声に、全員が下の方の山間に目をやった。
「…動く、灯り?」
 火のような灯りだ。街の灯りではない。動いているからだ。
 それも数がある。
「……また内乱の軍じゃねえ? 夜襲もあるし」
「…あー」
 平古場と甲斐は余程勘が鈍いのか、絶対の安心感があるのか、その方向に危惧が回っていない。
「……まさか」
 柳がぽつりと呟く。
「柳?」
「甲斐、この道から行ける街は幾つある?」
「……え? それは、アシュリーシャしかないぜ? 一番国境端の街だし」
「……アシュリーシャはどの程度の規模の街だ。アシュリーシャが滅んだ場合の別の領主の得は?」
「…アシュリーシャは国境端の街だから、国境通過に楽だってだけで特に目立った評判も…。他の領主にしたって、ここの領主にしたって、むしろ軍を動かす手間がもったいないって感じで」
「……!」
 進路からして、その群は間違いなく昼間の領主の軍だ。百を越えそうな隊列で動く群が、軍以外の旅人の筈はない。昼に、あれほどの、見方によっては牽制、挑発を受けたのだ。
 その領主のプライドが高く、また賢しくないのなら。
 ―――――――――――たかがサンダーウィッチ如きと、殺すことなど躊躇わないのでは?
 それをわかっていたから木手は最初関わるかを思案して、関わった後、すぐ俺達を出発させ、甲斐たちまで―――――――――――。
「…戻る」
「は?」
「サンダーウィッチの館まで戻る! 甲斐、平古場急げ!」
「…な! なんだよ! いきなりここまで来て…」
「やつら…狙いは街じゃない。サンダーウィッチだ」
「……え」
「サンダーウィッチを殺すつもりだ」




 雨が降りそうだな。
 木手に買い物を頼まれた知念は、早く別の店に寄っている田仁志を呼んで帰らなければと思った。
(しかし、なんで急に…。頼まれた買い物は確か、先週買ったばかりでどれも足りていたはず)
「…やだねえ。なんだろう。また領主の軍かい?」
「…、」
 店の店主が言った言葉に、ふと目をやる。
 街の遙か向こう、揺れるのは、魔法を灯した火の明かり。
「……知念くん、永四郎がいたら、街守れって言わないばぁ?」
 いつの間にか側に来ていた田仁志が言う。
「まあ、確かに」
 この街で、戦力になりそうなのは自分たちだけだろう。
「……いやねえ。またこの街に来るのかしら。まあ、サンダーウィッチ様がきっとなんとかしてくださるわ」
「そうだね。いつだって、サンダーウィッチ様の館が傍にあるおかげで、内乱の被害にあうこともないし」
「………」
 それは、自分たちも当たり前にしてきたこと。
 そのはずだ。
 なのに、悪寒が背中を撫でた言葉だった。
 そうだ、もう奴らはこの街に来てもサンダーウィッチの攻撃にあうと知っている。
 国境境の領主は自尊心はやたら高いが、軍を無駄に浪費する馬鹿ではなかった。

“サンダーウィッチ様が居る限り大丈夫”

「……―――――――――――」
 それは言い換えれば。

“サンダーウィッチさえいなければ大丈夫”

 敵にとっては、そうなる言葉。
「知念?」
「慧くん! 荷物持ってて!」
「え? 知念くん!? 何処行くさ!?」
 買い物に頼まれた荷はまだ館に足りていた。普段、客人に案内などつけなかった。
 それでも、あんな言い方で買い物に出して、案内をつけて。
 それは、もしかしたら。
 街の外へ走り出す。
 気のせいであってくれ。思い過ごしであって欲しい。
 例え思った通りでも、彼は強いから。きっと大丈夫だと。
 けれど―――――――――――虫の報せというように、走るのは悪夢から冷めた直後のような恐ろしさ。
「…風霊!」
 風の精霊に頼み、風で走る速度を増すよう願う。
 縮地の力も手伝って、かなり館の近くまで来た時だ。
 多くの軍は、確かに軍だった。鎧に剣、そして数は少ないが―――――――――――。
 振り返った兵士が、まるで自分を待っていたように嗤った。




(…)
 風が冷たくなって来た。熱台風は去ったのだろう。
 もうすぐ夜。
「あの買い物の量じゃ、帰る頃は夜ですね(確信犯)」
 正直、買い物は足りていたし、案内をつけてやるほど国境までの道は複雑ではない。
 それでも、
「…間違いなく、あの一件で敵に回しましたからね。」
 隣領の領主―――――――――リリアデント=クラウザー。
 野心家で、その欲は深く、自尊心も高い。そのためこの領に自分がいると知りながら領を狙ってきていた。
 あわよくば、サンダーウィッチすらもを手に入れるため。
 そんな自惚れを向こうに作ったのは、今まで傍観を決め込み、サンダーウィッチは戦争に不可侵であるという先入観を向こうに植え込む姿勢でいた自分。
 そして、サンダーウィッチは自分の敵になるほど強くないという自尊心をふくらませただろう。そのリリアデントが、攻撃を受けて自分を見逃すはずがない。
 狙いはサンダーウィッチ、自分ただ一人。
 …甲斐クンたちは、無関係。
「…第一、…本当なら、甲斐クンたちも行ってしまっていいんだ…。本当なら、甲斐クンたちだって―――――――――――」
(自分は独りで構わないから)
 空気が揺れた。
 紫の光が窓から入って来て、木手の手の平に落ちる。
「…コード?」
 遠距離通信魔法のコードの光だ。
 握りつぶすと、馴染んだ低い男の声が響いた。
“サンダーウィッチ”
「…なに、キミは、もう自国に帰ったんじゃないんですか?」
“馬鹿を言うな。距離がある”
「…キミには、同国内ならどこでも瞬間移動出来る力のあるウィザードがお供でしょ」
“……大丈夫なんだな?”
「…なにが?」
“俺の国のフレイムウィッチから聞いた。…あのクラウザーを敵に回したと”
「……大丈夫。何千の軍が来たって、敵じゃないから」
“……知念たちは?”
「…念のため、離しています」
“………知念たちは“大丈夫”なんだな?”
「…。え?」
 どういう意味だと問おうとした瞬間だ。
 館の扉が凄い勢いで破壊された。
「手塚…話は後だ。招かざる客人が来たのでね」
“木手―――――――――――…奴らは…まさか”
 そこで声は途切れる。
「…誰です。…という見当はついていますが」
「…サンダーウィッチ、木手永四郎。…まさか、本当にサンダーウィッチが男とはな」
「…これはこれは、領主自ら何用で?」
 淡々と呟きながら、木手は館の外に出る。
 腕に風が渦巻く。
「……待て。その風を、遣っていいのか?」
「……?」
「この男も、犠牲となるが」
「…えい…」
 木手はそこで自分の一つの油断と、手塚が案じたことを知る。
 血塗れの、姿。囚われているのは、手足を封じられた自分の友。
「…知念、クン……?」
「風を一つ使うたび、足を一つ、腕を一つずつ切り落とさせる。それでも攻撃出来るならば好きにするといい」
「……っ」
「永四郎構うな!」
 叫んだ知念の頭めがけて、騎士の一人が剣の鞘ごと振りかぶった。
「やめ…!」

“ノストクレイド”

 声がした。
 その瞬間、風が自分の腹を殴っていた。
「…ッ……う…!」
 木に叩き付けられて痛みに耐える。
「…」
(今のは)
 リリアデントの傍らに、けらけら嗤う黒い尻尾とそれを乗せた男がいた。
「……ウィザード」
「やはり、抵抗は出来ないらしい。お前の仲間を一人、待ち伏せしていた甲斐があった」
「……わざとか」
「…ああ。…さて」
 その手が縦に振るわれる。
「やれ」
 瞬間、上から振りかぶられた剣と魔法。
 横に飛ぶことで避けると、風を操って知念の周りに壁を生む。
「…!?」
「キミこそ、サンダーウィッチというものを甘く見過ぎですよ。最初こそ戸惑いましたが、風は元々物理からは遠い不可侵。風に実体はあらず。
 剣を当てられているくらい、なんの障害もない」
「…サンダーウィッチ」
「もう、色々限界ですから、加減はなしです。…遠く、空をかまたてる清浄の」
 刹那、地面が揺れる。
 それを一瞬、自分が詠唱したことによる風の振動と取り違えた。
 地面が裂けて、巨大な首が現れた。
「…!?」
 首を覆うのは凄惨な色の鱗。―――――――――――竜。
 首をもたげた竜は、知念を玩具のように銜えて空を見上げる。
「…っよせ…―――――――――――」
 おそらくウィザード特有の悪魔召還で呼んだものだろう。
 精霊の結界を一度きり無効化する力を悪魔は希に持つ。自分の得手が風と知っていたから、風に対応出来る悪魔を。
 叫んだつもりだった。開いた口は、血を吐くことにしか役立たなかった。
 一瞬、木手は何故自分は木を背中にして立っているのだろうと思った。
 目の前に、醜く嗤った騎士達がいる。
 おぼろげに、知念を取られ、気を取られた自分の胸部に二本の剣を突き立てたのだとわかった。
「…っ」
 見るも凄惨な量の血が口からあふれ出す。
「……ち、ねん…クン」
 駄目だ。今、自分が死んだら。彼が。…彼が殺される。
「…永四郎…」
「…」
 ごめんなさい。巻き込んで。本当なら。
 本当ならキミたちは。
 この世界に“来なくてよかった”のに…―――――――――――。
 だから、行きたいならいけばいい。
 行きたいなら、望むなら行けばいい。自分を置いていいから。
 独りでいいから。だから、どうか。
 どうか泣かないで―――――――――――。
「…永四郎…」
 気付けば、傍に彼がいる。
 泣きながら自分を見上げていた。
「……知念、クン……」
 ごめんね。痛かったろうに。
 呟くと、彼は泣きながら言葉にならず首を横に振った。
「……もう、大丈夫だからね。…自由に、なって」
 いいんですから―――――――――――。
 最早リリアデントも軍の騎士たちも無言だった。
 いや、喋ることなど出来なかったのだ。
 自分が命じた風の精霊によって、命を奪われた彼らには。
 念じただけでも風霊は呼べる。彼らは知らなかったし、自分は、一瞬気を取られてしまっただけ。
 彼を殺されたくない一心が、自分を殺したと思い油断した彼らの心が。
 この大嵐を呼ぶことを許した。
 空は荒れ、雷が鳴る。自分の身体も、知念の身体も大粒の雨が濡らす。
 雷はたちまち残った兵士達を灰と化し、あたりを暴れた。
“サンダーウィッチが命じる。我の死をもって叶えよ。我が死した後も、我の守りし者達が無事なるになるまで、空を荒らすことを風の遣いに願う”
 それが、念じたこと―――――――――――。
 自分が死んでも、きっと、風が守ってくれる。彼らを守ってくれる。
 有り難う。こんなになるまで自分に付き合ってくれて。
 知念クン、甲斐クン、平古場クン、田仁志クン。もういいから。
「……ありがとう。………さよなら」
 自由になって。帰って、いいよ―――――――――――。
 有り難う、真田クン、柳クン、切原クン。懐かしいキミ達に会えて、よかった。
「…えいしろう?」
 木手の口から、最後のように血が零れた。
 瞳に既に光はなく、うつろに開かれたまま。身体は横に刺された剣に支えられて木に身を預けたまま立っている。
「……えい」
(……これは、なんだろう)
 なんの、悪夢だろうか。冷めるなら、今すぐに冷めてくれ。
 嫌だ。永四郎。
 お前だけは、失えなかったのに。だから、いつだって傍にいたのに―――――――!
 常識がある癖、何処か危なっかしかった。だから放ってなんかおけなかった。
 あの世界の時からずっと。
 会って、一緒に頂点を目指そうと言われて。
 だから、自分はこんな風に、彼の傍にいると思っていた。
 ずっと、こんな風に、彼の笑う傍にいるのだと―――――――――――。
「……」
 荷の落ちる音がしたが、知念は振り返らなかった。
 力無く、死んだような彼から目を離したら、彼はそのままいなくなってしまう気がしていた。
「…嘘だ…。木手」
 甲斐の声だ。戻ってきたのか。
「永四郎…? 嘘だろ? お前、強いし。こんな…永四郎!?」
 平古場、嘘だったらどんなにいい。これは、こんな酷い。こんな。
「永四郎!!!」
 平古場が駆け寄り、その剣を引き抜いた。柳の制止も耳に入らなかったのだろう。
「…馬鹿! 剣を抜いたら出血が酷く…」
 言いかけ、柳は次の言葉を発しなかった。
 平古場に抱きかかえられた木手に、最早助かるだけの時間がないことに気付いて。
「……………木手…!」
 わかっていて、何故助けた。
 わかっていて、何故俺達を助けた。
 …親しくもない。お前の世界の俺達じゃない。何故、何故助けた。
「……弦一郎!」
「…あ、ああ」
 真田は駆け寄ると、自分の服を破って木手の傷の止血をする。
「…手当を出来る人っていないんですか!? 神官、とか!」
「…いない。光のウィッチなら可能だけど、光のウィッチは」
「退け」
 低い声は、既にこの場にいない筈の人間だった。
「……手塚?」
 手塚国光。雨に濡れながら、彼は立っていた。
「…帰ったのでは」
「…まさかの気がしたが、まさかだったからな。移動させてもらった。傷を見せろ」
「…待て、貴様では」
「いや、こいつ光のウィッチだ。傷を塞ぐことなら…」
 木手を知念が抱えると、雨の降らない館の中まで運ぶ。
 そこで、手塚は手に光りを灯して、傷にあてがった。
「…」
 皆無言だ。
 雨は止まない。
「……そんな」
「…手塚?」
「傷はふさげる。ただ、出血が多すぎる…!」
「……!」
「…そんな、血素の移動なんか、五大魔女くらいしか」
「…けっそ…?」
「輸血のことだよ! だけどこっちには輸血パックも注射器もないだろ!」
 あ、と理解してから、青くなった切原に叫んだ甲斐は、もう何も言えず黙り込んだ。
「……木手。お前、わざと?」
 知念の手によって瞼を降ろされた、もしかしたら二度と目覚めないかもしれない男に呟いた。
「……俺達を離したの、わざと? 自分だけ、自分だけで……」
「よせ甲斐!」
 意識のない木手の胸ぐらを掴みあげた甲斐を、手塚が制する。
「…だって…お前…俺達は一緒だって…! ずっと一緒にいるって…帰らないから、お前おいて帰らないから…ずっと一緒だって言っただろ木手!!!?」
「…よせ、甲斐。……すまない」
「…手塚」
「俺が、もっと長くいればよかった。…何故なのだろうな。欲しいと言って、愛しいと言いながら、もっと……早くわかればよかった。…」
 手塚も、もう会えないことがわかったように、木手の頬を撫でた。
「…愛しているのなら、俺が傍にいればよかった…!!!」
 その瞳から涙が零れる。
 求めても、求めても手に入らない光。青い薔薇。
 俺の、欲しい人。
 靴音が響いた。
 最初、誰かかと思った。田仁志あたりだろうと。
 しかしその人影は、黒いローブの背の高い男だった。
「……」
 一斉に全員が木手を庇うように木手に背中を向ける。
「…待て。そいつを助けに来たんだよ」
「……え?」
「傷はふさがってる。あとは輸血だろ? あーん?」
「…お前、………」
 知念が、すがるような気持ちでそれを呼ぶ。
「…フリーズウィッチ」
「え? フリーズウィッチ!?」
「おい、そこの一番小さいの。顔かせ」
「年が一番低いだけだっつの! 低くない!」
 息巻いた切原の額に指を当てると、一瞬光が瞬いた。
 あの時、木手が柳の心を覗いたように。
「…なに……っ!」
 指が離れて、意味がわからない切原を余所に木手の方に近寄るフリーズウィッチを見上げて、その瞬間ぶれた視界に、耐えられず切原は倒れ込む。
「…お前、なにを」
「息巻くな柳。そりゃ輸血する血素を少しもらっただけだ。失血死する程もらっちゃいねえ。貧血だ」
「……」
 木手の腕を取り、フリーズウィッチはその額に手の平を当てる。
 閃光がその場を覆った後、フリーズウィッチの手がどかされたところには、血の色が戻った彼の顔があった。
「…永四郎…!」
「これで大丈夫だ。あとは任せたぜ」
「…フリーズウィッチ!」
 さっさと立ち去ろうとしたフリーズウィッチを知念が呼んだ。
「…ありがとう。……お前、いいヤツだって知らなかった」
「…ばーか。俺様はいつでも優しいんだよ」
 “彼”ならではの文句を口にして、ローブを取り去ったその顔その美貌。
「…あ、跡部!?」
 跡部景吾。
「じゃあなそこのおっさん。雨だけ止ませておいてやるよ」
 言って跡部は指を鳴らす。
 風は止まなかったが、水を司るフリーズウィッチの名に違わず、雨は止み、空は晴れた。
 その中を悠々と進む背中に、何処か懐かしいものを見た瞬間。
 彼は既にいなかった。





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