−デビル・ポーラスター


 第四章−
【擬煌珠−フリーズウィッチの章−】



  
−寄る辺なき風の魔女編−

  第二話−【愛は常に凶器】




 舞い降りた、風。
 目を開く。
「…また、お出ましか、わかってやがる」
「うちは今千歳が戦えないことを、なにより、俺達は木手を殺せないことを…か」
 眼前に立つのは、第二十代フレイムウィッチ丸井ブン太。
 同じく、フリーズウィッチ切原赤也。そして、木手と、なんの魔女か不明だが、恐らく第二十代の仁王の姿をした男。
 今この場にいるのは、平古場と知念、幸村、そして五大魔女に限れば跡部・佐伯・財前。
 仁王の姿の男が五大魔女なら、圧倒的に分が悪い。
「…ノームウィッチ、フリーズウィッチ、ウィルウィッチか。
 赤也、お前ノームウィッチの相手な」
「あっずっり仁王先輩!」
「俺はウィルウィッチもらうわー。同属性がやりやすいんじゃ」
「じゃ、俺はフリーズウィッチですか」
「じゃあ、俺は残りの馳せ参じる戦神〈イモータル・ハーキュリー〉とその他な!」
 風が舞う。
 蠢動した風圧が傍の木を裂いた。それが合図だった。


「リンクシエルブレイド!」
「蠢け、ノームサラマンダー!」
 土の竜と氷がぶつかりあう。
 切原がひゅうと口笛を鳴らした。
「やっる! 五十代はみんなすげーっスねー!」
「そっちほどじゃないよ」
「そっスか? えっと、佐伯さん?
 でも、そういえばあんた、予知視えたり視えなかったりすんだっけ?」
「…よく知ってるね」
「あーあ、それ対の所為だよー」
「…ぇ?」
「五大魔女の対の喪失の副作用!
 予知が衰えるのって、感情欠落を意味すんだよね。
 あんた、副作用で喜怒哀楽のどれか複数欠落してんじゃない?」
「………それって、親切?」
「…さぁ? 好きにとってくださいよ!」



「あんたは、第二十代?」
「そうじゃな。第二十代ウィルウィッチ、仁王雅治。
 よろしくな」
「…すぐ殺す人に、興味ないですわ」
「…ひどいのう」
「抜かせ」
「……」
 仁王が構えて、両手に光と闇の弾丸を生む。
「…詠唱破棄魔法じゃ、五大魔女同士じゃ話なんないでしょ」
「やってみてからいいんさい」
「…永久に眠れ、光と闇の起き狭間―――――――――――レイムフール!」
 財前の手から放たれた光と闇が宙で混ざり、仁王に向かう。
 それを笑って、仁王は両手に生んだ弾丸で全てを撃ち落とした。
「な…」
「他の五大魔女は正直、相性と力量が全て。
 経験はあんまし関係ないんよ。
 じゃけど、経験がものを言うんがウィルウィッチじゃ。
 …俺はお前の三十代前、+経験で、お前の詠唱付き魔法なんぞ、詠唱破棄で蹴散らせるわ」
「……」
「じゃから、俺はおまえが相手がええっつった。
 死刑宣告じゃ。意味、わかったな?」
 見下して笑う仁王に、唇をつり上げる。
「ええわ…」
「ん?」
 さっきの攻撃で破れた片腕の袖を破り捨てて、財前はぴし、と仁王に指をさす。
「何事も絶対無敵とはいかん。世の中うまく出来とる。
 せや、それでこそ面白い」
「……」
「すこし、この戦い楽しませてもらうで?」
「…望むところじゃ」




「さぁて、俺は相手が子羊ちゃんか。張り合いねー」
「ひどい言いようだね」
「だろ? いくら馳せ参じる戦神〈イモータル・ハーキュリー〉がいてもなぁ」
「おい、」
「ん?」
「永四郎は、元に戻せんのか」
「…戻せるかもな」
「戻せ」
「…連れ戻せるんなら、やってみろぃ。
 ま、お前たちが俺に勝てればの話」
「…凛、」
「わーってる」
「…じゃあ、行こうか」
「…オッケー」
 ブン太の手に炎が集まる。
「ダブルエスペランサショック!」
「甘い!」
 幸村の放った氷はあっさり掻き消される。その蒸発した霧を抜けて幸村が剣で斬りかかった。
「うお!」
「下れ、雷神!」
「っ!」
 剣が振り下ろした雷鳴が、ブン太の肩を射抜く。
 地面にだん、と着地して、焼けた所為で出血のない貫通穴を見遣ってブン太は笑う。
「あーあ、ジャッカルに怒られるーっと。
 …なんだぃ、本気で強いでやんの」
「だてに馳せ参じる戦神〈イモータル・ハーキュリー〉なんて物騒な名前で呼ばれてないよ」
「そう。その方が面白い。けど、一個ミスな」
「…」
 背後で渦巻くのは、吹雪だ。
「俺の炎は、お前の氷も閉じこめる。味わいな、――――――――――自分の吹雪を」
「しまっ…!」
 瞬間、巨大な吹雪が爆ぜた。




「…」
 風で氷を弾くと、木手はその場に舞い降りた。
「やっぱり、今代はキミが厄介らしいですね」
「思い出したのか? それともただの情報か?」
「情報ですよ」
「そうかよ」
「一つ、いいですか」
「あん?」
「…氷の仮面王は、死んだんですか」
 跡部は目を瞑ると、なんでだと問うた。
「気になるでしょう。止めをさせていないかどうか」
「…それだけか?」
「…」
「お前は、…手塚を殺せねえよ。
 …あんなに、愛してたんだろ」
「…死んでないのか」
「なに残念そうに言いやがる」
「そうでしょ?」
「…あんなに、傍にいたのにか」
「…キミは随分知っているようだけど、どういうこと?
 同じ代の魔女だから?」
「…もっと根本だ」
「…、今は、俺にとって彼はどうでもいい。
 それでいい」
「…本当に?」
「くどいですよ」
「…本当に、…手塚があん時、死んでてよかったのか?」
「………」
 木手を中心に風が舞う。
「矢張り、無駄話はあわない。キミは、早く倒す」
「…やってみろ。その前に教えてやる。
 てめえが真に望むのが誰の傍かをな!」




 その刹那、巨大な炎がその場を覆った。
 財前たちも、木手も、切原もそちらに注意を向けた。
 ブン太の前、反転される筈の攻撃は炎に掻き消され、幸村を支えた腕を彼は離す。
「…千歳!」
 幸村が彼を呼ぶ。
「…嘘だろぃ。フレイムウィッチは、今戦える精神じゃねえ!」
 ブン太が思わず叫んだ瞬間。


 木手の注意がそれた瞬間、跡部が短く詠唱を終える。
「っ!」
 まだ、終わらない!
 風を咄嗟にまとわせて跡部の足下を崩す。
 それに足を取られた瞬間を狙った刹那、腕を誰かに絡め取られた。
「ぇ」
 跡部が見遣った遙か彼方の視界。
 そこに立つ、この世界の平古場凛。
 その、操る水が木手の腕を絡め取った。
「終わりだ! フリージングタナトス!」

 地面から出現した氷柱。
 それが、木手の胸を何本もの角で貫いた。

「…ぁ」
「木手!?」
「嘘じゃ…なんで、」
 ブン太と仁王が呟く。
「…なんで、…………………殺せんだよ」
 切原が最後の言葉を紡いだ。
 彼らだけではない。財前たちも、皆動きを止め、信じられない顔で跡部を見ている。
 木手を貫いている氷柱は鋭く、明らかに致命傷だ。
 いや、心臓を当たっていれば、既に。
「…っ……………、…………」
 木手が途切れそうな意識で手を伸ばした。
 だが、そこはなにもない。
 誰に、伸ばした手?
 わからないまま血を吐いて、木手は氷柱に貫かれるままに項垂れた。
「跡部!?」
 千歳が叫んだ先、ブン太が跳躍すると切原の傍に降り立つ。
「逃げる。いいな!」
「わかったっスよ…ちぇ、いい人だったのに」
「俺も終いか」
 それぞれが呟くように言った刹那、第二十代の魔女たちの姿は消えていた。

「なんで…」
 平古場が茫然と呟く。
「バーか。ちゃんと見ろ」
 第二十代がいないのを確認して、跡部は魔法を解除する。
 その瞬間、見えた氷柱の先端は鈍く丸まっている。
 どさりと地面に倒れた木手の胸部は、裂けてはいるものの、一カ所も貫通した跡はなかった。
「刺さる寸前で氷柱の先端引っ込めたんだよ。
 死んだと奴らに思わせるにゃいいし、身体にあの速度で喰らうだけでも木手に気絶程度のダメージは与えられる」
「……な、なんだ」
 平古場が安堵のあまり座り込む。
「彼のおかげかい?」
「それもある、千歳のおかげもな」
 平古場の対が歩み寄ってくる中、見上げられて千歳は平然と笑った。
「俺も、役にたたんとね」
「…本当に、お前は」
 跡部がそれだけ言って、木手を任せた。





 木手は傷を癒され、意識が戻る前に魔法を封じる腕輪で拘束されて眠っている。
「どうだった?」
 心を覗いて来た財前に跡部が声をかけた。
「まあ、予想通り、手塚さんとかの記憶や心はないですわ」
「そうか」
「ただ、多少ブロックされてて視づらかったっスけど、敵ははっきりしましたね」
「…誰だい?」
 幸村の声に、財前は一度間をおいて。
「敵は第二十代五大魔女全員。そしてその黒幕が、初代フリーズウィッチ」
「…初代、だと」
「ええ。しかも北極星と同じ力を持ってます。
 それで木手さんの心を奪ったんでしょ。
 あと、千里殿始めの重臣たちとは目的が異なる。
 重臣たちは南方国家〈パール〉による大陸統一のための五大魔女の屍欲しさ。
 多分、秘術の条件なんでしょ」
「…そいつらの方は、わからなかったんだな?」
「ええ。見事に。
 あと、なんで力が衰えんか。死なないかも不明ですわ」
 ただ、
「千里殿は重臣たちから離反した…いや、裏切られたんか?」
「…?」
「千里殿もかどわかされていた。重臣たちに、或いは魔女たちに。
 死者蘇生方法がある、と。実際んなもんはないらしいです。
 ただ、彼らは蔵ノ介殿下が邪魔だった。理由はしらんです」
「…そうか」
「千歳は、部屋だね」
 いない姿を見遣って、幸村が言う。
「…手塚、…大丈夫かい?」
「…………ああ」
 頷いた。
 だが、手は震えた。そして、あの日からずっと震えて、震え続けて、今も心臓の奥の方が、瘧のように震えて止まらない。




 夜が、来る。
 彼らを警戒したが、木手を死んだと信じたのか、取り戻す手は来なかった。
「…蔵」
 やっと眠りに落ちた白石の口から布を解いて、千歳は口付けを落とす。
 彼が眠った後でないと、キスすら出来ない。


「お前は、…平気なのか」


 手塚の声は、殴打だ。
 あれは、殴打だ。


「お前は平気なのか。何故立っていられる。探すのか」
 呼び止められて、なにが?と聞いた。
「…白石がいなくなったら探すのか。
 …死んだら、探すのか」
「………」
「代わりを、探すのか」
 青白い顔だった。
 ひどい顔だった。
 殴っていいところだった。だが、自分は殴れなかった。
 あんな顔で見上げられて、あんな顔の人間を殴れる筈がなかった。
 それが痛かったのだろう。
 結局手塚の方が自分を殴って、走り去った。



 声の方が、痛い殴打だった。



 手塚、俺だって、平気じゃなかよ。
 ばってん、平気なふりば出来るだけたい。
 わかっとう。
 愛しさ故の、傷付ける後悔。
 愛しさ故の、快楽への満足。
 隣り合わせのそれら。
 苦しむ白石の顔にすらそれを覚えて、最近では縛る時も手を傷付ける必要がない。
 早く、もう、待てないかもしれない。
 待つと誓ったのに。
「…蔵、…俺ば、……箍が外れる前に…帰って来て…」
 手を握りしめて、初めて泣いた。
 彼が自分を映さなくなって初めて。
 ただ、一筋だけの涙。
「…俺、蔵を傷付けることにどうにかなりそうと……。
 蔵…」
 唇を深く塞いで、不自由な身体を抱き締めた。
「…俺ば…“千里”になりたくなかよ…!」





 眠る木手の顔を遠く見た。
 めざめない方がいいのかもしれない。
 傷付ける、きっと。
 自分を愛さない木手を、俺は。
「…ん……?」
「…」
「あれ、なんで俺、生きて……」
 木手が起きあがって、手塚に気付く。
 それは、愛しさと真逆の顔で。

 何かが切れる音がする。
 抑えられない衝動。
 五月蠅い鼓動。
 彼が、“欲しい”。
 箍が、外れる、心地のいい、音。

『これは予言だ』

 手に生み出した光の剣。
 茫然と立ち上がり、見上げる木手を待った。
 その第一声を。

『お前は、絶対に千里と同じ道を辿る』


「…あなたは………俺のなに………?」


 待っていた、箍を外す、俺を裏切る、言葉。


『お前は、』


 剣を一瞬の速さで振るった。
 散る、鮮血に、鼓動が鳴る。
 心地よさは一瞬で、醒める夢。
 踏み外した良心と快楽など跡形なく失せる程の、驚くべき喪失と味気なさ。
 木手の腹部から溢れる血に、醒めた夢は最早、慟哭しか感じなかった。
 ああ、何故。



『木手を、殺す。―――――――――――――逃れようなく』



 箍など、外してしまったんだ。













→寄る辺なき風の魔女編第三話へ