歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
第四章−【擬煌珠−フリーズウィッチの章−】
−寄る辺なき風の魔女編−
第四話−【夢よ氷原に変われ】
血が散る。 倒れている、何人もの死体。 その中央に立った姿が、ぱちんとガムを鳴らして、振り返った。 「おう、ジャッカル」 「終わったか?」 「おう」 ブン太は足でその死体の頭を蹴る。 「重臣含む、この王宮の人間は全員殺した。 もう、俺ら以外生きてるヤツはいねえ」 「千里が逃れたみたいだがな」 「別にいいさ」 奥から仁王もやってきた。 「でも、…どうする? 今代のサンダーウィッチは…殺されちまった。 五人揃っていないと…」 「ああ、それなんだが…」 「おい、あいつから」 「ああ、なんだって?」 「サンダーウィッチを、もう一度連れ去って来いって」 「え?」 「サンダーウィッチ、生きとるらしいぜ。 あれは、殺した演技じゃ」 「なんだぃ、驚かせんない」 あからさまに安堵したブン太を、ジャッカルは抱き寄せてその額にキスをする。 「んだよ…」 「別に」 「ふうん…」 「いちゃこらすんな!」 仁王がべしっとブン太を叩いて、そんでと戻す。 「今代サンダーウィッチと、今代フレイムウィッチ。 あと、東方国家〈ベール〉王子、白石蔵ノ介をさらってこい、じゃと」 「東方国家〈ベール〉王子?」 「魂に入った罅を癒すために、南方国家〈パール〉弟王の魂を使ったそうじゃ。 故に」 「…なるほど」 「あと、これはなんでかしらん。 あいつ自身、わからなくていいって、語ってくれんかった」 「…なに?」 「けど、多分正しいことじゃ…。 北極星還りの、赤也をさらってこい、…だそうじゃ」 それは、なんの始まりか。 眠る木手を見遣って、手塚は悲しげに瞳を落とした。 あの時、いといけなさが彼を殺めようとした。 「…俺は…!」 「ひでえ様だな」 部屋に入ってきた跡部が言った。 「なんとでもいえ…! 俺は殺そうとした…千里が止めなければ殺していた。 木手を…この手で殺していたんだ…!」 「だが、助かったじゃねえか」 「…だが!」 「…これから、いくらでも償えばいい」 跡部は静かに言って、手塚の頭に手をそっと置く。 「しっかりしろ。手塚国光。 俺の―――――――――宿敵(とも)」 「…跡部」 「誓えるなら、なにを誓う?」 「…木手を、二度と傷付けないことを…。 俺も、他の誰からも…傷付けず、……守ると」 「…なら、誓って、…守り抜け。 今度こそ…ずっと」 「………ああ」 顔を上げた手塚がやっと微笑んだ。 小さな呻きが零れた。 「眠り姫のお目覚めだ。俺は行くぞ」 「ああ、…ありがとう」 ぱたんと閉まった扉の音で、木手は覚醒した。 ぼんやりと起きあがって、見て、手塚に気付いて、恐怖に後ずさった。 「…」 これは、報いだ。 俺の、愚かが招いた報い。 だから、悲しむことはない。 「……木手」 怯えるその手を掴んで、震える手を、そっと撫でる。 握りしめて、額に押し当てた。 「……すまなかった」 「……ぇ」 「俺は…狂った…。 お前が、俺をもう愛さないと知って…狂った。 踏み外そうとした…。 すまない…お前は、なにも悪くない…。 いけないのは俺だ…!」 「…………」 「…だから、もう、…俺はお前を、…傷付けないよ。 二度と…この手で…傷付けない。 この手で、この声で、この身体で、この瞳で…お前を、…傷付けない」 「……仮面王………?」 信じられない、という風に見つめながら迷う木手に、微笑む。 寂しそうに。 「…俺は、お前の…盾だ。 俺がお前を愛する限り…俺が、お前を傷付けた過去がある限り…。 だから、…守る。 ずっと、一生…お前が、二度と、俺を愛さなくても…いい」 よくない。 本当はよくない。 だけど、もう二度と―――――――――――――。 傷付けたくない。 弱った彼の心につけ込まない程、俺は子供でもなかった。 けれど、弱った彼を、なにより傷付けたくなかった。 俺は狡くて、今ですら彼の最愛になる方法を浅ましく探す。 彼の中に、入り込む方法を探して、彼が安心する言葉を言う。 本当に…狂っている。 けれど、…もう、お前を愛さない俺は、生きられないから。 せめて、傷付けないことだけを、守ろう。 ああ、 ああ、彼の中に入り込むには、 彼の最愛になるためには、どんな言葉と方法がいいのだろうか。 「だから…それでも、俺は…お前が、好きだ。 一生…誰より…愛している」 「……ぁ」 「…だから、一生、…守ると誓う。 お前を、誰より守ると誓う。 …ずっと、……優しく…風のように…守るよ」 手をそっと、撫でる。 戸惑う木手を、そっと引き寄せると素直にとん、と倒れた身体が自分の胸に触れる。 そのまま、そっと抱きしめた。 「……こう、だけさせてくれないか。 一日、ほんの数回でいい。 もう二度と…傷付けない。だから…これ以上は…絶対、しない」 「…て」 「………キスも、抱くことも…お前を傷付けることだけは…。 一生、…しない。……誓う」 小指を差し出す。 指切りなど、彼は覚えていないだろう。 「指を出してくれ。約束の、方法なんだ」 「…」 「木手が…小さくても…幼くても…俺を、僅かでも…信じていいと、…思ってくれたら」 「………ほんとうに…傷付け…ない……?」 「…ああ」 腕の中、震える身体がか細く聞いた。 「…ほんとうに…抱きしめるだけ…?」 「ああ」 「…ほんとうに……俺が、あなたを愛さなくても…俺が…あなたが俺のなにか…聞いても……?」 「………ああ」 「……」 木手の指が、そっと伸ばされて、指に重なる。 絡めて、呟く。 「約束だ」 「………」 「……ありがとう…木手。 お前が、生きていてよかった。本当に、よかった。 ………ありがとう………愛している」 「……………て」 「……ん?」 優しく問う。 絶対、もう傷付けないように。 「……俺は…あなたを…自分から忘れた…。 あなたを忘れたいと願った…。 でも、…自分で望んだのに………あなたに…剣を振るわれて……わからないのに…!」 「……うん」 「…わからないのに…苦しかった」 「…痛かったな。すまない」 「……ほんとうに、…傷付けないでください…。 抱くだけなら…いいから。 ほんとうに…約束して」 「…ああ、お前がそれで安らぐなら…何度でも」 指をもう一度重ねて、抱きしめて、誓う。 何度でも。 部屋を後にした手塚を、跡部が待っていた。 木手の部屋は外から鍵がかかるようになっていて、木手を部屋から出さないためだ。 「なんだ?」 痛そうに、笑う手塚を見て、跡部はなんで否定しねえ、と言った。 「なにをだ」 「…木手が“自分で望んで忘れた”って言ったことだ。 どうせ、二十代がそう嘘を教えたんだろう。 何故、否定しねえ」 胸ぐらを掴まれて、言われる。 「お前は、無理矢理記憶と心を奪われたんだと、自分からお前を忘れたいと願ったんじゃねえと、何故否定しねえ!」 それは、思った。 胸は、確かに痛んだ。 「…確かに、泣きそうになるほど、痛かった」 「なら」 「…でも、誓ったんだ。 二度と、ほんの小さい傷さえ…傷付けないと」 「……」 「…理不尽なものだと知れば、木手は…傷つく。 あんなに壊れそうなあいつを…これ以上苦しめるなんて。 あいつを記憶の波間に置き去りのまま…これ以上、罪を重ねるなんて出来ない」 「………」 「…だから、…嘘でいい。嘘のままでいい。 俺は…堪える。堪えてみせる…。 それでも、あいつを愛する。 だから……絶対、傷付けないために……」 「……そうか」 手を離した跡部を見て、手塚は笑った。 とても、暖かく。 ずっと、眠る夢を見ている。 一面の、吹雪だ。 俺が起こした、滅びの吹雪。 手が震えて、泣いた涙は、すぐ凍る。 何故だ。 傍に、倒れる、小さな身体。 “幸村さん” 「……」 “…ずっと、一緒です” 「………ぁ」 夢は、悪夢の氷原に変わる。 なら、変われ。 夢よ、氷原に変われ。 俺は、…全て、凍らせる。 あの子を、手に入れる。 「赤也…………」 |