歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
第五章−【日弱蝕−ウィルウィッチの章−】
−呪われし五大魔女編−
第一話−【すべての罪はそこから】
その日は朝から客がいた。 「よう、千歳」 「桔平!」 先代フレイムウィッチ、橘の西方国家〈ドール〉来訪に、諸手をあげて喜ぶ千歳を見つめて、橘は笑うと。 「千歳…寝るまでキスはお預けだぞ」 「そげんいうと、桔平を今日は寝かさんとよ?」 決めて言い合って、二人は手を握りあうと。 「「うっし!」」 「…なんですか、あれ」 「あー、なんちゅーか、こっち来てから流行り出した二人の再会の時の合い言葉、らしい…阿呆や」 指さしてげんなりと聞いた赤也に、あきれ顔で白石が答えた。 「あ、で、客だ」 「客? 桔平がじゃなかと?」 「違う。本当は石田が来れればよかったんだが」 橘の背後から、腰を折った初老の婦人が顔を出した。 「初めまして、今代五大魔女様方。 第四十七代サンダーウィッチ、石田美里と申します」 「…三代前の五大魔女!?」 「銀の、おばあさん…?」 「あれだ、もしかして美里さんなら、第二十代を知ってるんじゃないかとな」 広間に集まって、それぞれ椅子に腰掛け、橘が言った。 「そげんやったとか」 「では、…あなたは、第二十代がなんであるか…ご存じなのですね?」 問うた跡部に、美里はこくりと頷き、顔を覆った。 「…私の代でも、先代によく言い聞かされました…。 禍つ代の魔女のことを…」 「…まがつ、だい?」 「第二十代を、皆そう呼ぶのです。 禍々しい、“呪われし五大魔女”―――――――――――――と」 「…呪われし…」 「彼らも、最初は他の代と変わりない五人の魔女でした。 民のために力を尽くす、とても善き魔女でした。 そんな彼らが、ある日決して年を取らない…寿命のない身体だと彼らも民も気付いたのです。 彼らは思えば魔力が今までの代の中でもっとも強く、その魔力の所為だ、と。 そして二十年が過ぎても、彼らの魔力は衰えませんでした。 …民は狂喜しました。 彼らこそ、我々を永遠に守護する運命の、選ばれし五大魔女だ、と」 「…それが…?」 「魔力の衰えが来ない、寿命のない彼らは祝福され、彼ら自身、自分たちは世界を守護するために生まれたと信じたそうです。 ですが、…人々の心に、疑いが生まれ、それが恐怖に変わるのに、時間はかかりませんでした…」 「…疑い」 「そうです。戦争に荷担しても、決して魔力を失わない第二十代を、いつしか民は疑いました。 彼らがもし、支配欲を持ったら? 魔女の領分を越えたら? 世界を掌握しようと願ったらどうする? 彼らはあまねく時間の王になれるのではないか――――――――その疑いは恐怖になり、一身に民に尽くす第二十代に向かいました…。 しかし第二十代はそれでもいつかわかってくれる、と信じて民のために力を使った。 民も、忌みながらも次代がいない以上、彼らを排除しようとは思いませんでした。 しかし、何十年という時の中で…民の疑心は最早次の世代に広がり、疑心は強大な強迫観念に変貌した…。 “第二十代は俺達を殺す。世界を滅ぼす。故に先に殺さなければ”…というものに。 それでも、第二十代が危機に陥らなかったのは、次代が現れなかったから…。 しかし、ついに運命は回り、…第二十代の誕生の百年後、…とうとう第二十一代が現れたのです」 「…第二十代は…どうなったんだ」 「…なんと惨いことでしょう…。 民のために百年力を費やしたというのに、第二十代はすぐ世界中の民に追われました…。 住処を奪われ、あるものは恋人を殺され、逃亡の果てに…ある魔女ははりつけに…ある魔女は五体をばらばらに切断され…海に葬られました」 「…ひでえ」 赤也が茫然と呟いた。 「しかし、それから五年もしないうちに、第二十一代全員が死んだのです…。 誰もが第二十代の呪いと噂し、やがてそれは禍つ伝承となった…。 “第二十代には寿命がない。衰えもない。ならば死すらないのではないか? 彼らは今も生きている。生きて、自分たちを追いやった世界の滅びを願っている”と…。 それは確かなものとして代々に語り継がれ、全ての元五大魔女は自分の代で彼らが現れるのではないかと、危惧し任を努めてきたのです…。 とうとう、その禍つ伝承が現実になったのですね…」 「……じゃあ、第二十代の狙いは、…世界の滅び……?」 「それはわかりません」 「…呪われし…死なない五大魔女…」 呟いた財前の横で、跡部が美里に問いかけた。 「では、…初代フリーズウィッチを、ご存じでしょうか…?」 「…ええ、知っています。…彼もまた、禍つ伝承…。 フリーズウィッチであり、初代南方国家〈パール〉王であった彼は、ある日、空から降った“星”によって命を落としました…。 黒き、流星…。 しかし、彼は蘇り、強大な魔力で不死となり…やがて魔法の王、魔王と呼ばれました…。 その名は災いとなり、世界は一度魔王によって滅びかけました…。 しかし、第二代の魔女によって世界は救われ…それでも、初代の方は死んではいませんでした…。 世界から隠れ…後にこの世界に過ちの恒星を降らせた…。 そう、初代フリーズウィッチこそ、…北極星そのもの…」 「…初代が…北極星!?」 「北極星が…人間…」 リョーマが茫然と呟く。 「初代…いいえ、北極星は第二十代を集め…突然変異〈ミュータント〉などの過ちを蒔きながら人々をこの世界にさらいました…。 全てはウィッチのいなくなった世界に、新たな五大魔女を降ろすため…。 ご自分の目的成就のために…新たな五大魔女を欲し、…そしてあなたさまがた第五十代が選ばれた…」 「……俺様たちすら、計画のうちか」 「……彼らの目的は知れません…しかし恒星の力と五大魔女を欲し、なにかを望んでいるのは事実…」 「あの…」 千里が不意に口を挟んだ。 「なんでしょう…?」 「…、俺ば…、幼馴染みを殺したこつ…、それはあとで、“彼”を排除することこそが目的やったって聞いたと…。 俺の幼馴染みは…北極星になんば関わっとったとや?」 「…幼馴染みとは?」 「…南方国家〈パール〉弟王、白石蔵ノ介」 「…蔵ノ介殿下…。ああ、あれは…、紛れもなく、北極星と第二十代の蒔いたものです…」 「…どげん、意味ですか」 「私はかつて、南方国家〈パール〉王室に庇護されていました…。 その代の女王陛下が内緒で教えてくださったこと…。 …南方国家〈パール〉は必ず二人の殿下が生まれる…そして兄王と弟王となる…」 「それは知ってるこつ…」 「では…その片割れが…初代王から一切外の血を混ぜず…兄姉間や親子間の近親契りで生まれた…初代王と全く同じ血を持つ直系血統というのは…?」 「…なん、だって…?」 「そういう習わしが、南方国家〈パール〉には今でもあります…。 しかし、近親契りを続けて生まれる殿下は必ず病弱で二十歳までに死に至る…。 故に直系血統の殿下は子をなすためだけにおり、必ず弟王として育つ…。 死んでもよいように…。 そして外との交わりで生まれた健康な殿下が王位を継ぐ兄王となる…」 「…だ、だけんなんでと…!? でも、蔵は……違う…とやろ?」 「蔵ノ介殿下は二十歳を越えてもご存命でした…。 普通そう思われる…。そして蔵ノ介殿下の兄君は早くに病気で亡くなられました。 …しかし…直系血統の殿下は、…紛れもなく蔵ノ介殿下の方だったのです…」 「…な」 「蔵ノ介殿下は何故か健康に生まれついた直系血統の殿下…。 故に…あのような悲劇になった…。 北極星は南方国家〈パール〉王…。自分の血を真っ直ぐに継ぐ王子の存在は、…北極星の力を損なったそうです…。 蔵ノ介殿下も早くに亡くなられると見逃していた北極星も…殿下が二十代を越えると危ぶみました…。 彼は自分の目的の一番の妨げになる…と。 故に…千里殿…、あなたに嘘の蘇生情報を教え…復讐王…あなたにわざと北極星の真実を漏らし…千里殿が踏み外し…殿下を殺すようすべてを導いたのです…」 名乗っていないのに見抜かれたことに、千里とリョーマは驚くが、次には激しい憎悪が身を襲った。 自分の願いも、自分が弟のためになると願って調べたことすら…計画だったと。 「そしてそのために…、殿下はお心をうしなった」 「…、」 千里が言葉を一瞬失う。 まさか、そんなはず。 手が震える、恐ろしい予想。 「…どげん意味…」 「殿下が千里殿と愛し合っていらっしゃると知った北極星は…殿下を殺める最良の殺戮者をあなたに決めたのです千里殿…。 あなたならば、殿下があなたを愛する心を失い、それが二度と戻らないと、愛せないと知れば…狂気に触れ、自ら殿下を殺すと読み…七年前のあの日…殿下からあなたへの愛を奪ったのです…。 すべて…あなたに殿下を殺させるためだけに…………」 「…」 言葉が、ない。 爪が、机に食い込んで破れ、血が流れる。 呼吸が苦しい。 破れるほど瞳を開いて、机を一度強く殴った。 「……じゃ、なんでん…? 蔵が…俺ば愛せなくなったこつも…蔵を取り戻したいって願って間違えたこつも…。 蔵を俺が愛したこと自体から全部始まっとったと…!? 蔵を俺が愛したことが間違いだけん言うとか…!!!?」 「全部…全部手の平の上いいよーと!?」 自分が愛したこと、自分を彼が愛したこと、彼が自分を愛さなくなったこと、必死で信じて待ったこと、兄王が戻したいと願って調べたこと、ありもしない蘇生方法を伝えたことも―――――――――――――全部全て、自分が蔵ノ介を殺すためだけに立てられた計画の一部。全てがその北極星の手の平の戯曲だったというのか。 俯いて、手を、身体を震わせて無言で涙をこぼす千里に、誰も声をかけられなかった。 「それだけなら…まだ…東方国家〈ベール〉殿下は脅かされず済んだのです…」 「まだあると!?」 「…同じ名を持つ東方国家〈ベール〉殿下に、死した殿下の魂が入り込んだのは計算外。 故に…北極星は傍にいる、フレイムウィッチ…あなたを利用し、東方国家〈ベール〉殿下のあなたへの愛を利用し、突然変異〈ミュータント〉を生みだし…あなたと殿下を誘い出し…サンダーウィッチを危機に落とし…それを救うために殿下に力を使わせ…そして殿下が死の瞬間を思い出すよう揺さぶった…。 そして思い出させ…あなたたちが必ず殿下を救うために心に潜ると確信し、…そして邪魔な蔵ノ介殿下の魂を世界から消した…。 北極星にとって手の平の上の人形だったのは…東方国家〈ベール〉殿下とフレイムウィッチも同じ…」 「…俺と、蔵も…」 千歳が茫然と呟き、白石を見つめた。 それが不安に揺れていると気付いて強く抱き締め、なんでと呻く。 白石が千歳の背中に手を回して抱き締め、閉じた瞳から一筋涙が零れる。 (それでも…最期の殿下の伝言だけは…違う筈や…あれだけは…絶対…!) そう、信じて。 「お話出来ることは、これが全てです…。 どうか、…どうかあなたがたに幸いがあらんことを…」 美里は立ち上がり、深く頭を下げた。 「美里さんは予知能力が初代からの代々でもっとも強くて、今もその力だけは健在らしい」 「それで、俺が復讐王ってことも全部わかったんだ…」 「ああ」 未だ広間で俯く千里を、誰も慰められない。 「そういや、佐伯、お前…」 「ん?」 「…空中庭園での時、聞こえたぞ」 跡部が眉を寄せて言う。 「…お前、対の喪失で喜怒哀楽の感情のうち、楽以外が全部欠落してんだな…?」 「…」 「だから、人殺しもなんも感じない…違うか」 「…サエ…?」 黒羽たちがまさかと見つめる先、佐伯はあっけらかんと笑う。 「うん、みたいだね」 「…」 「でも、バネさんたちが大事とかはちゃんとわかるよ? それでいいじゃない」 「…お前」 「…サエさん!」 自分に抱きついてきた剣太郎に、驚いてどうしたの?と笑う。 「…サエさん…」 「…どうしたんだい?」 「……」 跡部が、ただ痛いと目を逸らした。 「なるほどね」 不意に、千里の横でリョーマが言った。 「…なんね」 「俺、ずっと思ってたし、今でも思ってる。 “千歳千里”は“白石蔵ノ介”を不幸にする。どの世界も同じ。 “千歳千里”に愛されるが故に“白石蔵ノ介”は不幸になる…ってね。 まっさか、星の決めた運命とは知らなかったけど、まあ事実だよ」 「…」 「あんたが弟を愛さなければ全て始まらなかった。全て終わらなかった。 あんたが、“白石蔵ノ介”を愛したから全てが狂った」 「そげんこつは知っとっ―――――――――――――」 「でも、あんたが蔵ノ介の傍にいて、…本当に、よかった」 「…え」 優しい笑みで、リョーマは思い出すように瞳を閉じた。 「わかるんだ…。あんたが傍にいたことで…蔵ノ介にとって世界は光になった。 世界が蔵ノ介にとって眩しくてしかたないほど、全て弟に輝いて見えた。 全てが蔵ノ介に幸いを贈った。あの子は…最期まで幸福なまま生きられた…。 そう、…死んだあとすら、あなたの愛に救われていた…」 「…復讐王…?」 「全ての幸いは、あんたが蔵ノ介に与えたんだ…千歳千里。 それを、誇っていいよ。 あんたのおかげで、あんたが蔵ノ介を愛したおかげであの子は永遠に幸せになれた…。 あんたがいなければただ理不尽に殺されて終わったあの子に光を与えたのも、…あの子を地獄から救ったのも、…全てあんただ。 有り難う千歳千里。あなたのおかげで、…蔵ノ介は…誰より幸せな太陽になれた…」 「……っ」 その両目から、先ほどとは違う涙が溢れる。 「…ほんなこつに…俺ば…俺が蔵を愛したこつ…蔵のためになったと…? なっとったと…?」 「当たり前じゃん。…だから、あんたは蔵ノ介を愛したことを、誇っていい。 一生、誇っていい。 復讐王の名にかけて、そう言える」 「……っ!」 最早声にならず泣き出した千里に自分の帽子をかぶせてやると、リョーマは広間を後にする。 覗き込んだ千歳が“不幸じゃなかったと?”と言うのに。 「不幸だって思ってるよ? でも、どっちの“千歳”も、“白石”を愛したことだけは…、誇っていい」 「…そっか」 |