−デビル・ポーラスター


 第五章−
【日弱蝕−ウィルウィッチの章−】



  
−呪われし五大魔女編−

  第二話−【そして愛は太陽に輝く】



 それは、毎日数回だけの儀式。
 ただ、抱き締めるだけ、それだけ。
 それ以上を、決して手塚はしなかった。
「…じゃあ、そろそろ戻る」
「…」
 抱擁を解かれて、見上げた木手を見つめる目は優しい。
「手塚」
 ノックと同時に入ってきた橘が、見てすぐ罰が悪そうに笑う。
「すまん、邪魔した」
「いや、もう戻るところだった」
「そうか。ちょっと、お前と木手にな…」
「…あ、…」
「ん?」
「…て」
 言いかけ、なんでもないと言う。
 話し始めた二人を見て、木手はざわめく心を触れるよう胸に手を置く。
(なんで…俺は)
 気付いたこと。
 呼ぼうとしても、俺は彼を“氷の仮面王”以外の名で呼べない。
“手塚”という名が、声に出来ない。
(何故…自ら望んで忘れたなら…呼べるはずなのに)
「それで…」
「橘?」
 動きを止めた橘を手塚が訝った瞬間、橘は窓の閉まったバルコニーを振り返って叫ぶ。
「深淵逆巻け―――――――――――――フレイムアウル!」
 放たれた炎は、一瞬。目映い光がそれを掻き消し、割れた窓から空気とともに降り立った銀髪。
「…流石、衰え次代に力を明け渡しても、経験は健在。聡いの。
 第四十九代フレイムウィッチ」
「…第二十代ウィルウィッチ」
 仁王だ。
「木手を、狙いにか」
 橘の言葉に、手塚は木手を背中に庇う。
「そうじゃよ。俺たちの仲間やけん。もう一度もらいうけに来たんじゃ」
「それでも、渡さない」
「よかの? 俺に勝ち目があるんか?」
「それでも、―――――――――――――二度と、俺は離さない」
「…て」
 呼ぼうとする。呼べない。
 何故。
 どうして?
「待て手塚。こいつは俺が相手になる」
「橘」
「第二十代ウィルウィッチ。ここは通さん。
 第四十九代フレイムウィッチの名にかけてな!」
「おもしろいけんの。ええわ。受けてたっちゃる!」
 両手に生み出された光と闇の弾丸が放たれる。
 それを二人に及ばないようガードし、避けながら橘は仁王の懐に飛び込んだ。
「甘いぜよ!」
「それはどうだ!?」
 橘の頭上を狙って落とされた光をまとった手剣が、橘の振るった手によって血を蒔いた。
 肩から腕を切り落とされ、飛ばされた腕が橘の背後、木手と手塚との間に落ちる。
「へえ」
「力は衰え、座を譲っても、積んだ経験と宿った元五大魔女の資質は半端じゃない。
 俺を普通のウィッチと同格に相手をするからだ。過信したな」
「…確かにの。俺もそうじゃし。失念しとった」
「どうする? “呪われし”とまで言うんだ。その程度じゃ死んでくれないだろうが、戦力大幅ダウンじゃないのか?」
「…そうやの。じゃけど、お前さん、俺を甘く見過ぎじゃよ」
「…?」
「“呪われた五大魔女”を甘く見過ぎなんじゃよ」
 刹那、切り落とされ落ちている腕が独りでに動いた。
「橘!」
 手塚が叫ぶ。
 ホラー映画のように、立つように起きあがった手が、橘の背中目掛け白い光の弾丸を放った。
「っぁあ!!!」
「橘!!!」
 吹き飛ばされ、倒れ伏した橘を踏みつけると、仁王は落ちた腕に見向きもせず二人に歩み寄る。
「落ちた腕も、落ちた足も、俺の手足である限り、俺の手足。
 じゃからこそ、俺達は“呪われし五大魔女”なんじゃよ…。
 腐っても未だ化け物。甘く見るからじゃ」
「!」
 手塚はばっと振り返って木手を腕の中に抱き締める。
 離さない、渡さないと強く。
「…お前、なんか勘違いしとるようじゃの」
「…なんだと?」
「狙いがサンダーウィッチ一人と思うたら大間違いじゃ」
「…な」
「俺達の今夜の狙いは第五十代サンダーウィッチはもちろん。
 あと、…南方国家〈パール〉弟王の魂を持った、東方国家〈ベール〉王子、白石蔵ノ介」
「…っ!」
「向こうには柳と赤也が行った。まず勝てんぜ?
 そして、…これはなんでかしらんが…、お前んとこの、北極星還りの赤也、をあいつがお望みでな。
 ま、全員もらってくわ」
 生み出された光の剣が、振り上げられた。






「うあ!」
「千歳!!!」
 魔法に弾かれ、床にたたきつけられた千歳を起きあがらせると、柳は背後で両手を封じた。
「千歳! イヤや!」
 白石は切原に両手を封じられ、背後から顎を掴まれた姿勢で叫んだ。
(イヤや、千歳が木手くんみたいになるんは…俺んこと忘れる…愛せないようなるなんて)
「イヤや!」
「あーあ、酷い様。
 でも、あんたの声、結構ソソるじゃん」
「うぁっ…」
「蔵! 蔵を離せ!」
 顎を強く掴み上げられて苦悶に歪んだ顔を見て叫ぶ千歳を笑うと、切原はおもむろに白石の身体を壁に叩き付けるように投げた。
「っぁ!」
 衝撃に上がった悲鳴に構わず、そのまま魔法で両腕を頭上で凍らせる。
 そのために、足は床につかず、宙に浮いた身体。
「蔵! なにすったい! 俺が狙いなら…!」
「はい勘違い」
「…なん…?」
「こゆこと」
 笑って、赤也は伸ばした手で白石のまとっていた下肢の布を破り捨てた。
「っ!」
「流石、肌綺麗っスねー」
 破れていない上半身の衣服の下に潜りこんだ手がシャツをたくしあげて、その露わになった白い肌に切原は笑って何度も吸い付くと跡を残す。
「…っ…蔵! やめろ!!!」
「やなこった」
「…ぁっ…や…イヤや…! いや…っ」
 そのまま性器を握りこまれ、上下に動かされる。
「…ぁ…っあ…や…ぅあ…」
「イイ声してんなー。ナニ? 立派に感じてんだ。
 ゴーカンされてんのにねぇ」
 くすくすと笑って、あっけなく射精した性器から手を離すと、切原はそのむき出しの足を両方抱え上げた。
「…っ! なにすんねん! 離せ!」
「なにいってんですか。ゴーカンなんだから、最後までヤんなきゃ意味ないっしょ?」
 そのまま熱い塊にナらさず貫かれて、悲鳴が溢れた。
「…っあ…は…ぅ」
「…く、ら…蔵ぁっ!」
 血がぼたぼたと床に零れる。
「あ、…た…い」
「え?」
「…い……た…い」
「そりゃそうでしょーね」
「あ…せ…ちとせ…っ…」
「うわ、ヤられてる時に他の男呼ぶし。ま、いいや」
「あ…や…イヤ…っ」
 そのまま中に放たれ、自身ももう一度達せられて、白石は目を見開くと涙を流して、かくんと首を折った。
「あ、気絶しちゃった。ま、殺してなきゃいいか」
 雄を引き抜くと、乱暴に拭いてベルトを締め直す。
 そして、今にも焼き付くさんばかりの視線で睨みあげる千歳を見下ろし、笑った。
「貴様…っ!」
 膨れあがった炎が切原に襲いかかる。
「おっといいんですかー? 今制御危ないのに。…この人も焼いちゃうよ?」
「…っ!」
 気付いて、炎が消えた。
「目的はこれ。あんた、恋人が目の前でゴーカンされて、なんも出来なかったら制御危なくなるもんな。
 その方が、あんたは捕らえやすいって話」
「そんだけのために、蔵ば傷付けたと…!?」
「いや、目的はもう一つ」
 背後で柳が言う。
「狙いは、サンダーウィッチ。フレイムウィッチ。あんた。
 そして、南方国家〈パール〉弟王の魂を持つこの人もなんですよっ。
 だから!」
「…蔵を…」
 また、狙われる。
 何度守っても、願っても。
 どうして!
 唇をかみしめた千歳を笑う切原の背後で、その時声が響いた。
「なるほど。確かに、俺達の赤也より馬鹿なようだな」
「…ぇ」
 瞬間闇から現れた炎をまとった剣が切原の胸を貫いて、そのまま振り上げられ、肩を縦に切り裂いた。
「赤也!」
 そのままどさり、と倒れた切原を見下ろして、真田は平然と立つと、魔法が溶けて床に倒れた白石を抱き起こした。
「…何故。いつの間に」
「五大魔女のみに姿を見せない影魔法を美里殿に預かっていたのでな。
 来たのはほんの数秒前だが本当に見えなかったのか。まあいい。白石は返してもらう」
「…ならば」
「千歳、出来るな?」
(俺の魔法を操って、使え)
 そう伝わってきて、千歳は頷くと目を閉じた。
「は!」
 真田の手から炎が放たれる。
「ふん、喰らうか!」
「ビックブラックカーテン!」
「!」
 瞬間柳を拘束した力は、闇。
「…漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉!?」
 起きあがっていた白石が魔法を放ったのだ。
「今や千歳!」
「わかっとう! 彼の力、我が僕となれ!」
 拘束から抜け出した千歳が真田の炎の威力を増して、柳へと襲わせる。
 だが、刹那その前に立ちはだかった身体が炎を受け、柳を庇った。
「…っ……」
「赤也!」
「…フリーズウィッチ…」
 切原だ。
「あの傷で生きて、なお動けるとは…やはり」
“呪われし魔女”とはこれほどの―――――――――――――。
「今回は退散しよう。赤也…掴まれ」
「…うぃっす。…無事ですね?」
「ああ」
 消える寸前、柳はいとおしそうに切原を抱き締める。
「お前のおかげだ」
 瞳にキスをした姿が、残像になっていなくなった。
「…助かったと」
「いや、白石、平気だな?」
「ああ、すまん」
「任せるぞ、千歳」
 言い残し、真田は剣を片手に部屋を飛び出した。
 傍に近寄った千歳が、ぎゅ、と白石を抱き締める。
 その巨躯が震えている。
「…大丈夫や」
 ふわり、と白石は微笑んで背中を抱いた。
「だけん…」
 泣いている顔が見えて、くすりと笑う。
「…俺は、お前が好き言うてくれて、…抱いてくれればこんなん痛くもないわ」
「…蔵」
「…な。…千歳」
 呼ばれて、見つめられて、千歳は自分しか映っていない瞳に吸い込まれるように唇を重ねた。
「…有り難う…好いとうよ…蔵」
「当たり前や」





 魔法が何度も放たれる。
 その度、木手を抱いて庇う手塚の背中は焼けて、痛みに声が漏れる。
「て…!」
「…いい加減、退きんしゃい」
「…イヤだ!」
「なんで?」
「…守ると誓った」
「…誰に。木手にか?」
「違う」
 手塚は仁王を振り返って、はっきりと声にする。
「木手を愛する、俺の魂にだ!」
「っ」
「もうええ」
 仁王の突き出した剣が手塚の肩を貫く。
「て…っ」
(なんで、なんで呼べない…!)
 引き抜かれ、大量の血が散った。
「終わりじゃ」
 仁王の剣が首を狙って、振り上げられる。
 イヤ。
 イヤだ。
 わからない。
 だけどこの人が死ぬのだけは―――――――――――――

手塚・・!!!!!」

 叫んだ木手の声の向こう、仁王の剣は何故か、手塚の頭上で停止した。
「…?」
 もう一度振り上げ、横から狙う。
 しかし、やはり寸前で止まる。
「っ…なんで…動かんのじゃ!」
「…?」
「くそっ!」
 もう一度一閃した。
 しかし、矢張り手塚の首もとで止まる。
「…なんで」




 闇に封じられた広間。
 跡部と柳生が手を握り会い、瞳を閉じているのを、星の子の仁王は黙って見守る。


 数分前だ。跡部たちはノームウィッチによって、闇の空間に閉じこめられていた。
「跡部クン。傍の人になら、心に干渉出来ますか?」
「柳生?」
「この近くに、この世界の仁王くんがいる」
「…ああ、そうだが…心に潜るようなことは俺一人じゃできねえし…第一なんのために」
「…お願いします」
「柳生…」
 そうして。


(あの仁王くんには、私に対して揺らぎがあった。
 もし、彼の中にも、この世界の私がいるなら―――――――――――――)


 心に響く声。
“やめてください、仁王くん”
 仁王が目を見開く。
“ダメです…仁王くん”
 剣がかたかたと震える。
「ちがう…」
 否定しても、届く声は心に響く。
 揺らぐ記憶。
「…ちがう…しは」
「……」
「比呂士は…」
「柳生…?」
 手塚のいぶかしむ声も届かない。
「俺の比呂士は…っ…もういないんじゃ!!!!」
 叫んで仁王は剣を振り下ろす。
 しかし、その直前に放たれた光が、無防備な身体を撃って、仁王は窓を越えて王宮の下方に落ちた。

「…大丈夫か?」
「…あなたの方が」
「そうだな」
 見上げる木手に、手塚はぼろぼろの姿で笑った。
 心底幸せそうに。
「手塚…?」
「やっと、俺の名前を呼んだな…木手」
 微笑んで抱き締める身体に、胸が苦しくなって、目を閉じる。
「よかった……手塚」
 そう言うのが、精一杯で。





「うまく行ったらしいな」
「そのようです…仁王くんを傷付けたようで、いい気持ちじゃありませんが」
「比呂士は俺んじゃ」
「…仁王くん」
 やってろぃ、と丸井が投げやりに言う。
「柳さん!」
「ああ、」
 見上げて、肩にかかった温もりに目を瞬く。
「寒いでしょ?」
 赤也のジャケットをかけられたと気付いて、いいぞ?と笑うとしゃがみ込んだ後輩が笑った。
「いいの、柳さん大事にしないで」
 不意に、その眼差しが真剣になる。

「誰、大事にしたらいいの?」

「…赤也」
 茫然として、そう呟いた所為だろうか。
 背後の闇が蠢いて、叫んだ時には赤也の身体は闇の腕に掴み上げられていた。
「っ!」

“悪いな。こいつもターゲットだ。サンダーウィッチとフレイムウィッチ。
 王子は失敗したが、こいつだけでももらってくぜ!”

「…この声、ジャッカルくん…!?」
「向こうのか!」
「赤也!」
「魔法を使うな! 切原が傷つく!」
「っ!」
 跡部に制され、柳は拳を握りしめる。

“誰、大事にしたらいいの?”

 いなくなる?
 赤也が―――――――――――――イヤだ!

「赤也!」
(柳、さん)
 口を押さえられていて、声が出ない。
 でも、イヤだ。
 この人と離れるのは。
 そうだ。
 闇に魔法は効かない。
 でも、俺を掴んでいる今なら?
 見えない唇がに、と笑う。
(深淵に眠る鷹、起きろ―――――――――――――ダークフレア!)

“な…!”

 赤也を一瞬にして業火が包んだ。

“自分自身に魔法を使っただと!?”

「馬鹿は承知だ…てめえも燃えろ!」
 自由になった口で叫び、炎を自分の身体から包む闇に送り込む。
 体内を焼かれる痛みに悲鳴が聞こえ、闇が一瞬にして消えた。
「赤也!!!」
 自由になり倒れ込んだ焼けた後輩を抱き締め、泣きそうに叫ぶ柳に跡部が安心しろ、と言った。
「術者自身に使った場合、致命傷にならねえんだよ。
 ま、この馬鹿がそんなこと知って使ったはずはねえがな」
「…阿呆じゃ」
「…仁王くん」
「とにかく、これで今日は俺達の勝ちだ。
 他の奴らを集めて、兎に角治療だ!」
 夜が明ける。













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