−デビル・ポーラスター


 第五章−
【日弱蝕−ウィルウィッチの章−】



  
−呪われし五大魔女編−

  第三話−【消えた愛の結晶、故に儚く、譲れない】




 かちゃりと開いた扉から顔を出したのは、予想外の人物だった。
「木手…!?」
 手塚が思わず起きあがって痛みに顔をしかめる。
 それに思わず反応しながら、木手は俯いて。
「見舞っていいと、…特別に許可をもらいました」
「……それは、俺がお前を守ったからか」
「……」
 木手は否定も肯定もせず、傍の椅子に座る。
「……本当は」
「…」
「本当は、言いたいことは山ほどあって、守っていただいたこともそのなかにあるけど…。
 聞きたいことは、…それじゃないから」
「…?」
「…手塚は、…俺を初めて抱いた夜を、覚えてますよね…」
 あの夜。もう、傷付けないと、誓ったあの夜。
「ああ」
「…あの時、“あなたを覚えていないのは忘れたいと望んだからなのに”と言った俺に、あなたは否定をくれなかった。…何故ですか」
「…木手?」
「…知っていたのに」
 わかっていたのに、とその唇が言い、手塚を見つめる。
「…俺は望んで記憶と心をなくしたんじゃない。
 彼らの手に落ちて、無理矢理あなたたちへの心と記憶を奪われた。
 …駒にするために。…そう………なんでしょう…?」
 泣きそうに問いかける木手に、平古場たちがなにも言えない中、手塚は目を閉じて、
「…いつか、気付くとは思っていた」
「何故告げなかったんです…! あなたが今でも俺を思うなら、なによりただしたい間違いだったはずです…!」
「それでも、お前に、笑顔が戻る方が、大事だった」
 言葉を失った木手に、手塚は起きあがると、その頬をそっと撫でる。
「告げて、それでこれが理不尽なものだと知ってお前が更に傷つくなら、……間違いのままでよかった。
 お前を、これ以上傷付けず守れるなら、俺はどうだっていいんだ」
 優しく微笑まれて、心が苦しくなる。
 心があったら、あったら、彼を、…俺も守れた?
 心から、笑わせることが出来た?
「…手塚」
「…ん?」
「…俺は……」
 毎日、数回の儀式。
 ただかいなに抱くだけの抱擁。
 雪のように、降り積もる、それ。
 暖かい…命。
「…俺は…、…本当はずっとあなたを呼びたかった…。
 俺は、忘れても、やっぱりあなたがす………」
 き―――――――――――――そう続く筈だった声は途切れて、寝台に糸が切れたように倒れ込んだ。
「木手!?」
「…う……ん?」
「…どうした? 眩暈か?」
 意識があることに安堵して、手塚はほほえみかける。
 それを見上げて、木手は茫然と呟く。
「何故、俺は、あなたのところに……」
「…え」
「俺の部屋にいたのに……いや、見舞いに来て…心の話をして……。
 それから…、それから、俺は…なにを言おうと………」
 ああ、そうか。
 気付いて痛む胸が、その身体を抱き寄せた。
「手塚?」
「…」
(一度奪われた“俺を愛する心”は、戻らない。もう一度、愛そうという気持ちが芽生えても…消えてしまうんだ…途切れるように…)
 もう二度と、彼は自分を愛さない。愛せない。
 思い知って、ただ抱きしめる手を強くした。






「もう、みんな決めたことだと思う」
 翌日、幸村が言った。
「もう、防御は出来ない。
 打って出るしかない。
 秘術を使うのは、今だ」
「けど、殺せるんか? あの」
「こうは考えられる。
 彼らは跡部たちが相手の時、決して深追いしなかった。
 そして彼らを理不尽に裁いたのは五大魔女ではなくただの人間」

「同じ五大魔女なら、第二十代を殺せるとしたら?」
「…そうか」
「だから、可能性があるなら、行くんだ」
「……ああ」
 頷く。




「赤也? もうみんが待ってい…」
 寝坊した赤也を起こしに向かって柳は声を失った。
 開いた室内。
 散った壊れた部屋の残骸。
 いない、後輩。
「赤也…!!!?」




 連れ去られた切原を、取り戻すために。
 全てを歪めた禍つ伝承を止めるために。
 明日、決戦が始まる。
 最後の、夜が来る。




 冷えた室内で、眠る赤也を抱きしめて、初代はただ泣きながら微笑む。
 この子は、あの子じゃない。
 でも、あの子と同じ名前の、子。
「おーい、いいか?」
「なんだい? ブン太」
「…明日、奴らが来るな」
「そっか、視えたか」
「みんな迎撃態勢ばっちりだからさ! …?」
 笑う初代に、いぶかしむ。
「…なんで笑うんだい?」
「……ううん。…ね、ブン太は…どっちがいいの?」
「…解放か…?」
「うん」
「俺は…どっっちでもいい。
 ジャッカルには内緒な」
「そう」




「ブン太、ちゃんと浴びろ」
 すぐ風呂から出てきた濡れた身体を、抱きしめてでかいタオルで拭いてやる。
「ジャッカル」
「ん?」
「…好きだぜ」
「…え」
 ばさりと落ちたタオルに、ブン太はあからさまに不機嫌になる。
「なんだよ…ひっでえ反応だなおい」
「…いや、初めてじゃねえか…? そんな」
「そうだな…。でも、」
 振り返って抱きつく。
 すぐ回される腕。
「…悪くないだろぃ?」
 唇が重なる。
 知っている。

 明日、俺は―――――――――――――。





「柳さん! 今日だけ一緒に寝ていっすか!?」
 寝室に枕を持ってやってきた後輩を笑って招く。
「やりっ!」
「俺がお前を拒んだことがあったか赤也?」
「…ないよ」
 不意に真剣な眼差しになった後輩が、押し倒して見下ろす瞳。
 真っ直ぐに柳を貫く、愛しさの色。
「……赤也」
 伸ばされた手に、赤也は身を沈めた。
 きっと、終わりが来る。
 どんな形でも。
 どっちであっても。


 それでも叶うなら、俺はきっと―――――――――――――。




「…明日じゃ…」
 写真を見つめて、呟く。
「比呂士…」
 解放か、…俺は本当は。




 眠る顔を、そっと撫でた。
「…あかや」
 泣きそうになって、初代は仮面を外すと、その瞳でキスをした。
 ただ、抱きしめる。






 これ以上罪を重ねるなんて出来ない―――――――――――――。












NEXT LAST STAGE-守られてた楽園を捨ててでも