−デビル・ポーラスター


 第五章−
【日弱蝕−ウィルウィッチの章−】



  
−NEXT LAST STAGE-守られてた楽園を捨ててでも-

  【だから、僕も笑顔でお別れを】




 ノックの音に、扉を開くと、あの後輩がいた。
「すんません。…少し、ええですか」
「よかよ? けど、よかの? 明日は…」
「やから…、」
 財前は一度俯きかけ、千歳を見上げて言う。
「やから、今、…千歳先輩に言いたいんです」
「…そっか」
 千歳は笑って、彼を招いた。
 扉が閉まる音。
 寝台に腰掛けていた白石が顔をあげて、伺った。
「俺、席外した方がええか?」
「いえ」
「よか?」
「…いえ、…白石部長にも、聞いててもらわなあかんことやから」
「そうか」
「…ずっと、迷っとったんです。
 いつ帰れるかわからないから…いつしか、いつでも言えるやろ…って気分になって…。
 そのまま、…何年も来てもうた…。
 でも、明日、なにが起こるかわからへんなら…言うのは、今しかない。
 もちろん、絶対生きて帰ってくる。俺も、千歳先輩も、部長も。
 けど、今言わな、俺は…明日に進めへん」
「…よかよ。聞くと」
「……」
 財前が千歳を見つめて、ほんまは、と俯く。
「…今でも、迷っとります。
 …言うてええんか。
 部長と先輩が、…元の世界に帰らへんから…なおさら」
「…財前は、帰るんやろ?」
「…迷ってます。…最初は、絶対帰るって、思っとったのに」
「…なら」
 白石が立ち上がって、彼の前に立つ。
 肩を抱いて。
「…なら、話聞く代わり、…俺のお願い聞いてくれんか?
 …部長やない…いや、…四天宝寺テニス部部長、白石蔵ノ介として…最後のお願い」
「…俺に、出来ることなら」
「……財前」

「元の世界に、帰ってくれ」

「…ぶちょ」
「…俺は、…みんなを優勝させたれへんかった。
 やけど、みんなで、あの学校で、優勝したい。
 今でも、…切ないほど、そう願うとる。
 また、…みんなで、あのみんなで…全国行けたら…って痛いほど願う」
「…やったら!」
「やけど…俺は、…残る」
「…なんで」
「…あっちで…最後まで、俺は千歳に素直になれんかった。
 最後まで、素直に好きなんて言えへんかった。
 …向こう戻ったら、俺は絶対、また…千歳の手、離してしまう…。
 やから、…残る。ここでなら…俺はずっと、…千歳の手、離さないでいられるんや…」
 泣きそうに歪んだ顔が、見上げて言う。
「…千歳先輩と、一緒にいるために?」
「そうや」
「千歳先輩と、ずっと一緒におるために?」
「うん」
「…千歳先輩と、幸せになるためにですか?」
「……うん」
「…それなら…そんで、千歳先輩も同じ気持ちで残るなら…もう止めません。
 俺は、帰ります」
「…うん…お願いや。俺の代わりに、あの子守って。
 あの子、叱って。あの子、愛して。
 謙也んこと、笑って。
 …みんなを、てっぺんに連れてって。
 ……約束や。…財前“部長”」
「………っ……はい……!」
「ごめんな、先にしんどい願いして…」
 そっと抱きしめると、白石は財前から離れた。
「話、なんね?」
「……俺、…」
 見上げて、言った。

「俺、…ずっと、…………あんたんこと…好きでした…。千歳先輩」

「……光?」
「ほんまに、…部長と、あんたが一緒んなる前から…好きでした。
 抱かれたいて意味で…ほんま好きでした。
 今も、…好いてます。
 奪えるもんならて、願います」
「…光」
「…やけど、…俺は、やっぱり部長にはかなわん」
 彼は、悲しいほど綺麗な笑顔を浮かべる。
「…あそこまで、あんたを求められないし、残るほど、あんたを愛せない。
 中途半端な、…えらい中途半端な好きやから…ずっと言えんかった。
 部長に遠慮したんやのうて…中途半端過ぎて、俺が言えんかった。
 中途半端過ぎて、終われへんねん……」
「……」
 白石はただ、黙って、静かにそれを見つめる。
「…やから、…今、俺んことフってください。
 きっぱり…好きやない、て言うて、…責めて忘れんで…激し痛み、残してください…。
 あんたの心を…痛みでええ。…俺に…ください…っ!」
 嗚咽になって涙を流し、千歳の胸にしがみつく後輩を、ただ抱きしめようとして、千歳はやめた。
「……………」
「お願いや…」
「……俺は……白石蔵ノ介以外、…一生愛さんと。
 一生、蔵以外誰も…心には受け入れん。…お前もたい」
「……」
「お前は、決して後輩以上にはならんたい。
 好きになれるはずなかね。愛せる筈なかね。そげんこつは、世界が終わって、死んでも無理とよ。
 ……だけん、…白黒なら“嫌い”てしか言えんとよ。
 …後輩としては愛しとった。だけん、後輩以上に絶対ならん。
 ……お前は……俺の中ば、…永遠に“ただの可愛か後輩”たいよ。
 ……お前を、抱きしめるこつは、…出来ん。
 ……今、言うとくと」
「………」
「ずっと、…“さよなら”。……“財前”」
 胸が痛む。
 彼が、わざと、優しい彼がわざと痛い言葉を使ったとわかる。
 自分が望んだから、それをくれる、誰より優しい人。
「…はい、あ」
 りがとうございます―――――――――――――と続かなかった。
 千歳の大きな手が、髪を撫でている。

「…ばってん…俺ば、“光”んこと、好いとうから」

「……」
「…後輩としてじゃなか。恋人としてもじゃなか。
 だけん…好いとうよ。
 ほんなこつ、好いとう。
 ……会えて、…ほんなこつ……よかった」
「……っ」
 すぐ、声は嗚咽になる。
 胸に浮かぶ、曇りのない喜びと、この上ない幸福。
 ありがとう。ありがとう。ありがとう。
 誰より、大好きな、人。

 そしてさようなら―――――――――――――。

 涙をぐいと拭って、財前は笑うと、白石の前に行く。
「光?」
「…部長」
「ん?」
 見上げる顔に、微笑んで、頬に手を添えて、
 そっと唇を重ねた。
「ひっ…!」
 驚きのあまり叫んだ千歳と、ぽかんと見上げる白石を見遣って、笑う。
「あれ? 誰が“千歳先輩一人”が好きやて言いました?
 俺は、部長は“抱きたい”て意味で好いてんですよ。
 …やから、…中途半端過ぎたんですわ。
 二人とも好きすぎて、好きな人が二人もおって、…どっちにも転べなかった。
 ありがとう。…あんたが、…部長でよかった。
 俺の部長は、…永遠にあんただけです」

「ほんま…愛して“いました”……白石さん」

「……うん」
 白石は立ち上がると、抱きしめて微笑む。
「俺も…大好きやで…」
「…はい。……じゃあ、戻ります」
 扉に手をかける。
「……財前」
「はい?」
「……、……おおきに。………

 ばいばい…“光”……」

「…はい、…千歳先輩、白石部長―――――――――――――…さようなら」

 ぱたん、と扉は閉まる。
 見つめ合って、そっと千歳と白石は抱き合った。
 忘れないだろう、この夜を。あの声を。
「…好きやで千歳…ずっと、一緒にいような」
「…うん…愛しとうよ…白石」


 やっと言えた。
 やっと、終わった。
 やっと、これで。
 天井を見上げて、涙を頬が伝う。
「…………っ…あー……すっきりした……」
 さよなら、俺の大好きな人たち。

「……ほんまに…、好きでした…。
 有り難う」

 さよなら、大好きな先輩たち。
 俺は俺の道で幸せになるから。
 どうか、あなたたちも、幸せな永遠を…。





 扉が外から開いて、平古場たちはどうせ謙也あたりだろうと一応に顔を上げた。
 だが、そこに現れたのは、自分たちには誰より大事な主将。
「…木手……?」
「今日だけは…出歩いていい許可、もらってますから」
「…」
「…ずっと、あなたたちとは、話していなかったから。
 いいえ、…俺が、無意識に、避けていたんです」
「やっぱり、…俺達が」
「違うんです…。
 手塚に、心がなくても愛したいと願うように…あなたたちに感じるのは、
 どうしようもない幸福と、いとおしさなんです。
 ほんとうは、もっと話したかった。傍にいて、どんなことを話していたか、聞きたかった。
 怖かった。あなたたちが笑うかおを、俺が覚えてないために…歪めることが。
 あなたたちが…俺のために悲しむのが…想像するだけで辛くて…ずっと、…来れなかった」
「……永四郎」
「…なにも、…あなたたちと共有出来るものはなくて、…なにも、ないけれど。
 これだけは…きっと、昔の俺と一緒です」
 木手は微笑むと、そっと手を差し出した。
「…大好きです。知念クン、平古場クン、甲斐クン、田仁志クン。
 あなたたちに会えて…本当によかった。
 会った記憶なんてないけど、…そう思うから。
 ありがとう。俺を、今でも愛していてくれて。
 ずっと…大好きです。
 無事、また会えたら…、今度はちゃんと…、あなたたちの傍で…俺を笑わせてください」
 伸ばした手をすり抜けて、甲斐と平古場が木手に必死に抱きついた。
 喉が鳴って、二人とも泣いているとわかる。
「…ぜってー帰ってくる。大好きだ! お前が好きだ永四郎!」
「木手…っ…絶対、また、一緒にいような…!」
「主将」
「…平古場クン、甲斐クン、田仁志クン…」
「…また、…一緒に全国へ行って、今度こそ、…上に立とう。
 一緒に。約束だ…永四郎」
「…知念クン……」
 泣きそうになるのを堪えて、頷いた。
「じゃあ、もう行きます」
「…うん」
「…どうか、ご無事で」
 言って、扉が閉まる直前、木手は立ち止まって振り返る。
 優しい笑みを浮かべて。

「有り難う…。今まで好きでいさせてくれて…。
 …一度だけ、さようなら。そして、また、…よろしくお願いします」

 ぱたん、と扉が閉まった。
「…俺、永四郎が南方国家〈パール〉から帰ってきた時、会った時、…痛かった」
「知念くん」
「目覚めて、会って、…“お名前は?”って言われた」


“初めまして、俺は木手永四郎。あなたの、お名前は?”


 それは、あの日、小学生のころ、俺のところに来たあの日と、同じ言葉。

「まさか、…永四郎から、またその言葉を聞くなんてって…痛かった」
「…うん」
「…でも……過去は、消えないよな。
 これから、も…」
「…うん」
 頷いて、甲斐は笑った。





「眠れないのか? 蓮二」
 真田に言われて、柳は笑った。
「…ああ。…いつも、まとわりついてくる、…赤也がいないんだ」
「…ああ。…いつだって、あいつはお前を追っていたな」
「……たった一日でこのざまだ。笑ってくれ。
 …会いたくて、抱きしめたくてきりがないんだ。
 今気付くなんて、馬鹿だろう…?」
「……」
「俺はあいつが好きだった。…好きだよ…弦一郎…!」
「…ああ」
 真田はそっと、その肩を抱きしめて頷く。
 知っていた、と。
「…赤也の代わりか?」
「そうだな。赤也の代わりだ。俺は蓮二、お前に今、これしかできん」
「…そうか」
「だが、必ず、取り戻そう。
 そしたら、言え…。今の声を」
「……ああ、必ず」
 待っていてくれ。赤也。

 必ず―――――――――――――お前の元へ。




 風が吹く。
 バルコニーの扉を開けた広間。
「じゃあ…」
 飛行大国の名に相応しい飛行竜に足をかけようとした真田たちを止めたのは木手ではなかった。
 扉を蹴破ってきた、おーいという声。
 五人の男女が駆け込んできた。
「よっしゃ! ギリギリセーフ!
 偉いぞライオンくん!」
「…お前はいい加減普通に人の名前を呼ばないか?」
 橘が隣に立つ誰かに似た顔の青年に言う。
「しょーがないじゃん」
「…あんた…!?」
 リョーマが驚きの声をあげる。
「…越前、リョーガ?」
 手塚が呼んだ。
「ああ、俺の対は、復讐王の兄貴だっけか。
 俺は違うって」
「橘さん、それより用件」
「…そうそう」
「うんうん」
「…あれ…、橘さんの妹さんに…伊武に…、千石!?」
「交換期以来の同窓会ってやつだねー!」
「え? どういうことだ?」
「俺達は、第四十九代五大魔女だよ」
 俺は先代ノームウィッチ、と千石。
「あたしはウィルウィッチ」
「俺は…フリーズウィッチ。悪い?」
「で、俺がフレイムウィッチだろ?」
「俺はサンダーウィッチだ。ま、木手くんが覚えてねえけど」
 杏、伊武、橘、リョーガの順に言う。
「禍つ伝承に向かうお前らに、先代からの贈り物を、届けに来たぜ」
「…え」

「永久なる時を繋ぐ絆」
「それは人と人の間のかいな」
「衰えも未来への線となり、輝きは増す」
「故に、我らは長き代を受けて勇敢なる第五十代に託すだろう」
「我ら全ての五大魔女の残されし資質と輝きを」

「「「「「どうかそなたたちに繋がんことを―――――――――――――」」」」」

 五人が言った瞬間、五人から放たれたそれぞれの風、炎、地、水、光と闇が木手、千歳、佐伯、跡部、財前に吸い込まれた。

「これでよし! あー、本当に力すっからかんになっちゃったー!」
「え? どういうことだ?」
「あのね、俺たち今日まであちこちの存命の元五大魔女の元を回って、先代から、彼らに残った最後の魔力まで受け継いで来たんだ。五大魔女のみが出来る、継承魔法」
「まあ、普通魔女じゃなくなっても普通のウィッチより強い資質が残るもんだ。
 それを、生きてる全員から俺達が代表でもらってきた。
 そんで、それを俺達の残った資質も含めてお前たち第五十代に全部くれたんだよ。
 おかげでもう全く魔法が使えないぞ」
「これで、第二十代にも勝ち目が見えるだろ?」
「絶対、帰ってきてくださいね」
「…本当にね」
「…」
 跡部が、一瞬俯いて、五人を見て言う。
「有り難う。…敬愛なる第四十九代と、全ての先代へ」
「じゃあ、行ってこい!」
「はい!」
「…」
 手塚が歩み出て、残る木手の前に立った。
「…抱きしめて、いいか?」
「いつも、聞かないでしょう…?」
「そうだな」
 そっと、抱きしめられる。
「必ず帰ってくる。そうしたら、今度こそ、告げる。
 お前が、俺を愛する日を、…一生待つ。
 愛している。木手。
 俺の全てで、お前を守る」
「…手塚」
「大丈夫だ、必ず戻る。
 だから、笑顔でお別れしてくれないか?」
 そんな、“お別れ”なんて。
 まるで、もう帰れないみたいな。
 もう、会えないみたいな。
「…ああ、言い方が悪いな。
 そんなことばで、お前に笑えというのは、無理だな」
 泣き出しそうに見つめる木手に、気付いて微笑む。
「じゃあ、お前の笑顔は帰って来た時にとっておく。
 …待っていてくれ。
 …行って来ます」
「て…づか」
 そのまま飛行竜に飛び乗った手塚に、気持ちが沸く。
 愛せないのに、愛そうと願った傍から消えて、途切れてしまうのに。
 こんなにもあなたを愛したくて堪らない。
 走り出す。
 驚いて半身降りた手塚に、初めて抱きつき、自分から背中に手を回した。
「…き」
「…」
 そのまま、口付けを、彼の唇に落とす。
 ただ、触れるだけの、キス。
 驚きに目を見開く手塚に、泣きながら願う。
「絶対、必ず帰ってきてください…!
 …俺は、…俺は…あなたが…す」
 き、とは続かない。
 その前に、木手の意識は途切れて、倒れる身体を抱き留め、抱きしめて手塚はその瞳にキスをする。
「…ああ、…愛している…必ず」
 眠る身体に伝えて、その身体をリョーガに託した。
 ばさりと竜が羽ばたく。
 空に浮かんでいく。
 見えなくなっていく姿。


 必ず、帰ってくる。


 だから、僕も笑顔でお別れを。




 だから、僕もキミと、笑顔でお別れを。













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