歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
最終章−【薔薇夜−魔王の章−】
−buria−
第一話−【残酷なる罠】
暗い廊下をただ歩く。 空をかけ、秘術で国境の秘術を破った直後、飛行竜は消えて、この壁も、天井も、床も漆黒の窓の一切ない城にいた。 長い廊下をただ歩く。 「なあ、これループしてねえ?」 平古場が言った。 「いや、ループ、はしてへんな」 「何故言い切れる?」 「闇は風と違って空間を真っ直ぐ流れるんや。俺の感じる闇は曲がってへんねん。 ループしてんなら、真っ直ぐ流れてる筈ないわ」 柳の言葉に白石が答えた。 「そうっすね。俺もそう感じますわ。 もっとも、光も持ってる俺より、闇だけの直感は部長の方が上やしな」 「褒めてもなんもでん」 「あ、あれか!?」 甲斐が指さす先、扉が一つある。 駆け寄って、その前の看板を見て目が点になった。 【妖精さんの災難】 十匹の妖精さんが歩いていると風にさらわれ、海に落ちてしまいました。 この妖精さんは飛べません。 妖精さんは海に浮かぶ船のはしごにつかまりました。 しかし、海面は三十分後には一メートル上昇してしまいます。 助かる妖精さんは何匹? 問題と、そのはしごに掴まる妖精十匹の絵。 「…クイズ?」 「なくたってこんなもん…」 甲斐が開けようとして、急に引っ張られた。 そのいた場所に巨大な水の塊が落ちた。 じゅうと溶ける音。 「…当たると溶ける水かよ。喰らってたら」 「跡形もなかったな」 引っ張った真田が言った。 「問題に答えるしかないか」 「おし。ほなー今答えておっけーですか―――――――――――――?」 審判さーん、と白石がおもむろに大声で叫んだ。 「白石! わかるのかよ!?」 「多分」 「間違えたら!?」 “それはもちろん、こうなるぜ?” 声がした瞬間、びくりと白石の足が止まる。 「蔵?」 「身体が動かへん…」 「っ…俺もたい」 瞬間、さっきと同じ水が、誰もいない場所に落ちた。 “間違えたら、動きを今みたく封じた上で、今度は頭の上に落とすぜよ” 「…即死覚悟っちゅーことか」 「今のは、第二十代ウィルウィッチだな」 「仁王でいいじゃん。この場に俺らの仁王はいねえ」 「わかったわーほな答えるで―――――――――――――」 「蔵!? 間違えたら…!」 「大丈夫や」 千歳に態とらしくウィンクまでして笑うと、白石は天井を見上げて叫んだ。 「答えは、全員―――――――――――――!」 声を張り上げた直後、扉が、きい、と開いた。 声はもうしない。 「ほら、クリア」 「…え? どゆこと?」 「よくあるパズルクイズのネタやな」 「どげん理由で全員助かると?」 「あんなぁ、妖精は全員船にかかったはしごに掴まってんやろ? で、上昇するのは海面やろ?」 「だから、上る速度によって助かるやつと…」 「阿呆か…? 船が浮かんでんのは海や。で、上昇するのは海面。妖精は壁ならともかく船のはしごに掴まっとるんや」 「だから?」 「…あんな…説明さすなよこんなん。 やから! 船が浮かんでる海面も一緒に同じだけ上昇するんや。 船自体が海面と一緒に同じだけ上昇するんに、自分からおっこちない限り船に掴まっとる妖精さんが海に落ちるわけないやろ!」 「…あ!」 「そういうことか」 「…そういうことや。初歩やで初歩」 頭を抑えながら白石は扉をくぐり、全員が後に続く。 少し行くと、また扉。 ただし、今回は二つ。 そして、それぞれの前に二人の仮面をつけた兎人間。 片方はいかにも意地悪な形相。片方は愛らしい顔だ。 「これもまたクイズやな」 「またぁ!?」 「また看板があるな」 【嘘吐き兎と正直兎】 片方の扉は正しい扉。片方は死へ続く扉。 片方の兎は嘘しか答えない嘘吐き兎。片方は正直な正直兎。 どちらが正しい扉か質問出来るのはどちらか片方に一回のみ。 二回したり、間違えた扉を選べば死。 「……ふうん」 「白石! お前出来るよな?」 「すっかりクイズ係かい…まあええけど」 言うと、白石は迷うことなく歩いて、片方の兎の前に立つ。 「あ! 白石そいつは見るからに嘘吐き…!」 「なあ、キミの相棒は、どっちが正解って答えると思う?」 意地悪仮面の兎は、左の扉を指した。 「左か。よし、みんなー右が正解やでー」 「え? なんで? 嘘吐きかも…」 「簡単やねんよ。 たとえば、嘘吐きの方に聞いたら嘘吐きは嘘吐きやから、正直兎が答えるんと反対の間違いの扉を指す。 で、聞いたのが正直兎なら正直に、嘘吐きが嘘を吐いて指す間違いの扉を指す。 つまり、どっちが嘘吐きか正直かは関係ない。 どっちでもええから、聞いて返って来た答えと逆の扉が正解なんよ」 「…白石、頭よかと?」 「俺の期末成績見て言うてんか?」 「部長、毒草マニアだけやのうてクイズマニアでもあるんですか?」 「いやいや、たまたま知っとっただけや。ほな行くでー」 扉をくぐる。 なにも起こらなかった。 続くのは、今度は六つの扉。 「またか」 「けど、当たりやったと。さすが……」 言いかけ、千歳はハッとして周囲を見渡す。 「蔵!?」 「え?」 「蔵!? 蔵どことね!? 蔵!?」 白石が、いない。 “漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉は初代の元じゃよ” 「なんだって!?」 “最初のクイズで、二つ目も正解するんは漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉じゃてわかったからな。二つ目に、質問をしたヤツだけ別次元に送って、初代んとこに囚えるよう細工したったんじゃよ” 「…蔵は!?」 “さあなぁ? はようせんと死んどるかもな?” 「返すたい! …おい!?」 「ニオ先輩ならもう別んとこ行っちゃいましたよ?」 気付けば中央の扉の前、立つのは第二十代の切原赤也。 あの、傷はもう跡形もない。 「さぁてお立ち会い。どうします? 漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉を助けたいなら、あんたたちは俺の言うことを聞くことですよ? 五十代の五大魔女さん四人はそれぞれ一人ずつ別の扉に。 復讐王と仮面王、それからサンダーウィッチの部下四人は全員で同じ扉に。 柳さんとそっくりの人と、こないだ俺切った人は同じ別の扉に入ってくださいねー」 「…魔女との一騎打ちってことか?」 「そういうこと」 「…待て。片方が最後の魔女だとして、俺達か柳たちのどちらかは…」 手塚の言葉に、切原は笑う。 「さあ? でも、拒否したり、俺の指定を無視したら漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉と、俺の対、死んじゃうよ?」 「!」 「ささ、入った入った!」 笑った姿を残し、切原の身体は水に溶けて消えた。 「…従うしかない」 「そうだな、蓮二」 「…そうたいね」 「…ああ」 全員が頷きあって、指定の扉をくぐる。 たとえ罠であっても、取り戻すと。 どさりと床に倒れて、柳と真田は顔を上げた。 透明な筒状の硝子ケースのような中に閉じこめられていて、正面は硬い壁だ。 「やはり、俺達の方が罠か」 「ああ…どうするか」 起きあがって言った時だ、壁は急に透明になって向こう側を映し出す。 そこには意識を失って倒れている、あの後輩。 「赤也!?」 柳が壁に飛びかかり、手で何度も叩いて呼ぶ。 「赤也! 起きろ!」 真田も呼んだ。 魔法は使えない空間だとわかるのだ。 「赤也! 赤也! 赤也!!!!!」 柳が声が枯れる程叫んだ時、暢気な声が響いた。 「…ん? なんですかぁ…もうちょい寝かせて…」 木手のように記憶も奪われているのではと危惧した、しかし。 「あれ? 副部長? 柳さん?」 「赤也!」 彼は奪われていなかった。証拠にすぐ状況を把握して、ばっと壁に飛びかかる。 「ちょ、なんだよこれ! 副部長! 柳さん!」 「赤也!」 「壊れろよ! 柳さ…柳さん!!!!」 必死に壁を叩きあう三人に、声が頭上で降った。 「その壁は人の血で溶ける。致死量の怪我をすれば、会えるかもな」 一瞬だ。 すぐ消えた。 「…血、か」 「…副部長?」 真田は指を持っていた剣で軽く切ると、壁に押し当てる。 確かに小さな穴が空いた。 「なるほどな」 「…弦一郎」 「…蓮二、赤也を頼むぞ」 「……ああ」 「副部長!? 柳さん! なに言ってんですか! 止めてくださいよ! ちょっと! 副部長を止めろよ! やめてください!!!」 赤也が最早涙声で壁を叩き、訴えるまえで、真田は迷いなく自分の肩を剣で一気に切り裂いた。 「やめろ―――――――――――――!!!!!!!!!」 赤也の絶叫と涙が散る中、壁は血しぶきで見る間に消えた。 「副部長!!!」 赤也がこちらに飛び込んでくる。 「副部長! なんで…!!」 「安心しろ」 「柳さん!?」 「策もなくせんよ。財前から、回復魔法の信託は預かっている」 「…え」 「だから弦一郎はすぐ助けられるぞ」 「……よかった」 赤也がぺたりとへたりこんで泣き出した。 すぐに抱きしめたい。だが、真田を癒す方が先だ、としゃがんだ柳の傍、赤也が言う。 「二人とも馬鹿で」 柳が耳を疑った瞬間、その胸を赤也の持つ氷のナイフが切り裂いていた。 「…あ、か……まさか、二十代のほう…」 「まさかぁ? 俺が二十代の赤也だったら、あんたら絶対気付くでしょ?」 そうだ、自分たちは気付く。 どんなに似ていても。 だからこそ、眼前の赤也を自分たちの赤也と疑わなかった。 「これはホントにあんたたちの“赤也”ですよ! ただ、俺が心に入り込んで、操って力も俺仕様に変えた赤也くんなんですよ!」 「……あ、か…」 失血に堪えられず、倒れた柳と真田を見下ろし、赤也は剣を巨大化させて笑う。 「あーこの眺め気持ちイー…でもさよならです」 瞬間、剣が振り下ろされ、筒は弾けた。 |