歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
第一章−【歪輝貝−サンダーウイッチの章−】
「…木手?」
寝台に運ばれて、あの一件から三日。
不意に動いた気のした彼の指に、花を花瓶に生けに来た手塚が、まさかと声を掛けた。
「……てづか…?」
「木手…!」
思わず駆け寄ってその細くなった手を取る。
「……」
「…手塚。……あの」
「…よかった。お前が死んだら、俺も死ぬ。よかった…」
「………」
木手は手塚の言葉に、一瞬目を見開いた後、なんだか全て許してやりたい気持ちで笑った。
「……」
その笑顔に思わず見とれた手塚の、自分の手を掴む手を、初めて自分から握り返した。
「…キミって、本当に頭悪かったんですね」
「…ああ、末期だ」
「…ホントに、どうかしてるな俺も」
「……、?」
「…初めて、キミを好きになってもいいんだって気分になったよ」
「…………………」
手塚はしばし沈黙した後、顔を赤く染めて、俯く。
そして木手の胸に頭を乗せ、身体を軽く抱きしめて。
「…それなら、俺は今、…世界一幸せだ」
「……そう。」
木手はさせるままにして、小さくまた笑う。
どこか戸惑って、突き放したこの恋も、もしかしたら機会だったのかもしれない。
彼を好きになってもいい。そう、北極星が告げた、機会なのかもしれなかった。
「……って、そういえば知念クンは? 甲斐クンは? 平古場クンは? 田仁志クンは?」
「…全員無事だ。フリーズウィッチが来て、お前を助けたんだぞ」
というか俺は知らなかったのだが?
「…なにを? というか無事ならよかった」
寝台から身を起こして木手は後付のように聞く。手塚はあからさまに、酷いと言いたげに眉を寄せながら。
「……フリーズウィッチが、あの跡部だったということだ」
「…ああ。……キミ、実は跡部クン苦手なの?」
「いや、真田よりマシだ」
「……真田クンは逆にキミより跡部クンが苦手そう…」
「真田はアレだ。跡部を跡部だ、と思えないからいちいち腹を立てるんだ」
「……存外酷い言い方するよね。キミも」
「おーい、ていうかお前国はいいのかー…………」
「あ、甲斐クン」
「……木手?」
「というか、俺は死にかけてから何日経ったんです?」
「丸三日」
「そう」
「……って、木手! お前! よくも俺達を外したなー!」
「……執念深いね甲斐クン」
「ふらぁ! 俺は、お前と一緒だって言った! ずっと、帰れなくていいから!
お前と一緒なら何処だっていいって…」
涙が勝手に溢れる。
その傷の癒えた胸を叩いて、ただ叫ぶ。もうあんなことをしないよう。
「…何処だって幸せだって! 俺はそうだよ! みんなそうなんだよ!
だから…………木手。俺達にもお前守らせろ。独りで行くな。独りで行くな、木手。
お前には俺達がいる。俺達にはお前がいる。…世界が違ったって変わらない。
お前には俺達がいる…だから独りで行くな木手」
後から来た平古場と知念、田仁志も、頷く代わりに親指を木手に立てて見せる。
「…お前の傍に、俺達はずっといる」
「……………甲斐クン」
木手を抱きしめた甲斐を、今だけ許そうと手塚は思った。
彼らは、兄弟のような、仲間だから。
「……甲斐クン…」
「永四郎。泣いちまえ。辛かったろ? 俺達と離れるとか考えるのも、死にそうなことも。
泣いていいよ。……な?」
「お前がどんな風になっても、俺達は一緒。…嫌いになんかなれない。……大切だよ。永四郎」
「…知念クン…平古場クン」
「……俺、お前に会ってなかったら、暗いままだった。ずっと、この巨体をマイナスに受け取って。お前が“俺にしか出来ない”って希望をくれた。…だから、俺は、お前のとこにいる」
「…田仁志…ク…。甲斐クン…力強すぎですよ…。俺、まだ完全に傷癒えてないかもだし…痛いよ…甲斐クン」
あの瞬間ですら、死ぬと思った時ですら、堪えた涙が、溢れてくる。
「…俺、…怪我してるんだ……。痛いよ…甲斐クン…!」
「…泣けよ…。ずっと、一緒だ。木手」
「…。っ…………」
やっぱり、離れるなんて出来ない。
この人たちは、…自分にとって、欠けてはならない、愛しい人だから。
傍にいたい。自分のエゴで、彼らをもこの世界に留めることになっても。
涙を頬に流しながら、ただ神に祈った。
いるのならどうか、ずっと一緒にいさせてください。神様。それだけでいい。それだけでいい。もう望むことはないから、どうか、彼らの傍で、ずっと笑っていさせて。
それだけです―――――――――――…。
「……ああ、泣いたのは、何年ぶりかな」
涙を拭うと、木手は甲斐に離れるよう言いながら、軽く笑う。
「…さあ、少なくとも、三年は昔」
「…てかお前、…青学に負けた時、泣いてないよな? 一人では泣いたかもしれないけど?」
「…根に持ってます?」
「まさか」
「…まあ、いいですもう。で、そこの方々は、……行かなかったんですね。西方国家〈ドール〉に」
隠れていたつもりの切原、真田、柳だったが、武術家の彼らに隠すのは不可能だったらしい。
仕方なくすいませーん(by切原)と出て来て、部屋に入る。
「…今頃、幸村クンに会えたかもしれないのに」
「…仕方ない。お前を放ってはおけん。違う世界の人間だと思っていた時ですら、案じて引き返したんだ。同じ世界のお前と知った今、残しては行けない」
「…………………はい?」
「赤也…、お前、得意科目は国語の筈だろう…? 何故今までの言葉でわからない」
「……えー…………つまり、この人達は、俺達の知ってる…」
「比嘉中メンバー本人、だ」
「……俺はついさっき気付いたのだがな。青学、と聞いて」
と真田。
「……え? じゃ、柳センパイは」
「木手が瀕死の時、こいつらは輸血やら注射器やらと言ったろう。
この世界にそんなものはない。そこでうっすらとな。そうしてみて思えば、しばらく前にウィッチが全員代替わりしたというのも、アヤシイ」
「流石柳クン。立海の参謀。鋭いね」
「……ということは、代替わりの件も、なんらかの形で正解か?」
「そうだね。俺を始め、フリーズウィッチの跡部クン、他。全員キミ達と同じ世界の住人です。…まあ、人殺しのことは…察してください。しないと殺される世界に三年もいれば…」
「……まあな。てか、俺達木手おいて帰るつもりないから」
「……三年? ……俺達の世界で、お前達が三年も行方不明などという話は聞かない」
「…時空がずれたんです。流される時に、三年前のこの世界に落ちて。
…それから、三年。俺も、俺達も、…幸村クンも。…手塚も」
「…え? って…」
「それはまさか」
「…手塚も…」
「同じ世界の、青学部長手塚国光。…まあ、三年前のこの世界に落ちて、前国王の庶子になって今国王になってるんですが。幸村クンは、先代国王の娘と結婚したとかで」
「……それはまた」
「…部長、…あれ、ってことは部長今18歳!?」
「…そういうこと。俺達もね」
「…あら…なんか、会うの怖い…」
「まあ赤也、精市は…精市…だろう」
「その空く間はなんすか…」
「丸井は?」
「丸井クンはキミ達と落ちた時空は変わらないでしょ。最近の話だから」
「そっか」
丸井センパイがもっと凶暴になるのはやだなーと切原。
「赤也。あの食欲魔人のことだ。今頃精市にたかって王宮の豪勢な食事を沢山食べていよう」
「…うわ、ズリィ!」
「…最早そういう問題ではない気もするのだが…?」
一人、常識のある真田が置いてけぼりだ。
「……ところで、何故木手は帰れない、なのだ?」
「…ああ、あのね、落ちた時に、精霊の力を得たんです。
時空を抜ける時の、魂が無防備な時に。
でも時空の幅は狭く、大きな力に耐えられない。
今の、サンダーウィッチとしての力は大きすぎる。
…だから、時空の隙間を通って、帰ることが出来ないんです。
…知った時、正直、辛かったけど、だからせめてみんなには帰って欲しかった。
あの時、いっそキミ達と一緒に西方国家〈ドール〉に行ってくれたらと。
…でも…今は」
「…一緒にいたい、だろ?」
「ええ…。一緒にいたい。その気持ちにさせたのだから、もう…帰るのは許さないと、言っていいですか?」
「もちろん」
「わかっとぅーさー」
「一緒一緒」
「だーなー」
「……手塚の場合、帰れるだろうに、何故かいるしね」
「お前が好きだからだと言っているのに。お前は」
「…はいはい」
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