−デビル・ポーラスター


 最終章−
【薔薇夜−魔王の章−】



  
−buria−

  第三話−【そして徒花は咲く】




 長い廊下だ。
「まだ、誰も会わんな…」
 呟いて千歳は自分の手を見下ろす。
 取り戻す。
 必ず。
「おっと! はいいらっしゃい!」
 明るい声は場違いに。
 そこに立っている、あの少年。
「第二十代…フリーズウィッチ」
「ども! あなたの切原赤也っスー!
 なぁんて。
 俺がお願いしたんですよっ。あんたとやらせてって。
 ね、でしょ?」
 にこりと笑う。
「…だって、俺はあんたの恋人のゴーカン魔だからねぇ…。
 あんたは、殺したくてしかたないですよねー?」
「…」
 のどが鳴る。
「……殺させて、くれるとね?」
 低く、暗く笑って吐く。
「……もちろん、あんたが俺を上回るなら」
 そして二人同時に床を蹴った。
 千歳の操った炎が、切原の肩を掠めて跡を残す。
 構わず切原は足を振るうと、それを喰らった千歳の肩が凍った。
 だん、とお互い床に着地して再び跳躍する。
「そげん…世界が許せなか!?」
「は!? なにがですか!」
「お前たちは世界が許せなくて俺達を欲するんじゃなかか!」
「違いますよそんなデマ!」
「じゃあなにが望みと!」
 拳と足は絶えず交わり、炎と水も交わる。
 その中で、交わされる言葉。
「…そうですね。
 よほど幸福目一杯でない限り、普通の人間なら誰しもが一生に一瞬は必ず願う願いっスよ!」
「…!?」
 放たれた吹雪を、渾身で操った炎が掻き消し、切原の腕を焼いた。
「……っった。…なんだよ…前よか強え」
「そりゃそうたい。先代たちの力ば受け継いできたかんね」
「うわずるっ…しょうがないっスねー奥の手だー」
 ぽう、と水がその場に集まる。
 ぱしゃんと、弾けて消えた後、その場に座り込み、瞳を閉じて首と足を鎖に繋がれただらんと首を降ろす人。
「蔵!!!?」
 白石の首の鎖を引っ張って、切原は笑う。
「…どします?」
「……蔵」
「……って、選択権なんかないけど。
 ほら…起きて」
 ふ、と白石の瞳が開く。
 そして確かに千歳を見て、言う。

「………千歳………? …………どこ………?」

「…く、ら…?」
「…とせ…?」
「この人にあんたの声は聞こえないし、姿見えてないですよ?
 なんせ、罅を塞いだ弟王の結晶、取っちゃいましたから」
「…っ!!?」
「さあ、ほら…あんたの、“千歳”を奪った人を、殺さなくていいんですか?」
 鎖を引っ張って立たせ、白石の耳元で囁く。
 虚ろな瞳で立つと、白石は手に漆黒の剣を握って、千歳に向けた。
「…イヤや…千歳に会いたい…。やから、…殺す」
「…蔵!」
「死んでんか…俺のために!」
「蔵―――――――――――――!」
 地面を蹴った身体。
 振り下ろされる剣を、必死で避ける。
 なんで。
 何故、また奪われる。
 千里が与えた優しい救い。
 もう二度と、離さないと誓った人なのに―――――――――――――。
「蔵!!!」
 叫んで、呼び続けてただ剣を振るう彼を繋ごうとする。
「…死んでくれ!」
「っ…」



“千歳”



 声が、した。
 気のせい?



“千歳、あかん”



「…蔵…?」



“千歳、…俺ごと…フリーズウィッチを撃つんや”



 白石だ。
 彼の声だ。
 首を左右に振る。
「できんと…!」



“千歳! 俺は絶対死なへん!
 俺はお前を殺したない!
 お願いや。お前が生きていれば全て終わらない”



「………っ」



“このままやと、全てが終わる。
 全部終わってしまう!

 お前と俺のことも全部…!!!!

 イヤや…。
 千歳…撃て―――――――――――――!!!!!”




「っ…!」
 ぴたりと止まった足。
「おや、観念しましたー?」
 振るわれた剣が、千歳の腹部を貫く。
 鮮血が散る。
 その剣を掴んで、千歳は微笑んだ。
「…愛しとうよ…蔵…!」
 涙を、零して。
「全てを繋ぎ焼き払え深淵の業火――――――――――シャイニングフレア!!!!」
 絶叫という声で放ったのは炎の最上級魔法。
 それも、全ての先代の力を継いだ巨大な炎だ。
 それは眼前の白石ごと焼き、背後の無防備な切原を焼き尽くした。

「…な、ん………で」

 零して、切原は倒れる。
 その身体は最早、四肢が焼き崩れて、胴体しかない。
「蔵!!」
 焼けて、片腕のない恋人を必死に抱きしめる巨躯が泣く。
 自分の炎は決して彼を傷付けない。
 そう信じたから。証拠に、彼を焼いたのは、受け継いだ先代の力のみ。
「…ち、とせ……」
 はっきり、千歳を認識した白石が、微笑んで残った腕を伸ばした。
 そのまま首にすがりつき、キスを落とす。
「…千歳……頑張った…やんな」
「…蔵が…俺ば好いとうて言うたから」
「…うん」
 倒れる身体を抱きかかえて、泣きながら必死に呼ぶ。
「………千歳」
 それでも、微笑む人。
「…蔵」
「…ん?」

「…蔵、俺んこと、好いとう言うて?」

「……好きやで」
「…俺も………」

 好いとうよ。

 そう零した声と涙。
 瞬間、白石を光が包み、それが消えた後。
 その身体に、焼けたあとはどこにもない。腕がある。
「…え」
「…く、ら?」
「……………生きとる」
「蔵!!!」
 泣き叫んで抱きしめた千歳に、痛いと零しながらも背中に手を回す。

「……ほーら…奇跡みたいに…なんでもないでしょ…?」

「…きり」
「…初めからわかってましたよ。俺が負けるってことくらい…」
「…“切原”…くん」



 囚われてすぐ、言われた。

“もし、千歳さんがあんたを傷付けても俺を撃てたらあんたたちの勝ちです。
 そしたら、勝者の傷をなんでも癒す魔法が俺の部屋には仕掛けられてますよ!
 もし、”


 もしあんたと千歳さんが、愛しい身体を焼くことを奇跡みたいに出来たら、生きることは奇跡みたいになんでもないよ。


 そう、言った。
「…キミは…望んどったんやな…、死ぬことを」
「…俺達の望みは、解放か死か…。
 五大魔女がいれば解放…」
「どげん…意味」
「…同じだけの力を持った五大魔女なら、力の継承が出来る…。
 俺達を化け物にしてんのは…強い魔力。
 それを継承させて力失えば…俺達は年をとれる。死ねる。…化け物じゃない…ただの人に…なれる」
「やったら!」
「でも、俺達の巨大過ぎる魔力を受け継いだ魔女は、…すぐにパンクして死にます」
「…っ」
「だから…お願いしますなんて言えないっしょ!
 だから…力づくで受け皿にするか…死しかなかった。
 五大魔女なら…呪われし五大魔女を死へ導ける…。
 俺は、………どっちでもよかった……」


 解放か死か。
 先輩たちは、解放だって言うよね?
 でも、俺はよかった。
 どっちでも。
 俺はただ。

 傍に、柳さんが笑っていてくれるなら、どっちでもよかった。


 今にも死に絶えそうな姿で切原は起きあがる。
「…どこ、行くと」
「…柳さん………。最期は、…あの人んとこがいい」
 しかしすぐ、胴体しかない身体は倒れた。
 歩ける筈はない。起きあがれたのは最期の魔力故。
「…柳…さ」
 零れる、涙。
「…蔵、ちゃんと俺から離れんでね」
「…うん」
 白石が千歳の服を掴む。
 そして千歳は切原の傍に屈むと、その身体を抱きかかえた。
「…え」
「俺が、連れてっちゃる」
「…馬鹿ですか…俺はあんたの恋人の」
「だけん…、このまま救いなく…逝かせたくなかね。
 会えんまま消える辛さは…最期は好きな人の中では、よくわかるこつ。
 痛いほど…!」
 それは、消える時白石が願ったことだから。
「……ほんと…お人好し」
 笑った声は、涙ににじんだ。











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