歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
最終章−【薔薇夜−魔王の章−】
−buria−
第五話−【どうか全て終わりと言って】
「…ならば、俺を殺してみるかい?」 幸村の言葉に、耳を疑った。 「…俺をキミが殺せたら…木手はキミを愛せるだろう。 …どうしたんだい? 殺せるだろう? 殺したいだろう? キミの愛を奪った俺を。 …さあ、やってみせろよ」 すぃ…と手を広げて、幸村は柳たちの閉じこめられた球体を遠ざける。 「これで、俺も彼らになにもできない…。 俺が、憎いだろう…?」 かたかたと、剣が震える。 憎い。 木手を、苦しめた、彼が。 木手から、俺への愛を奪った彼が。 全てを、狂わせた彼が。 憎くて、堪らない。 「…しないのなら…木手を、殺そうか」 今度こそ、キミから奪おうか―――――――――――――その声に、あっさりと、箍は憎しみで外れた。 軋んだ音で、箍が落ちる。 「っ―――――――――――――!」 声なき絶叫だった。 飛びかかり、剣を振るった手塚に、幸村は笑って剣を構えると、それを真っ直ぐに突き出す。 刹那に―――――――――――――起こった、悪夢だった。 二本の剣。 貫いたのは、一人の人の身体。 手塚を見て、手塚と幸村の間に立った、木手の胸を、二本の剣は貫いた。 「……ぁ…?」 ただ、声が零れる。 「…ダメです…」 血を吐いて、引き抜かれた剣の跡から、血が溢れる。 足下に生まれる血の水たまりを歩いて、木手は腕を震わせ、声なくもう一度幸村に斬りかかろうと狂ったように動いた手塚の剣を握った腕にしがみついた。 「ダメです…! 北極星を殺さないで!」 「…何故だ…っ…こいつはお前を…白石たちを…!」 「ダメです…ダメ!」 必死に、血を吐きながら木手は訴え、手塚にしがみつく。 「彼を殺したら、終わってしまう…!」 「…き、て…?」 「北極星を殺したら、全て終わってしまう!!!」 「あなたと俺のことも…!!!!」 震える腕。 最早正常ではない腕がもう一度振るおうとした剣が木手を刺す。 「ダメ…! お願い!!!!」 涙を散らし、血を流して訴える木手を、剣を落とし、抱こうとした瞬間。 その身体は、ぐらりと傾ぐ。 「…あなたが…呼んでくれるように…俺も…。 手塚…」 耳元に唇を寄せて、声が紡いだ。 「あなたが…す…………」 そのまま、倒れ行く身体が、最後の言葉を声にした。 「…き…………」 あなたがすき そう告げて、木手の身体は床に倒れた。 「…あ…」 震える手。 意味など、わからない。 けれど、俺が。 俺が、殺した? 彼を―――――――――――――。 「っ―――――――――――――!!!!!!!」 絶叫が響く。 瞬間、水が吹雪いて、木手の身体が視界から消えた。 目を再び開けた時、その身体は宙に浮かんで、だらりと腕と足を降ろして、瞳は閉じていて。 幸村の前に、掲げられていた。 だらりと、降りた首。 「木手!!!」 「…健気だな…木手は…」 「…なん、だと…?」 涙を堪えることなく流しながら、手塚が掠れた声で問うた。 宙に浮かんだその身体からは、絶えず血が流れ落ち、血溜まりを作る。 意識のない頬を伝う、涙。 「…わからないのか? 木手は…お前を愛したい一心で、お前を止めた。 俺が死んだら、一生手塚を愛する心は戻らないから。 お前をもう一度愛したくて、心が欲しくて、俺を…お前を守った。 だから彼は言っただろう。 “全て終わってしまう。あなたと俺のことも…”」 「……木手……」 最後に、告げられた「すき」の言葉。 何故、気付かないんだ。 「まあ、その健気さに免じて…彼の力を使おう」 瞬間、風が暴風となって室内を吹き荒れた。 全員が壁に叩き付けられて、呼吸すら奪われる。 強い風圧に。 「今、木手の力を使っている。お前たちが死ぬまで、ずっとな。 そう、魔力が尽きて、木手が、死ぬまで」 「…や、め…ろ」 苦しい呼吸。 風は容赦なくみなを、手塚の身体を切り裂く。 散る血は、風に消されていく。 「…やめろ…やめろ…!!! これ以上…木手を傷付けるな!!! 木手を…苦しめるなー!!!!」 自分の力で俺達が傷ついて、苦しまない筈がないんだ。 だれより、優しい彼が。 赤也が球体を叩く。 止めなくちゃ。 止めなくちゃ。 だって。 「…壊れろ……」 心から願って、叫ぶ。 「シャイニングフレア!!!!!」 刹那球体の中で爆発した炎。 それは、赤也には扱えない筈の最上級魔法。 しかし、全身が抜け出すことは叶わず、腕は球体に囚われたまま動けない。 「おとなしくしているんだよ、赤也」 「…っ」 「…き、て……」 肩を、腕を裂かれながら、手塚は必死に歩き出す。 「木手…」 そして、胸を切り裂く風さえ厭わず、腕を伸ばして走り、その身体を抱きしめた。 瞬間、風は一斉に手塚の身体を切り裂いた。 散る、大量の血液と、両腕と、片足。 それでも、木手を抱いたままのちぎれた腕。 そのまま、傍にとなりあって、倒れた。 「…き、て……」 掠れた声で、呼んだ。 意識のない身体に、届かないけれど。 必死に這って、顔を寄せる。 そして、そっと、触れるだけの、キスを。 瞳から、零れた涙。 「おれも…おまえが………」 「すき…だ……………」 そう告げて、瞳は虚ろに開いたまま、手塚の首はかくんと折れた。 「…手塚…木手…!」 「…しょうがないな。次は、誰にしようか」 「…やめて…ください…やめて…」 赤也がただひたすらに呟く。 彼らに伸ばされる腕。 イヤだと願った心。 だって、 だって―――――――――――――。 手に炎の刃を生み出す。 そして、歯を食いしばって、赤也は自分の球体に囚われた腕を、切り落とした。 「…!!!」 鮮血が散る。 そのままただ、走った。 幸村に向かって。 そして、戸惑いを一杯に浮かべる彼を、片腕だけで、一生懸命に抱きしめた。 「……あ、かや…?」 「…もう、いいですよ」 傍で、伝える。 「…もう、悲しいのも、辛いのも終わりです。 …ずっと、泣いてるよ。…あなたは。 だから、…俺でいいなら、傍で泣いて…。 大丈夫です…」 「…あ」 「…もう、一人じゃないから」 「俺がいます。…大好きです…! だから、もう、寂しくないですよ…幸村さん………」 見上げて、泣きながら微笑んだ顔。 なにより、愛しいあの子と、なにもかも同じそれに。 許される…。 幸村が、涙を浮かべて微笑んだ瞬間。 彼の背中が大きく裂けて、血が噴水のように噴き出した。 茫然とする赤也の前に、その身体は倒れる。 「幸村さん…っ!!!」 「いいんだ…今のは…俺を囚えていたあの“星”が消滅しただけ。 あれは、ただの人の悪意が生んだ星だった。 俺の体内に埋まって、…死も、幸福も奪われて…千年…。 長かった…。 お前が…俺の、千年間望み続けた言葉をくれた…。 その喜びに、星は砕けて、俺はやっと…自由だ。 やっと…終わる。 ……有り難う、みんなが大好きな赤也」 心の底から浮かんだ笑顔に、涙が溢れる。 「……サンダーウィッチ…を」 「…木手を…?」 球体から自由になった真田が、よろけながら倒れている木手を抱きかかえた。 「…彼に、返さなきゃ。 手塚を、愛する、心を……」 傍に置かれた身体の額に手を当て、光が視界を包む。 「…もう、大丈夫」 消えた光。微笑んだ彼。 「俺…救いに、なれましたか…?」 「なれたよ。俺にも、みんなにも…」 「……っ……幸村…さん…」 「ああ、…懐かしい。 俺の…あの子。 俺の…」 空に手を伸ばして、涙が零れて、幸村は呼んだ。 「赤也………………」 そして、落ちた腕。 刹那に、その身体は桜の花びらになって散った。 花びらは散り、赤也の腕に、木手の胸に、手塚の四肢に、光になって生まれ変わる。 花びらが消えた時、赤也の腕も、手塚の失った四肢も元通りに存在し、木手の傷も、癒えていた。 彼がくれた、命だ。 「…っ」 「あああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」 響いた、少年の絶叫に呼応するように、光が城中から上る。 長い、戦いが、明けた朝陽が、上る。 「手塚!!」 あれから一ヶ月。 喜び勇んで来た幸村に、手塚は顔を上げた。 西方国家〈ドール〉の広間。 今日が、彼らが元の世界に帰る日だ。 北極星は、帰り道を造ってくれていた。 「どうした?」 「妻が妊娠したんだよ! 子供が出来ない身体なのに! それで、赤也が言うんだ。“この子は、幸村さんだ”って」 「………」 「きっと、初代も、第二十代も…生まれかわったんだ。 そして、今度こそ、祝福された一生を」 「……ああ、そうだな」 「佐伯と木手の対喪失による欠落も消えた。 俺の対は、最初から…」 「ああ…」 そして立ち上がる。 バルコニーで、みんなが待っている。 集まって、元の世界へ続く扉を開いた。 「…ほな、行きます」 「うん」 唯一残る白石と千歳が、微笑んだ。 「…行って来ます。部長、千歳先輩。 …そして、さようなら―――――――――――――」 告げて、泣きそうになりながら微笑んで、財前は扉の向こうに駆けだした。 他の面々も、二人に微笑むと、扉の中へ帰っていく。 「……千歳」 「ん?」 「幸せになろな…目一杯」 「…うん」 消えていく、扉。 空は、晴れる色。 星が、空を還っていった。 |