−デビル・ポーラスター


 第二章−
【昏迷路−フレイムウィッチの章−】







「西方国家〈ドール〉ではなく東方国家〈ベール〉に行く?」
 またどうして、と問うた木手に、柳が“まあ思うところがあってな”と淡々と言った。
「ある意味、西方国家〈ドール〉の精市と丸井は安全だ。それなら、放置するには危険な方を当たった方がいい」
「…東方国家〈ベール〉に、柳生クンと仁王クンが落ちたかもしれないという話ですか」
「そうだな」
「…え? あの二人も来てんすか」
「らしい。木手の力で見てもらった。多分、俺達の世界の二人だ」
「じゃあ、放置しておけんな」
「そうだ。それに、安全の確証されている精市たちと違って、二人には後ろ盾がない。
 危ないからな。先に会いに行く。場所は、」
 言いかけて、柳は木手を指さす。
「歩く人間レーダーが一緒にいれば問題なかろう」
「……指ささないでもらえるかな?」
 眉を寄せて言って、から。
「……“俺も一緒”……?」
「そうだ」
「なんで」
「お前、居所がバレただろうが。狙うのはリリアデントだけとは言えない。
 それに、帰る方法が閉ざされたとは限らないだろう。試してみなければ。何事もな。
 ということだ。お前も平古場たちも来い」
「…俺は永四郎が行くなら行くけど?」
「俺も」
「俺も…」
「…ちょっと狡くない?」
 木手が思わずもらした一言に、柳はにやりと“立海の参謀を甘く見ないことだ”と笑んだ。
「手塚はお付きのウィザードと一緒に帰っていいぞ」
「なんだそれは」
「いや、国王が何日も国を留守にしてはまずかろう?」
「甘く見るな。俺は完璧な政策をしてきた。一ヶ月俺がいなかろうと大丈夫だ。
 俺も一緒に行くぞ」
「……手塚サン…負けず嫌い」
 切原の苦笑混じりの一言にも、手塚は構わず木手の隣に座った。
 手塚としては、ようやく手に入る距離に来た木手と離れたくない、というのが本音だ。
「別に、無理しなくていいけど?」
 木手が意地悪に言えば、笑ってその手を取った。
「ストップ。男同士のラブロマンスなど見たくもない」
 柳の言葉に、手塚の動きが止まる。ぼそりと読まれていたと呟いたのが木手に届いて、木手が小さく笑う。
 ムッとすれば、連鎖のように平古場も笑って、手塚に睨まれたがまだ笑い続けた。
「お前さー、俺達が言ってもやめねーだろ?」
 平古場の当たり前のような問いかけに、なんでだと手塚が返す。
 平古場が“な?”と知念に振った。
「……俺達が止めても聞かなかったからな。今更」
「手塚サン…すーげー思われ方されてるんスけど」
「別に構わないが」
「……柳センパァイ。この人こんな意地悪かった?」
「元からだ。お前が知らないだけ」
 知っていたように柳が言えば、手塚も流石にどういう意味だと睨んだ。
 どうも、手塚は真田より柳に頭が上がらないように見えた。
「まあ、じゃ、千歳クンにも挨拶に行こうか?」
 木手が平古場たちに言う。
「そうだな。どうせ会うし」
「千歳? 千歳千里?」
「そう、フレイムウィッチだよ」
「千歳が五大魔女か。」
「千歳クンは安全だよ。側に王子殿下がいるから、国に喧嘩をうる領主もいない」
「…王子に庇護されている? 関わってはいないんだな?」
「そ。王子が会いに来るだけ」
「なら大丈夫か」
「…あ、そっか。国のまつりごとに関わったら力なくなんだっけ」
 言った切原に、その場の挙動が止まる。
「。………なんか、また俺やっちゃった?」
「いや、赤也。…お前、まつりごとなんて言葉を知っていたのだなと」
「それは流石にひどくないっスかねえ!?」
 自分よりは大人の人たちに助けを求めるも、皆同意見なのか柳を肯定するように笑う。
 切原が本格的に拗ねる前に、柳が言い置いた。
「赤也、お前はやれば出来るのだから勉強なさい。
 で、東方国家〈ベール〉へは反対の国境へ向かえばいいか?」
「そうだね。ここは南方国家〈パール〉の尖った領土の先端だから、西に行けば西方国家〈ドール〉。東に行けば東方国家〈ベール〉にすぐ行けるよ」
「では、邪魔など入らぬうちに行くか」
「……邪魔ねえ」
 と切原が呟く。
 とりあえず人質でもいない限り、誰も勝てそうにない気がするんだけど。
 と。
「そういえば、道中テストしますか?」
 一定の荷物をまとめたところで木手が不意に言った。
「テスト?」
「そう。お三方にウィッチの資格があるか否か。
 俺はともかく、」
 荷造りの紐を口でくわえて縛ってから、木手は平古場たちを指さす。
「平古場クンたちは自主的に資質を覚えたクチですからね。
 剣の振るい方は一朝一夕じゃ身に付きませんが、魔法は別です」
「……まあ、な。使えた方が便利だろうが」
「え? もしかして俺達もあのぶあーっとかぶおーっとか使えたりすんすか!?」
「間違ってねえがその表現は嫌だな切原」
 と甲斐。
 なにはともあれ、昼には国境につくように館を出る。
 敢えて街には何も言わない。
 言えば領主の助長を招く。
 いると思わせておくのがいいとの言葉に従った。




 国境をつつがなく越えて、東方国家〈ベール〉が始まりの街、シュリカに着いたのは夜半だった。
「宿空いてますかねえ…」
「歩く権力がいるから平気じゃない?」
「…俺のことか?」
 木手のさも当たり前な台詞に、手塚は若干眉を寄せた。
「あーでも、手塚サンは北方国家〈ジール〉管轄っしょ?」
 異国で権力振りかざしちゃまずいっしょ?
 との切原の言葉に、また周りの大人達は馬鹿じゃなかったのかという目。
 切原が“俺今までどんだけ馬鹿って思われてんすかー!”と怒鳴ったので、近くの民家の明かりが数軒ついてしまった。
「あーあ」
「そういうところが馬鹿なんだな」
「……ひどいけど反論できね」
 甲斐と柳に言われて、切原が地面にしゃがみ込んだ。
 しかし、明かりが灯っただけで、誰も外を覗く気配がないことに、柳がいぶかしんだ。
「そうだね。ちょっと、……おかしいかな」
 木手が指先を立てる。
「小間使いの誹りを避ける、敏捷なる風のともしよ。我が手に宿って風を集めよ」
 そう詠唱した瞬間だ。


“やだね……。また賊じゃないか”
“そうだよ。見知らぬ連中じゃないか。旅人にしちゃ遅いし”
“もう奴らの狩りの時間だ。奴らの先兵隊だよ”


「……え」
 切原が吃驚というように顔を左右に振った。
 自分たちの目の前に見知らぬ人々の会話する姿と声がいきなり現れたのだ。
 それも宙に浮かんで。
「……木手、サンダーウィッチの魔法の一つか?」
「ええ。俺一人が見るだけなら詠唱いらないんですけどね、街の人たちの今の会話を投影したものですよ」
「ほとんど犯罪っすね…」
「狩り、か。賊と言ったが、……そんな話は聞いたことがない」
 手塚が呟く。
「そうなのか?」
「ああ、半月前の国境会議でも東方国家〈ベール〉はなにも言っていなかったぞ」
「他の国に知られたくない! とか」
「いやそれは四大国家以外にならそうだろうが、四大国家内では隠し事はないようしている。ウソを吐いても五大魔女に暴かれるからな」
「…あ、そっか」
「………30?」
「や、40じゃね?」
 平古場と知念だ。
「なにがっすか?」
「近づいてくる足音」
「……風の動きが今夜早いから、上手く読めない」
「50だね」
「あ、流石永四郎」
「………賊か? その」
「多分な。まあ戦えるものが多い。なんとでもなる。倒せば街の人も多少わかってくれよう。
 赤也、俺達は下がっているぞ」
「うぃっす〜!」
 夜の闇。それを引き裂いて馬の群が現れた。
 弓に剣を持つ男達。
「……なんだぁ。ウィッチもウィザードもいねえじゃん」
 甲斐がそう漏らす。
「わかるのか」
「気配。多少なりそういう気配すんの。全然しねえ」
「……楽勝?」
「多分。でも一個疑問」
「なに?」
「こいつら、毎夜来てんなら、なんで街の人逃げねえの?」
「……確かに」

「はいよごめんよ」

 先頭の若い男が口を利いた。
 その男に見覚えがあったので、手塚は少し驚いた。
「ちょっと、ご婦人たちに用事があるんだ。退いてくんない?」
「…手塚?」
「いや、殺さないで出来るか?」
「誰に聞いてるの」
 木手の足下をサークル状に、瞬間風が走った。
 周囲の男がどよめく。
「大人しく退いてくれないか…。仕方ない。…おいてめえら正面突破! 殺さずなんとかしろよ!」
 応の声が上がる。馬が声をあげた。
「手塚! 大技頼む!」
「詠唱時間が長いが?」
「そこは俺達の見せ所だろ。な、」
 甲斐が群の中心の馬に飛び乗る。
「凛!」
「手綱引く、風の御遣い道ばたの――――――道を尋ねる花の声!
 シーングール!」
 平古場の手から花が咲くように広がった風が男達に向かう。
「うわ!」
「こいつらウィッチか!」
「…な、なんだ…怪我してねえぞ?」
 わけがわからない風の男達の中で、リーダー格の優男だけがまずいという様に手綱を引こうとする。が、その指は動かない。
「……風版の金縛り魔法だろ?」
 問われて、正解と平古場は笑う。
「ま、警戒されてないウチじゃないと使えないけどな。防御魔法には弱いからコレ」
「なるほど…。俺はてっきりまたとんでもない荒技で時間稼ぎをするのかと」
「いーから手塚詠唱しれ!」
「…ああ。三日月振るうかまいたち。光の帯がとこしえに」
 しかし瞬間、手塚はその場にずっこけた。
「……手塚?」
「いや……なんだ。今なにか足に」
「……足下に動物はいないがッ!」
「え? どしたんですか柳さんっ!? っでぇ!」
「……切原? 柳?」
 わけのわからない甲斐が、疑問符を投げかける。
「……今、何かに頭を叩かれた」
「俺もっす…」
「……なにもいないな」
「そっすね…」
「…? 手塚、いいから起きろ」
「……いや、なにやら…起きられない」
「…なんだって?」
「なにか、上から押さえつけられていて」
「…お前の上なにもいないんどー」
 そう呟いた呆れ半分の甲斐の横で、田仁志が潰れた声をあげた。
「…慧くん?」
「ッ!?」
 その方に顔を向けたところで、知念も同じように地面に倒れた。
「…知念くん!?」
「……確かに、何かに押さえられてる」
「冷静に言ってないの」
 木手が指で操った風が、その上の“なにか”をどかそうと囁く。
「………………手?」
 風でも動かせないそれは、確かに見えない手の輪郭をしていた。
「……」
 木手は無言でリーダー格の優男を見る。
「見たか?」
「…なにをした」
「潰れた姿勢で言っても迫力ないよ光のウィッチさん。
 今のは俺の力です。見えないフリーハンドってとこ?」
「……なんだわけ。そんなんウィッチやウィザードの領域違うだろ!」

「通称“突然変異(ミュータント)”。ウチの国に特に増えてて大概困るけん」

 空から降った声に、見上げたのが複数。そのリーダー格の優男は露骨にまずいという顔をした。
 なにせ平古場の術でまだ身体が動かない。
 屋根の上に平然と立つ男が逆光でよく見えない。
 背がかなり高いことだけわかる。
 その男は、ひょいと空から地面に飛び降りると、月光の下で軽く笑った。
「よう木手。死にかけたって聞いたけん。無事とや?」
「見ればわかるでしょ―――――――――――お久しぶりです。フレイムウィッチ“千歳千里”クン」
「え! 千歳サン!?」
「ちょっと悪戯過ぎたけんね。さて、ミディアム、ミディアムレア、レアと焼き加減はどれがよか?」
「全部嫌だっつの!」
「ッ!」
「赤也!?」
 瞬間切原の身体が宙に浮いた。
 首を絞められたような格好で。
「俺の手には、炎も風も効かない。どうする?」
「………さて、お前を焼き殺すって手が一番たいがね」
「それじゃ困るからキミが来たんでしょ千歳クン」
「ま、そうばい」
 優男が勝ったという風に笑った時だ。
「…ッ! ……ッガァ!」
 苦しんだと思った切原の口から、巨大な炎が飛び出した。
「……え?」
 高をくくっていた優男は避けるのが遅れて、炎の直撃を喰らう。
 その刹那、切原を掴む腕が解けた。
「っで! ……げほ……な、」
「……赤也。お前、今なにをした」
「…げほ…い、いや、しらねっすよ!」
 地面に落下した切原が、呼吸を整え涙目になりながら自分の口を押さえる。
 確かに、今この口から炎が出たような。
「…で、甲斐クン?」
「あ、なに?」
「起きてあの人の火、鎮火してください。この場で水のウィッチはキミしかいないんだから」
「……あ、……でも」
「術者があの状態で未だ押さえられているとでも?」
「…ホントだ。動けるわ。…全く。
 凛々と、まといし光を放つ水。集いて渇きし大地の恵み――――ストームウォーター」
 燃える炎にもがく男の上に滝のように水が振って、男はもがくのを止めた。
 手から自由になったと知った手塚たちが起きあがる。
「さて、本来の用向きの前に―――――――――――自己紹介が必要けんね」
 千歳の言葉に、甲斐が“その前に宿屋の確保”とぼやいた。







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