−デビル・ポーラスター


 第二章−
【昏迷路−フレイムウィッチの章−】








 フレイムウィッチの頼みとあって、街人は快く切原たちを宿へ案内してくれた。
 あの盗賊は、その宿の一角に、木手の風の結界に入れられて眠っている。
 その顔を一瞥して、手塚はメンバーの待つ一室に戻った。

「あ、お帰りっす手塚さん」
「おー」
「すまない。大した用事ではなかったんだが」
 言い置いて、手塚は椅子に座った。
「千歳クンが動いていたと言うことは、それなりに騒ぎになってたんでしょ?」
 木手が話を戻した。
「そうばいね。リーダーが突然変異ばい。捕まえるのは苦労したけん。
 突然変異だと、生きて捕まえなかあかんと」
 殺してええなら、楽なんだが。
「突然変異……そもそもそれはなんなのだ?」
「さあ」
 柳が木手に話を振ったが、木手は知らないのか、そう簡単に答える。
「主に増えてるのは東方国家〈ベール〉で、南方国家〈パール〉にはすくなか。
 で、木手に対する情報供給源である手塚は北方国家〈ジール〉。
 となれば木手はしらんくて当然たいね」
「…具体的に?」
「普通の、ウィッチやウィザードに不適格なヤツが突然異端の力を手に入れる。
 簡単にはそればい。ほんま突発で、じゃけ俺が動くことになったたい。
 このリーダーもそうばいね。突然変異じゃなかったら俺は来とらんよ」
「……手塚?」
 考え込む北方国家〈ジール〉の国王に、平古場が視線を向けた。
「そいつも、俺達のような北極星還りではないか?」
「……どゆ意味っすか?」
「あの顔は知っている。もしあいつが北極星還りなら、俺の同級生だ」
「本当か?」
 柳の言葉に手塚が頷く。
「狩野駆。乾のクラスメイトで、なかなかおちゃらけたバスケ部の主将だ。
 俺を見て驚かなかったのは、色々事情があると考えればいいし」
「それはあり得ませんよ」
 手塚の言葉をばっさり否定したのは木手だった。
「何故言い切れる」
「先ほど、彼らの目的を知るために心を覗きましたが、キミに関する記憶は一つもありませんでした」
 名前はそれであってますが、と。
「……そうか」
「それに、これ以上北極星還りは増えない方がいいでしょ」
「それもそうたい」
 千歳はははと笑った。
「それで、切原クン」
「あ、はい!」
「キミ、ウィッチになりたいという意志に二言ありませんね?」
「……あ、はい」
 今何故それを聞くのだろう。
「では、千歳クン。切原クンの指南、お願いしていいですか?」
 木手は意外にも千歳に役を振った。
「木手?」
 いぶかしんだ柳の前で、千歳はああ、と相づち。
「そん子、炎のウィッチなんばいね?」
「ええ。さっきの戦闘にその兆しがありました。火のウィッチは俺の仲間にはいません。
 火のウィッチの資質開花には、火のウィッチの指南が必要不可欠。
 頼めるのはフレイムウィッチであるキミしかいない」
「まあ、よかよ」
「有り難う」
「…えっと…俺は、火のウィッチってことスか?」
「ええ。間違いなく」
「あの吐いた火はそういう意味だったのか…」
 と真田。
「確かに、俺は水だし、凛と知念くんは風だし、慧くんも水だし、手塚は光。
 木手はいうまでもねえから、火は千歳しかいねえな」
「そういうこと」
「じゃ、切原。明日からしごいちゃるよ。まずはちゃんと寝るこったい」
「あ、はい! よろしくっス!」
「俺たちはどうしたらいい?」
「資質を見極めなければなりません。多少手荒ですが、出来ますか?」
「…ああ」
「わかった」
「では、俺たちも明日。この街には森があります。
 そこでやりましょう」
「俺たちは?」
「一つの資質のウィッチは一人いればいいですから、平古場クンと知念クンは宿であの盗賊たちの結界維持。甲斐クンと田仁志クンは一緒に来てください」
「俺も? ゆーじろうがいるのに」
「キミ、資質磨きさぼってるでしょ? いい加減困ります。
 一緒に鍛えなさい」
「……わかった」
「手塚もね」
「ああ、光は俺だけだからな」
 予定を明日に残して、面々は部屋に引き上げた。



「……」
「赤也、いい加減寝ないか。ずっとごろごろごろごろ」
「目がさえてるんすよー。楽しみだなー」
「…子供だ」
「柳さんだって子供っしょ」
「さて?」
「あ、笑った。この…」
 不意に目が留まる、綺麗な笑顔。
「赤也?」
「あ、いえ…」
 なんでもないと布団に潜る。
 ?となる柳をおいておやすみなさいっ!と大声。
「………赤也?」
(………心臓ワリィ。マジ、綺麗…この人)
 落ち着かない心臓に、深呼吸をしても収まらない鼓動。




「木手、お前も浴びてきたらどうだ」
 風呂からあがって来た手塚に、ベッドに横たわっていた木手は、面倒ですと返答した。
「……お前は」
「いいですよ。明日で」
 暢気に言う木手を見下ろして、ため息をついた手塚に、木手もため息一つ。
 ベッドから起きあがる。
「わかりました。あびてきます」
 言って服を取る木手の手を急に掴むと、手塚はベッドにその身を押し倒した。
「……………」
「……、木手」
「……なに?」
 顔が、近い。これは、手に入る距離?
 望んで、大丈夫?
「……俺を、……今でも、嫌いか?」
 心臓がうるさい。
「………」
 木手は見上げる姿勢で、目を軽く開くと、小さく笑った。
「木手?」
 瞬間、鳩尾に鈍い衝撃。
 蹴られたとわかって痛みに呻く。
 その下からあっさり這い出して、木手は服を手に持つ。
 行こうとして、木手は手塚の前にかがむと、手塚の唇を一瞬塞いだ。
 その感触に、痛みを忘れた。
「じゃああびてきます」
 すぐ素っ気なく背中を向ける木手がまだ信じられず、声を失っている手塚に、出ていく寸前にぽつりと。
「……そんな、わけはないでしょう」
 聞こえた声。
 反芻して、手塚は微笑んだ。





 翌朝からの資質磨きは、街の奥の広い森で行われた。
 千歳は、
「緊張すっといかんたい。気を楽にして考えんね」
 と切原に言った。
「なんか、やらなきゃいけないことってないですか?」
「なかよ? 普通に俺の魔法受けとればよか」
 さらっと言われた。
「え? あの、それ焼け死ぬんじゃ…」
「火のウィッチは火の魔法に耐性があるけん。
 怪我せん程度の干渉魔法を撃てば、それが切原ん中で目覚めかけとる資質を呼ぶけん。
 それで覚醒出来るとよ。覚醒出来たら、あとはひたすら魔法の実戦」
「へぇ………。あ、魔法って、詠唱いりますよね?」
「まあ、普通は」
「…知らないっス」
「…あ、ダイジョーブ。勝手に頭ん中に言葉浮かんでくるから」



 少し離れた場所で、届いてきた熱風に木手は始まりましたね、と呟いた。
「赤也か?」
「ええ。彼は目覚めかけだから、千歳クンも楽でしょ」
「……まあな」
 手塚が同意する。
「俺たちはどうすればいい。手荒だと聞いたが」
「まあ、…魔法を受けてもらうのが手っ取り早いです。
 どの資質があるかわかるなら、その資質だけで試せばいいし、それなら耐性もあるから耐性によって弾かれて怪我しない程度に撃てばいいんですが…」
「そうなんだよなぁ。どれかわかんないと、違う資質の魔法喰らうとマジ怪我すっから。
 そういう意味で、手荒」
「…そうなのか」
「まあ、手塚がいるから大丈夫。あとは、何回か痛みに耐えてもらえれば」
 あっけらかんと言う甲斐もその道を辿ったことがあるらしく、死にはしないと断言。
「……じゃ、どちらから行きます?」
 木手の言葉に、真田が進み出る。
「俺だ。いいな蓮二?」
「ああ。…最初で当たるといいな」
「ふん。少しの痛みなどぬるいわ」
「……真田って、本当ラストサムライだよなぁ」
 甲斐が苦笑してそれが真実だというように呟いた。




 宿に帰ったのは夜の、向こうでいう午後十時だった。
「うわ…ぼろぼろっスね二人とも」
 宿で合流した切原が柳と真田を見てそう言った。
 怪我は手塚に治してもらったが、服の傷はどうしようもない。
「まあ、いい。千歳に調達してもらったしな。服は」
「お役立ちっスねえ。魔女さんは」
「赤也はどうだった?」
「ばっちし! もう使えます! ただ…口が早口に馴れてないから、詠唱が頭浮かんでも声が追いつかないんス……」
「…それは難儀だな」
「あれって、精霊が呼びかける声…詠唱の文が消えないうちに次を口にしないといけないタイムがあるんですよ。だから、一行言えたと思ったら、二行目言えなかったりして…」
 実戦練習に明日は平古場さんに付き合ってもらうっスよ。と切原。
「千歳さんは明日は柳さんと真田副部長の方やるって言ってますし」
 そういえばわかったんですか?
「ああ、俺はな」
 と柳。
「俺は風のウィッチらしい。明日、覚醒指南を受けることになっている。
 弦一郎は甲斐と木手、手塚では駄目だったから、おそらく火か地か闇だ」
「…なぁんか、火っぽいんですけど、副部長」
「俺もそう思う」
 柳はさもありならん、と笑った。




 指南という訓練はそのまま十日続いた。
 盗賊たちは木手が風で、千歳の教えた王宮陣へと運んだ。
 東方国家〈ベール〉の国王はサンダーウィッチの手伝いに感動して、謝礼に褒美を街へ寄越した。
 沢山の旅の資金と、あと不足していた地と闇のウィッチを使いに寄越してくれた。



「……千石、さん…?」
 使いとして来た地のウィッチに、切原が絶句した。
「あ、切原くんだ本当に! オレってラッキーィ!」
「…その調子は、…間違いなく俺たちの世界の千石だな」
「うん! あ、向こうには亜久津もいるよ?」
「…や、亜久津さんはいらないっス…」
「そう?」
 という一幕が再会の時にあった。

 旅を急ぎたい気持ちもあったが、魔法をいい加減自力で扱えないまま、いつまでも木手たち頼みに進むことは憚られて、それなりまで高めてからということになった。
 真田は、切原のいうとおり、火で潜在能力が高いらしく千歳直々の訓練を行っている。
 一番飲み込みが早いのは柳で、彼は十日経つ頃には短い詠唱の魔法なら簡単に操れるようになっていた。
「すごいっスよねえ柳さん……俺まだ二個くらいしか使えない…」
「その二個がすごかけどね」
 千歳が風呂上がりに笑って言った。
「だよなぁ。なんで覚えたてが“フレイムショック”とかの初歩魔法じゃなくて、いきなり“フレイムサジタリウス”が使えるんさ」
「それは上級なのか?」
「上の中。ってことは切原も資質は高いんだな」
「真田クンも覚え早いですよ。魔法は詠唱と動きながらそれを可能にする運動力です。
 真田クンは後者がすごいから、実戦でかなり役に立てますよ」
「それは喜ばしいな。これでお前たちの負担にならずにすむ」
「負担でもなかったけどな、ここ数日は目立ったこともねえし」
 甲斐が笑って部屋の扉を開ける。
「甲斐クン?」
「俺は慧くんの居残り練習の付き合い。あと一時間だけ」
「あ、俺も付き合っていいっスか!?」
「切原も? いいけど」
「じゃ、俺も行ってきます!」
「気をつけろよ」
「早めに切り上げなさいよ」
「わかってる!」
 言って二人は部屋から消えた。







→8