歪ん だ 北 極 星 −デビル・ポーラスター
第二章−【昏迷路−フレイムウィッチの章−】
「そういえば、彼の“漆黒王弟”の君はお元気ですか?」
宿に残った木手が、のんびりとした口調で千歳に聞いた。
「ああ、白石くんなら元気! 本当は自分が来るー! って言って陛下に止められてた!」
「白石だと?」
真田の言葉に、千歳の言葉を横取りした千石が。
「うん、四天宝寺の白石蔵ノ介くん。東方国家〈ベール〉の王子なんだ。
陛下が世継ぎに養子になされたんだよ。で、かなりの力の闇のウィッチだから、あだ名が“漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉”」
「白石は変なとこムキたい。ここん王子が来たらまずかよ。別の国の手塚ならまだしも」
千歳がけらけらと笑った。あのテノールを思い出したのだろう。
「そういえば、キミはあだ名が“氷の仮面王”でしたね」
木手が手塚に言った。
「…そのままだな」
「…柳、独り言は小声で言ってくれ」
「すまない。独り言じゃないんだ」
柳のはっきりした台詞に、平古場が吹き出す。
「幸村クン…西方国家〈ドール〉の陛下は“馳せ参じる戦神〈イモータル・ハーキュリー〉”…でしたね。四大国家の国王の中では一番重要視されています」
「…そういえば、先代王の娘と婚儀をあげて国王になったというが」
「ああ、それはまあ…形ばかりです。娘君は病弱で世継ぎになれず亡くなる運命だそうで。
それを自分の妹君と同じ名だからと、幸村クンは婚儀を受けて、王位を継いだそうです」
「精市らしいな」
「……てゆーか、一番容赦ない呼び名の国王ってうちだよな」
と平古場が言った。
「うち…南方国家〈パール〉か?」
「そう」
「なんという?」
「“復讐王”」
「…それはまた」
「なんでも、ウィッチの誰かに父王と母王を殺された所為だって」
とよそ事のような平古場の言葉。
(まあ、だから永四郎は南方国家〈パール〉にいながら、居場所を知られるとまずかったんだけどな…)
と心の中で呟いた。
「わをなす………」
紡ぎかけて、切原が二の句を失った。
「はーい、またタイムアウト。お前やる気ある?」
「人一倍あります…」
また詠唱でタイムアウトした切原の向こうで田仁志が簡単な魔法を連射している。
「慧くんも、もっと上の魔法練習しろ」
「だって…」
「ったく…」
肩をすくめる甲斐に、切原があ、と声をあげた。
「すんません。ちょっと」
「なに?」
「トイレ」
「…あんま遠く行くなよ?」
「はーい」
甲斐に頭を下げて切原は少し深い森の中へ更に進んだ。
大体の場所を見つけた時だ。聞こえた、笑い声。
「なぁんだぁ。またただのウィッチじゃん」
はっと上を見上げる。
黒い影が木の上にある。
「…誰だ?」
「おい、こいつ生意気。消しちゃおうぜ」
もう片方が言って、影は地面に降り立った。
切原はげ、と呟く。
いや、多分別人だろうけど。
(…名古屋の…外人軍団の奴らの誰かだ…名前覚えちゃいねえけどよ)
「じゃ、てっとり早く殺しちまうか」
「そうだな。天かまたてる迅雷―――――――――――――――」
「っ…」
(詠唱来る! ウィッチだ!)
「紡いで震える竜の嘆き、空吹く日差しの」
「お、一丁前に戦う気だ。けどこの詠唱は確か…」
「力を借りて! フレイムシリンダー!」
切原が放った炎は相手が放った風にあっさりかき消された。
「やっぱり、フレイムシリンダーだよ。ここまで低級ウィッチとはな…」
「ほら、もうちょいやってみろよ」
「光ねらう雄鷹の、暗い深淵控える業火」
「おい防御。これはフレイムクラッチだ」
「レベルは火の中じゃ中だな。使えない魔法は詠唱自体浮かばないから、レベルはそこそこか」
「し…し……」
二人が疑問符を飛ばした。
瞬間、光がはぜて魔法が不発したと知らせる。
「……あ」
詠唱のタイムアウトだ。
気付いた二人がげらげらと笑い出す。
「なんだよ。こいつ成り立てのにわかウィッチだ!
詠唱でタイムアウトしやがった!」
「馬鹿じゃん。相手にもなんねえよ」
「……っ…う」
悔しいが、タイムアウトをさらしておいて、景気のいい文句は出ない。
「まあいい。おいお前」
それまで自分たちでしか話さなかった二人の質問が切原を初めて向いた。
「ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>を知ってるか?」
「……のー…こーる…?」
「知らないな」
「俺たちはそいつらを探してる。他のウィッチに興味はねえ」
「ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>が二人ここにいるって聞いたんだよ」
(なんだ…ウィッチの呼び名か? 五大魔女じゃねーな…。
他の強いウィッチの呼称…?)
「……知ってるな?」
いや、知らないけど、若干の心当たり。
甲斐たちも相当の腕前の筈だ。
ぼそりと口で紡いだ。
「ん?」
「借りて! フレイムシリンダー!」
「っ」
ひょいと交わした二人は馬鹿の一つ覚えが! と構えを取る。
「天輪を―――――――――――――――」
次に切原が踵を返しながら紡いだ言葉は、もう一つのタイムアウトにならず使える、千歳が驚異だと言った魔法。
「蒔いて散る炎爆は空へと死を誘うだろう!」
「な…!?」
顔色を変えた二人が咄嗟に防御魔法を口に乗せた。
「大いなる鷹よ蘇れ! フレイムサジタリウス!」
上位魔法、フレイムサジタリウスだ。
その辺り一帯を焼き尽くす程の業火が二人を襲って覆い隠した。
(よし!)
詠唱は向こうは間に合わなかった筈。
しかし炎の向こう、影が二つ揺れる。
その手に、一個の櫛。
「へえ、にわかウィッチの癖にレベルは上級ってか…おもしれえ」
「本気でやるか? ルーカス」
ルーカスと呼ばれた男がああ、と頷く。
「行け! コームアックス!」
瞬間、手の櫛が巨大化して剣のように切原に襲いかかった。
「うわっ!?」
反射でなんとか交わす。
「え、ちょ…突然変異…!?」
あの力は。
(嘘だろ! 千歳さんが突然変異はウィッチに不的確な奴がなるって!)
「わ!」
空を切った櫛から逃げて、切原はもう一度詠唱を続ける。
「フレイムサジタリウス!」
「馬鹿の一つ覚えが!」
もちろん、防がれるのは予想済みだ。
それを突破した二人の足下で火花が爆竹のようにはじけた。
「…な!」
「フレアクラッチ…!?」
「今のうち!」
「この野郎今時こんな初歩魔法…!」
「なんとでも言え!」
(とにかく撤退! あれは平古場さんたちクラスじゃねーと話にならねぇっ!)
脱兎のごとく逃げて、宿のある場所まで向かう。
とにかく必死で、ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>のことを忘れていた。
「あれ、切原クンは?」
様子を見に来た木手が、千歳を伴って甲斐に聞いた。
「トイレだって。…遅いな」
「迷った?」
「おい、赤也は?」
「ああ、柳、凛。それがトイレっつって…」
「あー! 甲斐さん柳さん平古場さん木手さん千歳さん――――――――――――!」
「あ、来たよ」
全速力でやって来た切原は転びかけて、甲斐の胸にぶつかった。
「…よ、よかった逃げ延びた…」
「な、なにがあったんさ…?」
「そ、それがいきなりウィッチなのに突然変異な二人に襲われて…!」
「は!? ウィッチで突然変異!? 千歳、ありなのそれ?」
甲斐に問われて、千歳はしらんと答える。
「まだうちの上層でも謎たい。あり得るかもしれんと」
「なんだよやっかいな…」
「何故襲われたんだ赤也」
「しらねっす。なんかあるウィッチの二人捜してるって…。
五大魔女じゃねーっすけど」
「…で、ウィッチの気配感じて切原を…か。そりゃ分が悪いわ」
その声とともに、茂みを割って二人が現れた。
「お、大人数じゃん。全員ウィッチだ。ついてるぜダヴィット」
「…こいつら、名古屋の」
「でしょ? もー俺気分最悪」
「さて、誰が相手だ?」
進み出たルーカスに、柳が歩み出る。
「俺が行く」
「分が悪かよ?」
「いざとなれば援護しろ。にわかがやった方が油断は誘える。先ほど赤也が存分ににわかっぷりを発揮したことだろうしな」
「…う」
「じゃあ、もう片方は俺!」
と甲斐が歩み出た。
「へえ、じゃ俺は背が高い方な」
「俺が帽子か」
間合いをとって立つ。
「いきなり全開で行くぜ! コームアックス!」
「…くしが…巨大化したとね…」
巨大な櫛を構えたルーカスが、柳に向き合った。
「じゃ俺も。式紙!」
巨大な紙が現れて、宙を舞った。
「おいおい、でたらめ人間の万国びっくりショーじゃねえんだぜ…?」
甲斐は間合いを計ったまま、手をいつでも魔法が放てるよう構えた。
「さて、…行くぜ!」
「空を向かう千の吹雪、舞え百に増せ越えよ――――――――イエルウィンド!」
柳が放った風を櫛が絡めて吹っ飛ばす。
「へえ! こいつはなかなか!」
「セイヴァーウィンド!」
「おっと!」
「へえ…さっきのにわかなガキとは大違い…」
「よそ見すんじゃねーよ。永久に凍えよ―――――――――――エスペランサショック!」
「式紙!」
甲斐の放った氷の一撃が紙に防がれた。
「カーマイン!」
その合間に相手が炎を放った。
「っわ!」
飛び退いて交わし、そうだったウィッチでもあったと思い出す。
(こりゃ、マジやっかい…)
「…なに、このドンパチ」
知念と手塚、千石が出てきて、様子に眉をひそめた。
後ろから真田も現れる。
「今戦闘中たい…。俺が乱入するほどじゃなかけど…。ま、なかなかやるたい」
「暢気だな…」
「ばってん、ウィッチとしては大したことなかよ。突然変異の力でやっとるようなもんたいね」
「そうですね。大したプレッシャーもないし、魔法も単調で、あれでは柳クンの方が上手い」
木手の言うとおり、魔法戦では柳がルーカスの上を行っているのが一目瞭然だ。
甲斐もミュータントサイドの力に翻弄されつつ押されていない。伊達にサンダーウィッチの部下ではないのだ。
「で、発端なに?」
「それが…あるウィッチの二人がここにいるから探してるって襲われました…。
五大魔女ではないですけど」
「だったらやばいだろ。名前とか言った?」
「いえ、固有名は特に……あ」
「なんだ赤也」
「あの人たち、そのウィッチのこと“ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>”って呼んでました!
なんか強い魔法使いの異名っすか?」
言った切原を見下ろして、平古場は次の瞬間拳を脳天にお見舞いしていた。
「っでえ!!」
「平古場クン、やりすぎです。切原クンは知らなかったんですよ?」
「けどさぁ…!」
「…まあ、顔は知られてないだろう。でなければ奴らが木手と千歳を放置するか」
と手塚。
「…え?」
「切原、お前南方国家〈パール〉で永四郎が詠唱なしに魔法使ったの、見たよな?」
「…あ、はい」
「ノーコールマジックを和訳すると?」
「……えー、声なき魔法?」
「……まんま永四郎だろ…。詠唱なしで魔法を使えるのは五大魔女だけ!
ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>は五大魔女の別名なんだよ!!」
以上、全て小声である。
「…ってことは、奴らが探してる二人…って」
「…間違いなく俺たち」
「たいね」
千歳と木手が笑った。
「…すんませんー!」
「よかよ。あれくらい、相手にならん」
「それに、詠唱して魔法を使えば、バレませんよ」
まんまと連れてきてしまった切原に構わず、木手と千歳は暢気だ。
「それに…柳たちに苦戦しとるようなら俺たちの出番じゃ…」
「ウィングヘッド!」
「っち! しょうがねえ!」
ルーカスが大きく下がる。
そしてダヴィットに合図を送った。
頷きあって、手をかざす。
「コームアックスVerアップ!」
「式紙EX!」
その瞬間武器が更に巨大化した。
「げ」
甲斐が声を上げる。
「くらえ!」
「エスペランサショック!」
放った魔法はまるでそよ風のように消された。
そのまま喰らって甲斐は吹っ飛ばされる。
「甲斐!」
「よそ見すんな!」
「っ!」
柳は間一髪交わしたが、その場所は地雷の爆発後のようにえぐれている。
「死ね!」
倒れて、痛みで詠唱が続かない甲斐に巨大な紙が刃になって襲いかかった。
刹那。
一陣の強風が吹き荒れて、紙をはじき飛ばす。
「な…!」
「馬鹿木手!」
甲斐の制止も聞かず、風は人となって舞い降りる。
「見逃せないでしょ」
「…だからって…」
「あれは…!」
「セイヴァー…」
ルーカスの隙が出来たところを狙った一撃はあっさり詠唱前に弾かれる。
「お前邪魔!」
櫛が柳の上に振り下ろされる。
「蓮二!」
その瞬間、業火が舞い、櫛を吹き飛ばす。
「ちょっと、やりすぎけんね。さがっとう柳」
「千歳…」
詠唱なしの業火。千歳を見て、ルーカスはダヴィットと背中合わせに立って笑った。
「ついてるぜ」
「ああ…詠唱なし(ノーコール)の風と炎!
こっちのでかいのが火のノーコールマジック<馳せ参じる魔法>で」
「こっちの眼鏡が風のノーコールマジック<馳せ参じる魔法>だ!」
「いいですよ。その呼び名好きじゃないんですが、相手になりましょ」
「そもそも、これ俺の仕事たいね」
歩み出た二人は、柳と甲斐を下がらせて、腕を振るった。
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