−デビル・ポーラスター


 第二章−
【昏迷路−フレイムウィッチの章−】









「見つけた…ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>!」
「その呼び名、嫌いです。面倒嫌いな魔法使いみたいで」
 やめてくれません? と木手。
「文句言うな空の女王! …っと、今代の風は男だから、女王はおかしいか?」
「それ言ったら炎だって“爆炎の魔女”じゃねえか」
「そうだな」

「あれは?」
「サンダーウィッチとフレイムウィッチの異名の一個」
 問いかけた切原に、甲斐が答えた。

「で、提案」
「対等に取引出来るとでも?」
「そういうな。いい取引だ」
「なんね?」
「火のノーコールマジック<馳せ参じる魔法>。あんたは漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉から俺たち突然変異の実体を探るよう言われてきた? 違うか?」
「…正確には漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉の父親たいが、それが?」
「風のノーコールマジック<馳せ参じる魔法>がいる理由はわからねえが丁度いい」
「俺たちの条件を聞いたら、突然変異の生まれ方を教えてやる」
 千歳の眉がかすか動いた。
 それは今東方国家〈ベール〉がなにより欲しがっていることだ。
 自分は深い関わりは出来ないが、漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉と呼ばれる彼の助けにはなりたかった。
「…木手」
「わかりました」
「すまんね」
「いえ」
「…成立?」
「まあね」
「…じゃあ、条件だ。お互い一騎打ちにさせてくれ。邪魔されないよう結界でも張ってな。 それだけでいい」
「…随分安かね」
 ルーカスは不敵に笑った。
「そうでもないってそのうちわかる」
「…永四郎」
 平古場の案じる声に、木手は笑った。大丈夫です、と。
「結界は逆に安全ですよ。キミたちを人質に取られる心配がない。
 俺が死なない限り、結界からは誰も出られません。入れない代わりね」
「…じゃあ、頼むたい」
「ええ」
 木手の足下を突風がサークル状に走る。
 瞬間、千歳とルーカス。木手とダヴィットの四人はそれぞれの周囲、半径二百メートルにわたって風の檻に包まれていた。



「どう見る凛」
「話になるかよ。人質さえいなきゃ永四郎に勝てる奴はいない」
「だな」
「ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>は伊達でないということか?」
「そう、なんたってタイムアウトがないんだ」
「一瞬の魔法、だからな」
「確かに、「式紙」なりと声にしなければならない奴らに分はないな」



 事実戦闘は一方的で、木手たちは一度も詠唱を抜いた魔法だけで圧倒している。
 殺さないのは情報を必要とするからだ。
「もういいでしょ? 相手になりません」
 倒れたダヴィットを見下ろして、木手は淡々と言う。
「ちっ…」
「ついでに何故五大魔女を捜すかも答えてもらいましょう。千歳クン、そっちも終わるでしょ?」
「そうたいね。ばってん、火は風と違って加減がたいが難しか」
 気を抜くと殺してしまうけんね、と言って千歳は櫛を吹っ飛ばした。
「…まるで赤子っすね」
「そりゃな。五大魔女を相手にまともに戦えるやつがいるかよ」
 甲斐と切原が見物しながら言って、甲斐は倒れた時打った肩をさすった。
 そのときだ。
 ダヴィットが笑ったのは。

“ノーサイレス”

 響いた無音の言葉。
 いぶかしむ暇なく紙が舞う。
 風で飛ばそうとして、木手は我が身を疑った。
 風が、動かない。
「へっ…油断したなノーコールマジック<馳せ参じる魔法>!」
「っ!」
「木手!」
 結界の外で甲斐が叫ぶ。
「…なんばい、あれ」
「…突然変異がたまに使える魔法でな、一定時間魔法を無効化する。
 この前では、たとえノーコールマジック<馳せ参じる魔法>でも弾けない」
 千歳が顔色を変えた。
 今、木手は魔力を無力化されたということだ。
 紙に縛られて宙に浮かばされた木手を見上げて、ダヴィットは立ち上がる。
「意味がわかったか? 結界の」
「……邪魔させないためですか。彼らに」
「そういうことだ。おっと火のノーコールマジック<馳せ参じる魔法>。
 邪魔すんなよ。お前がルーカスを攻撃したら、」
 懐から出した棒をつなぎ合わせて槍にすると、おもむろに木手の身動きのとれない片足を突き刺した。
「っ…!」
「永四郎!」
「こいつの怪我が増える」
「……随分、卑怯たいね」
「言ってろ」
 槍がもう片足を刺した。
「…っぁ」
 抉られ方は容赦なく、まともに歩けない足になったことを教える。
「…腕も邪魔だな」
「よせ!」
 手塚が叫んだが、結界に阻まれてそこから先に進めない。
 その瞬間、腕を縛っていた紙が腕を無理矢理曲げた。
 刹那鈍い音が響く。
「…っあぁ…!」
 両腕の骨を折られたのだ。
「永四郎!」
「木手、結界を解け!」
「……イヤ、です」
「また死にかけるつもりか!?」
 柳の声にも、痛みに耐えて木手は顔を上げた。
「これは、…五大魔女として…サンダーウィッチとして受けた勝負です。
 そんな勝ち方は、俺のプライドが許しません」
「…木手」
「千歳クンも、攻撃していいですよ。…俺は、俺でやります。左右される必要はない」
「…木手」
 振り返って、構えられた櫛を見上げる。
「…すまんね」
 言って千歳は腕に炎をまとわせた。
「っこら! 使うなって言っただろ!」
 槍が木手の首をつつく。
 だが千歳は炎を消さない。
「五大魔女のプライドは俺が一番わかると。…俺は同士として、木手のためには負けられんね」
「くそ…っ!」
「敗北を知った方がいいですよ。千歳クンは、俺が盾になったくらいで引き下がる人じゃない」
「……そうかよ。なら、もう余計なこと言えないようにしてやる」
 そのまま上向かせた槍が遠慮なく木手の喉を抉った。
 血が大量にあふれ出す。
「…っ……ぁ」
「これで詠唱出来ねえし、うるせえこともいえない。どうだ? あっちは負けても、俺は勝てるんだ」
 しかし、木手の口に浮かんだのは、笑みだった。
 刹那その空間に風が舞い上がる。
 まさかと疑ったダヴィットの身体が、金縛りのように動かない。
 風で、縛られている。
「そんな…まだ魔法の切れる時間じゃねえ!」

“あなたはノーコールマジック<馳せ参じる魔法>を甘く見過ぎですよ”

「…え」
 声がした。喉は、つぶしたのに。

“ノーコールマジックは<馳せ参じる魔法>。俺たちが呼べば、必ず現れるもの。
 それが五大魔女であり、ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>。
 くだらない無効化魔法など、意味はない”

「…なら、なんで」

“空間に限定された風だけで戦おうとしたのでね。あなたが縛った風は結界内だけのものです。その意地を捨てれば、俺はいくらでも世界から風を呼べる”

「……何故、声が」

“風は俺の声。俺の手足。声が潰れても、風が俺の声になる――――――終わりです”

 風が圧迫するほどの強さで吹き荒れる。
 思わず後ずさろうとしたダヴィットを逃がさず風は縛り、その場に縫い止める。
 その向こうで千歳がルーカスを炎で包み、手足を焼き切る。

“…散れ、エアリアル”

 詠唱なく発せられた風の上位魔法が、ダヴィットを粉々に切り刻んだ。
 紙が消えて、地面に木手は倒れ込む。
「木手! っ…おい結界解け! 木手!」
「…いけない、意識ないよ!」
 千石が叫んだ。
「待て! じゃあ木手が死ぬまで待ってろって言うのか!」
「けど、オレたちじゃ五大魔女の結界を破壊出来るわけが…」
「全員、さがっとくけんね」
「…千歳?」
「五大魔女の力はレベルが互角。…俺なら、破壊出来ると。
 ―――――――――深淵漂う冥府の獣。迷い手誘う不知火地獄」
 ノーコールマジック<馳せ参じる魔法>である千歳が始めた詠唱に、甲斐たちは全員下がって平古場と知念が気休めのように結界を張った。
 切原も、真田も火のウィッチであるのに、なんの魔法かわからない。
 詠唱は精霊が教える。聞いてすぐ、その属性ならなにかわかる。
 わからないということは、自分たちが扱えない領域の魔法だということ。
 そして切原と真田のレベルは、確実に上位。
 ということは―――――――――――――――。
「出るぞ、火の最上級魔法の一つ…」

「シャイニングフレア!」

 千歳がそう発した瞬間、目もくらむほどの黒い業火が走り、結界を文字通り吹っ飛ばした。
「もう一回どいとくけん」
「…え?」
「今のは千歳の周囲の結界の破壊だ。木手の周囲にはまだ結界がある」
「あ…」
「―――――――――――――――誘う不知火地獄、シャイニングフレア!」
 再び業火が爆ぜて熱風が通り過ぎる。とてつもなく熱い。
 宿や木々が熱だけで燃え始める。
 熱風が通る場所全てを燃やし尽くす、深淵の光の業火だ。
「木手…」
 熱風に耐性のある千歳が駆け寄って抱き起こす。
「手塚早くこんね! 甲斐は鎮火!」
「わかった!」
「ああ!」
 甲斐が水の魔法を唱える傍で、手塚は駆け寄ると治癒の自分が扱える最高上位魔法を唱えた。




 手足を焼き切って動けなくしたルーカスを宿の一角に結界で閉じこめて、傷の癒えた木手を寝台に寝かせた。
「…つくづく死にかける奴たいね」
 千歳が寿命縮んだと言う。
「…木手、おかしかった…。いつもならあんな初歩、忘れない」
「……どげん意味?」
「意地なんかはんないし、外から集めりゃいいってすぐわかるさ。頭の切れる奴だし」
「そら、確かにおかしかね…」
 木手の傷は完全に癒えず、喉や手足に包帯が巻かれている。
「あ、それわかったよ」
 千石が戻ってきた。
「千石さん」
「殿下と陛下に通信で聞いたんだけどさ、……ウィルウィッチの信託魔法がここら一帯にかけられてたって」
「…ウィル…なんでしたっけ」
「光と闇の最高位のウィッチだ」
「それが預けた、許可なく使える魔法を信託って言うんだけどね。
 どうも、預けられた奴が悪い奴らについちゃったらしくて。
 思考を闇に沈める……判断力を奪う魔法をかけてたんだって。
 いくらサンダーウィッチでも、同じ五大魔女のウィルウィッチの信託魔法じゃ、かかっちゃうよ」
「…それで魔法を使えるって判断出来なくなったのか」
 千石の言葉に、切原が呟いた。
「どうも、復讐王の手先だったらしいよ。あの二人。指名先がサンダーウィッチとフレイムウィッチだもん」
 復讐王―――――――――――――――南方国家〈パール〉の、国王。
「…な、なんで」
 切原の疑問に、手塚が、
「復讐王が両親を奪ったと思いこんで、憎んでいる二人のウィッチ。
 それがサンダーウィッチとフレイムウィッチだ」
「……それで、復讐にかけたのか」
「…だろうな。自分の国内では民に止められる」
 真田が木手を見下ろして、“最初の標的が、サンダーウィッチだったのか”と言った。





 一週間前。
 南方国家〈パール〉。

「箝口令? なんの」
 部屋に突然やってきた文官の杏に、近衛隊長だった伊武が疑問のように聞いた。
 杏は伊武の上司の妹姫だ。
「だから…フレイムウィッチとサンダーウィッチの…」
 言いづらそうに、言うこともはばかられるというように杏が言う。
 その顔は、幼さの中の危惧を浮かべて。
「…五大魔女の二人?」
「その二人が、今一緒に旅をしてるんだって…。東方国家〈ベール〉にいるそうなの」
「へえ…サンダーウィッチはこの国家〈パール〉にいるけど居所知れず、フレイムウィッチは東方国家〈ベール〉の殿下の元にいると聞いたけど」
「何故か旅をしてるらしいの」
「そうなんだ…。でも、なんで箝口令?」
「…深司くん、知らないの? 陛下の…」
「…陛下?」
「……フレイムウィッチとサンダーウィッチは、陛下の…両親を暗殺した仇だって」
「…五大魔女が? 先代国王と王妃を暗殺? どうして」
「知らないわよ! ただ…血塗れで倒れているお二方を、当時殿下だった陛下が見たって。
 そこに、フレイムウィッチとサンダーウィッチがいたって」
「……」
「ただ、いたのを見たってだけだから、殺されたその瞬間を見たわけじゃないから、本当にサンダーウィッチとフレイムウィッチが殺したかはわからないの…。
 でも、少なくとも陛下はそう思ってる。だから…」
「…陛下に、知らせないように?」
「そう…。陛下が知ったら、絶対兵を向けるわ。そうしたら私達に止めるのは無理よ。
 だったら、お耳に入れないようにしなきゃ」
「………なんでさ」
「なに?」
「今まで、放置したのかな」
「…それは、フレイムウィッチとサンダーウィッチだから」
「……殺すの、辞さないんでしょ? なんで」
「そういう意味じゃない…。フレイムウィッチは、東方国家〈ベール〉の王子殿下に庇護なされてるから、そうしたら、陛下だって手が出せないわ。
 手を出したら、即東方国家〈ベール〉と戦争だもの。
 サンダーウィッチは国と関わってないからよ」
「……?」
 疑問符を浮かべている伊武に、杏はだから、と。
「国に関わってないから、サンダーウィッチは居所が不明だったの。
 誰にも住処を知らせてないから。
 多分、近隣の住人は知ってるでしょうけど、サンダーウィッチがどれほど希少か知ってる筈だし、いれば戦争からも守ってくれるんだもの。
 そのサンダーウィッチの住処を教える民はいないわ。例え多少手荒にされたって、家族を思えば言わないわね」
「そっか…。でも、今は」
「今は、居所がわかってるから…。
 サンダーウィッチに兵を向けられない理由はもう一つ。
 風を使うから。
 風の遣いは、風の通るところの声や風景をみな知れるわ。
 近くに兵が近づけば、風で知って、風で空間を飛べる。
 サンダーウィッチの部下はたった数人。一緒に兵が来る前に逃げられるわ。
 でも、フレイムウィッチが一緒じゃ、そういかない」
「……ああ。それに、フレイムウィッチは、一ヶ月の日蝕〈ダークムーン〉の脅威から民を救えるから…?」
「そう。一年に一度、必ず訪れる、一ヶ月間全く太陽が昇らない日々。
 その凍えるような寒さと暗闇から、世界の人々を救えるのは、仮初めの太陽を生み出せるフレイムウィッチだけ。
 そしてサンダーウィッチは干ばつと台風を防ぐ要。
 二人が死ねば、たった一年で一億や二億は人があっさりと死に絶えるわ…。
 でもきっと陛下はそれでも、二人を殺そうとしてしまう…」
「……わかった。兵士たちに伝えるよ」
「ありがとう。深司くん…。
 あたしも、お兄ちゃんに言ってみるわ…」
 気遣うように微笑むと、杏は足早に部屋を去った。
 しかしこの思いは無駄になった。
 この僅か一週間後に、二人の魔女は襲われたのだから。





「なんスかねーこの状況」
 赤也もだいぶ魔法に慣れたらしく、二発連続で炎を放ってから柳に降った。
「復讐王の子飼いのことか?」
 柳の手に風が集まる。
 真田がじっと見遣った先、十を超えるウィザードが柳たちを囲んでいる。
「今が好機なんだろ、サンダーウィッチの木手がまだ目覚めねえから」
 甲斐が平古場の魔法に乗って柳の傍まで戻ってきた。彼は今水弾を敵に放ったばかりだ。
「千歳は、そのサンダーウィッチの守りに宿から動かないしな」
 あの突然変異たちに襲われて一夜。
 サンダーウィッチである木手が意識を取り戻さず、移動出来ない彼らを狙って送りつけられた敵に、千石は“陛下に増援頼んだからじき来ると思うけど”と言いながら亜久津にねえと同意を求める。知るかという面で亜久津は魔法を唱えるだけだ。
「それにしても、今日は月の動きが早いっスねぇ」
「本当だな」
 夜空は月を遮るように雲が漂う。
 月を脅かす影が蠢いている。
「あれって、闇のウィッチの力に反応してそう見えるんですよね」
「そうそう。近くに戦闘中の闇がいるんじゃねえ?」
 その月を脅かす影が、一瞬獣の姿に変貌して咆吼した。
「え?」
 刹那、その場のウィザードたちが動きを止めた。
「……闇の、影縛り?」
「ってことは、闇のウィッチがいるのってここ…?」
 ウィザードたちの悲鳴が響く。
 首筋に走る闇の浸食が首を絞めて、ばたばたと倒れていく影の向こうに立つ、白金の髪。
「キミらが、サンダーウィッチの子飼いなんか?」
 翡翠の瞳を細めて、彼は月に手を伸ばす。
 月を脅かしていた影が収束して、彼の包帯が巻かれた左腕にまとわりついた。
「……」
 柳が、言葉を探すように見つめる先、彼は酷い美貌で微笑む。
「柳くんまで、いつの間にサンダーウィッチの子飼いなんかなったんや」
「子飼いは…甲斐たちだけだ……。来てよかったのか? …白石」
 東方国家〈ベール〉の王子、漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉こと白石蔵ノ介は今更やと笑った。
「で、うちのノーコールマジック<馳せ参じる魔法>は、宿ん中か」


















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