Teens-リアル・ハート-












<1>



 まだ雪は降らない。冬の、初めの季節だった。
 時折覗く、灰色というより濁った白色の空に雲が溶け込んで見えない。
 風が冷え始める。葉が落ちて、掃除が大変だと言っていた生徒の姿はもう無い。
 クリスマスにはまだ早い。秋と言うには深い。中途半端で、ざわついている。
「…………、なんか、項目増えてない?」
 生徒会の引継もとうに済んで、本来ならばそこにいないはずの彼が、長い足をぶらつかせている。
 影がちらちらと、机の下に落ちては椅子や様々な影と混ざる。
 そこには元副会長の姿もあって、引き継いだばかりの役員達も、まだまだ元役員とは離れがたい。
 流石に、元生徒会長はその場にいないが。
 大方、不二辺りと一緒かな等と乾は考えてみる。
 少し前までテニス部部長と生徒会会長の二足草鞋で忙しかった手塚は、最初は急に出来た何もない時間に、少し所在なさげだった。
 不二は、一緒にいられて嬉しいと言っていたのを覚えている。
 元書記の乾と、元副会長の下宮といえば、習慣のように生徒会室に入り浸る日々だ。
 文化祭が近づいている所為もある。現会長は九月以前の会計だから、ある程度勝手は分かるが他は皆新だから、まだ心許ないらしい。
 あちこちが慌ただしい。騒がしい。落ち着かない。
 一年生にとっては初めての文化祭、三年にとっては最後の文化祭で、中学最後の冬。
 おまけに、その後に控えるのは期末テストだ。何人真面目に勉強しているやら。

 乾の言葉に、最初に反応したのは新会長の二年女子だ。
 整理していた紙の束を纏めながら振り返ると、その肩口から長い黒髪がさらさらと零れる。
「……項目? …ああ、もしかしてミスコンですか?」
「うん。前はゲスト呼ぶのと、金貨と…仮装コンテストくらいだったよな」
「はい。でもなんかアンケート取ったら仮装より、ミスコンやりたいって人が多くて」
「共学校ならではだよなぁ…」
 男子校の生徒呼び込むつもりか。そんな乾の声が聞こえて、傍らの下宮がぶっと吹き出す。
「そういうなよ乾」
「んー、でもこれって女子は暇じゃない? 男性票だろ?」
「あー、選ばれた女子以外はなぁ…」
 まぁツマンナイだろうなぁ。
 そう言う下宮は楽しそうだ。乾より背は低いが手塚よりは高い彼だ。
 モテる部類だ。楽しいんだろう事実。
 きっと彼が楽しそうなのは自分の彼女が選ばれそうな美人だからだ。
「お前、絶対名倉(※下宮の彼女)に票いれんだろ」
「当然! 目指せ青学ミスが彼女の男」
「とかいって実際、彼女がミスになって男に余計モテたりしたらひがむか拗ねるかする癖に…」
「ひがむなひがむな。お前も彼女作れ」
「そんな奇特少女がいたらね」
 頬杖をついていた乾が、指を音が鳴りそうなほど折り曲げる。
 軽く伸びをして、紙の束を持ったまま突っ立っている後輩に視界を向けた。
「美波?」
「あぁ…はい。
 …あのでも、そういうミスコンじゃないんですよ」
「違うの?」
「はい。あの、ミスだけじゃなくてミスターも選ぶんですよ」
「ミスター?」
「男子生徒から。女子票で」
 彼女の説明に、それなら女子もつまらなくはないだろうなと思いながら、下宮と乾は同じ事を考える。
 ふと視線があって、おんなじ事考えたなぁと思う。
(手塚が会長だったら却下されてただろーなー…)
 とか。
「まだ続きあります」
「続き?」
「ミスコン男版だろ?」
 他にどんな説明が。
「対象が全校全てのクラスから二名。つまり予めクラス内でミス代表とミスター代表決めて出すんです」
「…予め人数制限しちゃうって事か…これは」
「…………………、今週のHRの使い道が決まったな」
 若干考えるまでもなく決まってるような奴らが数人居るが。
「…騒がしくなりそうだなぁ」
 多分、期末の事なんか頭から抜けるんだろーな。
 なんて周りのことを思っても。
 どうせその時になったらヤマ目当てに集(たか)られるだろう乾だ。
 ふと窓を仰げば、白い空肌にうっすらとだけ、雲の輪郭が残っていた。





「ミスコン?」
「……って、なんスか?」
 桃城の端で、越前がぽろりと零す。
 今日も晴れている。にも関わらず体育館は混んでいる。
 体育館のステージにしゃがみ込んで、余計に高くなった乾を見上げて、後輩二人は似たり寄ったりな疑問符を浮かべた。
 直後に、桃城が“え?”と彼を振り返る。
「…しらねぇのか越前?」
「知らないから訊いてるんでしょ」
 しれっと答える越前の肩越しに、ざわざわと騒ぐ生徒達の姿が見える。
 その日は三時間目を空けて、文化祭のそれぞれの準備に当てられていた。
 一年の越前は体育館の整備で連れ出され、桃城はクラスでやる模擬店の飾り造りで、乾は自分のクラスでやる展示に使えるテーブルやら機材を借りに来たのだが、元生徒会役員であった為にずるずると残されて現在に至っている。
 どうして他クラスの配置やらベニヤ板の値段やら俺がやりくりしなきゃいけないんだろう、とは乾の心情を勝手に代弁して去っていった下宮の台詞だ。乾は寧ろ他クラスの出し物の内容が計れて割と楽しそうだ。
「…もしかして、越前は“ミスコン”が判らないんじゃなくて“ミスコン”の言葉が指すものが判らないんじゃないの?」
「…どういう事っスか?」
「要するに、向こうじゃこっちみたいに“ミスコン”とか略さないんじゃないかって事。
 年配の人に“プレステ”っつって“PS”の事だって伝わらないのと一緒だよ」
「……………ああ」
「お前、判った?」
「あ、今のは酷いっスよ!」
 ぎゃあぎゃあと叫ぶ桃城の背中の後方で、クラスメートが彼を呼んでいる。
 行かなくていいのか、乾も越前も我関せずで教えてやらないから桃城は気付かない。
 “ミスコン”の元の名称を示してやれば納得して、何で日本人て何もかんも略すんスかとか言っている越前に、ずっとしゃがみ込んだままで話していたりする乾の前で、痺れを切らしたクラスメートに桃城が強制送還されていく。
 お互い遠い目でそれを見送ったところで、今度はステージ横から菊丸が這いだしてきた。
「あ、おーいっ! おっチビに乾なに話してんのー?」
「…また増えた」
「そのうち部長……手塚先輩とかもくんじゃないっスか?」
「そうだね、その場合“何サボってるんだ”とか引退前の癖で走らされる確率88%」
「100%じゃなくて?」
「不二がいるなら免れる確率90%、多分またかり出されてる手塚が此処に来れる確率事態70%」
「…成る程」
 人目をはばかる気もない声量(とはいえ周囲がやたら喧しいので訊かれている可能性もかなり低い)で会話する二人の元に駆けてきた菊丸は、よく見れば何やら肩に掛けている。
 埃っぽい、真紅の厚い布。
「…菊丸、それってピアノのカバーじゃないのか?」
「あ、うん。クラスで劇やるってからさ。持ってこいって」
「あー…」
「乾のとこ何やんの?」
「作品展示、つっまらないよ。十一組のヤツはほとんどクラス外で何かやるから手ぇ抜きまくり」
「あー…ありがちだなぁ」
 とはいえ、クラス優先だからこういった授業内で準備できるのはクラスの出し物だけだ。
 そこに隠れて個人のバンドやら屋台やらの材料を漁る奴も実際多い。
 部活を引退した乾や菊丸もクラス外の出し物の方が真剣だ。
「菊丸こそ、劇とかやって大丈夫なのか? お前ラート愛好会の奴らとサーカスもどきやるんだろ?」
「あ、俺今回端役だからヘーキ。不二は被害者その三やらされる事になってたけど…あ、劇って探偵モノね」
「…被害者その三?」
「うん。身体が弱くて、主人公の探偵の弟なんだけど親友に裏切られて殺されるという悲劇の青年を不二にやって欲しいんだとクラスの女子に押し切られてた」
「………………………、身も蓋もない」
 らしいけど、という乾の横に突っ立ったまま、“ちなみに俺は第一発見者役なんだけどな”等と菊丸が補足している。
「おチビは部活の方もあるから大変だよなー」
「ああ、引退した先輩のいい玩具だからなこの手のイベントって」
「乾先輩はなんかやるんスか?」
「軽く交わすなよう」
「俺は吹奏楽の奴らに誘われて音楽会もどき。アルマゲドンとタイタニックやるって言ってたな」
「乾もノるなよ…」
「ああ、先輩ピアノ出来るんだっけ…」
 あっさりと菊丸を無視して、以前の合唱コンクールで伴奏をしていた乾の事を思い出す。
「で? 菊丸、お前本題は?」
「あ、やっとこっち向いた。…………本題?」
「俺達のとこに来た本題」
「…………ああ! …ない! 何やってんのかなって」
「だと思った…。ところであれはお前の身内か?」
 身内? と疑問符を大仰に浮かべる菊丸の顔を、乾が指で体育館の入り口に導いてやればそこには見覚えのある六組の生徒が手を振っている。
「…あれ須賀じゃん…、俺が持ってくるって言ってたのに……」
「お前が遅いからだろ」
「冷たいぞー乾。じゃ、おチビまったな!」
「はいはい」
 素っ気なく言葉を返すが、勢いよくステージから飛び降りた菊丸の、持っていた布が頭にべしりと当たって越前は睨み付けるようにその背を見送る。
 傍らで口の端を上げている乾までもを睨み付けて、それから本題に戻る気になったらしい。
「で……、その」
「ミスコン?」
「が何ですか?」
「随分長い道のりだったなそれ出るまで……。
 朝聞かなかったか? 担任が説明してるハズだけど」
「寝てました」
「如何にもだなお前……」
 訊いてろよ文化祭前くらい。
 話す乾の視界に、また見知った顔がちらつく。よく考えたら、ステージ上なんて目立つのだが、結構どうでもいい。
「クラスでさ、ミス代表、ミスター代表一名ずつ選出するんだよ。
 HRこれで潰れるぞ」
「あー…それは別にいいっスけど」
「あれ、ミスコンの話っスか?」
「つか何ですかこの組み合わせ」
 大掛かりな作業なのかはたまた前の授業が体育だったのか、ジャージ姿のまま顔を覗かせた林と荒井までもが話に首を突っ込む。
 その際越前を軽く睨んでいく荒井だが、鼻で笑われて、乾がいる前でキレるわけにもいかないから話にもならない。
「そ、お前等はちゃんと聴いてたんだな」
「どーゆー意味っスか先輩」
「言葉のままだよ。どう? 騒がしかっただろ?」
「あーまぁ、女子もミスターで騒いでましたからねぇ」
「選出するだけでも楽しそうだからね」
「乾ー、あと板二枚調達出来ない?」
「掛け合ってみるよ」
 横から割ってきた三年生に軽く返して、乾が手元のファイルに何か書き込んでいる。
 いつものノートではない。何かと訊けば、“材料担当の奴に任された”と表を見せられた。
「…でもさ、ミスターの一部は決めるまでもないだろ?」
「え? ……ああ」
 言わずとも判ったらしい。荒井と林が顔を見合わせる。
「三年一組なんかは投票せずとも手塚だろうし、六組は不二か菊丸だろ。
 桃城もいい線いきそうだし。
 越前、お前の組は多分お前で決まるぞ」
「えぇ? …やだ面倒くさい」
「あっさり言うな。…お前等もひがまないの」
 シャーペンの芯をかちかちと押し出しながら、越前に詰め寄りたそうな二年を眺める。
「……ところで、お前等も油売ってていいのか?」
『……あ』


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