非日常のHOLYDAY GAME イヤな、ものばかり見る。 笑う千歳と、彼女の姿。 「白石さん」 「…え?」 越前が聞いてなかった?と見上げた。 「あ、ごめん、なに…」 「ここ、どっち?」 彼の勉強に付き合うようになって、二日目。 昨日のように食堂で教えていて、かかった声に顔を上げた。 「…ごめん」 もう一度謝った。 「小日向さん、もっと、話聞いてくれんと?」 「はい」 昨晩の二人の、聞こえた声が、胸を刺す。 (千歳…) 「白石、さん」 「あ、ごめん」 「……」 また謝って、笑う。 越前が仕方ないという風に立ち上がって、白石の方の椅子に座った。 白石の隣に。 「ねえ、辛い?」 「…え?」 「千歳さんのこと」 「…バレてんか? そうやんな、よく一緒におるもんな」 「ねえ」 伸び上がった少年の唇が、そっと頬に押しつけられる。 「こんなキスも、してもらったの?」 問いかけて、失敗したと越前は帽子を脱いだ。 一瞬で泣きそうに揺らいでしまった顔に、どうしようもなく焦って、どうしようもなく欲情する。 ぎゅ、と椅子に膝立ちになって顔を胸元に抱き締めた。 「…リョ、マ」 「辛いんなら、泣いていいよ。 俺、いつも助けられてるから、お返し。ね?」 「……………」 泣きたい。泣けない。 泣いたら、彼女と千歳の仲を認めてしまう。 ねえ、なんでそんな遠くにいるの? 千歳―――――――――――――。 「白石さん、…俺は、…“ここにいるよ”」 「……ごめん…」 ギュ、と自分から初めて彼を抱き締めた。 より強く越前の腕が回される。 「いいよ。…ずっと、こうしててあげる」 「……ごめんな」 なにに謝っているのか、もうわからない。 千歳―――――――――――――。 昼前のスコールですぐ取り込んだ洗濯物。 それをロッジまで運んで一息ついた。 あれから越前に会っていない。 迷惑をかけた。彼は、案外そう思っていないだろうか。 「……」 思い出して笑う。その背中に、凍り付いた声がかかった。 「…白石」 身体が震える。 どうか、彼の傍に彼女がいませんように―――――――――――――。 祈って振り返る。千歳の隣に小日向はいなかった。 「…あ、なに」 「…午前、…あれ、なんね」 「あれ?」 「…越前に、抱きついちょったと」 「…あれは、……」 言えるわけない。問えるわけない。 彼女はなんなんだと。 「あれは、リョーマくんが優しいて。 そんだけや」 「……白石、浮気しちょって偉そうとね」 「は?」 反射でばっと顔を上げた先、至近距離に佇んだ長身が白石の両肩を掴んだ。 「自分ば、他の男といちゃいちゃしちょって、俺ばよかと? そげんしとーと、偉そうたい。 俺ば無視して…なんねほんなこつ…!」 「痛っ……な、」 「…白石?」 「なんやねん。それ……」 掠れた声が零れた。 「…自分かて、小日向さんと仲良うしとって、あんな愛しそうな目ぇ向けといて。 それで…なんやねん……それで浮気って」 「さきに浮気したんはそっちやんか!」 叫んだ瞬間、きつく抱き締められて口が重なる前兆に近づく。 イヤだ。反射で振るった腕が、指先が千歳の頬をひっかいた。 「………」 荒い呼吸が響く。 千歳の頬に、赤い筋が出来る。 「……ち」 遠い。遠い。千歳。 遠い、千歳…! こんなに、近くにいるのに。 遠い…! 「…千歳なんか大嫌いや! どうしてみんな俺の邪魔すんの!?」 有りっ丈の声で叫んだ。 途中から泣き声に滲んだ。 踵を返して走り出す背中を、彼は追わなかった。 痛い。 痛い、痛い、痛い。 どうして邪魔するの。 どうして、みんな邪魔するの。 千歳、どうして邪魔するの。 どうして、俺と千歳の邪魔をするの―――――――――――――。 「…なんで、どうしてみんな俺と千歳の邪魔するの……っ!」 みんな、なんて誰かじゃない。 自分の中の、色々な感情。プライドや、意地や、…いとおしい狂い。 なければ素直になれるのに。 なければ素直になって、あのキスを受けて、あの腕の中で笑えるのに…。 「……」 靴音が響いて、ばっと振り返る。 「あ、」 気まずそうに帽子を引っ張った少年。 「リョーマ、くん」 「…すんません」 「あ、ううん、なに?」 「……」 普段を装う白石に、痛そうに笑いながら、越前は見ない振りでちょっとと一言。 「午後一でちょっと出かけるんで。一緒に来ない?」 「…うん」 「え?」 「うん、一緒に行く」 「………白石さん」 素直に受け入れる姿が痛くて、越前はその手をぎゅ、と握った。 「涼しいな」 午後一の探索といえる外出。 道を歩きながら白石が言う姿は、すっかりいつも通りだった。 「うん」 「リョーマくん、目的地は?」 「もう少し」 「そっか」 木の実が生っているところを通り過ぎる。 「あ、今のとこ報告しとく。とりにこれる場所やし」 「そうだね」 「……帰り、一緒に食べてこか?」 「うん」 「ん」 少し歩くと、赤い小さな鳥居とほこらが見えた。 「……なんか、祭ってある?」 「さあ? お賽銭あげとく?」 「そうやな。帰れますようにって」 ちゃりんと小銭を投げて、手を合わせる。 「よし。他は、…あのマンゴーの木くらいか」 「そうだね。じゃ、帰る?」 「…うん、…あ」 「ん?」 「今、狐様おった」 「へえ。御利益あるかな」 「多分」 「じゃ」 もう一回お賽銭をあげてから、歩き出した。 約束した木の実を取って、その木の下に座る。 「これ、内緒ね」 「うん。手塚くんとか?」 「桃先輩とか」 「うん」 「…そういえば、俺入部当時、エージ先輩と菊丸先輩って二人いるのかと思ってた」 「ああ、間違えたんか。名前と名字で呼ぶ人がいるとな」 「千歳さんも間違えられそう」 「うん。千歳の方が名前っぽいわ」 「あと…」 忍足さんとか、続けようとして、やめた。 地面に置かれていた白い手を握る。 俯いている顔が、泣くことを堪えて揺れる。 (……見てるだけは寂しくて、この人を手に入れたい。 だけどこの人は“千歳”にしか動かなくて) 『白石、よかと? …愛しとうよ』 あの声を。 『千歳なんか大嫌いや!』 なくしたらどうしよう。 『白石』 イヤや。千歳が、あの声が、他のヤツを呼ぶ。俺を呼ばなくなる。 イヤや。イヤや―――――――――――――。 ぎゅ、と握る手に力を込めた。 (堪える姿が痛くて、俺のものじゃない。 でもとらわれる。綺麗な人。 だから、見てるだけは寂しいよ…………) 「白石さん」 「ぇ」 伸び上がって唇を塞いだ。 唇同士で、初めてキスをした。 「…っ」 深く重ねて、舌を絡めるとその驚いて動けない身体を押し倒した。 あっさり倒れた身体にのし掛かって、その肌を辿る手の動きに、切なく身をよじる顔が、泣きそうに揺れて紡ぐ。 声なく。 『千歳』 と。 その瞳から、すぐ涙が溢れた。 あとからあとから溢れて、頬を濡らす。 「…っ」 ああ、もう。 やっぱり、見てるだけは、寂しいよ。 「っ、………あ〜〜〜〜〜っ! もう! …冗談っスよ。 白石さん、それもわかんないくらい辛いんなら、泣いてよ? ね?」 「……リョ、マ…く」 「俺が無理矢理笑えない冗談したから、白石さんは傷ついたの! で、白石さんは俺が気に病むから泣いてあげるの!」 「…や、っけ、…ど!」 「いいから!」 「……、っ」 すぐ潤んだ翡翠が、ぼろぼろと涙を流す。 「……千歳が、…遠い…」 「…うん」 「なんで、あんな遠くおんの…っ千歳…遠いよ…っ。 イヤや…なんで、なんで」 抱き起こして、抱き締めた。 腕の中で、ただ泣く身体。 「…なんでみんな俺と千歳の邪魔すんの…! 大嫌いや…!」 「…うん」 あんたの言う“みんな”は、間違ってもここにいる“みんな”じゃない。 あんたの中の、あんたの色々な心。 わかるよ。 だって。 「…白石さんが、…寂しいからだよ」 「…っ」 ぎゅ、と抱き締めて伝える。 「あんたが、見てるだけが、寂しいからだよ……」 「……ぁ」 「千歳さんを、見ているだけは、寂しいよね」 「…っ……………」 必死にしがみつかれる。 こくりと、最後に頷いた首。 細いそれを、本当は欲しかった。 見ているだけは寂しいから、欲しかった。 だけど、今は、 今は―――――――――――――。 「…ごめん」 少しして、白石は言葉の通じる存在になっていた。 涙を拭って笑う。 「ありがとな。もう、大丈夫や」 「…じゃ、帰ろう」 「うん」 けれど、激しく泣いた後、身体の平衡感覚を失っていたのか、立ち上がってすぐよろけた身体がバランスを崩した。 「白石さん!」 「…てて。すまん、大丈夫…っ」 「…白石さん!?」 「…あかん、足、くじいてしもた」 ごろごろと呻る空に、初めて気付く。 雨が。 「ちょお、歩けん…な」 「肩…!」 「無理や。それに、あの雨は、かなり降る」 「じゃあせめて」 「…リョーマくん」 「え」 「みんなんとこ戻ってくれ。みんな、呼んで来てくれや。 その方が早い」 「でも」 「このまま、二人でここで夜待つわけにいかん。 …わかんな?」 「………、っ」 見ているだけは、寂しい人。 わかったよ。 だから、帰ったら抱き締めさせて。 もう一度、愛を、言葉にさせて。 ギュ、とその身体を越前は抱き締めた。 「…すぐ、すぐ呼んでくる」 「…うん」 信じとる…その声を耳に刻んで、越前は立ち上がると走り出した。 早く、早くあの人を迎えに。 帰って、くるから。 ⇔NEXT |