HOLYDAY GAME


「やから、俺そんなもう病人ちゃうよ…」
 わざわざ自分用に柔らかく作られた料理を口に運ばれて、白石は自分で食べられると笑う。
「昼間ほんなこつに熱高かった。白石の“大丈夫”は信用ならんと」
「そうそう。あ、白石さん、乾先輩から味まともなジュースもらってきたから」
「…リョーマくんまで」
 熱の出た白石用に使われている余ったロッジ。
 寝台は一個しかない。そこに上半身を起こす白石は苦笑しか出ない。
「そうですよ、さっきまで意識だってなかったじゃないですか」
「…小日向さんまで」
 心配で見に来た小日向に言われて、白石は仕方なく出されたスプーンに乗った固形物を飲み込んだ。
「はい、これで終わりたい。俺ば、大石呼んでくったい」
「あ、じゃあ俺が案内するよ。場所知ってる」
 千歳と越前がロッジの出口に行ったところで、小日向が小さく笑って白石の傍で小声で囁く。
「千歳さん…、ずっと私に白石さんのことばっかり話してたんですよ」
「え」
「白石さんが普段どうだとか、だから他のヤツが好きにならないか心配だとか。
 でも、白石さんは全然わかってくれないとか」
「…ほんまに?」
「ええ。恥ずかしいくらいそれはもう」
「……そっか」
 なんだか安心して、すぐ恥ずかしくなった。
 この少女を、とんでもなく誤解していたのだ。
「…おおきに。…えっと、ごめんな」
「いいえ? 謝らなくても」
「いや、そうやけど…。ありがとな」
「はい」
 じゃ、私は彩夏のとこ戻ります、と小日向が立ち上がったところでロッジの外で複数の足音。
「跡部さんたちでしょうか?」
「さあ…?」
 いぶかしんだ二人の眼前、開いた扉から現れたのは謙也・財前・忍足の三人。
「…侑士? 謙也に、財前まで」
「白石―――――――――――――!」
「うお!」
「謙也、病人にタックルすんな」
 勢い余って白石に抱きついた謙也をひっぺがして、忍足は具合は?と聞いた。
「だいぶええよ。多分もう微熱しかあらへん」
「そうか」
「でも、さっきまで意識なかったんです」
 小日向が付け足すように言うと、財前が少し案じるように顔色を伺った。
「ほんまに、…大丈夫」
「…そう、ですか」
「うん。…で、どないしたん?」
 三人揃って、というと視線を彷徨わせた後、忍足が実は、と切り出した。




「…俺の姿したお化け?」
 千歳と越前は今不在なので、疑問符を飛ばす役は白石しかいない。
 小日向は多少青ざめている。苦手らしい。
「そや! あっちゅうまに消えて…!」
「謙也。…でも、それは忠告に来てくれたんやろ?
 もう大丈夫や」
「…そ、そか?」
「うん、もうなんも傍におらんよ」
 霊感のある白石に断言されて、謙也はやっと安堵したらしい。すまんと謝った親友に、ええからと返すと、あ、俺言ってくる!と安心した気持ちが手伝って謙也はロッジを飛び出していった。
「言って…?」
「あ、いえ。あんまりのことに謙也クンがパニックになってて、俺らそのまま抜けてきてしもたんで」
「あー、今頃大石たちに探されとる」
「ああ…」
 納得、と苦笑した白石を覗き込んで、忍足が不意に言った。
「で…蔵ノ介。…あれは、ほんまに自分がしらん相手か?」
「…忍足さん?」
 いぶかしんだ財前の前、白石がきょとんとした顔を不意に笑みに変える。
 くすくすと、まるであの時のあの“白石”のように笑って、流石、と呟いた。
「…俺の幼馴染み伊達にやってへんな。侑士」
「そらな。…あれがほんまに“お前やない”なら、俺はすぐ気ぃついたで」
「え」
「…うん…。あれは、確かに俺や」
「…部長? でも」
「うん、身体はここにあって意識なかった。
 まぁ…生き霊? ってヤツやな。言うたやろ? 今日は、この島の“禍つ日”やて」
 あの“白石”が言った言葉。白石は知るはずがない。
 財前が理解したが、胸に落ちないという顔で見遣った。
「自分、いつの間に生き霊とばせるようになったん?」
「いや、とばせへんよ? 飛ばすつもりもなかってん。
 ただ、眠ったら意識だけふらふら外出てしもて、あれ?あれ?って。
 思っとったら自分らが肝試しする言うてたし、ああそういや今日は島の空気おかしいなぁ、ああそっか、って思って全員に忠告しとこー…って」
「で、生き霊のまんま参加した…?」
「そ」
「…自分は…」
 頭を押さえた忍足に、白石はほんまに生き霊になっとる自覚なかったんよ?と言う。
「でも侑士に言ったあたりで自覚して、そしたら目ぇ醒めて、ここおって、千歳が半泣きで見下ろしとったわ」
 ずっと意識なかったんやて。
「そら泣くわ…」
「ほな、部長…。禍つ日って?」
「ああ、沖縄とか? 島にはそれぞれ暦の上の鬼門が開く日があって島ごとにちゃうんよ。
 鬼門は本来北やし、島の方角によってやな。
 で、暦の上の鬼門の日が禍つ日。禍つ日は島全ての場所が鬼門なんや。
 それなんに、本来の鬼門のあるほこら行くんはまずいやろ。
 そのままあの世直行や。
 まあ、逆に言うと、鬼門の禍つ日やったから、多分生き霊で動けたんやろ」
 普通無理、と白石。
「…はぁ。それは、どうも」
「……妙な状態やってんなそれ。謙也いなくなってから言うたんわざとやけど」
「うん。あれが俺やて知ったら、謙也しばらく俺にびびりそうや」
 そこで千歳と越前が帰ってきた。
「ただいまー……。どうしたの? 小日向さん」
 越前の声に、ようやく忍足ははっとなってロッジの隅を見遣った。
 そこに青ざめて無理に笑みを浮かべた少女。
「…すまん、お嬢ちゃんのこと、忘れとった」
「…い、いいえ…」
 じゃ、私戻ります…と消え入るような声で小日向は出ていった。
「悪いことしてしもた…」
「まあ、…な」
「なんのこつ?」
「あー、さっき俺意識なかったやん。
 そん時生き霊になってて、侑士んとこおったんや、って話」
「は?」



「……白石さんの生き霊。会ってみたかったかも」
 聞き終えた越前の第一声がそれで、忍足は半分脱力した。
「ちくっと待つたい…。白石、生き霊ん時ば、忍足と手繋いどったと?」
「いや、あれは掴まれたんやけど…」
「忍足! 白石になんばしよっと!」
「自分はどんだけ心狭ぁて蔵ノ介が世界の中心か原稿用紙五枚に今すぐまとめて来い!!」
 生き霊捕まえた第一声それか!と怒鳴った忍足が胸元を掴んだ千歳の手を振り払って、忍足は白石に真顔で。
「自分…こんなんと付き合うん…疲れん?」
「…いや……実は…」
「実は!? 実は嫌やったとか白石!?」
「…い、いや…実は……その方が俺は…嬉しい……な……とか思う」
「っ白石!」
 感激して白石を抱きしめた千歳に、ああもう好きにしてくれと忍足は投げやりだ。
「じゃ、俺はそろそろロッジ戻らないと」
「ああ、リョーマくん、ありがとな」
「いえ」
「自分も反応シンプルやなぁ越前…」
 忍足がそうコメントした先で、越前は不意に入り口で立ち止まると、振り返って。
「そういえば、千歳さん」
「ん?」
「…白石さんをあそこから連れ帰って来てから、キスした?」
「リョーマくん!?」
「……いや、そういや、しとらん」
 思わず真っ赤になった白石を余所に暢気に答えた千歳に、越前は帽子の鍔を引っ張って笑った。
「じゃあ、白石さんと最後にキスしたの、俺なんだ」
「…ぇ」
「白石さんと、キス。したんだよね。俺。もちろん、口で」
「……」
「御馳走様。ち・と・せ・さん」
 言い捨てて、越前がいなくなった証に扉がぱたんと閉まる。
「っ…白石!」
「…っ…」
 振り返った途端、唇を深く奪われて、白石は思わず腕を突っ張ったが、まだ熱で怠い身体。千歳を押し返す力などある筈はなく。
「…ん…っ……ぁ」
「っ止めんかい!!」
 渾身の力で千歳を引き離したのは忍足だった。
 さりげなく反対側に白石の身体を引っ張ったのは財前で。
「なんばすっと!」
「なんややない! 病人にいきなりディープキスかますな!」
「部長…大丈夫ですか?」
 財前に伺われて、白石は大きく息を何度もして、うんと頷く。
「ほら見ぃ! 風邪みたいなもんなんやぞ! 鼻詰まってんやから!
 ディープキスかまされたら窒息してまうわ!」
「…あ、白石、苦しかったと……?」
「…ちょお…侑士が引き剥がすんがあともうちょい遅かったら意識ブラックアウトしたんちゃうかな…?くらいには…」
「…あ、すまん」
「いや…」
「蔵ノ介。お前、一回はっきり千歳んこと怒った方が…」
「…いや………ごめん。嬉しいし」
 俺かて、ほんまは千歳とキスしたかってん。と小声で漏らされて、忍足はその場に座り込んだ。
 千歳は「白石、可愛か…」と言いながら細身を抱きしめている。
 流石に可哀相になった財前が忍足を覗き込むと。
「…蔵ノ介が…あの無防備で俺がおらなあかんかった蔵ノ介が汚された…。
 あんなクマみたいな九州男児に……せめて…せめてまだ橘……」
「………いやぁ、俺、ようわからんけど、その組み合わせは無理あるんやないかと」
 財前は取り敢えず、その場の自分の最大限のフォローをして肩を叩いた。






 翌日、どこか途方に暮れたのだか、所在なさげに佇む手塚を見つけて、びくりともう条件反射で身を竦ませた木手が、咄嗟に作業が一緒だった幸村の背後まで後ずさる。
「…ああ、手塚」
 幸村が、暇だね彼も、と事情をわかったように呟く。
「大丈夫だよ木手。キミたちは今日からちゃんと集団行動してるし」
「…そうですかね」
 心底疑わしいという目をした木手の視線の先で、不意に手塚が動いた。
 傍を通った葵の手からなにかを受け取ると、ずかずかとこちらに来る。
「…っ」
「はいはい、大丈夫。俺がいるから」
 息を呑んだ木手を背後に庇って、なに?と幸村は手塚を見る。
「いや、木手に」
「なんの用事なんだい?」
「……これを渡すだけだが」
「…それ、今、葵から奪ったよね? 葵はそのまま木手に渡す筈だったんだろ?」
「ああ」
「なんでキミがわざわざ奪うんだい? 渡すだけなら誰でもいいし、葵が用事で来れない場所にいるならまだしも、葵はそこまで来ていたよ?」
「……、…………義務だ」
 しばらく沈黙して、そう言う。
「なんの」
「山側リーダーとしてのだ」
「それこそなんの。木手たちは真っ当に作業してる。それに木手たちは海側だよ。
 なんで、山側のキミが、世話焼く必要が?」
 お前はこうのとりの略奪者か、という笑顔で幸村が言うも、手塚は真顔で一度引き受けた以上は義務がある、と断言。
「跡部はキミに“比嘉の独断が参った”と零しただけだと聞いたよ。
 …頼まれてないよね。誰も」
「…………」
「とにかく、それは俺が渡す。キミは山に戻れ。キミがいないと好き勝手する人間が流石に山にだっているだろう?」
「…………木手」
「……なんですか」
「また来る」
「来なくていいです!」
 言うだけ言って去っていった手塚を見送って、幸村がはぁと嘆息した。
「………これだから“―――(放送禁止用語)”系のヤツは扱いに困るんだ」
「……え? …それは、どういう意味で…」
「…いや…ソフトに言うと、無自覚な馬鹿猪には疲れる、って話。手順も手段もなにも踏まないからね。それだから相手が逃げるんだって気づきもしないんだ」
「…意味、いまいちわからないんですが」
「…手塚は困ったヤツだね、って話だよ」
 幸村の心底嫌だ、という声に木手はただ疑問符を飛ばすばかりだった。
 傍で丸井が、意味を聞いてきたジャッカルに。
「…だから、手塚、無自覚に木手に惚れてんだって話だよ。
 で、幸村くんは手塚はそれに気付かないで手段も手順も踏まないで手を出す変態だから困る、…って」
 以上、小声だ。
「…ああ、そりゃ…木手が怯える筈だな」
「だろぃ?」
「…流石に、これに関しては、味方になってやらねーとって、気になった」
「俺も」
 幸村のものが伝染したように、丸井とジャッカルも嘆息した。
















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 手塚が無自覚に変態でどうしよう…って話です。
 木手に対するセクハラが…度を超してる。
 しかも本人全く自覚なし(質悪い)
 幸村も放送禁止用語で嘆きますよ。
 この幸村はなかなか初っぱなから黒いなぁ、楽しいなぁ(おい)