
その日は午後から雷が鳴った。
「あー、降るね。これは」
「だな」
幸村の声に跡部が賛同した。
「あ、もしかして相当降るかい?」
報告に来た山側の大石が言った。
「ああ」
「大丈夫かな。手塚がまだ探索から帰ってないんだ」
「ふうん。大丈夫じゃない? どこ?」
「ここ」
地図を見せていう。
「割と遠いね」
「あ、おーい」
遠くからやってきたのは甲斐だ。
「ああ、どうしたの?」
「いや、木手がさ、探索行ってるから大丈夫かって」
「木手もか」
「うん、ここらへん」
と甲斐が指さした地点を見て二人は絶句した。
手塚の探索地点と非常に近い。
「まさかはちあってないよね?」
「まさかな」
「え?」
「いやいや」
「でも大丈夫かなーって、さっき凛とも」
「なにが?」
「木手さー、雷、ダメなんだよ」
「…………」
「…………」
一緒に沈黙した幸村と跡部は顔を見合わせて。
「……大丈夫だよな」
「まさか手塚でも、怯えてるヤツをどうこうは、ねえよな?」
「……ないよ。うん」
「……?」
疑問符を飛ばす甲斐に笑ったが、引きつったかもしれなかった。
「っ!」
遠くで鳴るたび身が竦んで仕方ない。
やっと見えた廃村の家に飛び込んだ瞬間大きく鳴って、思わず涙がにじみそうになった。
雷と地震だけは本当にダメだ。
「……しばらく休んでいくか」
呟いて木手が中を見た瞬間、喉が鳴った。
手塚がそこにいて、後から来た木手をぽかんと見ていたので。
「……………」
何もこんな時にこんな人と二人きりにならなくたって……!!!!
「………木手? 探索に来ていたのか」
「ええ、キミも?」
「ああ。降られて困った」
「でしょうね…」
「…………」
まさか、いきなりどうこうされないとは思うけど。
「木手」
「な、なんですか」
「…最近、俺を避けていないか?」
「……避けてますよ。理由なんかわかってください」
「…………避けているのか」
「(…理由を考えようとはしないのか…!)」
「わかった」
「え?」
出口に進み出した手塚に、木手は驚いて声をかける。
「俺と一緒は嫌だろう? 俺は別の所に行く」
「…え」
「…何故かは知らないが、お前に嫌な思いをさせたいわけじゃない」
言って出ていこうとした手塚を思わずと呼べなくて、木手は身体を使って出口を塞いでいた。
「…木手?」
「……い、今出て行くことないでしょう…!?」
「…しかし」
「ちょ…一人にしないでください…!
こんなとこ…っ」
瞬間背中で大きな雷鳴がして、木手は思わず悲鳴をあげた。
それに、手塚はきょとんとして、
「…お前、雷がダメだったのか」
「……悪いですか」
「いや、人間苦手なものはある。悪くはない」
「…………」
てっきり、
てっきり馬鹿にされると思った。
でも、普段のこの人は真面目で、真っ当で。
真摯で。
「だが、俺といるのは…嫌じゃないのか」
「嫌です。でも、雷と…と比べたら」
この人も怖い。雷も怖い。
でも、どっちが怖いと聞かれるなら、この人より。
雷の方がずっと―――――――――――――。
「っひゃ!」
初めて真剣に手塚を見つめた瞬間、一際大きな雷鳴に驚き、手塚にしがみついた身体に驚いた手塚が、我に返って身を離そうとした木手の片手を掴んだ。
「て…」
「……」
そのまま深く塞がれた唇に、一気に頭が冷えた。
離れた瞬間、その頬を空いた手で殴る程度には。
「あなたは…っ……冗談を言っていい場合とそうじゃない場合もわからないんですか…!!!」
「……冗談じゃない」
「冗談じゃなくても時と場合がわからないんですか!?
仮にも怯えてる人間に対してどうしてそんな…!」
「……お前から近づいてきたのに、堪えられる筈がない」
「え」
足で引っかけたロープを掴んで、手を引っ張るとそのままもう片手を掴んだ。
「て、手塚…!? な…」
そのまま頭上で縛り上げられた両手に木手が何事か発するより早く、傍の埃の被った四脚の椅子に突き飛ばすように座らせる。
「な」
それ以上文句を言われる前に余ったロープの部分で片足を椅子の脚に縛り付けた。
「……な、…な、に」
意味を悟りたくないと怯えた顔を見上げて、上着の下から手を差し入れて肌を撫でる。
「…っ…な、やめてください! こんな冗談…っ」
「俺が、冗談でこんなことが出来る人間だと思うのか?」
「っ…」
たくしあげた上着から覗いた胸の飾りを歯で噛んで、びくりと震えた身体を見上げるとその顔は恐怖に歪んでいた。
「………眼鏡は外さない、見えなくなってお前がなにをされているかわからないのでは意味がない」
「っ…! や、…嫌……っ」
ぐいと空いた手でジャージを引っ張る。
「嫌…嫌………嫌…っ」
声すら空しく、下着ごと降ろされたジャージが埃に汚れた床に落ちた。
雷は、耳に入らなくなっていた。
手塚木手性的描写の部分を畳んでいます。見る方はクリック。
「やっ……」
そのまま性器を口に含まれて、感じまいとしても高められる感覚に首を振る。
「嫌…っ」
それでももうすぐ達するというところで口を離された。
「っ…」
そのまま手で撫でられ、それで手についた液体で背後のそこを抉られた。
「っ…! っや……いた…いたい…っ」
「我慢しろ」
「やぁ…っいたい…いた…っ」
空いた片足が暴れるのを押さえ込んで、そこを増やした指で念入りにナらすと、三本が入るようになったのを確認して引き抜いた。
荒く呼吸を吐いて安堵のように声をあげた木手が、抱え上げられた片足に、途端顔を恐怖に変えた。
「や…いや…嫌…っ」
「…少し我慢しろ」
「や…手塚…ッ…止めてください!!」
ぐじゅ、という音が響いた。
中に一気に最奥まで侵入した異物に、喉を仰け反らせた顔を涙が伝った。
「狭いな」
「…あ…ぁ…っ…うあ…っ」
「…流石に足りなかったか。…切れたらしい」
下肢から伝う血液に、手塚は淡々と言うだけだ。
「…っあ…た…い」
「木手?」
「い…たい……てづ……や…動かな……」
「それは聞いてやれない」
「や…どうしてこんな…なんで……」
「今気付いた。…お前が、好きだからだ」
囁かれた言葉。塞がれた唇。
「っあ……ぁ…っ」
どくんとけいれんして吐き出した木手を追うように手塚が体内で熱いものを放った。
僅か弛緩した身体がずると椅子を滑って、よく見えない視界で手塚を見遣る。
「……そんなわけない。好きな人間にこんな…出来るわけ……」
「狂ってる……」
それだけ言って意識を失った木手を抱き寄せて、全くだと呟いた。
「俺も、そう思う」
きっと狂っている。
雷が最後の悲鳴のように鳴った。
止んだ雨の中、木手を抱えて戻って来た手塚を、ほとんどは深く考えなかっただろう。
幸村と跡部を除けば。
「ロッジまで運ぶ。軽く頭を打っただけらしいが」
「そう、俺もついて行くよ。跡部はみんなを頼んだ」
「ああ…」
歩き出した幸村をたまたま来ていた赤也が追ったのは、偶然かなにか。
離れロッジまで来て誰もいなくなった場所で振り返った幸村は冷たい色をして手塚を見た。そう赤也が理解した瞬間、幸村の手が手塚の頬を容赦なく打った。
赤也が茫然としてなにも出来なかったのは当然だった。幸村は暴力を使わない。
「正直、俺はキミがここまで浅はかで愚かだと思わなかった。
見損なったよ、手塚」
「……ああ、…俺も、そう思う」
「……二度と木手に近づくな。全国でもだ」
「…………ああ」
手塚は木手を幸村に預けると踵を返した。
「ああ、赤也、いたの、ごめんね」
いいよ。部長、謝らなくて。
そう思ったけど、言葉にならなかった。
手塚が木手をどう思ってるかは先輩から聞いて知っていた。
今の幸村の行動でなにがあったかもわかった。
じゃあなんで?
「赤也?」
いぶかしんだ幸村に、なにも言えなかった。
「謙也くん」
「おう、光。なんや?」
「一緒に探索行きません?」
「ああ、ええで」
あっさり出された許可に、財前が笑った時だ。背後で。
「その探索先で忍足謙也を押し倒すつもりな確率100%」
「え!?」
「……柳さん」
とんでもなく低い声で呼ばれても、柳は顔色を変えない。
「いい加減限界なんだろう?」
「柳さん」
「何を睨む。お前の持論は“俺より弱い人は俺に揚げ足とらないでくれ”だ。
俺はお前より強い」
「うっさいわぁ。やったら柳さんは切原を鳴かしたいん鳴かされたいんどっちなん」
早口でまくしたてられて、しかし柳は挙動をとめた。
「…それは考えたことがなかった」
そうぽつりと言っていなくなってしまった。
「……あの人」
「おおおい! 光お前…!」
「いえ? もうそんな気ありませんよ」
「そ、そうか?」
「ええ」
「うーわー、浪速のバカップルだうっぜー」
「なんやと! って切原」
柳と反対方向から来た赤也は先ほどまで柳がここにいたと知らない様子だ。
「仲よすぎっつか、きしょいっすよー?
男同士で? うっわ」
「はぁ? お前かて柳さん好きなんちゃうん?」
些か機嫌を悪くして言った財前に、赤也は鼻で笑う。財前がかちんと来たように目を細めた。
「いいよな」
「は?」
「そうやって先輩だろうか後輩だろうが言葉届いて話せて」
「……柳さんとお前会話できてんやん」
「でもはぐらかす」
「…」
「俺が手段選んでる間にはぐらかされる。何言ったって無駄だよ。
………いいよな。言葉通じる相手好きになった奴はさ」
「切原……」
「もう、わかるかよ…」
傍を通り過ぎた赤也を追えず、ただ見送った。
木の下で本を読んでも、全く頭に入らなかった。
(考えたこともなかった…)
自分は結局、逃げることが一杯で、その先をまるで。
「なに笑ってんですか」
「…赤也」
見上げて気付き、立ち上がる。
「どうし…」
「……俺、あんたが好きなんですよ」
「知っている」
「…だけですか」
「いや、俺もお前が可愛いぞ」
「……なにそれ」
「だから、…お前が可愛い。大事な後輩だ。
だから、お前を」
「……そんなんいらねーよ」
「赤也…」
「結局そうやってはぐらかしてんじゃねーか。俺はその他大勢の“大事な後輩”扱いさえたくて告白したんじゃねーよ!」
「赤也、待て。俺はそんな意味じゃ」
「もうしらねー。あんたがそんな気がねえなら、さっさとフってくださいよ!
それで諦めてやるよそれがお望みなんだろ!」
「赤也、違う、俺は」
「あんたなんか」
触れようとした手を振り払われた。初めて。
「あんたなんか、好きになるんじゃなかった」
涙ににじんだ顔で言われて、言葉が出ない。
そのまま走り去った後輩を追えず、柳はおろせない手を宙に残したまま呟く。
「違う…あのままじゃ嫌だったから…俺は」
その言葉が、届くことはない。
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