番外編:フミキリさま








第一話−【新入部員歓迎会】





 それは今年、切原たち新一年生が入学してきた、四月に遡る。



 テニス部新入歓迎会。満員御礼という入部数で、スパルタや技能の高い新二年のしごきにも堪えて仮入部期間を乗り切った猛者たちばかり(by部長)。
 中にはそのレギュラーのほとんどを担う新二年生の中学の後輩、というスキルテクニックにずば抜けた新入生も多く、最高学年の先輩は夏が待ち遠しいと既に涅槃を見る目だ。
「じゃ、大体の歓迎会は終わったな」
 部長、鳴瀬の言葉に新入部員たちが「えっ」という顔をした。
 男子テニス部は体育館の一個(北麗学園には体育館が四つある)を丸々使っている。
 そして、時間がかかるから、新入歓迎会は部活を一日潰して午前から、と先輩に訊いていたので、新入部員は「まだ午前十一時…だよな?」という顔。
「慌てるな新入部員諸君。こっからは我が部の期待の二年が仕切る新入部員自己紹介の場!
 存分に諸君が個性を発揮できるお題を用意させてもらった!
 さあ後は任せたぞ白石! 忍足侑士!」
 鳴瀬が手をばっと広げた後ろから、すちゃ、と立ち上がった二人の新二年生と思しき部員。
 一人は眼鏡の、いかにも理知的でクールな風貌のイケメン。
 もう片方は外人か?と思わせる白金の髪に翡翠の瞳の、眼鏡の片割れより若干身長の低い、それでも充分高い、やはりイケメン部員。
「と、いうわけで今年は俺ら二人が指揮進行を仰せつかりました。
 みなさんよろしゅう」
「てことで、これからみなさんにやっていただくのは、新入部員歓迎会という名のキャラ確立のステージ。
 その名も…」
 眼鏡の方がやけに低く吐息と一緒に言葉を吐くので、新入部員が「あの人なんか声エロいよ…」と呟いた瞬間を見計らったように、体育館の全照明が落ちた。
 停電か!?と焦ったあと、新入部員=一年生たちが気付く。
 騒いで驚いているのは、あきらかに自分たち新入部員だけだ。
 三年、二年は落ち着いている。
 先ほど挨拶をした二人の進行役の二年が、顔の前にすっ、と差し出した明かりは、懐中電灯ではなく、ろうそく。
 それで暗闇の中、顔を下から照らしながら、
「北麗学園高等部、男子テニス部新入部員歓迎定例会〜
 THE・春の百物語〜
 と囁いた声の低さと、顔が美形だからこそ映える怖さと、その内容に新入生は全員固まった。
「進行は、私、新二年生の白石蔵ノ介と、」
「同じく新二年、忍足侑士でお送りします…」
「ちゅーわけで、一年は自分のキャラ確立のためにばんばん怪談を話しましょう!
 あなたの中学・小学校のお話。地元の他校のお話。はたまた地元に伝わる七不思議・都市伝説なんでもオッケー!
 作り話も可! 嘘吐いてええで!」
 案外ノリノリで進行する(by千歳)白石にただ圧倒されている一年達の中から、すっと手が挙がった。
「すんません、トップバッターええですか?」
 進行役と明らかに同じ関西弁、顔見知りか?という新入部員の仲間の視線を受けながら、その少年が白石と忍足を中心にした陣の真ん中に体育座りのまま、ずりっずりっと進み出た。
「歩けやお前。既にその腰引っ張る『ずりっずりっ』っちゅー音が一個の怪談やないか」
「うっさいですわ。忍足従兄弟の胡散臭くてエロい方の変態先輩。
 お前らー、この忍足がエロくて変態な方。もう片方「忍足」っちゅう二年がおるけどそっちの金髪は間抜けで人のいい先輩やでー」
「勝手なこと言うな!」
「で、財前、トップバッター。
 なに話す? つか、話す前に組、名前自己紹介な」
 白石にマイク(本物)(広いから)を渡され、受け取った一年が立ち上がらないまま口をマイクに当てる。
「えー、一年二組、出席番号12番、寮はフリーデリーケ504、の財前光です」
「そこまで言うんか…」
 そこまで言わないでええ、という忍足を無視して、財前は全員を見渡し、声を出来るだけ低くした。

「新一年の仲間、逃げるんやったら今のうちや。
 昔々、俺の母校、大坂四天宝寺には部長を務めた『白石蔵ノ介』っちゅー所謂霊感困ったさんがおった。
 彼の霊視は百発百中。過去四天宝寺の座敷童ともコンタクトを取った偉人や。
 しかし、その実体は来るモノ拒まず幽霊を呼び寄せる超霊媒体質。
 全てのテニス部員はもれなくその被害を被り、合宿を共にする度に一つ、怖い実体験を増やした…。
 その人と怪談をした日には必ず誰かが悪霊に取り憑かれ、お祓いをしたことも数知れず…


 淡々と、しかし確実に恐怖を煽って語る財前に飲まれた新入部員たちの中から、一人が気付く。というより気付いてしまった。
「…おい、なぁ…さっき進行役で名乗った片方の先輩の名前…『白石蔵ノ介』じゃなかったか……?」
「「「「「「!!!!!!!!?」」」」」」」

さあもう気付いても遅い。既に冥界の門は閉ざされた。
 俺が保証する。
 百物語終わったあと、何人正気でいられるか…今年は死者は出ずに済むのか…。
 これは歓迎会という名のオカルト研究会が噛んだ人の精神の実験や。


 …て、とこでええですか? 白石先輩」

『〜実験や』までをいかにもお前も黒幕か!という口調で語ったあと、財前はころっと明るい口調でそう白石にふった。
「ま、実際はオカルト研究会が噛んでるかもわからんなら死者出たこともないけどな。
 ……俺の知る限りではな
 最後、またぼそっと落とした財前に遠くから二年部員の「あげて落とすな!」というツッコミが入る。
「ほな、次ー!
 二番手、そこのキミ行こか」
「えええええっ!?」
 いきなりお鉢を回されて、移動した財前の傍の一年が悲鳴を上げた。


「えーっと、俺、あんまりよく知らないんですよ。
 その学校、新しい校舎も多かったし、怪談自体、あったかなかったか…。
 ただ、先輩から『扉をノックする幽霊』だけは訊いたんです。
 あ、学校じゃなくって、寮です。うち、全寮制で。
 扉を、同室の人が留守の時に叩く音がするらしいんです。
 でも、名前を呼んで来ないんです。そういうときは開けちゃだめだって。
 その幽霊は、魂を奪いに来るらしいんだけど、すごいせっかちらしいんです。
 ノックして、五秒も返事がなかったらもう他のとこ行っちゃう。
 だから、うちの生徒はみんな、ノックされた後、声かけがないと十秒は必ず黙ります。
 あ、ちなみに唯一寮生じゃなくって出ちゃったうちの元部長は、なんかたまたまその日マリアさま像の掃除をしたおかげか無事だったって話です。
 以上、聖ルドルフ学院のお話でした」
 長々と明るいノリで話した不二裕太に、俺か!と二年生の中からその元部長の声。
「てゆーかさ、全寮制じゃなかったの?
 赤澤さんは違うの?」
「深司! そこ突っ込むとこじゃねーよ!」
「あ、訂正。スクール組は全寮制! 他は通学。
 スクール組っていうのは特待生のことです。
 今度こそ以上。次、誰だ?」
「じゃ、俺」
 マイクを裕太から受け取って、別の一年が立ち上がる。
「あ、俺、一年一組、神尾アキラでっす!
 俺の通ってた学校は昔ながらの公立中学で」
「それ、昔ながらの使い方間違ってない?」
「うるさいな深司! お前も手伝え!
 で、あ、こっち、伊武深司。同じクラス。
 俺達同じ中学校で。
 で、その不動峰って中学のある、部活のテニスコートの話」
「神尾、今、オチバレしたよ?」
「え?」
「『ある部活』って言って隠したって『テニスコート』って言ったらテニス部のことじゃないか。
 テニスコートでバスケするバスケ部がいるわけ? テニスコートで相撲とる相撲部があるの?」
「うるさいな!
 で、そのテニスコートには、ちょっと、血の染みがついてる。
 落ちないんだ。
 それは、昔、そのコートのまさに上に飛び降り自殺の生徒が落ちて死んで…って話。
 みんなで部活してる時はいいんだ。ただ、一人で自主練習とかしてると…気付くと、ぽーん…ぽーん…ってボールの弾む音。
 球拾いを一人でしてると、『こっちにもあったよ』って声と一緒にボールが飛んでくる。
 『ありがとう!』って受け取って、あれ、他に残ってるヤツいたっけ?って振り返ると…そこには自殺した翌朝、その死体がコートに落ちていたのと全く同じビジョンが目に焼き付いてしまい、卒業までその悪夢にうなされるらしい…。
 以上です」
「おい神尾! そんな話があったのか!?」
 二年生の群から一人の先輩が叫んだ。
「ありましたよ橘さん。あ、そっか橘さん知らないんだ。
 でも、この話は元のテニス部のコートの方なんで、俺達が使ってたコートじゃないっすよ?」
「…そうか」
「あからさまに安堵しとう…お前、実は怖がり? 九州男児が情けなか」
「うるさい千歳」
「おーい、マイク」
「あ、はいよ」
 神尾からマイクを受け取った一年が神尾と交代に立ち上がる。
「一年一組、切原赤也!
 所属学校は立海大附属! ここに来たのは幸村・真田・柳先輩を負かすため!
 てことで、俺の実話いきます。
 これは俺が二年の初夏。
 コートで一人で自主練習してたんです。
 でも、一人はいいんだけど、やっぱ先輩いないとなんかフォームおかしいって思ってもわかんないんです。
 その日もなんかおかしいな、おかしいなってわかるんだけどどこがかわからなくて首ひねってました。
 そしたら、唐突に傍で『違うよ。そこは肩からの流れの時に足が先に出てる』って声。
 あれ、誰か他にいたっけ?って思ったけど、俺、すぐピンって来ました!」
 神尾の話と似た系列か?とぞわっとした表情で彼を見上げる他の部員を余所に、名前を挙げられた三人だけが静かだ。
「幸村部長の声だ!って、俺が自主練習してるの見つけて、教えてくれてんだな、って俺はその指示に従いました。
 そしたら本当におかしいところが直って、最後に『部長! 有り難うございます!』って言ったら、『いいんだよ。じゃ、俺は病院に帰るね』………って。
 そこで、俺は気付いたらいけないことに気付きました。
 ……幸村部長はその当時、入院してて、…もちろん、いるはずないんです。学校に」
 段々暗くなった赤也の声に、一年は青ざめたが、二年は引きつった顔でその幸村を見る。
「…俺、怖くなってそのまま部長の病院に会いに行ったんです!
 そしたら…そしたら部長、笑って『赤也の作った千羽鶴に触ったら、赤也の声が聞こえたんだよ。不思議だね。ふふふ…』って!
 あ、ちなみに幸村部長は今、元気でこの学校に通ってます。
 そこの綺麗な人です」
 赤也の指さした方向に全員の視線が向かう。察してマイクを忍足に渡された幸村が軽く膝立ちして、
「どうも、立海大元部長、生き霊もとばせます。幸村精市です」
 と挨拶すると一年はおろか三年も面白い程退いた。

 最初こそ退いた部員も多いが、順調に進んだ百物語。
 結構な数を数えた順番で、北麗の中等部から来た一年が「いい話、話します」と言って立ち上がった。
「これ、北麗の…御浜市の都市伝説なんですかね?
 見た限り結構いろんな地方から来てるみたいなんて話します。
 この校舎に来る途中の道、寮生の人はわからないかもしれないんですが、コンビニとスターバックスを越えたところに、JR御浜駅からの電車が走る踏みきりがあるんです」
「そうなん?」
 寮生の白石が同じ進行役で、アパート暮らしの忍足に訊いた。
「ああ、あるある。結構人が通るわ」
「その踏み切りの一本、東の道にも踏み切りがあるんです。こっちはあんまり北麗の生徒通らないから知らない人多いと思います。
 その踏み切りって、昔から人身事故が絶えないって。
 で、その踏み切りで昔、大けがをしたスポーツ選手がいたらしいんです。
 その怪我で選手生命を絶たれたらしくって。
 で、同じように怪我をした人が、その踏み切りの前で自分の血で自分の名前を書いて、怪我の快復を祈ると、まるで手足を交換したように治るんですって。
 で、ついた名前が『フミキリさま』。
 …ってだけなんですけど」
「ええ神様…?」
「いや、でも怖い感じでよかったで。
 裏切るラストなんも面白い」
「あ、有り難うございます」
 その生徒が座って、次に順番が回る。
 二年・三年と財前の危惧を余所に、その日白石の被害を被った人はいなかった。


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