番外編:フミキリさま








第二話−【鬼さんこちら 手の鳴る方へ】




「あはははははははっ! それマジ?」
 新入部員歓迎会in百物語のその日、寮のリビングに集まった先輩たちに運悪く捕まったのが運の尽き。
 百物語第二弾、という流れになったその場にいるのは今日進行していた白石、忍足、千歳の三人の先輩に、赤也、裕太、日吉、財前の四人の後輩。
「いやホントですって! 勝手に鳴り出したパイプオルガン!
 全員が恐怖におののいて中を覗いたら、弾いていたのは観月さん!」
「面白い! てかそれを昼間話せばよかったやん不二くん」
「いや、それだと俺の自己紹介じゃなくて観月さんの紹介になっちゃいますし…」
「まあ、そうやな」
 笑い上戸なのか、機嫌良く馬鹿笑いをする白石と違って冷静に話を聞いていた忍足が頷いた。
「つか、白石さんって笑い上戸なんですか? お酒入ってます?」
「入ってないない。俺は幽霊ネタになるとテンションあがるだけ。
 遠慮なくストッパー外して大丈夫な話題やもん」
「なんで?」
「やって、その時は大抵俺以外の奴ら、俺以上に恐怖でおかしいテンションやもん。
 誰もおかしがる余裕ないから」
「全面的に白石の所為でな」
「なんか言ったか九州男児」
「別に」
 千歳がマイペースにリビングのテーブルにひらいていたケーキを一個つまんで口に放り込む。
「てゆーか、実際白石さんの被害ってそんな大変なんですか?」
 赤也だ。財前が、なに今更、という顔をする。
「あのな財前。だってよ、今日なにも起こらなかったし」
「やったら、今、実験する?」
「へ?」
「今日、この階の部屋の住人、俺ら以外おらんねん。
 廊下の電気消して、目隠しして端から端まで歩いてくる。
 多分、一番端にたどり着いた頃かその前には後ろになんかしらおるで?」
「い、嫌ですよそんなわかりきった恐怖体験!」
「信じてなかったんやないんか?」
「そういう問題じゃないです忍足さん!」
「俺は絶対嫌ですわ。ドロップアウト希望します」
 財前の速攻逃げ発言に、白石がすっと、椅子から立ち上がる。
 そして、赤也の顔を両手で包んだ。
 身長はやはり白石の方が高いから、見上げる形だ。
「…切原くんらは、俺に付き合うてくれるやんな?
 俺達をがっかりさせへんやんな……?
 な? 切原くん、日吉くん、…不二くん?」
「…は、」
「はい、」
「お供します…白石先輩」
 至近距離で綺麗な美貌に見つめられた赤也はもちろん、日吉も裕太も断ることなどできない。

(((たとえ元四天宝寺の先輩でも逆らえない…。
 だって今はこの人、俺達の先輩……!)))

 先輩には絶対服従。それが後輩という生き物なのだから………!!!!

「ほな決まり。
 あ、不二くん」
「はいっ!?」
 何故俺が名指し!?とびくっとした裕太に、白石の綺麗な笑顔。
「『裕太くん』って呼んでええ?」
「…え?」
「不二くん、やとややこしいしな。
 ええかな?」
「…あ、は、はい!」
「よかった」
「不二も周助って呼ぶか蔵ノ介」
「明日訊いてみよか? ええかどうか」
 後に続いた会話に、裕太はなんだか安心してしまった。
 この人達も、俺をただの『裕太』として見てくれるんだな。
 名前は、便宜上聞いただけ、ややこしいから、というだけの理由なのがわかる声だった。
「あ、不二がじーん、としてる」
「うるせえ日吉!」




「あれ、というか、忍足さんって氷帝ですよね?」
 白石が普段使っている包帯のあまりで目隠しを作っている裕太が、唐突に訊いた。
「なんやのいきなり。当たり前やろが」
「はい、ただ、ならなんで白石さんと忍足さんってお互いをファーストネームなのかな?って」
「あ、俺も不思議だった」
 赤也の声に日吉も頷く。
「俺らは幼馴染みや。俺は中学あがるまで大坂おったし。
 で、蔵ノ介とは小学校も同じ。
 一応こいつの兄貴分やったんよ?」
「へえ、いいですねーそういうの」
「え―――――――――――――」
「一人、場違いに空気悪くすんなや財前…」
「いやどう見たかて兄貴分は白石先輩の方でしょ……。誕生日早いし、身長低いし、変態くさいの忍足さんの方やし」
「理由はええから俺を蔵ノ介の兄貴にしたないわけやな自分…?
 つか、お前、俺の誕生日なんかしらんやろ。なにを根拠に俺が蔵ノ介より遅いて言える」
「そういやそうだな。財前、なんで?」
 赤也と日吉、裕太の視線に財前はしれっと、
「白石先輩は誕生日が四月中旬なんや。滅多にないやろ?
 四月中旬生まれより早い人のエンカウント率」
「あー…確かに」
「ちなみに、忍足さん正解は?」
「忍足さんは十月十五日。思い切りアウト。
 あと、跡部さんは十月の四日。
 向日さんと宍戸さんがそれよりちょっと早い」
 日吉が勝手に答えたので、忍足ががくっとする。
 なんで知ってんねん、という顔だ。
「知ってますよ。跡部さんが必ず部員の誕生日お祝いしてくれるじゃないですか」
「ああ、せやったな…」
「向日さんと宍戸さんは? 十月?」
「四日の跡部さんより早い十月はないだろ。
 二人は九月」
「あ、俺も九月! 誕生日!」
「心の底からどうでもええわ…」
「なんだと財前!」
「なんか、さっきから必ず光が火付け役になってなかと…?」
「あいつ一言多いな…」
「あいつ、物怖じしないっちゅーか、普段から臆さないしなぁ…。
 真顔でさらっと訊くし。本人曰く『気になったことは訊かな気が済まない性』らしい。
 あとの多くは、俺らっつか…小春あたりに鍛えられた所為やろ」
 白石の言葉に、千歳が『白石も半分くらいかっとるよ』と言った。
「なんやと…?」
「てか、白石は常日頃言われとうし。発言の九割はツッコミ殺しって。
 謙也がよくツッコミたいけど突っ込んで不思議そうに首傾げられたら立つ瀬がないってシーンの方が多いからつっこめないって言っとう」
「一足早く目隠ししとけやお前…」
「ぅぐっ!」
「蔵ノ介、そこ口」
 白石に目隠しで口を塞がれてもがく千歳を、日吉たちがぽかんと見遣る。
「あの人の方が悪いわ。あの人正直過ぎてなんでもぽんぽん言うからよう白石先輩の地雷踏み抜くんや。てか既に一通り踏み抜いたんやないん?」
「仲、悪いのか…?」
 財前はまさか、と首を振る。
「悪かったら部屋の変更要請しとるわ」
 この寮は基本卒業までルームメイトの変更は不可能だが、止むに止まれぬ事情があれば可能だ。
「え? 千歳さんと白石さんって同室?」
「そうやで」
「忍足さんは?」
「俺はアパート暮らし。
 今日は付き合って寮に泊まり」
「へぇ…」
「ほな、そろそろやるか」
 一番手の裕太に目隠しがかけられる。
 赤也たちの悲鳴を聞くまでもなく照明が落ちたのが瞼の閉じた眼球に触れる暗さでわかった。



「うぉあたた!!」
 べたん、と床に倒れ込んだ赤也が、目を覆う目隠しを邪魔そうに触った。
「廊下は障害物がないから転んだりしないって嘘じゃん…」
(結構進んだかな…? あとどれくらい…畜生予め廊下の正確なメートル訊いときゃよかった!)
 切原赤也。こう見えて特技は歩幅だけで歩いたメートルがわかること。
 ちなみに会得したくもないのに会得した特技であり、諸悪は柳蓮二という先輩。
(…えーっと…今、800メートル越えた……。あれ?)
 そこで赤也はハッとする。
「普通、寮の廊下って……そんなにあるっけ?」
 学校ならいざ知らず、大抵の寮は端から端までで六部屋〜八部屋。
 合計しても精々300メートル止まりが普通の長さ。
 その倍?
 などと考えている赤也の耳に、唐突に話し声が触れる。
 びくんと肩を鳴らしたあと、人の話し声だ、とわかる。
(なんだ、白石さんたちか?)

「俺、今日早速フミキリさまのとこ行ったんだよ」
「お前、膝故障してたもんな」
「で、どうなん?」
「それが走れんの! すごくねフミキリさま」
「えーマジなんだ」

 違う。明らかに違う。
(あれ。待って? この階、俺達の他はいないんだよな…?)
「っのわ!」
 瞬間、なにかに躓いて転んだ。拍子に目隠しが外れる。
 視界に飛び込んだのは明るい、照明。
「へ…?」
「え? なにこいつ」
「あ、知ってる。テニス部に入った切原だ」
「この寮の人間だよ」
「……?」
 え? ちょっと待ってくれ。
 赤也は立ち上がって、階段を降り玄関まで走る。
 そこには『第三男子寮』の看板。
「…え、うそ」
 自分がいたのは、いや自分の部屋がある寮はここであってる。そうじゃなくて、俺がさっきまでいたのは『第二男子寮』だ。白石さんたちの寮。
「あれ? 俺、何階分階段降りた…?」
 三階、分だ。
 白石さんたちの階は、二階だ。

 一階多い。



「……………」



 背後から肩を叩かれた。
 びくんと反応して振り返った赤也を、吃驚した顔で見下ろす同級生。
「お」
「切原?」
「鳳ー!!!!」
「え、え?」
 突然抱きついてきた同級生を、意味も分からないまま鳳は受け止めた。


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