双人ヴァンパイア



第四話【真昼の狂気】

 



 四月から正式な四天宝寺の生徒、部員になることが決定した千歳を案内した日、空は晴れていた。
 なのにどこか寒い、雪が落ちそうな空だった。
 まだ季節は、冬。

「ここは、温かね」

 そんなことを言ったので、なんの話だという顔を白石はした。
「人の心が、温い」
「褒めてんの?」
「最上級に」
「ふうん」
 ならばいいが。既に四天宝寺の仲間とも挨拶を済ませた千歳は、満足そうに褒めた。間違っていなかったと。
「…白石は、部長として慕われとう」
 急に言われて、心臓は緩く痛む。そうなのか。
「お帰り」と、笑顔で健二郎が、謙也が、みんなが言った。
 誰も、俺を要らないなんて言わなくて。
 なら、何故、九州に行かせた。なんで。
 前を行く千歳が急に振り返った。波音がする、海辺。
「あんた、本気で思っとうや?」
「…え」
「なしてって、あんたは馬鹿や?」
 白石は当惑した。言葉にしていた?
「……、これじゃ、部員が可哀想ばい。俺も、そうばい」
 まだ正式になっていない癖にそう言い、自分を哀れみ馬鹿にしたような言葉にカッとなって手を振るったが、頬を打つ前にきつく手首を掴まれ、防がれる。
「なして? あんたが、自分を大事がらんから。
 あんたが、テニスば楽しまないから。他に理由あっと?」
「それでなにが問題ある! 勝てたらええねん!」
「公式戦はそら勝てたらよか。他の正義はない。
 ばってん、あんたの“仲間”はあんたが心配。当たり前ばい。
 ……、…なぁ、あんたは……なしてテニスばする」
 そう言って、手首を掴む手をきつく強める千歳は、悲しげに目を細めた。
 眼帯が外れないままの目も、そんな風に歪んでいるのだろうか、なんてらしくなく考えた。
「…勝つためや」
 それが揺るぎない理由。正義。なのに一瞬、躊躇った。
 千歳は手を放し、白石の頬に触れる。
「賭けの続きば、言うばい」
「…賭け?」
「『あんたが優勝目指せる場所を教えてくれ』」
「……続きってなんやの」
「あんたの至上目的に添う。…あんたに拒否権ばなか」
 頬から手を一旦放し、千歳は両方の頬を手で包み、白石を引き寄せる。強い力だ。
 キスが出来そうな距離で、見下ろす瞳が笑う。

「俺が四天宝寺の戦力になる代わり、全国の決勝か準決勝までに、あんたに楽しむテニスばさせられなかったら、負けを認めてテニス部、辞めるったい」

 瞳を緩く見開いて、白石は頬を包む手に触れて、掴む。
「なんやのそれ…」
「そのままばい」
 意味は、わかる。
 ひっくり返せばいい。

「あんたは、あんたの価値をしらん」

 千歳はそのまま、額にキスを落とし、驚きのあと抵抗を示した白石を抱きしめ、唇を塞いだ。
「…っ…んっ!」
「あんたは、」
 離した唇が、糸を引く。濡れたそれで、言葉を紡いだ。
「自分の綺麗か様が男ば惑わせるこつ、しらんね」
 その言葉に、頭に血が上る。有りっ丈の力で腕から逃げ出し、千歳の頬を打った。
 手で押さえることもしない千歳を見上げ、白石は唇を拭う。
「うけて立つ。代わり、負けたら九州に帰れ」
「…ああ。―――――――――――――」


 そのつもりだと、笑った顔。

 その、狂気すら孕んだ声。理解したくない。





「また、えらい賭けしよったな」
 冬の終わりの近い日。どこから聞きつけたのか、渡邊が背中を向けたまま言った。
 部室には、彼と自分しかいない。
「……負けませんから」
「…そういう意味か?」
 苛つく。何故、彼までそんな言い方をする。
「なぁ、白石。…楽しんで、なにが悪い。お前の今のテニスはええもんや。
 けど、それが」
「ええなら、エエやないですか」
「…お前」
 意地になって、吐いた言葉は思ったより硬く、渡邊を驚かせた。
 意固地になっていると言えばいい。けれど、これは自分のテニスだ。これが自分のテニスだ。
「楽しいテニスなんかくそくらえや」
「…」
「あいつがいくらエエ戦力になったかて、それで俺が戦力にならんくなったら意味ないやないですか!」
 我を忘れる程の勢いで言い募って、すぐらしくないと白石は頭を抱えたくなった。
「…すみません。頭、冷やします」
 早足で部室を後にした。渡邊は止めなかった。


『優勝するために俺が必要なら、それまでに楽しむテニスば出来るようになれ。
 そうなれんかったら、俺は力にならん』


 彼はそう言った。あれは、ひっくり返せばそういう意味。


「…」

 そんなの、俺じゃない。


 だって、俺はそういうテニスを選んだんです。
 支障なんかないんです。
 なにも無理してない。心が故障してもいない。
 ただ、利便性を取っただけです。
 それが、そんなにいけないことですか。先生、先輩。


 そんなにいけないことですか。





「…重傷ですね」
 まだ二年や一年は気付いていない白石の変化に、気づき渡邊と一緒に休ませようと言ったのは、去年の副部長と、先代部長だ。
 特に引退しても、まだ卒業していない元副部長は、肩をすくめた。
「重傷や。…ほんまに」
「俺がやるべきでしたか?」
 渡邊の言葉に、彼は仮定で聞いた。
「俺が任せてしまったから、いけませんでしたか」と。
「…どのみち、あれはいつか同じ問題にぶつかったわ」
「…そうですか」
「…千歳なら、楽しいテニスをする。わかったから、行かせた。千歳と接してわかることを望んだ。けどなぁ」

 逆に意固地になって、それで我が身を守るような、子供でしかなかった教え子。









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