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「怒らないでよ手塚。僕の所為じゃないんだから」
再び生徒会室。
放課後には既に広まった噂に、不二は仕方なく手塚を此処へ誘導したのだ。
「……じゃあ誰の所為なんだ」
「君(多分)」
「なんで俺なんだ。
大体、菊丸と二人で立つだと。それを俺が許すと」
ぴ、と指先が手塚の唇に突きつけられる。
「はい、ストーップ。
元はといえばね、手塚。
君が昼間此処で………その………無茶するからいけなかったんだから」
「…どういう意味だ」
「遅刻してきたとき、僕ほとんどおおざっぱに着替えて行ったでしょ。
入ってきたとき女の子に見えたんだって」
「……女に?」
「そ。君があんな事したから」
「………………自業自得か?」
「じゃない? だから我慢してよね。
僕だって腰痛いの我慢しているんだから」
そうきつく言えば、しゅんとなる手塚の表情に、不二はついぷ、と吹き出してしまった。
「……なんだ」
「ううん。可愛いなぁって」
「可愛い?」
「手塚の焦ってる様が可愛いって」
「何だと」
「だから、焦らなくていいんだよ。
僕の眼は君以外に向かないんだから」
ちゅー、とカフェオレを飲み込んで不二は言う。
軋む、座った折り畳みの椅子。
差し込む日差しが木陰を作る。
「………あのね、僕は君にどんな事されたって結局は許してしまう。
それだけ惚れ込んでるんだよ。
嫉妬されるのだって本当は嬉しい。嫉妬する必要なんかないんだ。
それを言ったら」
「…言ったら?」
「僕だって嫉妬してる」
呟くように放り投げた言葉。
手塚がぽかんとしている。
少しムッとした。
「あのね、僕にだって独占欲はあるんだよ。
君が金貨貰ってて僕が良い思いすると思う?
はっきり言ってムカツクよ。全部殺してやりたいくらい。
言葉で表せないほどに君に恋してるんだ。
だから、乾とか英二に嫉妬する必要なんて無いんだよ。
君にはその権利はあっても必要はないんだから」
ストローをがじりと噛む。
不二に言われたことを反芻している手塚に、不意打ちでキスをする。
カフェオレの味。
にやりと笑って。
「だからもっと自信持っててよ。
僕は君以外好きにならない。
だから学校でなんか無茶しないで。
僕は何処にも行かないんだから。
むしろ――――――――君が何処かへ行くなら殺してやるから」
徐々に、紅潮していく手塚の顔。
にーっこりと笑って、不二は満足げに腰を下ろす。
手塚が昼間のことを悪かったと告げるまで、そう時間は掛からなかった。
「どうしてだろう。
毎日会っているのに。
お前のことが欲しくて堪らないんだ」
「うん」
「大切で堪らないんだ。
嫉妬するなと言われても無理だ。
俺はやっぱり」
「…誰にも触れて欲しくない?」
こくりと頷いた首。
にこにこと笑っている不二。
「判った。なるべく触れないよう注意する。
でも完全になんて無理だから。その辺自重して。
そして、僕のこともっと信用してね」
「…………ああ」
笑い合って唇をどちらからともなく重ねる。
カフェオレの味がするそれを舌ごと舐め取って、抱き締めあった。
「乾先輩はミスター。手塚部ちょ…先輩もミスター。菊丸先輩もミスター。
桃先輩もミスター。そして――――――――」
くるりと回したファンタの缶。
「不二先輩はミス。
ほとんどテニス部総ナメっスね」
まさか不二先輩がミスやるとは思ってなかったけど。と越前。
部活中の水飲み場。
人気は少ない。
コートの方に集まっていて、なにか色々と文化祭の話題で盛り上がっている。
「お前もだろ、越前」
「アレ? 知ってました? 海堂部長」
わざとらしく笑ってファンタの缶を開けた。ぷしっと音がする。
越前もミスターに選ばれている。
それは先輩達も知っていることだろう。
着々と近づいてくる文化祭。何故か増えていく金貨。うざい。
「海堂部長は顔が怖いからー。無理だったんでしょ」
「五月蠅い。そんなものはいらねぇ」
「でしょうね」
くい、と一口。
「でも乾先輩は意外だったって話っスよ?
噂じゃ前副会長のしもなんとかって人がなるって評判だったとか」
「乾先輩は別に意外じゃねぇよ」
「へぇ…」
にやにやと笑う後輩。
自分の思いを見透かされているのだろう。
本当に油断ならない。
「三年十一組のミスって美人て噂っスよね。前副会長の彼女とか――――――――」
「うるせぇ!
…休憩終了だ」
「……うぃーす」
三年が引退後、部長になった海堂はなんとか部をまとめている。
副部長である桃城のノリの良さも助力になっているのだろう。
そして相変わらず鋭い後輩。
言わないと思っていた恋心を暴かれそうで嫌だ。
知っていて煽る越前。
暑い夏風は過ぎたのに、温い風が吹いたようで、身体が熱かった。
「や」
帰宅途中なのだろう。
通りかかったのは乾だった。
どうしてこうタイミングが、と海堂は思う。
「部活、大変だね。
メニューちゃんとこなしてる?」
「…っす」
「そう。なら良かった」
この人に期待されるのは嬉しい。
背中を押されるみたいだ。
「もうすぐ文化祭だね。
準備とかに駆り出されて大変でしょ」
「そうでもないっすよ。トレーニングだと思えば」
「お前らしいね」
そう言ってくすくす笑う先輩。
眼鏡の隙間から見える瞳が綺麗だと思う。
たけ高い先輩。結局身長は抜かせていない。
「あ、そういえば金貨とかお前貰った?」
「……………少し」
「俺も少し。でも男からも貰うんだよ。
本当なんでだろうな」
「好かれる質なんじゃないっすか」
当てつけのように言って、それからしまったと思う。
どうしてこう、自分は素直になれないのだろう。
「……そう、かな。
それはショックかも」
ほら、別の言い方もあったのに。
「やっぱり身長かな。
タッパあるのが好かれるんだろうか」
本当は、彼は面倒見が良くてそういうところが後輩に好かれるのだと。言ってやりたい。
先輩がいい人だからだと。
「おっと。時間時間。
邪魔して悪かったね海堂」
「いえ」
「じゃ、頑張れよ」
「はい」
後ろ手に手を振って帰っていく乾。
引退してからも作ってくれているメニュー。
大切な人は誰だと問われたなら、自分は迷わず彼を選ぶのに。
真っ直ぐに射し込んでくる朝日。
揺るぎない日光。影は長く、細く。
「やあ」
西フロアの二階廊下。
不二が前方から歩いてくるのを見て、乾は思わずバックしかけた。
「なんだよ、失礼だな」
「いや、俺君の彼氏にしばらく近づくなって言われてるし」
「それなら釘を刺しておいたから大丈夫。触らなければ」
「そ……」
斜になる日差し。斜になる影。伸びて、曲がって、教室のてっぺんまで。
「聴いたよ。ミスやるんだってね」
「やらざるをえない、だよ。
クラス全員一致だもん。もう皆酷いよね」
「まあ男がミスになっちゃいけませんて条件ないもんな」
「英二はミスターだから良いけどさ」
「当日は女装するんだろ?」
「………みたいだね」
途端ずーんと重くなった不二の周囲の空気に、乾はくすと笑う。
「何笑ってるのさ」
「いや、おかしくて」
「はぁ?」
「不二は女装なんてノってやっちゃうタイプだと思ってたのに」
「………まあね。本番になればノっちゃってると思うよ。
本番じゃないから気が重いだけ」
「そういうことか。
あ、越前もミスターだって」
「聴いた。テニス部だらけでやんなっちゃうよ」
「あはは。本当テニス部だらけだもんな。
他の人肩身狭いだろ」
「乾は楽しそうだね」
「そうでもないよ。本番は眼鏡厳禁て言われてるし」
「コンタクトか。それはそれで楽しみだね。
久しぶりの素顔の君」
「止めてくれ」
昔を思い出す。
「乾ちっちゃかったもんねー」
「お前だって小さかったろ」
「乾よりはましだったよ」
「はいはいそうでしょうね」
「あ、開き直った」
笑い声の響く廊下。
また、緩やかな時間がやってくる。
頼むよ手塚。俺の感情が完全に友情に変わるまで、この緩やかな時間だけは奪わないでくれ。
さわれなくても、いいからさ。
「もうすぐだねー文化祭」
「本当だな。学園中文化祭一色だろ。
不二、お前結構楽しみにしてるだろ」
「あ、ばれた。わくわくするの。
みんなが同じ方向向かってて、いいよね。こういうの」
「六組の劇は見に行くからな」
「ああ、来て来て。練習頑張ってるから」
「なんていうんだっけ」
「『葉桜の雪』だよ。推理系メロドラマ」
「『葉桜の雪』な。チェックしとく」
「うん、しておいて。
ヒロイン役の沢瀬さんがねー可愛いんだよ。メロキュンだよ?」
「お前が言うな。
ま、可愛いって評判のお嬢さんだからな。
高坂の出番は?」
「あは。なに乾、沢瀬さんより高坂さん好み?
高坂さんは女医さん役だよ」
「女医か。いいな」
「いいね。格好いい美人だよ」
「絶対見に行くからな」
「うん」
そうやって、約束をして。
落ち着く。柔らかな時間。
風が流れていくように、ゆったりと。
天井の隅まで伸びた陽光。葉桜に埋もれるように反射する窓。
綺麗だな。と思う。
透ける不二の髪。
風のように、緩やかに。
消えていく恋心。
悪くない感触。
それは呼吸のように、とても自然だ。
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