第一話【それだけでは物足らない】
「頼むからよ。自分とこの部長はきちんと管理しといてくれねーか?」
高校の入寮日から一ヶ月。
唐突に五階の団らん室(別名四天宝寺部屋)に白石の首根っこを押さえたまま、機嫌斜めな跡部景吾がやってきた。
「…なにがあったん?」
とりあえずおとなしくそうされている白石を引き取ってから、謙也がおそるおそる聞いた。
どうもこうもねえ、と跡部。
「なんだこいつは。破天荒なのは遠山じゃねーのか。
こいつはサルか」
瞬間的に、その場にいたメンバーの脳裏にサル姿の白石が浮かんだが、すぐ全員が頭を振ってうち払った。あまりに似合わな過ぎる。
というか、白石蔵ノ介をサル呼ばわりした人間は跡部景吾自体が初めてだ。
「俺様も馬鹿だったがな…。
さっきよ、学校で居残ってるメンバーで鬼ごっこするっつー話になってな。
俺と忍足と、岳人と真田と幸村、仁王と柳がいて、特に立海がノリよくノったんでやったんだ」
「跡部くんが付き合うとは思わんかった…」
「ノーブレス・オブリージュだ。てか黙ってろ白石」
「それは意味違う」
「知ってる。ボケただけだ。黙れ」
「…、はい」
入学して僅かで、謙也達も跡部が相当にアドリブの効く応用力豊かな人間と知っている。
ということは、今回の白石の行動はそのアドリブすら効かなかったことになる。
跡部が話すには、最初の鬼は幸村だった。
「ごーじゅきゅ、ろーくじゅ!
よし、…真田と仁王は見つけるの簡単だから後回し。
…蓮二行っとくかなー」
利便性あるしね。そう呟いた幸村の肩がぽん、と叩かれる。
流石にぎょっとした幸村が振り返ると、そこには柳。
「そう言うと思ってここにいたぞ。呼んだか精市」
「…隠れろよ。じゃなんで鬼ごっこに参加したんだ…」
「お前のその驚きが見たかった、では理由にならないか?」
「いや、なる。でも遊びたかったんじゃないの?」
「お前の駒になるのが仕事だろう?」
嫌か?こういう考え方は?と聞かれた。
幸村は、柳がなにも本気で自分を「駒」呼ばわりしていないとわかる。彼はたまに真っ当に真顔で自分の味方として自分や真田を贔屓したがる、甘やかしたがる、助けたがる風であると知っている。
しかし、いや、と首を振るに留めた。
「お前がそれが正しいなら、俺は今後一切それを咎めないってだけだよ。
嫌じゃないもの。楽しいしね」
「そうか」
ふ、と微笑んだ柳がふと前を見て、あれは参加者だったか?と幸村に聞いた。
そこには鞄片手に教室を出てきた白石。
「いや、違うな。残ってたのかい?」
「ああ。…どないしたん? いやきみら二人の組み合わせは全くおかしないんやけど」
「正確にはここに弦一郎がもう一人いるべきだ、と言いたいか」
「その通り。どうしたん?」
「鬼ごっこしてるんだ。
逃げてるのは真田と忍足、向日、跡部、仁王」
「へえ。柳くんと二人で鬼?」
「参謀は参謀だから」
意味不明な返しにも白石はそっか、と納得した。
参加する?と聞くと素直に頷いた。付き合いは短いが、人付き合いには臆さず素直に従う人だという認識が幸村の中に出来る。集団や共同体を意識する人柄、というべきか。
「じゃ、俺と蓮二と白石が鬼だな。
連中はそろそろ外に出たかな…」
「外が舞台なん?」
「校舎内はまずいだろ? 鬼のスタート地点が校舎ってだけ」
話しながら下り階段に足を向けたところで、柳が窓から下の庭の跡部たちを見つけた。
「精市。昇降口のところに跡部と…忍足と向日がいる」
「…行く頃には移動してるな」
どうしたものかな、と幸村が腕を組んだ時、どさりと音がした。
見ると白石が鞄を床に落とすように置いた音だった。
だがどうしたの?とは口に出来なかった。白石が窓を開けてその縁に足をかけたので。
「…白石! ここは五階…っ!」
流石に青ざめて止めた時には遅く、とうっという声を残して白石はあっさり窓の外に身を投げた。
「でも、幸村相手に逃げ切るかぁ…?」
一方、下の庭。
向日の言葉に、それが面白いんだ、と跡部。
「せやけど、案外柳あたりはあっさり捕まりそうやないか。参謀だからとか言うて。
最初から傍におった…りとか」
「それは一理あるが…忍足?」
見るとなにやら忍足が頭上を見上げている。視線を降ろすと丁度そこの地面に、たたんっと音を立てて軽々着地した身体が振り返って、見つけたと一言。
「……今、どっから来た。白石は」
「…五階の、窓から飛び降りた……?」
忍足の茫然とした言葉に、跡部は猛スピードで白石に近づくとその首根っこをわしっと掴んだ。「え、なんで俺が逆に捕まってんの?」と当惑する白石の頭を一発殴ると、この大馬鹿野郎と怒鳴った声が、奇しくも遠くから響いた「このたわけが!」という真田の声と重なった。ヤツも見ていたらしい。
「…っつーわけだ。サルだろ。五階の窓から飛び降りるなんざ。
あり得ないにも程がある」
「…………………」
跡部の聞けばどこか確かにふつふつとした怒りの籠もった声に、四天宝寺メンバーは無言で白石をじーっと見た後、揃って頷く。
「まあ、俺達があとは責任もって躾るけん、すまんかったとね」
一人、暢気に笑った千歳が笑顔と逆に物騒な言い方をして跡部の肩を叩いた。
「そーかよ。頼んだ」
「うん」
「ちょ…千歳! 躾る、ておかしない!?」
そこは流石に異論があったのか、くってかかった白石の手を掴むと千歳はさっさと自室に引き上げた。彼らは同室だ。
千歳が実は一番キレている、と悟って謙也達は任せることにした。
どさっと抱え上げられていた身体が乱暴に寝台に降ろされて、白石はぎっと千歳を睨み付けた。
「なんやねん、いきなり…」
「いきなりやなか。…白石、なんで怒っとうかわかっとう?」
寝台脇の椅子に腰掛けた千歳の言葉に、白石は飛び降りたからやろ、と一言。
「そうやなか。それを俺達がどげん思ったか、を理解せん白石の態度ばい。
二個目は確かに飛び降りたこつやけん」
「…は? お前らは見とったわけやないし」
「ばってん、聞いた時心臓止まったんじゃなかね。謙也や師範は。
お前、普段あれほど他人心配しとってわからんとか。とんだ傲慢ばい」
いや、お前の場合、自分が他人に思われとうこつがわからんのか、と溜息を吐いた千歳が寝台に乗り上がった。
「おい…!」
「じっとしとくとよ」
寝台脇に置かれた替えの包帯を取ると、乱暴に掴んだ両手首をまとめて縛ってしまう。
「…ちょ!」
「言うただろ?」
「……は?」
腰を掴まれ、身体を四つん這いの姿勢にさせられて白石が羞恥に顔を赤くした。
「躾る、て」
「…なん、…なに、するん」
そこでようやく白石の口調に恐怖が混ざった。
こんなことをされなくても体格差は歴然で、常に白石は千歳に敵わない。
敵うのは成績とテニスだけだ、と自覚している。
ベルトを緩められて、制服のズボンが降ろされ、足から抜き取られた。
いつもするコトとは違うような、そんな恐怖で声を出さず息を呑む白石の尻を撫でると、そこに唾液でしめらせた指をねじ込む。
「…っ…」
小さく悲鳴をあげた白石に構わず反応する場所を探し当てて強く抉る。
「…っぁ…!」
そのまま何度も内壁を擦りながら広げて、指を三本受け入れるようになったのを見てからずるりと引き抜いた。
「…あ…っ…」
もう少しで達しそうになっていた白石がその感触に恨めしげに千歳を見る。今日ばかりは宥めて欲しいものを与えるつもりもなく、千歳は無視すると「普段嫌や言うけん、使わんかったとに」と言って傍の机から引っ張り出したものをその目の前に持ってきて、唇に押しつけるようにした。
「…………や………」
なにかを悟った白石が少しでも逃げようと後ずさるのを肩を掴んで阻むと、唇にもう一度押しつけた。
そのピンク色の性具を怯えて見て、冗談だろと千歳を見上げてくる瞳を矢張り無視すると、その耳元に囁く。
「このまま突っ込まれたくなかろ? 痛かよ? いくら白石の身体は慣らしてあっても」
「……」
「先、舐めたらんと」
ぐり、と口にこすりつけられて、逃げられないことと舐めなければ本気でそのまま挿れられると悟って、白石がおずと口を開くと先をちろりと舐める。
「…っん…」
すぐぐい、と口一杯にねじ込まれて苦しそうに呻くも、やめてくれないことを理解してなんとか舌を這わせる。
その様子を見て小さく、少しだけ笑うと千歳が濡れてほぐれた下肢のそこを指で急に抉った。
「…っ…ん…んん…」
呻く間に口からそれが引き抜かれ、肩を押さえられる。その性具がそこに宛われて、ぎゅ、と目を閉じた白石の性器を達しないよう掴んでから一気に貫いた。
「…っや…あぁ…っ!」
唐突に内部が大きなもので満たされる感覚に、呼吸さえ出来ずシーツに顔をこすりつけた白石の頬を撫でると、千歳が立ち上がってなにかをそれを出した机から探す。
「…………、? と…せ?」
さっき持って来るん忘れとった、と言って寝台に戻ってきた千歳が腰を一度掴んだが、なにを持ってきたのか白石には見えない。
なにかと見ようとする身体を押さえると、千歳が下肢で手を動かす。
なにか性器に触れたと思う間もろくになかった。すぐなにかを悟る。
「…や…待って…!」
「イったら躾にならんばい」
「や…っ!」
抵抗も意味をなさず、紐で縛り上げられた性器から手を離すと、千歳はほぼ白石の体内に埋め込まれた性具に手をかける。
「俺、夕飯食べてくっけん、その後は風呂と寝るまで師範とこで将棋。
それまでイかんと我慢せ」
「…っ」
かち、となにかのスイッチの入る音がするのと、その千歳の声は同時だった。
結局、石田との将棋はろくに思考が動かず負けてきた。
部屋に戻り、寝室に行くと寝台の上で掠れた呼吸を繰り返す彼の姿。
千歳が来たかも認識していない様子だ。
寝台に腰掛けると、軽く頬を叩く。
「白石」
「………ぁ…………せ」
「明日、謙也たちに謝る理由はわかっとね?」
「………、……」
もうほとんど声も浮かばない程欲に麻痺した視界が潤む。
それでも掠れた声が期待通りの謝罪を口にしたので、性具を掴むと乱暴に引き抜いた。
「…っぁ」
背後に回って縛っていた紐を取ると、紐も下のシーツも濡れていた。
「充分感じとーと? これからこれ使ってもよかね」
「……や……いや」
嫌だとか細く訴える声を無視して解れたそこに自身の昇ぶりを押し当てると一気に貫く。
溢れる嬌声も既に堪える意志がない。
それを背後から突いて笑った。
白石蔵ノ介は、恋人ではない。
所謂セックスをするお友達だ。
身体の相性がよく、千歳の好みだったため千歳は溺れるように抱いたし、白石も嫌ではないのか素直に応えて高校まで至る。
一方で、白石が自分音痴だと知っていた。
他人にはどこまでも心配して、面倒を見て世話を焼く。
集団と共同体の空気に聡いのだ。
だが、自分への心配、気持ち、関心だけを彼は介さない。
自分音痴だよ、と入寮してすぐ乾が言った。
自分のことがとことんわからない人のこと。
確かに、と思う。
白石のことを考えると苛立つ。
『聞いた時心臓止まったんじゃなかね。謙也や師範は』
それは、俺のことだ。
自分がきっと一番その思いをした。
止まると思った。白石が目の前にいるのに。
すぐ、制御不能な苛立ちに変わった恐怖は、白石が行為に感じた恐怖に比べてあまりに巨大だ。
白石を想うと苛立つ。
彼に向かう気持ちは、セックスフレンドへの独占欲じゃない。
立派な恋心どころか、大きな愛情だ。
でも、彼には伝わらない。
届かない。訴えそのものが通じていない。
そうじゃない。
もっと、心から付き合いたい。
白石を想うと、苛立つことばかりだ。
永遠に感じた愛情を語るより、今はもう、痛めつけて得る快楽の方が容易い。
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