● アヤカシKNIGHT ●

 第五話【雀御宿に帰りたや…





 がこんと音がした。
 エレベーターが一階に到着したらしい。鉄の扉が四人を迎え入れるために開いた。
「でもさー、結局白石くんに取り憑いたヒトってなんだと思う?」
「さて、学校のオカルトに詳しいヤツあたりに聞かなければならないだろう。休み明けにとっつかまえるか」
「柳くんがそんな言葉を引用するとは思いませんでした…」
 柳の口から出た柳らしからぬ台詞に、観月はそう漏らしながらエレベーターの五階のボタンを押した。
 乗った亜久津は面倒そうに、壁に背中を押しつけて今にも煙草を吸い始めそうなスタイルだ。
「ああすまない。どうも跡部といるといらない言語や態度が身についてしまってな」
「柳くんの場合さー、わざとでショ絶対〜」
「バレたか」
「オレの動体視力を甘く見ない〜」
「動体視力は関係ありません」
 観月のばっさりした意見を余所にエレベーターは閉まり、上の階へ昇る。
「…」
 亜久津があからさまにムスっとしたのを見咎めて、千石はいやいやと笑った。
「関係あるよ? 動体視力って動くモノを目ざとく見る力でしょ?
 顔の筋肉も一緒なの。知ってた? 動体視力がよくって、スポーツをやってる人ってあっち向いてホイが凄い強いの」
「……何か関係があるんですか?」
「あっち向いてホイって、じゃんけんとのコラボでしょ?
 ほら、じゃんけんの時も、顔を向ける時も、指を差す方向も、筋肉って必ず微量でも動くよね。動体視力がよくって、スポーツをやってる、つまり筋肉の動きが見えて、筋肉の動きで次の動作がわかるスポーツ選手は、手や首の微量な動きを見て、どこを向くか。どこを指さすか。じゃんけんはなにを出すか。…っていうのを一瞬で見極めるの。
 だから強いってこと」
「…なるほど。それは新しいデータだ」
「さすが千石くん。有り難い情報です」
「それで、俺のわざとの言動がわかった、と言うのだろう?」
「うん。あともう一個」
「もう一つ?」
「亜久津〜」
「…?」
 二人は亜久津の方を見るが、ムスっとしているのはわかっても、それは千石の所用に付き合わされたためとしか思えない。
「亜久津が?」
「亜久津って、エレベーターの上昇時のGが大嫌いなの。だから上昇し始めると毎回必ずムスッとなるんだ」
「…ああ、そういうことか」
 当の亜久津は余計なことをいうんじゃねえと睨んでいるも、睨みでビビる奴はこの場には生憎いないと本人もわかっているはずだ。単に怒鳴るのも面倒なのだろう。あと、この場の人間なら、言いふらさないとわかっているからだ。
「で、白石くんのさ」
 千石が話の軌道を戻した時だ。
 急な振動が大きくかかって、四人はその場によろけて、壁に四者四様に手をついた。
「…ナニ? ついたの?」
「にしては…振動が大きいな。まさか」
「…まさか、……なんです」
 柳が慎重に壁を離れ、エレベーターの階の操作ボタンに近づく。
 そして適当に二階と三階を押したが、全く反応がない。
「…故障だ」
「…えー!! 嘘、オレと一緒でそのアンラッキーはあり得ないよ!」
「ですが、事実、止まっていませんか?」
「……止まってんな。Gがねえ」
「亜久津」
 亜久津は言うと、ボタンに近づいてだんと手を広げて複数ボタンを叩くように押す。
 やはり、無反応だ。
「決定的だな」
「仕方ない。管理室に連絡を取ろう」
「えっと、これだよね」
 千石がボタンの上にある受話器を取る。
 耳に当てて。
「すいません〜なんか止まっちゃって…」

【もしもし、こちらはあの世との中継室です】

「……はい?」
 突然の、あり得ない言葉に、千石は顔を渇いた笑いに変えるのと同時にそう零した。

【そのエレベーターは落下が決定しました。あの世へ直通します。静かにお待ち下さい】

「…ちょ、ちょっとちょっと!? 誰!?」
「どうした?」
「あの! なんか、変なこと言ってる…」
 口調はまるっきり事務員だが、その声音に何処か、嗤いが混じっていると思った。
 まるで、人の不幸を楽しむような嗤いが。
「貸してください」
「いいけど」
「すいません。千石くんに言ったのと同じことを」

【こちらはあの世との中継室です。そのエレベーターは落下が決定しました。
 あの世へ直通します。静かにお待ち下さい】


「……管理室の冗談でしょうか」
「…まさか。……多分、生きた人間ではない」
 近くで聞こえていた柳が断言した。
「どういう意味だ?」
「声に、生きた人間の気配がしない。…というより、白石から感じた薄ら寒さを感じる、と言った方が正しいな」
「……じゃあ」
「間違いなく、あの世のモノの仕業で、閉じこめられ、このエレベーターは地下まで一直線に高速落下が決定済み。…あの世行きのエレベーターだということだろう」
「冗談じゃないよ〜!」
「冗談だったらどれ程よいか」
「……すいません」
「観月?」
 そのあの世とやらの事務員にはこれ以上問いかけても無駄だという柳の視線に、観月は“なにかメモを”と柳に言う。
 観月はこれで色々な知識に詳しい。柳は黙って、鞄からメモ帳を取り出した。
「あの、オチかなにか、ありますか?」

【ヒントをご希望ですか?】

「はい」

【では申し上げます。33422993333337777】

「…えっと、33422」
「33422…」
 柳が観月が言った数字をメモしていく。
「7777です」
「7777だな。他は?」
「他には?」

【御座いません。では、失礼いたします】

 ブツ。

「…切れました」
「……長いな。暗号か?」
「エレベーターのボタンをその通りに押すとか!」
「それでは答えだ。これはヒントの筈だ」
「…だよね」
「とりあえず、知っている暗号の構図に当てはめて行きましょう」
「俺もやろう」
「…任せる〜オレ頭脳派じゃないし。ね、亜久津」
「ふん…」

 プルルルルルルルル…

「うわ! なに? またヒント?」
「本当の事務員、…などという都合の良いことがあるはずはないか」
「まずないでしょうね」
「も、もしもし?」

【申し遅れました。あの世までのタイムリミットはあと二分です】

「二分!? あと!?」
「なにがだ」
「落下までのリミット!」
「なんですって!?」
「ちょ、ちょっと作戦タイム欲しいな! くれない!? ねっ!?」

【では、お電話の下をご覧下さい】

「下?」
 見れば、なにやら手の平を広げたくらいの大きさのガラス版が壁に埋まっている。
「これなに?」
「指紋照合版だな。このビルは重役しか入れないエリアがあるから、重役のみ指紋照合してそのエリアに行けるようにするシステムだ」
「なるほど…。あの、指紋照合すればなにかいいことあります?」

【リミットが三十分延長出来ます】

「ホント!?」

【ただし、一度触れれば熱感知が働き、離せばその瞬間に落下します。
 触れた方は、上の非常窓からの脱出は不可能です】


「………死ぬの覚悟して触れってことかな?」

【先程のヒントがご搭乗の皆様に解けない場合、そうなります】

「…ってったって、どうせ上からなんか逃げらんない仕組みになってる癖に…」

【質問は以上ですか?】

「………以上です」

【失礼いたします】

 ブツ。

「……」
「千石、なんだ?」
「一度これに触れば時間、三十分延長出来るらしいんだけどね…」
「なら……、まさか、なにかあるんですか?」
「…一度触った人は、離すとその瞬間に落下…。だって」
「…つまり、万が一脱出路があった場合、触れた人間は逃げられないということか」
「うん」
「…………」
 このままなら四人とも間違いなく死。だが、触れれば死ぬとわかる指紋版に、誰が触れる?
 亜久津が喉の奥で笑った。
「亜久津…?」
「おい、柳、観月」
「なんだ」
「…亜久津くん」
「てめえらの無駄な知識、当てにしてもいいんだな?」
「……」
「どうなんだ?」
 亜久津の笑みに、つられるように柳も微笑んだ。
「もちろんだ。立海大の参謀の名は伊達ではない」
「ええ。僕も、聖ルドルフが誇ったプレイングマネージャーとして、このまま死なせはしませんよ」
「よし、じゃあ千石」
「う、うん」
「てめえの運の良さ、当てにさせてもらう」
「亜久津?」
 そのまま彼が歩み寄った先に、千石は驚いて叫んだ。
 だが遅かったのか、亜久津に迷いがなかっただけか。亜久津の手は指紋版に自らの意思で叩き付けられていた。

 プルルルルルルルル…

「…」
 柳が無言で受話器を取る。

【三十分延長されました】

 ブツ。

「…無事、延長されたそうだ」
「亜久津! なにらしくないことしてんの!?」
「うるせえ! 生憎てめえらと心中する趣味はねえ。助かる望みがあんなら賭けてやらあ」
「……亜久津」
 千石はやや呆然としていたが、柳と観月にはわかった。
 これは信頼だ。あの亜久津からの、曲がりなりにも、僅かでも共に過ごした時間が生んだ絆からの信頼だ。
 ならばなんとしても応えよう。
「……そだね。亜久津」
 そうだ。亜久津は諦めたりしない。
「…ありがと。柳くん、観月くん、オレにも出来ることある?」
「では、メモ帳でいう暗号の図式をメモしてくれ。手当たり次第知っている暗号で文字に変換する」
「了解!」




 二十分経過―――――――――――。

「…全てハズレか」
「ええ…全く意味のある日本語になりません」
「…そんな」
「“十三”などの二桁数字なら、簡単な暗号もありますが…」
「あーあ…あれ」

 チャッチャチャララ チャチャチャパフ

「…千石、お前まだその着メロなのか」
「メンゴ〜。緊張感なくて。…人生最後のメールかなぁ…壇くんだ」
「…縁起でもないことを言うな、と言いたいが」
「…もう、時間も資料もない…」
「…なになに、“テストのヤマを当てて欲しい”?」
「そんなはずなかろう」
「あはは。だよね。“試合見に来てくれますか?”だってさ」
「…ほら見ろ」
「…うん。どうしよ」
 沈黙が降りる。
 千石の携帯の操作音だけが音だ。
 亜久津は何故か何も言わない。
「とりあえず送っとこ。“都合が出来たら行くよ”…と」
 ピと音が鳴る。そこで、送信してもいないのに千石の指が止まった。
「…千石? 送信が終わったのか?」
「………メモ」
「え?」
「メモ見せて!」
「あ、ああ」
 半ば奪い取るようにヒントの数字のメモ帳を取ると、千石はメモ帳片手に携帯を操作し始める。
 33422993333337777。
「……これ」
 やや唖然と呟きが漏れる。
「まさか」
「これ!」
 千石が観月と柳に携帯を見せる。
 そこのメール作成画面に映った文字は。

 したきりすすめ

「…したきり、雀?」
「でしょうか…。濁点は数字で表せませんからね」
「多分。最初、“したきりさめ”になったんだけど、意味がわからないから、幾つか変えてみたんだ」
「…なるほど。メール作成画面でその数字を押して出た文字が答えか。
 それなら舌切り雀が自然だな」
「うん。333333ってあるけど。333と333の間を空けてみたんだ」
「賢明な判断だ」
「これで出られるんでしょうか」
「聞いてみるか」
 亜久津が無言で受話器を取ると、柳が受け取った。
「すいません。答えは」

【答えはボタンで打ち込み下さい】

「…ボタン」
 は階を選ぶものしかない。
「…数字ということか?」

【はい】

「…」

【ヒントがいりますか?】

「あるのなら」

【全部で456文字です。では失礼いたします】

 ブツ

「……456…長いなかなり」
「ですが……、舌切り雀の物語を携帯で数字変換しろということでしょうか?」
「その場合はもっと数が多い筈だ」
「ですね」
「あれ、あれなんだっけ」
「あれ?」
「えー…舌切り雀の唄じゃなかった? “雀御宿に帰りたや”って」
「……!」
 柳と観月が顔を見合わせる。
「やってみる価値はある」
「柳くん、唄の全部知っていますか?」
「ああ、観月、メモを」
「はい」
「千石は携帯のメール作成画面で俺の言う通りに打ってくれ」
「うん!」
「同じ数字が続く場合もだ」
「わかった」
「では、行くぞ。観月はその千石が打つ数字を数えてメモしていってくれ」
「はい」
「【雀 雀は藪の中。雀 雀は拾われた】」
「…れた…」
「3333337777333…」
「【小さなハサミで舌を切る。中のハサミで髪を切る。大きなハサミで首を切る。
 あわれ雀は潮の中。恋し恋しや爺様恋し。雀御宿に帰りたや】」
「…や…終わり?」
「まだあと六行。【山の端越えて一軒目。水の瀬越えて二軒目。風の音越えて三軒目。
 雀の御宿は四軒目。雀御宿に帰りたや。雀御宿に帰りたや】……以上だ」
「……はい」
「メモ出来たか?」
「はい。ちょっと待って。数えます。
 33333377773333337777686665555552,33……48。
 ……丁度456!」
「行けるな。亜久津、少し退け」
「解けたんだな?」
「なんとかな。助かったぞ」
 メモを手に柳は長い数字を打ち込んで行く。
 そして最後の48を打ち終わった瞬間。

 がこん。

 再びエレベーターは上昇し、Gがかかる。
「…動いた」
 そして五階で止まり、扉はようやく開かれた。
 四人は転がるように外に飛び出した。
「…疲れたっ…。こんな疲れたビル初めてー!」
「僕もですよ」
「全くだ」
「……で、管理室に問い合わせたって無駄ってオチだろ?」
「おそらくな。一時的にジャミングでもかかったような状態だろう」
「…なんだったの今の? 学校じゃないよここ」
「…多分、警告だ」
「けい、こく?」
 千石が意味不明とばかりに呟いた瞬間。
 背後で鳴った轟音に、四人は驚いて振り向く。
 開いたままの扉の先。
 真っ逆様に下へと落下したのは先程まで自分たちが乗っていたエレベーター。
 再び轟音。最下層に衝突したのだろう。扉の向こうは空虚なコンクリート壁が見えるだけ。
「……こういう意味だ」
「落とせるなら、いつでも落とせた…殺せたってこと!?」
「ああ。だから警告なんだ」
「…なんの」
「俺達は、随分白石を覆う問題に関わった。随分な。
 おかげで、テニス部はよく首を突っ込むようになっている。だが、それは向こう側には困ることだ。ほぼ俺達の手で状況を最悪から回避しているんだ」
「……その、」
「警告だ。これ以上白石に関わるな。関われば今度は予告なしだ。…というやつだ」
「……じゃあ、今度関わったら…」
「今度はヒントなしで死だ」
「……マジ」
「あとこれはテニス部全員への警告と取っていい。この場の全員テニス部だ。
 しかも直、確実にレギュラーを獲る、レギュラークラスが揃ってこんな目に遭えば必ず部全員に伝わる」
「…だから関わるな、って意味か」
「……だな」
「てえことは、次は人死にが出るってこったか?」
「そうだ。それも多分、複数人だ」
「うげ…」
「とりあえず跡部達には知らせよう」
「知らせるの?」
「知らせず、関わって死なれたら恨まれるだろう。
 それに、知っていれば利口な出方を奴らなら考えるさ」
「それが賢明だね〜」
「しかし、相手は上手く牽制したつもりだろうが…」
 言いかけ、柳は笑う。いつもの不敵な笑いだ。
「…柳くん?」
「相手は同時にヒントを残した」
「なに?」
「すなわち、白石に関わる一連の怪奇事件の後ろに黒幕がいる、ということだ」
 でなければこんな警告の仕方はせん。
「…成る程」
「そういうことだ。まあ、もしかしたら知られる覚悟かもしれんがな。
 さて、用事はどうする?」
「も、いい。気分じゃなくなった」
「そうか。では帰りは階段で帰るとしよう」
「賛成〜」








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