「…蔵、そないな格好で?」
三月某日。
出かける支度をしていた妹の服装に、姉、櫻がもの申したのは午前の十時。
「え? 変?」
自分でいうのもなんだが、センスはいい自信がある。
エステの仕事をしていてセンスにうるさい姉に似合わない、おかしいと咎められたことは一度もない。
「いやなぁ、男としては全然おかしないんやけど…」
白石の服装といえば、薄手のジャケットにシャツ、鎖が飾ったジーンズというもので男としては確かに似合っている。
「…今日、一緒に出かけるん、謙也くんと千歳くんやんな?」
「金ちゃんもやで?」
「せやからって、『年頃の女の子』がデートに男装なんかあきません。
こっち来なさい」
「え、ちょ、姉ちゃん時間!」
「女の子が男の子より支度に時間かかったって文句言われません!」
「それは女の横暴や!」
話は数日前、千歳が遊園地の無料パスポートを持ってきたことに始まる。
こちらの叔父がくれたものらしく、四人分。
三人はすぐに決まったが、四人目で悩んだ。
謙也と千歳が『光はアカン!』と財前は?と言う白石に猛反対したからだ。
しばらく悩んで、ほな健二郎とかと他のメンバーの名前を出せば、やはりダメという言葉。
その後金太郎に決まったが、その流れから千歳と謙也が自分に『女の子』の装いを期待していることくらいはわかる。
金太郎も知っていると聞いたし。
しかし、素直に着るのも恥ずかしいなら、そもそも女の子の服なんか持っていないのが現状。
持ってないから、と開き直って行こうとした矢先に姉に捕まった、ということだ。
「……スースーするし」
千歳と謙也との待ち合わせ場所はその遊園地のある街へ走る電車の中。
元は違うのだが、姉に着替えを強行された後、自分が問答無用で変更した。
家が隣の謙也に捕まらないよう、家を出てから変更の電話をして。
「……?」
気付けば、周囲の車内の男たちがにやにやこちらを見ている。
おかしい、のだろうか。
ブーツに合わせるように姉がミニスカートを選んだので、足下がスースーして仕方ない。これは足が出過ぎだ。しかし姉に抗議したら「テニスのジャージのハーフパンツなんかと同じ長さやない」と秒殺された。確かに長さはハーフパンツに大差ないが。
髪もコテを使われたため、普通のストレートの髪のように降りていて、こうすると案外長いな、と肩につく毛先をいじった。
「ちゅーか、白石はなんやねん。いきなり先行くて!」
「俺も心配たい。…ばってん、謙也、電車の中で大声はいかんよ」
「ワイはジェットコースターがええー!」
「それ、金ちゃんに言え」
向こうの車両から声が響いて、目立つ三人がこちらの車両に入ってきた。
相変わらず下駄な千歳に笑みが零れる。瞬間、めざとく見つけた金太郎がロケットのように走り寄ってきた。
「白石ー!
うお! めっさ綺麗や! ほんまに女の子や!」
「ありがと金ちゃん。…静かにな」
一応と注意してから、かがめた視線を引き上げる。
金太郎の反応は予想出来るが、謙也と千歳はわからない。
自分たちが指定したからと、案外普通かもしれない。
恥ずかしいのは自分だけかも、とおそるおそる白石が見ると、そこには真っ赤に赤面した二人の顔。
「………」
つられて赤面しながら、ついスカートの裾を引っ張った。
やっぱり、足が出すぎだと思う。
「……おはよ」
ハーフパンツの時は気にならなかったのは、多分その時は視線が足に集中したりしてないからだ、と言い聞かせた。
「……おはよ…。…白石、か?」
「…他の誰やねん」
「…あ、うん………。……」
くちごもった謙也が視線をぱっと逸らした。
変だったのかなと白石の顔に出た時、千歳が謙也の頭をひっぱたいた。
「っだ!」
「謙也。服の意見求めとう女の子から視線逸らすんじゃなか」
失礼、と言った千歳に、ぐっと詰まってから謙也は白石に視線を戻す。
「…悪い! 変やないで? ただ…初詣ん時と違うて…初詣はほんま『女の人』て感じやったけど…。今はなんちゅうか…あ、『女の子』や…って。
…えらい可愛え。…似合っとるし」
「……、ありがと……」
「うん。たいが可愛か」
「………褒め殺す気か」
「…いやほんに。…俺が見た女の子んなかで一番可愛かよ」
「…も、黙れ」
九州男子はこうも恥ずかしげもなくくさい台詞を言うのだろうか。
全国大会の時に橘に聞いておけばよかった。
「…っ」
その時、電車がカーブで大きく揺れた。
席が埋まっていて立っていた白石が馴れないブーツに立っていられず身体が傾ぐのを、咄嗟に千歳が受け止める。
「大丈夫?」
「…うん」
ありがと、と言いながら心臓がどきどきしていた。
昔、試合の後とか受け止められたことだってあったのに、今どきどきしてしかたないのは、自分がこの人を好きだからだ。
例え、同じくらい好きな人が他にいても。
「あ、次たいね。降りる駅」
心臓がうるさい。
早く、電車が止まればいいと思った。
「ゆーえんちやー! なに乗るー!?」
「金ちゃん、少し落ち着きな?」
「とりあえず、端から乗ってくか」
謙也の一言に、そうたいねと千歳が頷く。
途端金太郎がはしゃいで、白石の手を掴んだ。
「ほなはよ行こー!」
「わ、金ちゃん!」
「おい金ちゃ……、!!」
言いかけた謙也と、気付いた千歳が一緒に真っ赤になった。
金太郎に引っ張られて走る白石は、背の低い金太郎に引っ張られている所為で前のめりだ。
金太郎も夏から伸びたが、まだ白石には及ばない。
そして今、白石の装いはミニスカートで、走っている所為と、前のめりな所為で裾がめくれてきわどく見える。
「………」
「…っ! いかん! はよ止めんね!」
「あ、そや! しもた!」
つい二人揃って赤面硬直してしまっていた。
追いかければ足の早い謙也と足の長い千歳のこと、すぐ追いついたが、ごめんと謝る白石がふと見上げて。
「………どないしたん?」
「…なにがや?」
「…千歳も謙也も…。なんか機嫌悪そう」
「…そげんこつ、なかけど」
「…そうかぁ?」
「ええからはよ乗ろー!」
金太郎の先導でジェットコースターの列に並ぶ。
そして気付いて更に不機嫌になった。
周囲の男たちだ。
遠慮がちながら視線をよこすものもいれば、中にはあからさまに、隣に自分の彼女がいるのに視線を白石の足に向けてにやにやとしている者もいる。
思わず背後からの視線から隠すように白石の後ろに立って、それでも自分たちの視線は下には落とせない。
思えば部活の時、男と思っていた時は普通にあぐらをかく足すら見れていたのに、今は最早心臓が異常な程高鳴るためにとても見られない。
(…色、ほんなこつ白かし…。って考えたらいかん)
(……なんでこう足まで綺麗なんやこいつ…って考えるな俺!)
((むしろ金ちゃん、なんで平気なん!?))←二人の声
とにかく、自分たちは見れないのに他の野郎が見ているのは、無性に腹が立つ。
なにより損した気分だ。
「なー、順番どうする?」
既に乗る順番になったのだろう。白石が聞いてきた。
「…あー」
「…んー」
「…なにその生返事」
「気にすんな…」
「金ちゃんと白石でよかよ。俺たちで乗るし」
「…? うん」
謙也がなんで男二人で乗るん!?と怒鳴る可能性もあったが、彼も賢明に無言だった。
彼も多分、真横で場合によって風でめくれる足なんか見てられないのだろう。
しかし、
「…じゃ、金ちゃんちょお詰めて」
「はーい」
「よし、エエ子。花丸や」
「わーい白石に花丸もろたー!」
はしゃぐ金太郎の横にひょい、と座った白石の足が立っている時よりより多い面積で見えて、二人揃って視線を逸らした。
((…ほんとになんで金ちゃんは平気……))
千歳と同じことをそう思いながら謙也が後ろの座席に乗り込むと、不意に千歳がギッ、と前にいる係員を睨み付けた。
「…? …っ!」
謙也もすぐに気付く。係員は男で、なにをにやにや見ているのかと思えば最前列の白石の足である。
「………っ!?」
ようやく謙也と千歳の視線に気付いて後ずさった係員を、白石が不思議そうに見た。
「少し休む?」
ぶっ続け(主に金太郎の希望)で乗り物に乗って、時間はすっかり三時間は回っていた。
お昼にも丁度いい。
「そうたいね。休んでご飯にしよか」
「そやな。金ちゃん、ちょお休もう」
「えー!?」
「お昼ご飯や! おなかすいたやろ? なんかアイスおごったるから」
「ほんまか謙也! わっほーい! 白石ぃ! 謙也がワイにアイスおごってくれるって!」
「よかったな金ちゃん」
ぴょんと飛び跳ねた金太郎が勢いで白石の胸元付近にダイブのように抱きついたが、白石はいつもと大差ない心境なのかはいはいとあやしている。
「白石にも―――――――――――――…っ……? ちとせぇ?」
背後から金太郎を抱えてはがした千歳の顔を見て、一年ルーキーが首を傾げる。
「顔、赤いでぇ? どないしたん? 風邪引いたか!?」
「…いや、違うけん…金ちゃん、これから白石に抱きついたりしたらいかんよ」
「なんで?」
「ほら、白石は女の子やろ? おなかは赤ちゃん産む大事なとこやから勢いつけて抱きついて痛めたらアカンねん」
「…あ、そっか! わかった。ワイ、おとなしくする!」
「よっしゃええ子や」
「…なに吹き込んどんねん」
二人揃って言い聞かせているのがお気に召さなかったのか、元部長に睨まれて、金太郎にあわせるために屈んでいた二人は顔を見合わせた。
「……寿命が縮む」
「同感ばい」
昼食を済ませた午後、ベンチに座り込む謙也と千歳の視線の先にはアミューズメント区域の中で手を繋いで話している白石と金太郎。
金太郎の例の従兄弟の姉ちゃんがお小遣いをプラスしてくれる代わりにプリクラでも一枚撮って来いと命令したそうだ。じっとしているのが嫌いな従兄弟に命じることとしては鬼である。
女の子の格好を見たいから、と仕組んだのはお互いだが、実際はちらつく白い足が気になってよく見れないし他の野郎は構わずじろじろ見ているし、金太郎はわかっているのかいないのか、先ほどの昼食でも、
「あ、白石! 白石も一口いる?」
「くれるん? 金ちゃんにしては珍しなぁ」
「はい!」
「ん」
向かいで声なき悲鳴をあげた謙也たちになど気付かず、あーんの状態でアイスをもらった白石がええ子やなーと金太郎の頭を撫でた。
ということもあったし。
しかし、もし自分のものに本当になったら、スカートだって一杯履いて欲しいわけで。
履くななんて、言えるわけもない。
「……、! っ千歳!」
「へ? ……、」
ぼんやりと謙也の指す視線を追って、千歳はハッとしてベンチの後ろに謙也と一緒になって隠れた。
そこを歩くのは、テニス部元副部長、小石川健二郎。
「なんで小石川が!?」
「いや、しらんばってん…」
丁度白石も金太郎もプリクラの布の中に隠れた後だったが、安心は出来ない。
なぜなら、その小石川の視線がじーっと白石のいるプリクラを凝視しているのだ。
「…気付いた!?」
「…いや、ちょっと…」
違う?と呟いた千歳と謙也の視線の先の小石川の傍に、一人の女の子が駆け寄ってきた。
背の高い、さっぱりした感じの美人だ。
え、あいつ彼女いたん?と驚く謙也の視界で、その『彼女』が「どないしたん? 健二郎」と聞いた。
「…いや、……」
「知ってる子?」
「いや、しらん。姉と弟かな…」
「兄弟やない?」
「……姉貴の方、…ええ足やなぁ、て。目の保養」
「健二郎……。そんなやからむっつりとか言われんねんで学校で」
「姉ちゃんに関係ないし」
「弟が性犯罪者になったら困ります。ほな行くで」
「……うん。…弟が邪魔や」
「まだ言うか!」
どうやら姉だったらしい。
しかし、意外に。
「…ほんまむっつりやな」
「ほんにな…。あいつが知らなくてよかったばい」
小石川が見えなくなったのを確認してベンチの後ろから出る。
白石たちも終わって、駆け寄ってくるところだった。
それから更に四時間。
体力馬鹿の金太郎にあわせて遊んでも、そこは調教師の白石がいるので適度にセーブされて日も暮れだした。
帰りは送るから、と言う謙也に一緒になって言いたいが、自分は金太郎を送らなければならないと堪える千歳。
金太郎は眠そうだ。
「楽しかったな」
「ああ。そうたいね」
「…」
白石?とふと視線を落としてしまった白石に声をかけると、すぐ笑った顔がなんでもないと言った。
「ほな、帰ろ」
「…うん」
「謙也、」
「ん?」
白石に呼ばれて、前にいた謙也が振り返る。
近寄って、その耳元にぼそっと白石が囁いた。
「楽しかった?」
「…え?」
「十五歳、おめでとさん」
耳を掠めるように言って白石は金太郎と前を歩いていく。
茫然とした謙也が、そういえば誕生日だったと思い出したその耳を後ろから長い手が引っ張る。
「なんね、今ん」
「お前もされたことや」
「…は?」
「お誕生日オメデトウ」
「…ああ」
納得した千歳も自分も、思うことは同じ。
次は、二人だけで。
不意に前を歩く白石が、あ、と足を止めた。
「?」
謙也たちもつられて見遣った先、そこに目を細めて立つのは、なにやら兄らしき人と一緒の、幼児を抱えた後輩。
「財前?」
「…ども、来てたんスか。…にしても」
ちら、と彼の視線が白石の足に降りて、それから財前は兄貴と傍の男の人を呼んで甥を預ける。
疑問符を浮かべた謙也たちを構わず、懐から取り出したデジカメでぱちり、と白石を撮るとにやりと笑う。
「白石さんの女の子姿。…もらっときますわ」
「…っ! ちょお待て!」
「謙也くんの言葉は聞きませんー。俺をのけもんにしたし」
「光!」
「千歳先輩の言葉は余計聞きませんー」
「あ、財前。帰り気ぃつけてな」
「白石さんも送りオオカミに気をつけてくださいね」
ほなさいなら、と手を振る後輩の声が遠ざかる。
やはり、疲れた。
「金ちゃん。どこで寝る?」
結局白石の家まで来た金太郎のために千歳も白石家前で解散になった。
ただの『泊まり』と思っている彼らには悪いが。
「白石と一緒はアカンなぁ」
「そら、これからしばらく寝る部屋やし」
「その子が金太郎くん? 可愛いなぁ」
「お世話になりますー」
「えらいえらい」
金太郎は親御がしばらく仕事で不在になる。
叔父の家に厄介になる予定だったが、叔父の家はやや遠い。
金太郎なら余裕で通えるが、彼は迷子属性で方向音痴だ。
そのため白石が家で預かってもいいですよ、と言ったところ、前からなにかと世話を焼き、金太郎の父母に覚えも目出度い白石なら、と頷かれた。
「楽しかったな! 白石!」
「うん…」
「白石、あん時なに言おうとしたん?」
不意に聞かれて、つい零してしまった。
楽しかった、と言われた後の沈黙。
「……また、『この人』と来たい、な…て」
でも、まだ今は言えないから。
そう赤い顔で小さく言った白石の手を、金太郎がそっと繋いだ。
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