四月。――――――――四天宝寺附属高等学校、入学式。
満開の桜の下、集まる新入生たちの真新しい制服に、在校生たちがリボンをつけて中に通す。
「…っ…あ―――――――――――――ぁ…」
「おっきな欠伸…」
「どないしたん千歳。寝不足か?」
「…緊張して寝れんかった」
「入学式の前でなに緊張することあるん。総代でもないんに」
「…いや」
収まった欠伸に口を閉じて、見下ろす白石と謙也は自分と同じジャケット、ベスト、長袖シャツの組み合わせの制服で、中学とはがらっと変わったデザインがまだ馴れない。
それでも様になるのが白石で、周囲の女子は視線を熱く向けている。
この高校は外部生も多い。
「あ、あそこや。組分け」
白石が見つけて指をさす。途端、心臓が落ち着かなくなった。
謙也は幼馴染みだから、白石との学校の組分けなんて毎年恒例行事だろう。
しかし、中三でこちらに来た自分はこれが初めての同じクラスになるチャンス。
そのため昨日から、同じクラスがいい、でも思い切り遠いクラスになったら、と悶々していたら朝になっていた。全く、恋は盲目とはよく言った。
掲示板を一組から探していく間、心臓が常にウルサイ。
一、二…と目を凝らして視線を動かすと、背後から高い声が「よっ!」とかかった。
三人とも見つける暇なく背後を振り返ってしまう。
男らしからぬアルトの音程。
くせっ毛の黒髪と、黒目に眼鏡。高い声に見合わず高い長身の男子生徒。おそらく在校生。
「久しぶり。白石、謙也」
「あ、お久しぶりです。有楽先輩」
「うわ、有楽先輩が先輩しとる」
「どういう意味や謙也。会った時から先輩やろが」
「…白石、謙也」
「ああ、千歳。こっち、今は高校二年の有楽竜也(うら たつや)先輩。
中学からテニス部。俺が二年時の副部長」
「ああ、…あっと、三年からこっち来た千歳千里です」
「千歳くんな。聞いてる。
これからよろしゅうな。
で、お前ら同じ組や。よかったな」
「!?」
一瞬あからさまに引きつったのは千歳だ。
この有楽という先輩の「お前ら」に自分は入っていない。
白石と謙也が同じクラス。自分は…。
「え? 何組ですか。つか見たんですか。暇ですね」
「うるさいな白石。七組や。
一年七組。
そこの千歳って名前もあった」
「え!?」
「ほら、七組んとこの出席番号一番、九番、十四番」
見ると、一番に『忍足謙也』、九番に『白石蔵ノ介』、十四番に『千歳千里』とある。
「っっっっっ…っしゃ!」
「……え、なにガッツポーズしてん千歳」
「謙也にはわからなか!」
「……今ので大体わかったけどええわ」
「え、嘘、小春も七組やん。ええの? 有楽先輩」
「今回から成績分けやないんやて。
ほな、俺は他の新入生の世話せな。
じゃ、次は部活で」
ひらひらと手を振って有楽がいなくなった。
「成績分け?」
「ああ、中学もそやったけど。
組って平均成績同じにするんや。飛び出たクラスやあからさまに低い組がないように。
やから上位十人は同じクラスになれへんねん。
で、俺と小春は上位五位に入っとる」
「ああ、そげん意味」
「小春も…、ユウジもやないってことは…ウルサイな。絶対」
「な…」
入学式を終えて、一度千歳は外に出た。
中でかつての先輩たちと話のある白石を邪魔出来なかったのもあるし、今は女の子と知っているのに、彼女に知らずスキンシップをとる先輩たちを見ているのも辛い。
桜が散る中庭のベンチ。そこに不似合いに置かれたテニスバック。
誰のだ、と思った瞬間頭上の木が揺れて、ざっと人影が木から地上に降りた。
桜の花弁が付着した、長い赤の髪だ。
染めている、と思えない。酷く、綺麗で自然なのだ。白石のように。
あの有楽という先輩とは違った形の、細長い眼鏡。
切れ長の目がそれを通して千歳を見ると、不意ににっと笑った。
途端、今までの怜悧な印象が消える。
「驚かせて悪いな。一年」
「あ、…いえ、大丈夫です」
「そぉか? 案外びびった顔してたし。
…なあ、お前、もしかしてテニス部のヤツ?」
「入る予定です」
「あ、やっぱり。遠目に見たからさ。
元獅子楽の千歳やな?」
「…はい」
「よし! 面白いもんめっけ!
お前、お付き合いの印にこれやるよ」
「…は?」
お近づき、じゃないのか?
と当惑しながら受け取った千歳の手には、なんだか妙に不細工なひよこのぬいぐるみ。
「なんですかこれ…」
「中開けてみ」
「…中?」
腹が開く仕組みになっているらしい。
ぱか、と開けると途端そこから出た黒い足。這い出てきたのは自分がこの世で一番嫌いな―――――――――――――。
「…おーい、ノーリアクション?
……………………千歳くん?」
「………………………」
「……無反応や。つまらん。
ま、ええか」
ひょいと自己完結して男は千歳から蜘蛛入りのひよこを取り上げると、まだ茫然としている千歳をただ無反応なのだと解釈して肩を叩く。
「俺、テニス部二年、副部長の忍足弥勒。
お前の多分知ってる謙也こと謙ちゃんの従兄弟な。
別名『騒ぎの妖精』。よろしゅう」
勝手にポーズを決めるとさっさと去っていった男、こと弥勒が見えなくなった頃、後ろから謙也と白石が来た。
「おーい、千歳?」
「……っ!」
耳に入った白石の声に、思わず千歳は抱きついた。
傍でぎょっとした謙也が咄嗟に引き剥がそうとするも力の差は歴然。
「ど、どないしたん?」
「こ、怖かったばい…っ。でっかい悪魔が…っ」
「…は? …っわ…馬鹿、耳元でしゃべんな…っや…っ」
(…………………………)
瞬間的に、白石から離れてしまったが、自分の顔も謙也の顔も、白石の顔も赤い。
意図したわけでは絶対ないが、しっかり聞いてしまった声はなんだかやけに色っぽく艶があって、まるで。
「……、すまん」
「…いや、ええ」
今回ばかりは謙也も無言で赤い顔を押さえている。
「で、なにがあったん? 悪魔ってお前が言う蜘蛛か?」
「…そうたい。なんか赤い髪の『忍足弥勒』って二年生が蜘蛛を……、忍足?」
「…弥勒兄や…!」
「え? 弥勒がなんかやったん?」
後ろからきたあの有楽に、白石が犠牲者早速出ました、と言っている。
「ごめんな新入生。
あいつな、俺達も手を焼いてるんや」
「…どんな人なんです? なんか本人は『騒ぎの妖精』とか言っとうたばってん」
「そんな可愛いもんやないない」
有楽が言うのと同時に白石と謙也まで首を横に振った。
「忍足弥勒。我がテニス部のエースにしてトラブルメーカーな副部長。
通称、『北四天』の『天災』」
北四天はこの高校の通称だ。
ご丁寧に災害の『天災な?』と言われる。
「……謙也、恐ろしか従兄弟さんたいね」
「やから、俺はあの人が嫌いなんや」
「被害に遭わない分には面白い人なんやけどな…」
自分にとっては覚えなくてはいけない先輩も沢山いて、ましてあんな先輩がいては一苦労だ。
それでも今は、彼女と同じクラスになったことを喜ぶしかない、と思う。
→NEXT