恋すてふ
seasonX-NEW SCHOOL DAY

第三話−【プリンセス革命-前編−ワルツ−】







 この高校の仮入部期間は長い。
 四月三日から始まって、十四日まで。実質、十日間の仮入部。
 そして、仮入部最終日は謙也と千歳にとって大事な日だ。
「おはよ! 白石」
「あ、おはよ謙也」
「はよー。で、白石、お」
「白石ー! ちょっとこーい」
「あ、はーい」
 先輩に呼ばれてごめん、といなくなった白石を名残惜しく見送って謙也はふと傍の千歳を見た。
「不満げやな」
「今のお前と同じ感じで邪魔されたけんね」
「…ああ」
「お前ら、相変わらず白石ラブやなー」
 周囲のクラスメイトが遠慮なく笑った。
 なにかと白石に構って過剰反応していれば、四月中旬には千歳と謙也は白石にラブラブや、という常識はクラスメイトには付く。
 有り難いことに、「千歳と謙也はゲイらしい」という方向に公認になったので、白石の性別が危ぶまれる方向でなくて安心である。しかし、微妙に嫌だが。
「でも、白石って人気あるやんな」
「それは中学から知っとるわ」
「いや、俺は高校からここなんやけど、同じ外部生に多いで?」
「あれ? お前外部だっけ水原」
 水原というクラスメイトがうん、外部と頷く。
 周囲にいた森永、明治というクラスメイトまで話に入ってくる。
「ぶっちゃけ白石のどこがええん? 顔か? 成績か? ルックスか? 性格か? 運動神経か?」
「…むしろ全部やろ?」
「いやそうなんやろうけど…」
「顔はモデルか俳優顔負けやし、かといって女顔やないし、成績はトップクラスやし、細くてスタイルいいし、肌白いし性格真面目で優しく世話焼きでかといって潔癖というには違う感じに茶目っ気もあるしな。普通にエロ話とか付き合うし。多少我が道行くタイプやけど」
「怒らせたら実はいっちゃん怖そうなとこもええ、とかいう意見有」
「…ちゅーか、あいつをエロ話に付き合わせるな!」
 水原、森永、明治の会話にようやく割って入った謙也を、三人がじーっと見上げる(謙也だけ立っているから)。
「年頃の男なんやからええやんか」
「むしろお前らが潔癖やって忍足に千歳」

(俺達だってアレの性別を知ってないなら潔癖になっとらん)

「…女の子にそういう話フるなって大声で言いたい」
「俺もばい」
 両者小声である。
 とかいってる間にチャイムが鳴って、ぎりぎりで白石が戻ってきた。
 タイミング的に言うチャンスはない。
 今日は一時間目から体育で、着替える合間におめでとうもなかった。




 ピーっと笛が鳴って、白石のチームが勝ったことを教える。
 体育の時間、種目はバレー。
 千歳と謙也はクラスメイトたちに同じチームを反対されて今に至る。
 曰く「千歳と白石と忍足が同じチームで勝てる相手おるんか」だ。
 その代わり、白石は小石川と同じチーム。
「勝ってるなーお前らのカノジョ」
 そう言ったクラスメイトに他意はない。
 ないのでまあ、と答えるだけにした二人に、水原がふと声を潜めた。
「次の白石のチームの相手、気ぃつけた方がええ」
「え?」
「俺と中学一緒なんやけど、昔顔のいいクラスメイトに彼女とられてから顔がいいヤツ嫌ってるヤツがおるんや。
 で、そいつが入学式っから「白石が気に入らない」って。
 他のメンバーも白石に反感持ってるヤツらやって、同じ組の小石川が」
 そのメンバーは全員八組らしい。水原の言葉に、注意するかと視線を真面目に向けた。

 それでも基本運動神経のずば抜けた白石と小石川のタッグにどうこう出来るヤツはそうそういない。
 なにもないままあと1ポイントで白石たちの勝ちというところまで来た時だ。
「健二郎!」
 白石が飛んで繋いだパスを、小石川が上からたたき込む。しかしなんとか取られてしまい、咄嗟に空いたスペースのカバーに小石川たちが下がる。
 多少無理な姿勢で先ほどパスを繋いだためしゃがんだままだった白石も身を起こして立とうとした矢先だ。
 顔を上げた視界に手を振りかぶった相手チームの生徒の顔がやけに気味悪く見えた瞬間、力一杯打たれたバレーボールのほぼ初球が立ち上がってないままの白石の顔の真横を掠めてそのまま肩にぶつかった。
「…っ!」
 そのまま後ろに跳ねていくボールに目を貸さず、小石川たち同じチームメンバーが彼女に駆け寄った。
「白石!」
「お前ら卑怯やろ! ぶつけるなんて!」
「は? たまたまやろ? つか座ったまんまでおるんがあかんのや」
「もっぺん言うてみい!」
「白石、大丈夫か?」
「……うん」
 小石川の声に大丈夫だと顔を上げて、なんとか立ち上がった白石がボールを拾いに行こうとする。その身体をぽん、と両側から押しとどめるように抱いて、謙也と千歳が上から言う。
「休んでてええよ。…怖かったやろ?」
「そうそう。…もう、大丈夫ばい」
 声をかけた身体は、触れれば微かに震えている。
 最後にぽん、と頭を撫でると、どこか幼い顔で見上げる白石を後ろに庇ってコートに立った。
「選手交代」
「一人抜けて。俺たちであとやるけん」
「はぁ!? お前らなんやねん!」
「テニス部ナメんなや。時速200キロのボールが顔面通り過ぎるんなんか日常茶飯事じゃ」
「ばってん、それより遅かもんが怖くないわけはなかよ」
 千歳たちに譲ったチームメンバーが一人抜けて、ゲームが再開される。
「千歳。譲ったる。お前がやれ」
「了解」
 小石川、繋ぎ頼むと言われて彼が頷いた。
 こちらからあげられたボールを、相手チームが拾って叩く。
 こちらに来たボールを小石川が軽く屈んで拾うと、ゆったりとしたカーブで上にあがる。
 ネット際で叩くには些か緩い。そのため一旦下がった向こうメンバーを誘うように謙也が一度トスをあげると入れられると前に立ったその生徒目掛けて高く飛んだ千歳のスマッシュが轟音さえ響かせてその生徒の顔の真横、耳を掠めて床を叩く。
 もちろん、手を構える暇などない。
 ぺたん、と茫然とその場に座り込んだ男を見遣って、千歳が一言。
「ばってん、よかったとね? あんた」
「…?」
「テニスはもっとえげつない速度が出る言うたろ?
 これがテニスやったら、あんたの眉間に約200キロで当てとうよ」
「ああ、千歳。授業でそのうちテニスあるで。
 そん時そいつ指名したら?」
「ああ、やって。じゃ、そん時当てちゃるけん、…その日、休むんじゃなかよ?」
「…っ!!!」
 完全に腰を抜かした生徒に同情するものは流石にいない。

 千歳怖ー。忍足も怖いって。などと呟く声が向こうコートから聞こえる。
 肩、大丈夫?と構わず聞いてきた千歳たちに、大丈夫と答えられればよかったが。
「…白石?」
 顔を真っ赤にして壁際で体育座りしている白石に、疑問符を浮かべる二人に言い募る言葉がない。
「……アホ」
「…え? なんで?」
「…え? 余計なことばした?」
「…………アホや」
「「……?」」

(かっこよすぎて困るとか言えるかアホ)

 こんな正面から庇われるのは本来情けないと思うべきなのに。
 しっかり嬉しいと思ってしまう自分は、もう男のふりなんか出来ないに違いない。
「大丈夫か? 白石」
「…死ぬ」
「そか…」
「なんで小石川には答えるんや」
「人望?」
「腹立つわ」
 少し離れてなにか言ってる謙也たちを、ちょいちょいと手招くと素直によってきた。
 こういうとこ、犬っぽくて可愛い。
 しかし、やられっぱなしも悔しいと思うくらいには、自分もまだ男だ。

「『お誕生日おめでとう』は禁止な」

「……は?」
「なんでん?」
「明日から言ってええよ? ただし、今日一日はアカン。
 言ったら一週間口きかんから。
 約束な?」
「え? ちょっとそれはどういう意味白石さん…っ」
「ほな、俺は次の試合ー」
「どうしたんやー。カッコイイとこ見せたのにカノジョにふられたか千歳に忍足ー」
「水原。傷抉るな。マジへこんでるっぽいから」
 小石川のフォローも空しく聞こえる。
 やはり、余計なことだったのか。それより世界で一番祝いたい思い人の誕生日を祝うなと、その思い人本人に願われたら、どうしたらいいのだろう。

 最早、プレゼントを渡すどころではない。
 放心したように固まる二人を、小石川が面白そうに見ていた。










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