恋すてふ
seasonX-NEW SCHOOL DAY

第三話−【プリンセス革命-後編−輪舞−】







「白石!」
「?」
 昼休み。呼び止めた謙也の隣には千歳。
「お昼、一緒に」
「あ、悪い。俺、弥勒先輩に誘われてんねん。来る?」
 苦手な従兄弟の名前に、謙也が思わず怯む。
 その謙也の耳に、千歳が背後から囁いた。
「じゃ、頼むばい」
「…お前」
「白石、俺がついてってよかね?」
「うん」
 歩いていく二人を見送った謙也が、大丈夫か?と呟いた。





 生徒会室は会長、忍足弥勒の部屋だ。
 入って来た白石と千歳が目の当たりにしたのは、並ぶ本棚と外国の別荘にあるような机とソファでくつろぐ会長、弥勒。
「…一応ツッコミますが先輩、ここはどこの家ですか?」
「いや、学校だろ」
「真っ当な返事で安心しました」
「? あ、で、…今日、仮入部終わるな」
「はい」
「新入部員歓迎会なんやけど、今年はジュースくらいでええかって」
「…先輩にしてはあっさりしてますね」
「俺がまだトップやないし」
 弥勒は起きあがると、千歳に目を留めてにこりと笑った。
「あ、そや。白石」
「はい?」
 ちゅーか用事それだけ?と首を傾げた白石に弥勒がはい、と封筒を手渡した。
「これは?」
「おいしいお好み焼きのテイクアウトただ券。
 お前誕生日やろ今日。
 おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、そんだけ。またな」
 失礼しますと白石と一緒に部屋を出て、あからさまに不機嫌な千歳を見上げて白石は内心溜息を吐いた。





「ほな、白石蔵ノ介の誕生日を祝って!」
 乾杯!と掲げられたのはお酒の缶。
 ここは千歳の家だ。
 あの後、ユウジたちにもただ券が見つかって、全員で頼んで祝おうという流れになって、もう夜の八時。
 最初は、千歳が謙也に、ユウジたちに誕生日会と騒ぐよう言ってくれと頼んだのがきっかけ。
 白石も、自分たち以外の言いだしたことなら聞くだろう、と。
「一応、酒はアカンのになぁ」
「堅いこと言うな白石! ほら、お前も」
 小石川に渡された缶を受け取って、ことりと首を傾げた。
「これ、ジュース?」
「いや、チューハイ」
「……」
 ぺこぺこ、と中身の入った缶をへこませたりする白石に、謙也がどないしたん?と顔を覗き込む。
「…いや、お酒の缶、て薄いんやな。…破れそうな感じする。普通のアルミやないんか」
 その言葉にユウジも小春も石田も固まって、小石川もびっくり顔で白石を見た。
「お前、…お酒飲んだことないん?」
「ない」
 その返答に全員が、予想通りっていったらそれまでやけどなんやろう俺らが汚れとる気がするのは気のせいか、と気まずい顔になった。
 気にしていない千歳が、一応少し飲んでみなっせと促した。
「うん…」
 ぷしゅっ、とプルタブを起こしこくりと飲んでみると、白石は自分をじっと見るメンバーにおいしいで?と一言。
「まあ、白石に限ってあり得へんしな」
「やな」
「なにがや」
「一口でダウンはないか、と」
「アホか…」
 謙也やあるまいし、という言葉になんやとと謙也が礼儀のように叫んだ。
 構わずこくこくと飲む白石が、半分くらい空いたかな、と缶をテーブルに置いて、
「そういえば、千歳って弥勒先輩に悪戯されへんねん」
「え?」
「あの人、最初の反応が好みやないと悪戯せえへんねんな」
「……千歳の最初のリアクションてすごかったやん?」
「せやけど、俺らが話しかけるまで固まっとったやん。
 弥勒先輩には無反応に見えたんやない?」
「…得なやつ」
「…謙也は好みのリアクションなんばいね…」
 いじられとうとこ見ると。
「あ、白石、さきいか取って」
「あ、う…」
 頷いて、膝を立てた瞬間、白石はあれ?と思った。
 視界が揺らぐ。
「…っ?」
「白石っ!?」

 そのまま後ろにひっくり返った身体を抱き留めた千歳が、覗き込んだ。
「白石! …白石?」
「…………」
「おい、千歳! 白石は…」
「…酔いつぶれとうよ?」
 抱きかかえたまま振り返った千歳の言葉に、周囲も固まった。
「え?」
「待て、白石が飲んだんって」
 白石の飲んでいたチューハイの缶を持って、小石川が茫然と、
「…半分、でダウン?」
「…意外と激弱…や」
 ユウジの声が印象的に響く。
 取り敢えず寝かして来る、と千歳が立ち上がった。




 寝台に寝かせると、うっすら開いた翡翠の瞳が千歳をぼんやりと見上げた。
「気持ち、悪くなか?」
「……」
「…寝ててよかよ」
 そっと髪を撫でて離れようとした千歳の服が掴まれた。
 さながら、迷子が知らない他人の腕を掴んで離さないように。
「…白石?」
「…行っちゃイヤや」
「……え」
「……こっち、いて」
 甘える声に、酔っているんだ、と言い聞かせても頬が赤くなる。
「…酔っとうよ白石。…」
 ちゃんと寝かせようとシーツを身体に掛けようとした千歳の腕が引っ張られる。
 足が床を滑ってそのまま寝台に倒れてしまった。
「……、」
 気付けば白石の身体にのし掛かっている状態。
「すまんっ……、え」
 離れようとしたが、千歳の身体はしっかり白石に抱きしめられて掴まれていた。
「……しらいし……」
「……ちとせ」
 ぼんやりとした瞳に吸い寄せられそうになって、慌てて顔を背ける。
「……イヤや」
「え…」
「あっち向くな……ちとせ」
「…ばってん………」
「…ちとせ」
 顔を赤くして目をそらす千歳の頬をぐいと掴んだ腕は本当に酔っているのか疑わしい。
 そのままキスする距離に固定して、白石が不意に嬉しそうに笑った。
「言って」
「…え」
「『おめでとう』」
「イヤって言ったん白石ばい」
「あんなんはずかしくなる。まもられてかばわれて、おんなのこあつかいや。
 …うれしいけどはずかしいから、おめでとうていわれたら死ぬ」
「…………」
「でも、……千歳に言われないままあしたになるんイヤや」
 一瞬、酔っていての言葉でも構わないと思ってしまった。
 一度のどを鳴らして、そっと髪を撫でて問う。
「…俺だけに言ってほしか?」
 撫でる手の感触にすり寄るように緩んだ顔が、千歳を見上げて微か頷く。

「ちとせがすき」

「…っ」
 微笑んだ身体の手を掴んで、そのまま覆い被さると唇を塞いだ。
 拒まない身体を押さえつけてもっとと足の間に身体を割り込ませた途端、その頭が固いなにかで叩かれて視界に星が散った気がした。拍子に熱も冷める。
「…謙也」
「お前は…。なかなか戻ってこうへんなぁと思って来て見ればなに酔った人間を襲っとるんや……?」
 青筋すら浮かんでいる謙也を見上げると、弁解する言葉も浮かばないが熱も冷める。
 あれは、酔っぱらいだ。
「…謙也でも謙也、て答えるに決まっとうね…よう考えたら」
 言いながらベッドから降りた千歳に、なんの話やと更にどつく謙也の足を受け止めて、にこりと笑った。
「謙也、耳元で言ってやらんね」
「は?」
「白石、言うとった。
 おめでとうて本当は言って欲しい、て。
 ばってん、今日庇われて嬉しかったけん、恥ずかしかったから言われたら死ぬ思て嫌がった、て」
「……今、酔ってそう言うたん?」
「うん」
 顔を赤くした謙也が、そか、と呟いて寝台の横に座った。
 千歳も上から覗き込むと、もう眠ってしまった身体に微笑んで声を重ねる。


「「おめでとう、白石」」



 この声が、夢まで届けばいい。

 そう二人で思った。










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