恋すてふ
seasonZ-彼氏彼女の夏休み

第二話−【白い世界〜夏の墓標-空澄みの鵯と】






 結局、答えも出ないまま迎えたデート当日。
 白石の家の前で待つ千歳に、ごめんと言う声と共に扉が開く。
「あ、…おはよ」
「うん、おはよ」
 白い甘口のブラウスとプリーツスカート。
 とても、似合っている。
「…」
「ちとせ?」
 途端恥ずかしくなって俯く白石の手には小さな白いバッグがあって、それも甘さを演出していた。
「…いや、…可愛か」
「え」
「…それ、似合っとうよ」
「……あり、がと」
「…行こ」
 恥ずかしいと俯いた彼女の手を繋いで、歩き出した。




 あの日以来初めて来た遊園地。
 矢張り周囲の男の視線を集める白石の手を繋いで、それでも前より落ち着いていられるのは彼女が自分の本当の彼女だからだ。
 今日のスカートはミニじゃないから、足を過度に見れないことはないし。
 でも、前より可愛く感じた。
(…俺が彼女、て意識しとうから……?)
「どこ入る?」
「あ、ああ」




 それでも、一瞬頭を過ぎるのは、昨日の話。
 謙也と一緒にいた白石。
 二人きりじゃない。
 でも、




「あ、すいません…っ」
 白石の声に、彼女が人とぶつかってしまったことに気付く。
 ハッとすると相手の男がにやにやして、白石の肩を図々しく抱いた。
「え、ちょ」
「いやいいけど…可愛えなぁ…付き合ってくれへん? お詫びに」
 言いかけた男の声が途切れたのは、自分がその顔に容赦ないアイアンクローを仕掛けた所為だろう。
「いだだだだだ!」
「俺の女になんかようばい?」
「すいませんっ!」
 化け物や!と叫んで逃げていく男を見ず、白石の手を強引に掴むと見えたアトラクションに足早に入った。
「千歳っ? 早い…っ」
 白石も足は早いがコンパスが違いすぎる。半ば引きずられるような形でついて来た彼女が足を止めたのは千歳が止まったからだ。
 全面を鏡が覆うミラーハウス。
「…ちとせ?」
 見上げる身体を、振り向いて力一杯抱きしめた。
「…ち……」
 離さず、髪の匂いをかいで手首を掴んだ。
 そのまましゃがみ込んでしまった二人を邪魔する声はなく、ミラーハウスは静かで。
「…いかん」
「…え?」



 ダメばい。こいつ、手に入れたなんて安心してられなか。


 安心したら、すぐ他の男にとられる。



 しばらくしてやっと身を離した千歳を、安堵して見上げた白石に真顔を向けて言う。
「…昨日」
「え」
「…謙也とおったん、お前?」
「……あ」
 困ったような声に、やはり間違いないと知る。
「他におったんは」
「謙也の従兄弟と、謙也の弟と俺の姉ちゃん」
 姉?
 謙也が誘ったとかいうには、些か取り合わせが。
 あるいは姉は未だ謙也がフラれてないと思って…?
 考え込んで背中を向けた千歳に、白石が戸惑うようにそれを見上げた。

 最近、謙也とも視線がなかなか合わなくなった。
 合わせてくれないんやない。
 …あいつ、いつの間にか俺より背が高くなっとった。
 前は、俺が高かったんに。
 …気にしとる、んやんな。
 千歳。
 俺が謙也とおったこと。
 彼女やもん。
 …他の男と、他の誰かが一緒でも、俺を好きやった男とおったら。
 いい気持ち、せん。

 ぽす、と千歳が不意に背中に感じた重み。
 気付いて振り返ろうとするとぎゅっと抱きつかれる。
「…振り返らんで」
「…しらいし?」
「……話す、から。…やから顔、見んで…恥ずかしい」
 ミラーハウスだから、顔は鏡に映ったのがしっかり見えるのだが、言わない方が多分いい。

「…昨日……これ、選びに行ったん」

「…え?」
「この、服。…千歳と、初めてデート、…するんに。二人きりで。
 やのに、…姉貴の服やなんて…イヤやもん。
 やから、…買いに…選びに行ったら謙也に会っただけ」
「……」
「……」
「俺、んため?」
「…うん」
「…俺に見せるため?」
「……一緒に、おるため」
 告げた瞬間急に離れた千歳にびっくりして、戸惑った白石はすぐ抱きしめられて、む、と変な声を上げてしまった。
「……」
「ちとせ?」
「……可愛か」
「……」
「…ほんに可愛か……」
 よくわからないけれど。
 喜んでくれたならいい。
 その千歳の喜ぶ顔に、そう思った。




「次、これは?」
 千歳が指したアトラクションに、白石は視線を合わせるとうんと頷いた。
「ええんやない?」
「そか、じゃ入ろう」
「ただ、千歳、」
「ん?」
「記憶にあるやろうが…、俺は『お化け屋敷』は平気やで?
 絶対悲鳴上げたり抱きついたりせえへんけど、…期待はすんな?」
 こればっかりは怖くもないのにやれんから無理や。という顔。
(…そうやった)
「…うん、知っとうよ」
「…今、間があったわ」


 手を繋いで入った館内は暗い病院の内装だ。
 実際、白石は全く怯えず同じ速度で歩く。
(実際は、…ちぃとば期待したけん)
 そういう所謂憧れのシチュエーションに憧れないわけではないので。
 ただし、白石がそういう類にもの凄く強いとすっかり忘れていたが。
(…中学の時の肝試しも、…そういえば怯えとったんは謙也で白石は平気やったばい)
 むしろ白石は怪奇スポットで怖い話をわざとしていたような。
 怖がって抱きつかれるんは我慢しよ。一応暗いとこを二人で歩けるだけで…。
「……?」
 今、一瞬繋いだ白石の手が緊張したような。
「…白石?」
「…え? なに?」
 見上げるのは暗闇でもわかる普通の笑み。
「…?」
 気のせい?
 そう思った時、傍でまた物音がした。
 今度はあからさまに手が緊張に震える。
「…白石、やっぱり」
「いや、平気やし」
「ばってん」
 その瞬間傍の影から現れた脅かし役らしい人影がぽん、と白石の肩を叩いたのを千歳は見た。
「…っ」
「え、白石…っ!?」




 ――――――――お化け屋敷の出口。
 ぜえぜえと息をして立った両足に手を突っ張っている白石に相当強く引っ張られる形で走って出て来てしまった千歳が、それでも繋がれたままの手と、白石をぽかんと見た。
「…白石? やっぱり、怖かったと?」
 あの直後、悲鳴すら上げず全力疾走した白石だ。相当怖かった筈で。
「大丈夫…」
「そげんわけなか! …ごめん、俺が無理ばさせた」
「千歳の所為や…っ」
 ない、とやっと上げられた白石の顔色を認識して、千歳は唇を噛むと肩を強引に抱いて歩き出した。
「…ちとせ…っ?」
「どっかで休もう」
「…ええ」
「よくなか。…真っ青たい」
 あの時は、暗くて顔色まで見えなかった。
 白石もそれ以上は反論せず、おとなしく抱かれていた。




 あの後落ち着いて顔色の戻った白石と、いくつかを回り、時計を見ると六時だった。
「そろそろ帰っと? 夏は日が高いけんわからんけどもう遅か」
「…あ、ほな、最後、あれ乗ってええ?」
「ああ」
 白石の示す先は、観覧車。

 行ってらっしゃいませと係員に送り出されて入った籠の中。
 千歳は片方に座ると、自分も座ろうとした白石を呼んだ。
「白石」
「…え?」
「こっち」
 股を大きく開いて、腕を広げる。意味がすぐわかった白石は赤くなったが、一瞬戸惑っただけですぐ、間に背中を向けてすとんと座った。
 背後からぎゅ、と抱きしめると彼女の肩口に顎を乗せる。
 先ほどと違う意味で緊張した身体から、早い心音が伝わった。
「白石、…俺と付き合うてからは意地張らなかね?」
「…変、か?」
「嬉しかよ。素直に甘えてくれて嬉しか。
 ……もっと甘えてな」
 耳元で甘い声で囁かれて、身を震わせた白石は、それでも微かに頷いた。
「…ご機嫌やな千歳」
「そら」
「……………」
 身体に回されている二本の腕に、自分の手を重ねる。

 千歳は、怖くない。

「……あの、」
「ん?」
「……俺、お化けも…怖いんもホンマに平気やねん」
「うん、それはよく知っとう。だけん気付かんでごめ」
「そうやない。…ホンマに、…平気なんや」
「…?」
「…俺、…怖かったんは、お化けやない」
「……、うん」
 頷きながらも、不思議そうな千歳の声。
 見えない顔が、今は有り難いようで、心細い。
 それでも、身体を抱く腕が、安心出来た。
「…俺、狭い場所で、効かん視界で、…誰かに身体触られるんが怖いんや」
「……普通、怖かよそれは」
「ダメなんや。…さっきやって脅かし役ってわかっとったんに『しらん人』ってだけで怖くて」
「……」
 一瞬だけ、抱く力が強く感じた。
「……俺、」

「…昔、…誘拐されたことがあったから」

 背後の千歳の呼吸が、一度止まったとわかった。
「…誘拐?」
「未遂やない。ホンマに。
 …三日監禁されて、…助け出されたけど。目隠しされるし、部屋はなんか狭いし、…相手は男で…身体触ってくるし…。
 それからアカン。…見えん時にしらん人間に触られるんは………………」
 千歳の腕を掴む手が強くなる。
 こわい、と告げる声。
 肩をぎゅ、と掴んでより密着するよう白石の身体を引き寄せた。










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