−歪んだ北極星U
真昼に星は見えない。
それは知った絶対的な絶望。
真昼に星は見えない。
もしも見えるなら、それはきっと、何より優しい悲劇。
第一章−【散らばる明日はまだ嫌−雪の章−】
序章−【真夜中の迷宮】
朝は、むしろ心地いい目覚めだった。 起きて、ああ、還ってきたんだ、そう財前は思った。 「光、ご飯」 「ああ…」 兄の声に、着替えを済ませて、ふと思う。 あの世界で過ごした時間は、この世界では時間は経っていないみたいだ。 なら、あの世界に残った千歳と白石は? 「いってきます」 言って、そのまま足は白石の家に向かう。 行方不明、とか扱いだろうか。 何度も来たこの家。 インターホンを押してすぐ、白石の姉が顔を出した。 「あ、あの…」 「はい? あなたは?」 「………」 知らなかったのだ。 その、残酷な真実を。 学校に来て、欠伸をした謙也をみんなが笑った。 部室で着替えていると、小石川が不意にオーダー表を渡してきた。 「ああ」 白石に渡してくれってことか、と受け取った謙也に、小石川は。 「すまんな部長。やけど、あとは俺がやるし」 ―――――――――――――は? 「…小石川?」 「ん?」 「誰が、部長…?」 「お前やろ、謙也なに言うてん?」 「部長は、…白石やろ?」 「…白石?」 「…白石蔵ノ介! うちの、二年時からの…部長……」 「…そんなヤツ、うちの学校におらんで?」 茫然と謙也は周囲を見た。 小春もユウジも、銀もみな、知らないという顔だ。 なんの、悪い冗談だ。 「白石…なんで…いたやろ!? ずっと負けない…いっちゃん強い…! 俺らの部長は白石だけや!! 俺がそんなわけない白石だけや!!」 「……謙也」 金太郎が呼ぶ。 「…なんで…白石……」 お前が、いない。 彼らは、千歳も覚えていなかった。 切り取られた空白のように、存在ごと。 昼休み、会った後輩が、謙也クンは覚えてたんやな、と言った。 「……みんな、白石なんておらんて言うんや。センセも、クラスのみんなも」 「…俺も、聞いた」 「光は、覚えてんか?」 「…今朝、白石部長ん家行って…」 “え? うちは、蔵ノ介なんて子はいないわよ?” 「…家族も、部長、覚えてへんかった。多分、先輩の親もそうや」 「…なんで」 「謙也クンが信じるなら、…話す」 「……」 茫然と見上げてくる先輩に、財前は最初から話し出した。 放課後、部室にたどり着いて、皆がいるのを見遣って、鞄を乱暴に置く。 白石は、千歳と一緒にいるために帰って来なかった。 それが、本当だという。 信じたくない。 彼が、俺達を、全国を捨てたなんて―――――――――――――。 「部長、今日、部活休みやって。他の部員返したわ」 「……ああ」 小石川の言葉に答えて、ロッカーを開けた時後輩と顧問が入ってきた。 扉を施錠した顧問が、で、と言う。 「どうやった?」 「あかん。誰も覚えてへんわ」 「そか」 小石川と渡邊の会話が一瞬理解出来なかった。 「ほんまに、ウチら以外…蔵リンと千歳くんのこと…」 「覚えてへんねんな…」 小春とユウジだ。 「…お前ら、白石を…千歳を覚えてんのか!!?」 「正直、今朝まで忘れとった。やけど、お前の言葉でな」 「思い出したんよ」 「…ワイは、知っとるし」 「…財前のいうことがほんまなら、どないする」 渡邊が言う。 謙也は、拳を握りしめて、顔を上げる。 「…連れ戻す」 「え」 「白石は、絶対連れ戻す…! 会いに行く。この世界に…連れ帰る…!」 「…やけど、扉は」 「どっかにあるやろ! 俺は絶対認めへん! 白石が全国捨てるなんて。 全国に、…あいつがおらんなんて!」 「…そうやな、儂もや」 「ウチも」 「俺もや!」 「…財前は?」 金太郎に問われて、財前は泣きそうに微笑む。 「連れ戻すかは別にしても……会いたいわ」 「…なら、会いに行こう? 無理でも、絶対」 「…ああ」 ―――――――――――――叶えよう。 瞬間、部室に響いた声。 顔を上げた視界が、ぐにゃりと歪む。 刹那、世界は一変した。 「……謙也クン!」 「…?」 後輩の声に顔を上げて謙也は驚く。 見知らぬ、日本ではあり得ない町並み。 「俺らだけや。多分みんなとははぐれた」 「…ここは」 「俺らの、いた世界」 「…ここが」 「…、謙也クン、さがっとって」 「え?」 立ち上がった財前が構える先、男達の群が現れた。 「へへっ、金目のもん、置いてきな」 「そうそう」 「…ゲスやな」 「なんだと…?」 「…言うたん、聞こえんかったん? …ゲス、言うたんや」 「…ってめえ!」 「光!!」 男たちが振り上げた剣。しかし財前は腕にまとわせた光で男たちの身体を一瞬で切り裂く。 散る、血しぶき。 「…お前ら、誰に口利いてるん?」 「…っひ」 唯一生き残った男が、怯えて後ずさる。 「…あ、あんたは…っ」 「五大魔女、ウィルウィッチ」 「っ!」 一目散に逃げ出した男を追わず、振り返った財前が信じられない。 「…なんで」 「え?」 きょとんとした顔の後輩。 なんで。 なんで、そんなあっさりと、 人を、殺せるんや―――――――――――――? その時、謙也は初めて、白石に会うことが恐ろしくなった。 |