真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第三章−
【炎の魔女の烙印−冬の章−】



  −業火・暴走編−


 
  第一話−【Place of periodその後 又は、狂気で回る炎の滑車】








 極寒期の夜の翌朝、仮初めの太陽が昇る大地の城の広間。
 朝食に集まった面々には、まだ自国に帰っていない四大国家王やその重臣も多い。
 だからこそ、奥の席に座った復讐王、越前リョーマは部屋に入って来た人間にわざわざ視線を向けはしなかったが、その際扉を開いて床に足を降ろした二人組に普通に視線を向け、流してから引っかかる違和感に顔をしかめた。
「どげんしたと? 復讐王」
 入ってきた片割れがそう聞いたので、越前はもう一度その二人を見た。
 千歳と、白石。
 間違いない。しかし、なんだろう、この違和感は。
 相変わらず所有扱いしてんスね、魔女が、と西方国家〈ドール〉宰相が呟く。
 それに手をぽん、と打った白石が越前の傍に歩いてきて、首を傾げ気味に笑った。
「兄様。俺、どこ座ったらいいですか?」
 その言葉に、一瞬思考がストップした越前が、吹き出しかけた紅茶のカップをテーブルに置いて、彼を見上げる。周囲も、復讐王を『兄』と呼んだ彼を凝視している。
「……………」
「復讐王陛下。それ、蔵ノ介。…南方国家〈パール〉弟王、の」
 そこにいたのはフレイムウィッチ、千歳ではなく千里だ。彼の言葉に、越前はもう一度その弟を見上げ、ようやく認識したように呼ぶ。
「…蔵ノ介?」
「はい。黄泉より、帰って来ました。リョーマ兄様」
「………っ、……北極星だね? もっと早くに、蘇ってたんでしょ?」
 一瞬、零れそうになる歓喜を堪えて、越前が冷静に問いかける。
「はい。ただ、我が対の存在維持のため、私が亡きままの方がコトは上手く動くと考え、昨日まで死したままを演じておりました。
 長く在位を不在にし、申し訳在りません。
 弟王の地位より追われるかは、兄様の意志に従いますが、」
「…が?」
「…どうぞ、これからも南方国家〈パール〉のお力にならせてくだるよう、お願い致します」
 にこり、と口元を綻ばせた弟を立ち上がった復讐王が届かない身長でも、抱きしめてそっと囁く。おかえり、と届いた声に蔵ノ介が嬉しそうに笑う。
 そのまま抱きついているかと思った越前だが、すぐぱっと離れると、警戒した顔で彼の背後を見て、首を傾げた。そして未だ扉の近くにいる千里を見て、ほっとした顔。
「…なんね、その反応」
「いや、長く蔵ノ介に抱きついてたら絶対ひっぺがしに来るって思って……来ないんだ?」
「…俺の対じゃあるまいし、…そこまで導火線短くなか」
「そうです。兄様。導火線短いのがフレイムウィッチ。短くないのが千里」
「…それも大概問題のある言い方だね。千歳さんの方に」
「あれはしょんなか」
 千里がやっと傍まで歩いてきて、驚きと困惑顔でこちらを見遣る他国の王や重臣たちの中から、特にぽかーん、という顔をしている弟王子息を見つける。
「まあ、蔵ノ介が今後どげん立場になるかは追々…てか、『弟王』のまんまな気はするばってん、…蔵ノ介、挨拶する人間があそこで固まっとうよ」
「まあ弟王として国を支えて欲しいからそれは…………、ああ。
 遠方視察に行ってた、…謙也殿ね。こっちの蔵ノ介の息子の」
 そこでやっと椅子から立ち上がった、昨日やっと城に戻ったばかりの弟王の子息は幻かと疑う顔で己の父親を見ている。
「千里、あと任せた。俺、謙也甘やかしてくる」
「はいはい」
 ぽん、と千里にいろいろ託して、蔵ノ介は自らリアクションを起こせない謙也を引っ張って扉の向こうに消えた。
「…え? あれ、あの蔵ノ介殿下ですか?
 南方国家〈パール〉弟王の、……死んだ筈の、停止する魔法師〈ブレイカル・ウィッチ〉…?」
 最初に言葉を発した四大国家王、西方国家〈ドール〉の双児王の片割れ、鳳長太郎の言葉に、隣の日吉若が視線だけ、彼の消えた扉に向けた。
 彼は西方国家〈ドール〉双児王の片割れで、昨日、会った自分の対、第五十一代サンダーウィッチに驚いていた。
 その更に横に座る宰相の光が、少し感心したように口笛を吹く。
「南方国家〈パール〉の停止する魔法師〈ブレイカル・ウィッチ〉。
 実際の属性は光やけど、光で音を操れる希なウィッチであらゆる魔法を『停止』させることから停止する魔法師〈ブレイカル・ウィッチ〉の名が付いたが、何故か息子が生まれるまで南方国家〈パール〉政策に深く関与しなかった殿下。
 ……五年前に、そこの千里に殺された筈ですが」
「北極星が蘇生措置を執った、ってことだよ。
 在る意味蔵ノ介と千里は北極星の一番の被害者だ。
 寧ろ蔵ノ介を救わないままだったら、俺は北極星を一生憎んでた」
 投げ捨てる口調とは裏腹に、喜び一色の顔をする復讐王を西方国家〈ドール〉宰相が囃すように笑った。
「なんですか? その言い方、『復讐王』の名は今度こそ撤回?」
「別に他人からの呼び名なんか、『復讐王』だろうが『サムライジュニア』だろうがどっちでもいいよ。
 弟が今生きてて、笑ってればそれでいい」
「割とブラコン。
 …ほな、あれですか? 復讐王が漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉を欲したのも、亡き弟に重ねて?」
 笑い混じりに光が言葉を切った刹那、その顔の真横を吹雪のかまいたちが通り過ぎ、頬が薄く切れる。それが頬の皮一枚で済んだのは、その前に光の顔をひっぱたく形で双児王、若が若干動かしたからだ。
「一言多い宰相は政策向きじゃない。
 …そこんとこ調教しといてくれる? 君たちが連れて来た宰相なんだから」
「…申し訳在りません。復讐王」
「きちんと、聞き分けさせておきます」
 謝罪を口にする双児王を見下ろして、越前は魔法を放った際に立ち上がったまま、扉の方に向かう。
「食事、あとで部屋に届けた方がよか? 陛下」
「うん、お願い」
 千里を一度振り返っていなくなった復讐王を見送ってから、千里は西方国家〈ドール〉の三人を振り返る。
「冒険心ありすぎ…か、警戒心薄すぎ…どっちがよかね?
 西方国家〈ドール〉宰相」
「両方イヤっスわ…」
 辛うじて答えながら、背筋にしっかり掻いた冷たい汗を感じる。
「…あんまり今は表に立ちませんけど、…北極星の被害が最大の時期は、最前線に立っていたウィッチでしたよね。
 …でも、初めて見ました」
「吹雪をまとった風…。
 噂では更に炎も操れる、…三属性を持つ世界唯一の高位ウィッチ。
 …あれが、その復讐王の魔法」
 双児王の言葉に、千里は肩をすくめて笑う。
「ばってん、五大魔女には及ばん。
 …希は事実ばい。普通、持って二属性まで。それを更にもう一個。
 そして、絶対同時に持てない筈の相殺属性である、水と炎を持つ。
 …故に北極星の復讐のトップに立ち、王に望まれた王。
 ……それでも、あれでまだ21歳。あんたらより年下のガキばい?
 西方国家〈ドール〉お三方」
 全員28歳の西方国家〈ドール〉双児王と、宰相はそれに黙り込む。
 案に子供を苛める大人はかっこわるい、と言われて宰相はむすっと頬を膨らませた。





 南方国家〈パール〉の城の廊下。
 何年前から、まだ改築もされていないから、昔と変わらない風景だ。
 そこを、自分の前を歩く背中。もう届かないと諦め、誤解のまま魔女を憎んだ程愛した父。
 昔と変わらない風景に、泣きたくなる。それは味わったことのない最上の喜びだ。
 靴音が止まって、父が振り返る。
 途端、彼は困った笑みを浮かべて、その白い指でそっと謙也の目尻を拭った。
「…え、あ」
 泣いていたと気付いた息子の顔を、そのままそっと撫でて、頭を撫でる。
「一番に、挨拶に来れんでごめんな」
「……父上? …ホンマに、ホンマの…。
 …父上」
「…聞いた。俺が死んだ後、謙也、ずっと大変やったって。
 …俺の所為や。ごめんな」
 零れる嗚咽を堪えて、首を左右に振る。
 確かに、復讐に走って国の傀儡になり、国の破綻に一役買ってしまい、それを責めることはある。でもそれはふがいなかった自分をだ。
 理不尽に死ぬしかなかった父ではない。間違っても。
「……父上が生きとるなら、もうええです」
「……俺も、謙也が生きとって、…嬉しい」
 柔らかく抱きしめられて、のどが鳴る。しがみついた胸の中は、優しい匂いがした。
「…俺は、やっぱり謙也一人のためには生きられん。
 どうあっても、千里を優先すると思う。
 殺されたくないからやなく、それが俺の一番の願いや。
 …けど、南方国家〈パール〉にも力を尽くす。謙也の傍にいる。
 …昔みたいに、千里一人を選んでいなくなろうと思わへん。
 …それが、国と、巻き込んだお前と母さんへの罪滅ぼしや」
「…母上は」
「あいつも蘇っとるよ。
 ただ、…千里のとこには帰れないって。
 …俺も、あいつを一番に愛せる自信がないから、そうも言った。
 あいつらしく、明るくそう、って言ってくれたけど、お前を心配はしとって、お前をよろしくって。
 …どう生きるかは、考えてるらしい。生きる援助は千里がするって言っとった」
「……そっか」
「お前さえよければ、会いに行ったらええ。
 俺もついてくし。千里さえついてこんなら逃げへんよ」
「…すっかり怯えられたな千里も」
 しゃあないってと笑う父を見上げる謙也に気付いて、蔵ノ介が伺うように顔を覗く。
「…父上は、千里はもう怖ないんですね」
「……、うん」
「なら、ええです」
 そう、明るく眩しく笑う息子を見るのは五年ぶりで、ただ惹かれて仕方なく思った。
「…謙也も、…千里を許してくれたんやな」
「…千里が苦しかったんを、よう見たから。
 …憎まんわけやないけど、ただ嫌いなだけやないし。
 …今は、父上がおるから、もう憎まないでおれる」
「……」
 言った後、くさかったかと恥ずかしくなった謙也の頭が、もう一度撫でられる。
「ホンマ、ええ子…」
「父上の息子やもん」
 もういい年だが甘えてもいいだろうか。今日だけ。と父に抱きついた瞬間、向こうから自分と同じ声が響いて余韻が一気に消えた気分を味わう。
「光っ! なにあれ! 俺!? 俺の対!?
 なんで白石に抱きついて…って……あ、弟王の方か」
「納得するなら騒ぐなや俺の対」
 邪魔されついでに文句を飛ばしてみると、対の謙也が近寄って来ておはようございますと父に挨拶した。礼儀はいいらしい。
「……呼び分けの呼称てなんかないかな、謙也」
「……あー、困りますよね」
 忍足、はフリーズウィッチがおるし、と蔵ノ介。
「なんかないん自分。白石みたいに、『漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉』とか」
「あれはもう漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉やないやろ? 王妃になったし…。
 …そういや、行ってきたんが北方国家〈ジール〉やったんやけど、国王の鬼籍王がこう呼んどったわ」
「…なんて?」
「『弟王子息』て」
「あ、それええ。お前がそれ。俺は普通の謙也、で」
「…なんで俺がお前に譲る形に…まあええけど」
 二人の顔が同じってなんか微妙やなと見ていた蔵ノ介が不意に顔を上げて、こっちを見て茫然の極み状態な魔女を見つけた。
 ぽんぽん、と息子ではない方の謙也の肩を叩く。
「はい?」
「あっちでウィルウィッチが固まっとる」
「あ、光? なにびびってん?」
 呼ばれて、財前が妙な動きでこちらまで歩いてきて、謙也の頬を引っ張った。
「謙也くん、俺聞いてない」
「は?」
「こっちの部長が生きとるなんて俺は聞いてない!」
「……あ、言ってなかったか」
 むしろなんで謙也くんが知っとるん!と言われて、謙也は頭を掻いた後、説明し出す。
 ついでに多分、『他の男のことを考えた』真相もばれるがまあいいだろう。白石には違いない。




「……民の要望?」
 自室に戻った越前が副官から受け取った書類は、世界の民から南方国家〈パール〉に送られた願い。
「……五大魔女を、世界に。かつてのように、四大国家全てに」
 それは、第五十代の五大魔女が四大国家四国に散って、館を構えていた状態を望むモノ。
 あの時は五大魔女が必ず一国に一人いた。それが普通だった。そして歴代もそう。
 今の状態は南方国家〈パール〉の五大魔女の独占と取れる。
 速やかな各魔女の滞在国の決定を、と望む声は押しとどめる方が難しい。
 得た権利は元老を従わせるだけのもの。民の五大魔女を望む声を制御するものではない。
 そして、五大魔女が各国に散る分には、魔女を損なわず、世界に安定がもたらされる。

「……他の魔女は兎も角、フレイムウィッチが納得しないよね」

 当時、彼が漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉という“王子”だったから魔女の元に通うことが許された。
 一国の王妃は、そうはあれない。本人の意思や行動力は関係なく、立場の問題。

 見つめるだけで背中を焼くような視線を思い出して、溜息を吐いた。







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