−歪んだ北極星U
第三章−【炎の魔女の烙印−冬の章−】
−消えた漆黒王弟編−
第二話−【キミに届かず、愛の言葉 前編】
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光が去った後、身体は地面に倒れていた。 背中を覆う激痛に、触れる冷たさ。 「……あめ……?」 どうして。ここは城の中なのに。 そう思って顔を上げた白石は、一瞬茫然自失になった。 眼前に広がる、超高層ビルの群、傍を走る車道。車。向こうの方に、電車の走る陸橋。 「……こ、こ……」 ―――――――――東京!? いや、大坂かもしれない。いや、違う。電車の走った方角、駅のアナウンスが響いた。 『新宿』という駅員の声。東京だ。 「……なんで…こっちに……」 ふら、とよろける足と軋む身体を叱咤して身を起こす。 「…いつっ…」 すぐ背中に走った激痛に、傍の壁に倒れるように手を突いた。 「……い…た……」 頬を、髪を、背中を濡らすのは空から降る雨だ。ここは、屋根がない。 「あれ、キミ、なにそれ、コスプレ?」 霞む視界を引き上げると、傍に立つサラリーマンが酒に酔った顔で見下ろしていた。 なにか言っているが、背中が酷く痛んで、全然聞き取れない。 強引に肩を掴まれて、初めてやばいと思った。 「っうわぁっ!?」 男の手を一瞬にして焼いた業火。焦った傍から視界が霞む。 その刹那、彼方から飛来した吹雪がその炎を掻き消した。 錯乱したような男がなにか叫んで逃げていくのを、薄れていく意識で聞いた。 近づく靴音に、必死で上げた顔。視界に映る姿。霞んでいくけれど、理解した。 「……跡部…くん……」 「……―――――――――――――…」 驚いた顔を一杯にした跡部が、自分の名を呼んだ。 だがもう持たず、その場に崩れ落ちる。抱き留めようとした跡部が結界を思い出して、発動させた吹雪の風で白石の身体を受け止め、地面にゆっくり降ろした。 「……マジかよ。冗談の極みもここまで来ると嘘だな」 傘を肩と首の間に挟んで、取り出した携帯で自分の家の人間に電話をかける。 「…ああ、すぐ、迎えに来てくれ」 迎えの車を呼び出すと、切った通話。そのまま仕舞わず他の番号を呼び出した。 雨音が、耳に響く。 それでやっと浮上した意識で、まだ雨が降っていると理解した。 「起きたか?」 寝かされていた寝台は酷く柔らかく、起きるだけで苦労しながら顔を、広い室内の中央のカウチに腰掛けた人間に向ける。 「…跡部、くん」 「起きたなら着替えろ。着替えさせられねぇからな。風邪引く」 「……うん」 よくわからないまま、傍に置かれていた服を手に取った。 サイズを調べたのか、足りないわけでも余るわけでもない大きさの服。 背中から首に巻かれた包帯は水に濡れていなかった。千歳の結界の所為か、と逆に苦しい。 袖を通して、ファスナーを引き上げる。着替え終わったのを見て、跡部が立ち上がった。 「他のメンバーも呼んだからそのうち来る。 なんか食べるか」 「……食べる、けど」 「…わかってる。なんでこっちにいるのか、だろ? けど、俺も向こうもわかってないぜ」 「…むこう?」 「電話が忍足に繋がる。その点で向こうと繋がってる」 「……」 息を呑んだ白石に、安心しろと彼は笑った。 「忍足に口止めした。お前がこっちにいると、千歳に言うなって」 「……、そう。…おおきに」 安心した。本心だった。 それを困ったように、跡部が吐いた溜息が室内に満ちるようだった。 苦しかった。酷く。 多分、あの時から、ずっと。 駅のホームに降りて、幸村が背後を振り返る。 赤也と真田、柳の姿を確認してからホームの時計を見た。 「間に合ったかな?」 「こっからは車だし、間に合っただろう。 迎えの車が駅の出口にあるはずだ」 柳の言葉に、頷いて走り出す。 地下道に入ると、長い通路に人影はない。数百メートルはあるここを抜ければ出口だ。 だが、不意にその角から現れた人影がその場に倒れた。学生服から、おそらく学生。 「…おい」 咄嗟に駆け寄った柳に、男子学生が血塗れの顔で手を伸ばした。助けを求めるように。 「…ばけもの……」 「おい、あんたっ…」 意識を失った学生を見下ろしていた赤也が、ハッと顔を前に向けて柳とその学生の前に立った。 「悲しき赤く燃え千切れ―――――――――――――」 「赤也?」 赤也が始めた魔法詠唱に一瞬柳が顔色を変える。すぐその肩を押さえた真田と傍の幸村の顔を見て察した。 学生の出てきた角から感じる、ウィッチの気配。 「フレアレイズ!」 放った炎がかまいたちのように散ってそちらに走る。それが壁を焼く中、防いだ力は水。 そこに立つのは、数人の高校生。 「…お前ら、ウィッチか? 俺達と同じ、北極星還り…」 「そうだよ。力を人殺しに使うんじゃねー」 もっともらしく説教した赤也に、舌打ちをして全員が口々に詠唱を始める。 「あが台、満ちる星に降る雫――――――――――」 「抱いて走れ螺旋の破」 「星の頂に燃えさかれ」 柳、幸村、真田が詠唱した魔法が道の中央に収束する。 最後の文を唱え、放った三人の魔法は相手が放った魔法とぶつかり相殺される。 ランクはほぼ同じ。なら分が悪い。 微かに焦った四人の前、高校生の背後から不意に風が流れてきた。 「あ…」 「「途絶えて眠れ、地久の息吹――――――――シールブレア!」」 高校生の背後から走った二人の風の魔法が彼らを直撃する。 呻いて地面に崩れた高校生の身体がそこを走った風のサークルに閉じこめられて宙に浮かんだ。 「間一髪。…大丈夫ですか?」 「木手さんっ」 「に、平古場に知念」 よ、と手を挙げた知念と平古場が笑って、出口を示した。 「こいつら土産に、取り敢えず会いに行こうぜ。 白石に」 平古場の言葉に異論もなく、四人は頷くと出口に足を向けた。 「白石さんが向こうに……か」 越前が手でつまんだルークの駒を、盤上に置く。 「どないすんねん。まさかそこまで繋がっとるなんて…」 相手をしている忍足が自分の駒を動かしながら、片手でグラスを持った。 「行き来が自由なわけじゃなし……。白石さんだけ、しかもこのタイミング…」 日吉の言葉に、財前が肩をすくめた。 「妃殿下には、…無効化以外に力はなかよね? 闇の力以外」 「千里? なに、急に」 「…いや」 越前に見上げられて、千里は困ったような顔で自分の髪を撫でる。 白石の居場所を知るのは復讐王と千歳を除く五大魔女、そして千里と蔵ノ介のみ。 「……妃殿下やから…ってこつじゃなかよね?って。 …前、蔵ノ介が蔵ノ介やったから…『南方国家〈パール〉の直系血統の王子』だったからて理由で死に追いやられたような理由じゃなかよね?…って」 「縁起でもないこと言うなや」 「…すまん」 「…その、蔵ノ介は?」 「…ダメもとでフレイムウィッチんとこ」 忍足にええんか?と聞かれる。千里は理解した風で笑った。 「あれは出来なかよ。妃殿下の顔やからって。 余計自分が傷つくこつを知って俯く。俺もそうやけん、それはなか」 拳を叩き付けた壁が火で微かに燃えた。 それを見遣って、蔵ノ介は傍に近寄る。千里よりは小さな巨躯だ。 「なんね」 「……その様子やと、いなくなった以外になんかあったか? ショックなこと」 冷静な蔵ノ介の言葉に、カッとなってその手を掴んだ。 「嫌いて言われたか? 当たり前の報いや。 あれはお前を憎む。…自分で愛情を裏切った。馬鹿な五大魔女。 …お前、千里と同じや」 臆さず続ける身体を引っ張り倒して、寝台に沈めてのし掛かった。 『千里』『千里』『千里』―――――――――――――誰もみんなそれだ。 「思い知ればええ。千里のように一度、ずたぼろにあいつを失って、疲れ切って夢にも浸れない程絶望に狂えばええ。……二度と立てない程、…失えばええんや」 全く怯えない、彼と同じ顔。同じ声。無性に苛立ってその胸元の服を掴んで破り捨てた。 露わになった白い肌に散る布きれに目を動かさず、彼の対は微か笑う。 「俺を代わりに犯すんか?」 「…さあな」 「それは、慰めか? それとも、千里に同じ痛みを与えたいだけか」 「…多分後者ばい」 暗く、声だけで笑った千歳が蔵ノ介の首筋に顔を埋める。 そこで初めて抵抗を示した蔵ノ介の手から生じた魔法を炎で押さえ込む。だが瞬間、炎が無力に消されて唖然とした隙に鳩尾を蹴り上げられ、下から抜け出した弟王が破れたままの服を撫でる。 「俺を舐めんなや? 五大魔女やのうても俺には無効化がある。 フレイムウィッチにだって好きは出来へん」 「………、…蔵にも、それはあった」 「そうやな」 「……ほんにいやなら、…そうすればよかった」 しなかった。だから許されたなんて、馬鹿な夢を見た。 そう語る声は死んでいて、一瞥しただけで弟王は部屋を後にした。 「蔵」 廊下で駆け寄ってきた千里が、自分の服を脱いで蔵ノ介の上半身に羽織らせた。 「大丈夫と?」 「せんって信じたやろ?」 「まあ」 そのまま抱きしめられる。 「ばってん、イヤばい」 「…それが当たり前や。…やけど、過ぎた炎は人を殺す。 ………思い知ればええ。俺達の二の舞を、演じる前に」 「………うん」 手首を取って、千里はそこに口付けた。 もう、北極星は昇らない。 もう、死者復活はない。 自分たちの二の舞では、遅いのだ。 「…そういや、なに?」 「あ、五大魔女の滞在国決定のこつ。明日から船で各国回るて。 一応俺とお前もついていって欲しいらしか」 「…暴走措置?」 「多分な」 窓の外を見ると、雨が降り出していた。 向こうも雨が降っていると聞いた。 向こうの世界は自分は知らない。 けれど、微か記憶にあるのは、対の中に入ったときに知ったから。 向こうの雨は、きっと冷たい。 |