真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第四章−
【濁ったノーザンクロス−螺旋の章−】



  
−現世・星還り編−


 
  第一話−【啼けない翡鳥−スチュリティア−】







「白石は?」
 跡部宅に集まった、あの世界で行動を共にしたメンバーが広間に集合して、彼はどうしたと聞いた。
「部屋で休んでる。背中をフレイムウィッチの魔法で焼かれたんだ。
 そう簡単に起きあがってる体力はねえ」
 赤也がこわっ、と呟いた。
「それ、まんま千里じゃねーか…」
「千歳のヤツ、向こうでいろんなヤツにそう連呼されてるらしいぜ」
「当たり前だな」
「それ、あなたが言います?」
 木手が冷静に手塚に突っ込んだので、手塚は気まずそうに出されたピザを両手に持ちながら俯いた。
「……つか、」
 両手で大事そうにピザを持って食べる手塚は、木手に指摘された所為で身を縮こまらせている。なにかの小動物みたいだ。リスとかそういう。
 跡部がそう思った横で、ピザやパン、ケーキを口一杯に頬張っている丸井。
 無言で黙りこくった跡部と同じに彼を凝視した仁王と幸村が、

「「冬眠前のハムスターみたいだね(じゃの)」」

 と言ったので跡部は同じコトを考えたのか、と二人を見る。二人が親指を立てた。
 なんだと!?と怒鳴る丸井を横目に、赤也と知念、平古場に甲斐が、「俺らも同じこと思った…」と呟く。
「まあ、それはともかく……、あの殿下にまで言われたらしいからな」
「『殿下』?」
 て誰?と赤也。他の全員そういう顔だ。
「白石の対の、南方国家〈パール〉弟王。
 生きてるんだよ。つか蘇生したっつか」
「え!?」
「驚きすぎです切原くん。同意見ですけど、あり得なくなかったでしょ?」
「まあ…可能性としては…」
「……とうとう千里にも春が来たか……」
 感慨深く呟く橘に、お前別に向こうの千歳と親しくなかっただろうという視線が集まる。
「あ、でも俺達はつい集合しちゃったけど、考えたら俺と橘くんはなんにも出来ないんだよね」
 千石だ。
「ああ、そうだな。俺と千石は力全てを五十代に渡してしまったから、知識しかないし」
「それでも魔女の戦闘経験と勘が健在だ。協力はしろ。特に橘」
「俺?」
「お前は、千歳をよく知っているんだろ。
 …今の白石のフォロー役、任せたぜ」
「……、ああ。了解」
 理解した、と橘が立ち上がった。白石の部屋を聞いて、足早に向かう。
「で、…俺らは俺らで北極星還りの問題だ。
 俺と、幸村の調べで大体集まってる場所は特定した。
 おとなしくしてる連中の方が少ないのが助かった。なにかしら騒動起こしてるみてえでな、その方が『怪奇事件』なり話が集まるから調べがつきやすい」
「なるほど」
「で、これを元に木手に風で見てもらった。
 調べのついた連中で全部、て話だそうだ。こっちにいる北極星還りは。
 取りこぼしはねえ」
 跡部が、ただ、と腕を組んで悩んだ。
「見つけても、…まさか身柄拘束するわけにいかねえしな」
「そうなんですよ。…魔法だけ回収出来ないか、と…」
「そうか。魔法だけ回収出来ればいいんだからな…」
 ほぼ全員がうーん、と悩んだところで、シュークリーム片手に千石が、きょとんと首を傾げた。
「あるじゃない。そんなの」
「…え?」
 跡部に振り返られて、だから、と言う千石の口の端がかぶりついたシュークリームで汚れる。
「ほら! 俺と橘くんたちが跡部くんたちに魔法渡した時!
 俺達、魔法を先代たちから回収してきたっつったじゃん。覚えてない?」
「……あ、…………え、俺達が出来るって話か!?」
 跡部が自分を指さして叫ぶ。千石がうんうん、と頷いた。
「魔法の詠唱文も覚えてるから教えられるよ」
「……あっさり解決しましたね」
「魔女はどこまでも便利だね…。あれ? でも属性違うと回収出来ないのかな?」
 佐伯がその場に違う属性がいた場合回収出来ない?と聞く。
「ううん。あの時は、五大魔女に対する魔法回収だったから同じ属性だけだったけど。
 五大魔女は元々、世界に不利益な魔法を使うウィッチを取り締まって魔法を回収する役目があったんだって。だから見える範囲なら、その場の全員違う属性も構わず回収出来るよ」
 シュークリームを片付けて、ピザに取りかかる千石の肩がぐい、と引っ張られた。
 甲斐だ。せめて口拭け!とウェットティッシュで口回りを拭かれる。
「ありがと甲斐くん」
「じゃあ、俺達が回収、そのために集まった地域に行けばいいわけだ。
 …問題は半分解決だな。
 …あとは」

 跡部が背後の階段を振り返る。

(白石が…どうするか…何故、あいつだけ還ってきたのかが………)







 部屋に入った瞬間、空気が重くなったことには気付いた。
 けれど、隠さなければならなかった。
 痛いのは、自分じゃない。
 白石だ。白石にすれば、理由すらわからず千歳に傷付けられ、また理由を聞く暇なくこちらに連れ戻された。

(…惨い話だ)

「白石…」
 寝台に腰掛けたまま、白石が視線を橘に向ける。
 どこか虚ろな翡翠の瞳に、気圧されても傍に近寄った。
「……キミの所為や」
「え…」
 なにかはわからない。けれど、自分の所為だと言われて、反射で心臓が重くなった。
「キミが、あの時未来なんか視なければ…、俺に王子になれなんて言わなかったら…」
「…白石? けど、それは」
「千歳が死ぬことになった言うんやろ? …でも、…なんやねんこれは。
 あれだけ苦しいの我慢しても、千歳を守りたかった。生きてて欲しかった。好きやったから。
 でもあいつはそうやない。俺を殺そうとした。炎を俺に向けた。処置すら許さなかった。
 …殺したかったんや。そうやないなんて誰が否定出来る。
 …千歳の心の片隅にでも、俺への殺意がなかったて誰が断言出来るっ?」
 最後は叫ぶようになった白石は、言葉無く立つ橘を見上げて、更に顔を歪めた。
 ぐいと胸ぐらを掴まれる。元々身構えていなかったから、あっさり寝台に沈められた橘が慌てて見上げると、その上に乗り上がった白石が今はもう静かな顔で見下ろしていた。
「……ごめん、嘘や」
「え…嘘…?」
「…キミが、未来みえてよかったて今でも思う。王子になってよかった。後悔してへん。
 あの時苦しかった。でも、それで得た幸せが沢山あるから、後悔してへん。
 …千歳が、俺を殺す気がなかったんは…わかってる」
「……白石」
「……っから……否定してや」
 すぐ声に滲んだのは嗚咽だった。下敷きになった橘の頬に彼の涙が落ちる。
「…お前が一番千歳が理解るやろ…?
 否定してや! 『千歳がそんなヤツなわけないだろ』って!
 『お前は千歳のなにを見てたんだ』って、『なんであいつの気持ちを信じてやらないんだ』…って…『お前が信じないでどうするんだ』…って」
 橘の胸板を叩いて、俯いた髪がそこにぱらりと散らばる。
「…俺を怒って詰って……否定してくれや……………………」
 そのままかみ殺しきれない嗚咽に震えだした身体を、そっと背中を痛ませないように抱いた。
「……ごめんな。白石。
 否定することすら、臆して…。
 俺には、正直今のあいつはわからないんだ。
 お前と出会った後の千歳は、俺にはわからない。どうにか、フォローが出来るのは昔をよく知りすぎてるからなだけだ。
 ……お前と会った後のあいつは、違いすぎてわからない」
 あんなに、雲みたいにつかみ所なんかなかったヤツが、たった一人に左右されて焦って笑って。
 そこから動けない。それをあいつ自身が望んですらいた。
「……そんなあいつは、俺は知らないんだ。
 …だから、千歳を一番理解してるのはお前で、俺じゃない。
 そのお前がそういうなら、俺は否定する領分がない。
 ……でも、そのお前がそう言って叱って欲しかったなら、否定して欲しかったなら、お前はあいつを信じたいんだろ。
 …あいつを、好きで、信じたくて、でもだから憎む気持ちもあって…、混乱してる。
 …無理に制御しなくていい。
 …今は、好きなだけ当たり散らして泣けばいい。そうしたら、憎んであいつを忘れるのと、それでもあいつを信じて愛するのと、どっちが幸せかわかるさ」
「……っ」
 胸にしがみついたまま、泣き出した声はまるで響かない。
 啼けない鳥のように、空を飛ばない。
 それが痛いのは、本当は俺じゃない。
 でも、そいつが今抱きしめられないからと、その背中をそっと撫でた。






「……へ!? 白石くんも行く? 回収に!?」
 その日は泊まることになった千石が、夜食のピザ片手に振り返った。
「うん」
「傷! 痛くないの? 起きてて!」
 殿下に治療してもらったし、と白石。
「…いいのか?」
 跡部の声に、こくんと頷く。
「ここにおるより、気は紛れる。
 …それに、…還る方法、探さんと」
「……、そうか」
「力も、役立つ思う」
「力?」
「無効化の。さっき、橘くんに触ってたんや。
 多分無意識に無効化使ってた」
「…………」

 まだ、空は飛べない。
 まだ、雨は止まない。


 何一つわからない。

 苦しくて苦しくて、喚きたくて仕方ないから、一人でいたくなかった。








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